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第一章 3 サブ職業


 そうして一週間経った現在、セイこと僕はユキヒコのおかげで《麗港シクシエール》の倉庫に入り込めた。

 その手腕とは、つまるところ『絵』だった。


「んー!! やっと身体を動かせる!」


 ずっと同じ姿勢で固まっていたせいか、身体の節々が動くたびに奇声をあげる……僕は奇声を追い払うかのように背筋を伸ばして真っ先に木箱から飛び出た。そして、周りを見渡せばシクシエールの倉庫は辺り一面物資で積埋もれていた。

 ここが《神聖皇国ウェストランデ》……何というか、一言で表せば豪勢だった。《ナカスの街》より倍以上の広さと量で、これが《ミナミの街》や《イコマ》へ向かっていると思うと背筋がぞっとした。

 《冒険者》は良くも悪くも裕福な者は少ないだろう。僕なんかは普通の家に生まれたせいか、逆に『こんなに在庫を抱えてどうするんだ』という気持ちでいっぱいになる。


「全員、無事ですね。作戦の第一段階、潜入は成功です」


 とその時、ミコトが号令をかける。そんなミコトはウルルカに手を引いてもらって出てきていた。次にナガレとユキヒコが顔をのぞかせる。最後にコールに揺さぶられてノエルが目を覚ました……どうやら疲れて眠ってしまったらしい。途端にユキヒコは皆を見て「ほっ」と安心した。

 それもそのはずだ。僕は敷居になっていた板を並べて感心する。


「それにしても、本当に見事ですね。ユキヒコさんの『画像』」


 そう、つまりは木箱の底にそっくりの絵が描かれていた。きちんと遠近法を用いて中身が空っぽのように見せている。まさかこの裏に空間があるとは思えないほどだ。だけど、一番の驚きはその絵をユキヒコが書いたことだった。

 サブ職業『画家』……それがユキヒコをスペシャリストにさせる所以だった。

 まだ《エルダーテイル(ゲーム)》だった頃、《冒険者》には《暗殺者》、《武闘家》といったメイン職業の他に、『サブ職業』というサポート能力をゲーム内で身に着けることができる。

 このサブ職業は、メイン職業が十二あるのに対し、それを遥かに越す膨大な数を有している。全てを把握している人は古くから参加している熟練《冒険者》でも存在しないのではないかと思うほど。

 そのうちの一つ、ユキヒコのサブ職業、『画家』の能力は、専用の簡易描画ツールを使って『絵』を作成することができる。その絵は『画像データ』として保存、『スタンプ』というアイテムとして現れるらしい。

 元はインテリアの装飾など、『ゲームでもデフォルトではなく自分色に染めたい』という『ゲーム内職人』のためのサブ職業だった。汎用性はなく、自身の絵心も必要になるため、所得している《冒険者》の全体数は少なかったはずなのだが……、


「まさかユキヒコさんが所得していたとは」


 その時、ユキヒコが近づいて懐にあったウエストポーチ型の魔法の鞄(マジック・バッグ)から一本のスタンプを出した。それを板に押し付けると見る見るうちに描かれていた絵が木目調に変わっていく。それも絵が上手い……僕はその能力を間近で見て、思わず歓声を上げる。

 すると、ユキヒコは苦笑いしながらスタンプを懐にしまう。


「一応、美大生でした(、、、)から」


 そう、《麗港シクシエール》につく前……船倉でミコトの話を聞く限り、ユキヒコは《大災害》が起きるまでは美術大学に通っていたらしい。特に風景画を得意とし、何気ない景色を好んで描くそうだ。

 ミコトは衣服を整えながら言葉を添える。


「絵はトリックアートなど、人を欺くにも最適の能力です。ホネスト(リーダー)もその点を考慮してユキヒコさんを編成に入れたのでしょう」

「確かに……でも、『地味に』ユキヒコさんの絵はいいですね。素朴で、優しさが詰まっているような」

「地味……」


 すると、なぜか『地味に』に反応してユキヒコは顔を俯かせた。

 って、褒めてるのにどうして落ち込むんだ……僕は慌ててユキヒコを慰める。せめて顔をあげるように頼んだ。そんな問答を、ナガレはじっと眺めながら目を背けた。

 そんな中、パンッパンッ、とミコトが両手を叩いて、全員の注意を引いた。どうやら作戦の再確認をするらしい。それぞれ散らばっっていた僕たちはミコトの側に寄る。

 すると、ミコトは懐から一枚の紙を取り出して、僕たちの中心で広げた。それは《神聖皇国ウェストランデ》の全体地図……つまりは関西方面の地図だった。しかし、


「これ、どこから手に入れたの?」


 《セルデシア(この世界)》では地図は貴重なものだ。サブ職業『筆写師』でないと紙やインクは生産できない上に、正確に複製することも難しいはずなのだが、


「姉からせしめました」

「姉!?」


 ミコトには姉がいたのか……いや、それよりも『せしめた』とかいう物騒な言葉が聞こえたのだが……。

 あたふたしている僕を傍目にさらっと京都……ここでは《キョウの都》を指さしてミコトは言う。


「まずはおさらいです。私たちの目的は何でしたか?」

「はい! 人質として連れてこられたナインテイル九商家の身柄の保護、加えて連れて帰ることです!」


 ミコトの質問にコールは挙手をして発言した。直後、ショックから立ち直った僕は頷いた。そう、僕たちは人質を助けるために別動隊として動いている。それはこのパーティが組まれた大前提でもあった。

