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第一章 6 分断


 その一方で、私は後ろを振り返った。コールこと私は今、セイさんとは別行動している。

 視線の先には遠くに見える高台がある。少し前には私もあの場所にいたのだ。だが、《Plant hwyaden》の襲撃があり、ノエルさんが捕まったのをきっかけに、先に私だけは安全な場所に逃がそうという話になった。《アキヅキ》での一件も尾を引いたらしい。

 もちろん私は反対した。自分だけ安全な所へ逃げるなんてできなかった。きちんとする……そう決めた矢先にセイさんたちの足を引っ張っている自分に腹が立ったのだ。

 だけど、そんな私にセイさんは言った。


 ――「コールには退路を作っててほしい」


 それが私を逃がすための建前か、それとも本気なのか、私にはわからない。だけど、敵に見つかった今、時間をかけるだけ不利になる。逃げるだけならまだしも、まだ目的をはたしていない私たちは先を急ぐ必要があるらしい。


 ――「警備が強くなれば人質の救出が難しくなる……大丈夫! ノエルは必ず助け出すから心配しないで」


 そう言ったセイさんの顔を見ていたら、急に胸の内で煮えたぎっていた苛立ちが冷えて、みぞおちに落ちていった。セイさんの言葉に私は頷いてしまったのだ。だから、早めに決着をつけるためにも、私はここで別れて作業する必要がある……そう思った。肌が多く見える服を着ている《冒険者》――ウルルカさんと一緒に。


「コール?」


 その時、先行していたウルルカさんが戻ってきて声をかけた。茂みから虎柄のつけ耳が顔をのぞかせる。

 彼女は心配そうにこちらを見つめていた。表情を見れば、まだ後ろ髪引かれる思いなのか、と聞いていたのは目に見えていた。


「大丈夫です。行きましょう」


 そんなウルルカさんを心配させないためにも私は首を横に振って前を向いた。少なくとも今の私があそこにいても足手まといになるだけだ。セイさんは今も頑張って戦っているのなら、私も自分と戦わないといけない。

 まずはできるだけ敵から離れる事が最優先……私は精を出して、木々を縫うように移動する。

 そのせいか、《サニルーフ山脈》を彷徨う事、数分。疎ましく、もしくは羨ましく想ったのか、ウルルカさんが一瞬、逡巡して後、口に出した言った。


「ねぇ、なんでコールはそんなに強いの?」


 え……私はとっさに目を見開いて振り返る。強い? 私が? そんな時だった。


「いいねぇ。実に混沌としてきた……良い感じで煮詰まってきたじゃないか」


 とっさに私たちは身体を伏せた。どこからか声が聞こえてくる。美しい音色が甘い香りのように響き渡り、まるで群がる虫を誘い込むかのごとく聞いた者を虜にさせる。だけど、私は逆に背筋を凍らせた。どこか蜜のように聞こえる声に、私はなぜか蜘蛛を思い浮かべてしまったのだ。

 きっとその声に近寄れば糸を手繰り寄せられ食べられる……そんな想像が脳裏をよぎる。

 それは隣にいたウルルカさんも同じだった。上を向いたウルルカさんは顔を蒼白にさせて呆けていた。そして、


「ミズファ=トゥルーデ」


 ウルルカさんは一言だけそっと呟いた。その視線の先では、木々の枝の合間から遠くを見つめて一計に投じていた軍服の大地人がいた。


     ◇


 黙って聞いていれば、好き放題言う……セイこと僕は怒っていた。

 僕はそのまま腰に括り付けられた武器を手に取る。美しい蒼色の筋が入ったその武器は、《供贄の巫女(コール)》が作った曲剣《迅速豪剣》。それを振りかざして、僕はノエルの手首を掴んでいた《冒険者》の小手に攻撃を当てた。

 《冒険者》の名前はナカルナード。話に聞いていた《Plant hwyaden》の幹部会《十席会議》の一員で、《サニルーフ山脈》を渡っている僕たちに強襲をしてきた敵だ。いや、潜入したのはこちらだから、強襲というのはおかしいか。

 だが、襲ってきた事に間違いはない。そんな強敵に曲剣が当たると小型の爆弾が炸裂したかのようにナカルナードの小手が吹き飛んだ。《迅速豪剣》による通常攻撃の吹き飛ばし……付加効果の『強制移動』が発動したのだ。

 そんな反則(チート)にも似た効果で吹き飛んだナカルナードはその瞳は大きく見開いた。だが、その刹那、ナカルナードの口がゆっくりと吊り上がった……まるで目当てのものを見つけたようだった。