 ミコトはそれを確認すると、わかりやすく僕たちに三本指を立てて指針を立てる。


「いいでしょう。では、私たちはそれをこなすために三つの事をしなければいけません」

「みっつ?」


 その時、ナガレが首を横に傾けた。途端にミコトが溜息を吐きながら、覚えの悪い生徒に言い聞かせるように呟いた。


「まずは一つは、《キョウの都》へ無事に到着すること」


 これは僕でもわかる。ここ《麗港シクシエール》から《キョウの都》まで約二日で着くとはいっても、さすがに街道を堂々と歩くわけにはいかない。加えて僕たちは『大規模戦闘(レイド)』にも満たない全七名の小さなパーティだ。もし、《Plant hwyaden》に見つかって戦闘にでもなったら総崩れだろう。

 備蓄の方だって、それぞれ懐にコール特性水薬(ポーション)が数本あるかないかだ。さすがに指で数えるほどのアイテムで切り抜けられる《Plant hwyaden》は簡単なものだとは誰も思っていないだろう……これからは、できるだけ戦闘を避けるためにかなりの悪路を進むことになる。かかる日数も増えるだろう。


「コールにはけっこうきつい道になると思うけど」

「大丈夫です! 私がセイさんたちに協力したいと申し出ましたし、ついていきます!!」


 そう言いながら、コールは自身の胸を自信満々に叩く。

 最近、コールは自ら行動することが多い。今回も潜入する前に自ら僕たちのサポートをしたいと申し込んだのだ。僕は反対したが、《大地人》のサポートが必要だった事と、僕たちと連携が取れる事……何よりコールの力強い眼差しが僕たちの首を縦に振らせた。


 ――『私、きちんとしたいです!!』


 きっと三月の始め、《アキヅキの街》の一件で想うところがあったのだろう……コールの言葉が僕の脳裏をよぎる。自身のできることを一つずつ頑張ろうとしている。


「怖くないの?」


 そんなコールに水を差すように、言葉がかかった。露出度の高い革鎧と猫耳と尻尾をつけた格好……ウルルカだった。

 ウルルカはコールとは真逆で、最近どこか神経質になっていた。いつもの『にゃー』という語尾がついていないせいか、いつもと比べて雰囲気に影が帯びており、言動もどこか棘があった。


「ここは《Plant hwyaden》の真っ只中……ううん、そうじゃなくても敵対する相手と向かい合うんだよ。自分が危ない立場『供贄の巫女』って自覚はある?」

「ちょっ……何を今更!?」


 ノエルはそんなウルルカを止めようとした。だけど、コールがその前に口を挟んだ。


「……もちろん怖いです。でも……一番怖いのは、このまま変わらない事です。だから私はここに来ました。自分のために」


 自分は『供贄の巫女』ではなく、『コール』でいたい、と。そのためにはまず自分のやれること、やりたいことを探さないといけない、と。

 そんな強い言葉で自分の意思を述べるコールにウルルカはすぐさま腰が引けたように肩を落とした……ついでに着けていたアクセサリーの尻尾まで下がる。


「そう……コールっちは強いんだね」


 ――うーん……?


 これは事情を聴いた方がいいのか、聞かない方がいいのか……僕は首を傾げた。明らかにどこかおかしい……その気持ちが胸につかえて胸やけがする。この感じは前にも味わったことがあるものだった。そう、僕が鈍感で仲間の事に目が行っていなかった時みたいに。

 だが、僕は何も言わない。僕だって《アキヅキの街》の件で少しは反省したのだ。すぐさま追及することが正しい結果と結びつくわけではない事を知っている。


「話が逸れましたね。戻しましょう」


 すると、ミコトがわざと咳込んで場を仕切りなおす。明らかにウルルカをかばって言った言葉だった。

 つまり、僕の判断は正しかったらしい。きっとウルルカにはウルルカの事情があるのだろう。そして、ウルルカの相方を務めていたミコトが、今は保留にしておく方がいいというのであればそれが一番なのだろう。

 そうして、中指を押さえながらミコトは説明を再開する。


「次に、《キョウの都》にいるナインテイル九商家の人質を探し出すこと」


 これはいわば情報収集に当たる、とミコトは呟いた。今のところ、九商家の人質は《キョウの都》にいる、という情報しか『アライアンス第三分室』に入ってきていないそうだ。

 逆を言えば、《Plant hwyaden》は情報統制が効いている事でもある。成り行きにもよるが、この件も容易にこなせるものとは言い難いだろう……ミコトもこれには今現在も頭を悩ませていた。