 そうして、ナカルナードの身体が吹き飛ばされ、砂煙が立ち上ったそこに、捕らえられていたノエルが残った。掴んでいた手が離れ、直後、驚いて宙に浮かび上がるノエルを僕は優しく抱きかかえた。


「ノエル、大丈夫!?」


 う、うん……ノエルは流されるまま首を縦に振った。

 実際に外傷は少ない。目立ったところもなかった。でも、


「…………」


 ノエルは沈んだ表情で顔を俯かせた。直後、僕から目を逸らす。まるで自分が不甲斐なさすぎて直視できなかったように。

 それが僕の神経を逆撫でる。


「……弱い者いじめをするのが、あなたの言う『強者』なんですか?」

「まぁ、まず違うだろうな」


 刹那、立ちこもる砂埃を払うかのように一閃が放たれる。

 身の丈程の斧と身の丈以上の長い柄。その武器は一般的に言う『ハルバード』のような槍だった。『斧槍』とも呼ばれるその武器は、斬る、突く、叩くと使い手によっていくらでも戦法が変わってくる武器である。

 加えて相手は高レベル者……きっと武器も《幻想級》に近いものだろう。そんな武器を振りかざして、虚空を切り裂いたナカルナードは顔をのぞかせて宣言する。


「でも、善人になったつもりもねぇし、別にいいだろう……それよりも、だ」


 その瞬間、僕はノエルをかばうように立ちまわった。直後、叩きつけるような衝撃がセイを襲う。ナカルナードが物凄い勢いで接近し、その手に持った斧槍を振り降ろしたのだ。


「ちょっと一緒に遊ぼうぜ! 《お触り禁止》さんよ!!」


 だけど、斧槍は僕に当たる前に壁に阻まれるように止まった。次第に衝撃が展開していた障壁を映し出す。飛び込む前にミコトが張ってくれた《禊ぎの障壁》だ。得意技である《防人の加護》で補強された障壁はナカルナードの攻撃も防ぎ切った。

 と、同時にノエルの身体を緑色の光が包み込む。ユキヒコがかけた《森呪遣い》の回復魔法だ。蛍のように暖かなその光はゆっくりとだが減少していたノエルのHPゲージを限界まで引き戻す。

 それはナガレも同じだったようで、緑色の光に包まれながらひっくり返った身体を引き起こすと、一気に間合いを詰めた。ナカルナードに噛みつくように刀を突き立てる。

 これにはナカルナードも避けるしかなかった。刃と柄の付け根部分で器用に刀をからめとると軌道を逸らしてナガレを地面に着かせた。

 そうして、ナカルナードが攻撃圏外まで下がると、途端に茂みからミコトとユキヒコが飛び出してくる。


「皆さん! 無事ですか!!」

「おせぇよ!! 何してた!?」

「ウルルカをつけてコールを逃がしました。『全滅』が一番最悪の結末ですから」


 ミコトは短く説明する。そう、すでにコールは戦域から離脱させた。『全員掴まる』というのは『あらゆる可能性がなくなる』というのと同義である……《アキヅキの街》で経験したばかりだ。

 それでもコールは愚図った方だ。


 ――『自分だけ安全な所へ逃げるなんてできません!!』


 そう言って戦闘に参加しようとしたぐらいだ。さすがに無謀という事を丁寧に説明したらわかってくれたが、それでも心苦しい表情をしていた。

 そうして万全の準備をした後で助けに駆けつけたわけだが、それでもノエルを助けるので精一杯だった。レベル差は圧倒的……奇襲をかけたおかげでどうにかなったが、未だ状況は好転していない。僕たちはまだ敵の手中にいる。


「いいですか……少しの隙でかまいません。とにかく逃げきる事を考えてください」


 それを理解しているのか、ミコトがナカルナードに聞こえないように小声で指示を出す。

 だが、こんな時に限って……いや、こんな窮地だからこそ放置していた亀裂が表面化した。


「待てよ! むしろここがチャンスだろう!」


 ナガレがミコトの指示に反する言動を取ったのだ。刀を構えたナガレは一歩前に出る。


「確かにレベル差はあるが、あっちはソロ、こっちはパーティだ。戦力が分散した今、総合的に見れば互角だろ」

「ちょっと、何を勝手な……」


 そんなナガレにミコトは驚いて目を点にさせた。当たり前だ。今、ナカルナードと戦う必要はどこにもない……その上相手は先ほどの素早い槍裁きを見てもわかるほど、戦い慣れている。勝てる見込みは低い方だろう。

 だが、ナガレの言い分もわかる。このままでは仲間に連絡を取られるかもしれない。それなら倒すまでいかなくても、拘束することは必要かもしれない。

 それも、今、ナカルナードは一人だ。狐尾族の暗殺者やジェレド=ガンはいない。ナカルナードまでとは言わずとも、彼らもまたその熟練の技を見れば高レベル者とわかる。そんな人たちが先ほどまでいたのだ。ノエルが掴まるのも当然の結果ともいえる。

 だが、今はジェレド=ガンが戦域を離脱し、狐尾族の暗殺者もその後についていった……ナカルナードは完全に一人になったのだ。そのおかげで僕は戦況に飛び込む事ができたといっていい。これを好機に反撃をかまして優位を取るのは戦いの定石だろう。


 ――だけど……。


 僕は前方に注意を向ける。ナカルナードは尚も攻撃圏外で足を止めている。それが妙に不気味だった。まるで全力を出していないような雰囲気……小手調べされている感覚に陥る。

 ここは撤退した方が良い……何か嫌な予感がした。そして、バレンタインデーやアキヅキなどの経験上、僕のこう言う感はよく当たる。

 そんな時だった。


「私もやる」


 顔を伏せていたノエルがナガレに便乗して立ち上がった。クナイを取り出して構える。とっさに僕は怒鳴り声をあげた。


「駄目だ! 相手はあの《十席会議》の一員なんだぞ!」

「わかってる……だから逃げるにしても、このまま易々と逃がしてくれるわけがない。誰かが引きつけないと」

「!!」


 その瞬間、全員が気づかされる……ノエルだけが先に進むために前を見ていた事を。

 それでもノエルに背負わせるには荷が重すぎる……そんな僕の表情を読んで、ノエルは真っ正面から囁いた。


「私がやる……私がやりたいの」


 誰も止められなかった。止められる理由が見つからなかった。

 だが、それでも置いていくわけにはいかない。置いていかれた者は完全にスケープゴートだ。援軍も見込めない敵陣の中ですることではない。

 そんな中、ナガレだけが眩しいように目を逸らし、尚且つ忠告する。


「……どちらにしろ、もうタイムリミットみたいだぜ」


 振り返ると、ナカルナードが背伸びをして欠伸を一つついていた。


「さて、作戦会議は終わったか? そんじゃ、そろそろ本気で行くぜ」


 そう言うとナカルナードは身の丈以上の槍を器用にくるくる回して刃を向けた。その様は先程の比じゃなかった。

 どうやら今までは本当に遊びだったらしい……途端に殺気が立ち上り、傷を負った左目が鋭くしなる。その目はそれこそ狼のようだった。

 まるで『さぁ、《お触り禁止》の本気を見せてくれ』と言わんばかりだった。ナカルナードは刃を振りかざして走り出す。直後、ナガレとノエルが武器を構えて立ち上がった……誰よりも早く、一歩先へ立ち向かう。


「二人とも駄目だ!」


 その刹那だった。奇声が聞こえた。

 辺り一面に響くその奇声は人間のものではない。蹂躙するかのごとく聞こえるその鳴き声に誰もが動きを止めた……あのナカルナードさえも眉間にしわを寄せて愚図る。


「あぁ? 何でこんな所にいやがる?」


 まるでこの鳴き声が何か知っているように……いや、実際は僕たちも知っているのかもしれない。見当がつかないだけで、情報はきちんと手に入れていたのかもしれない。

 それを証明するかのように、地響きが続く中でそれは近づいてくる。ミコトが顔を真っ青にして呟く。


「あ、ありえない……」

「ミコト! 何が起きてるかわかるのか!?」

「何って、言ったじゃないですか!!」


 そうして、それはついに頭を見せる。八つに分かれた首、八つの頭身。それは誰もが知っている神話の怪物にそっくりだった。

 思い出した。ドラゴン……竜の眷属であるそれは《ヤマタノオロチ》。ミコトが《サニルーフ山脈》において要注意と挙げていたモンスターだ。


「はっ……こうしてはいられない。緊急防御魔法《四方拝》!!」


 とっさにミコトは呪文を唱えた。この時だけはミコトはステータスからウインドウを呼び出して、魔法を発動させる。確実性を優先して、コマンド操作に切り替えたのだ。

 途端に地面から模様が浮かび上がり、僕たちを照らす。これで数分の間はダメージを受けなくなった。まさに緊急用の絶対防御。ただし再起動時間(リキャストタイム)が二十四時間……一日に一回使えるかどうかの魔法だった。

 だから使いどころが難しいし、その瞬間、《ヤマタノオロチ》の一頭がこちらを向く。ミコトの敵襲心(ヘイト)があがったのか?