「正直、《キョウの都》がどうなっているかわかりませんから、ほとんど臨機応変に対処せねばなりません。いったい何が待ち受けているのか……」

「お!? 待ってました!! つまりは敵をズバッ、ズバッと切り伏せて」

「うるさい、エロ」


 ぐわし……あまりのけなされようにナガレが涙目になっている。だが、そんなことはお構いなしにミコトは三つ目の指を指し示しながら説明を再開する。


「ですが、重要なのは三つ目……おそらくこれが最大の難関になると思われる『逃走ルートの確保』です」


 逃走ルート……僕はゴクリと喉を鳴らした。シクシエールへ行く船の船倉でひとしきりの説明は受けたが、それでもあまりに無謀と言わざる終えないからだ。

 その時、未だに立ち直れずにいるナガレを慰めながら、ユキヒコは確認するように手を上げた。


「確か、アナト海峡の近くまで行けば《ナインテイル自治州》に抜ける洞窟と海底トンネルがあるんでしたよね?」

「ええ、トンネルはあね……ゴホン、『疾風』率いる部隊が押さえてくれているのでそこまで行けば安全に帰還できるでしょう」


 今、微妙に『姉』という言葉が聞こえた気がしたが、きっと聞き間違いだろう……それよりもアナト海峡近くにある海底トンネルだった。

 おそらく、現実世界で言う『開門トンネル』の事だろう。九州地方を指し示す《ナインテイル自治州》と本土にある《神聖皇国ウェストランデ》を繋ぐ《アナト海峡》には主に二つの道があり、立てかけられた大橋を渡るか、その海底トンネルを通るしかない。

 だが、海底トンネルは言わずもがなモンスターの住処となっており、一般には安全な大橋を通っていくの常識となっていた。

 しかし、今、大橋ではホネストと《Plant hwyaden》がにらみ合いをしているのだろう。ならば、海底トンネルを通って帰還するしかない。そこで《Plant hwyaden》の攻略を阻止する目的もかねて、『疾風』率いる部隊が海底トンネルでキャンプを張っているわけである。そこまで行ければ僕たちは無事に保護されるわけだ。

 だけど、問題はそこに行きつくまでの道のりだった。


「サニルーフ山脈」


 ふとミコトが言葉を重ねる。ただそれだけなのだが、皆言葉を詰まらせた。重苦しい空気が流れる。

 無理もない。サニルーフ山脈は一度説明を受けただけで嫌というほど脅威が計り知れたのだ。

 サニルーフ山脈……ウェストランデを北と南で分ける山脈。北東部には《ヤマタノオロチ》の生息地、南西には《歩行樹(トレント)》がいる《トリヴィアル樹林》、他にもドラゴンや時計仕掛(クロックワーク)までいるモンスターの宝庫。

 僕は疲れて溜息を吐く。思い描いただけでも異様な嫌悪感が身体に降り注ぐ。口に出したくもないモンスターが列挙していた。

 特にドラゴン……竜の眷属は最高位の体力、防御、攻撃力を有しており高レベルの《冒険者》でも苦戦する相手だ。僕たちが立ち向かっても勝てる気がしない。

 そんなこともあって、サニルーフ山脈はできることなら避けて通りたいところだった。だけど、先ほども言ったように、僕たちは街道を通るわけには行かない。かといって北……つまり『イズモ地方』へ行こうにも砂漠があり、人質を連れていくにはあまりにも過酷過ぎる。

 とすれば残るはサニルーフ山脈しかなくなる。海底トンネルまで行くにはどうしても山脈を渡って乗り越える必要があった。

 そんな僕たちの内情を悟ったのか、ミコトはフォローを入れるかのように付け加えた。


「一応、山の麓を添って歩く予定ですので、それほど強敵と出くわすことはないでしょう……ただ、警護しながらというなら細心の注意を払う必要があります」


 コールも思いっきり首を縦に振って応えた。


「大丈夫です! 皆さんは『強い』です!! 私も助け出した人質さんたちをしっかり誘導しますので、気合い入れて頑張りましょう!!」

「コール……」


 僕はすぐさま自分の頬を叩いた。なぜ、一番怖いはずのコールが僕たちを励ましてくれているのか? むしろ、僕たちがコールを元気づけないといけないはずなのに落ち込んだりして、《冒険者》として見苦しかった。

 皆も僕と同じ気持ちだったのか、伏せていた顔をあげた。ミコトは満足そうに頷く。


「なんだよ……要は『全部その場しのぎでやれ』ってだけじゃねぇか」


 すると、突如、落ち込みから回復したナガレが溜息を漏らしながら答えた。その少し投げやりなその言い方に僕はむっと頬を膨らませる。


「仕方ないじゃないか。ナガレの言う通りだけど、神聖皇国の実情がわからない今、仕方のないことだろ」

「別にイチャモンつけようってんじゃねぇよ……代わりの代替案なんてねぇし」


 そう言うナガレは、頭を掻きながら立ち上がると、溜息を一つ零しながら背伸びをした。


「んじゃ、こんな面倒ごとちゃっちゃと終わらせて帰ろうぜ!」


 そうして、気合を入れなおすナガレはいつも通りに笑う。だが、僕はそんなナガレの様子がどうも腑に落ちなかったのだった。



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