 いや、違う……《ヤマタノオロチ》はそのまま首を動かし続け、一人の大柄の男、ナカルナードに視線を合わせた。ナカルナードは舌打ちした後、口惜しそうにその矛先を《ヤマタノオロチ》に向ける。


 ――そうか、高レベルの《冒険者》ほどモンスターのヘイトを稼ぐ。《ヤマタノオロチ》は僕たちよりナカルナードの方が危険と認識したということか。


 僕たちとナカルナードのレベル差は約三十……当然と言えば当然だ。その無意味にヘイトを稼ぐ仕様を防ぐために『師範システム』があり、ミコトやウルルカは今も尚、それを発動させてレベルを落としている。

 加えてナカルナードは僕たちを逃さないために、戦士職が得意とするヘイト技をノエルとナガレに使った。その効果が少しでも効いていたとしたら、《ヤマタノオロチ》が僕たちを完全無視するのは仕方ないのかもしれない。

 だが、あくまで『仕方ない』だけだった。

 次の瞬間、《ヤマタノオロチ》はその八つの頭を向け、口を開く。その奥からはエネルギーが渦巻き、水流に収束させる。


「必殺技が来ます! 離れて!!」


 とっさにミコトが叫ぶ……しかし、遅かった。

 ミコトの言葉と同時に《ヤマタノオロチ》は八つの水流を発射。次第に水流は一つにまとまり、一波の大津波を引き起こす。

 そういえば、《ヤマタノオロチ》は水の大蛇として有名だ。僕はそんなことを思い出しながら……もしくは現実逃避をしながら、その大波に巻き込まれる。パーティメンバーも同じだった。

 ただ一人、ナカルナードだけは大津波を叩き切り、斬撃だけで乗り切っていた……一応言っておくが、《冒険者》だからといって誰もができる事ではない。『あんな《冒険者》と戦うなんて、やっぱり異常だ』としか思えない。

 そんな中、僕は必死に水面に上がり息継ぎをする。

 周りは酷い状況だった。大津波により大河となったそこは複数の木々により様々な方向へと流れ、複雑な満ち引きが起きていた。僕の前にはもうすでにミコトとユキヒコが巻き込まれて攫われている。


「セイ!!」


 そんな中、背後から声がかかった。身体を向ければ、ノエルが必死に助けようと手を伸ばしていた。僕もその手を掴もうと足掻く。

 だけど、あと三センチ足りなかった。あと三センチ近ければ木々の幹に邪魔されずに分断される事はなかった。

 だが、もしもの話をしても仕方がない。木々に邪魔された僕たちはノエルと別れて、そのまま水流に流される。

 僕はミコトとユキヒコと共に、ノエルはナガレと共に。そして、コールは先にウルルカと違う道を行く。

 それがどこへ向かうのか……それは誰にもわからなかった。


     ◇


 その数時間後、僕たちが流された跡を眺めながら、ナカルナードはため息をついた。そして、面倒そうに頭を掻く。

 背後には倒れた《ヤマタノオロチ》が大量の光となって消え失せていた。


「群生地とはいえ、こんな山の麓に《ヤマタノオロチ》がいるわけねぇ……となれば、『誰か』が連れてきたか?」


 ヘイトで注意を自分に向けさせ、移動、他者にモンスターを押しつける。その様から『MPK』や『トレイン』と言った表現をされる迷惑行為。どうやら、ナカルナードはそれを行う者に見当がついていたらしい。

 高レベルの《冒険者》でも苦労するモンスターを引きつけ、引き寄せられる人物。強さよりも、度胸が試される者でなくては務まらない。


「俺の知る限りでは、そんな大地人(ランダー)は一人しかいねぇ」


 ナカルナードはその人物の顔を思い浮かべ、頭を掻いていた掌を拳に変えた。


「……ったく、こんな面倒ごとに《ハウリング(あいつら)》をつきあわせる必要もねぇかと連れてこなかったが」


 そして、まるでいけ好かない奴を睨むかのごとく、その表情に影を落とす。


「いいぜ。その喧嘩、『俺たち』が買ってやる」


 その視線は、遙か先……ダンジョンと一対となった《キョウの都》へ向けられていた。



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