第一章 2 麗港シクシエール
そんな様々な思惑が交錯しているとはつゆ知らず、同日、セイが率いるパーティこと僕たちは《麗港シクシエール》に到着していた。
《麗港シクシエール》は《神聖皇国ウェストランデ》でも美しい港と称される港湾都市だ。場所は《ミナミの街》から少し西……約一日で着ける距離に位置している。しかも《キョウの都》からも約二日でつけるという好立地から、シクシエールは交易の要として《ナインテイル自治領》の積み荷を請け負っていた。
また街並みも整えられていて『景色がいい』と評判がいい。冒険者の街並みのように廃墟を改造したわけではなく、一から作られた街並みが新鮮に感じられるほどだ。それは《大地人》にとっても同じなようで貴族の別荘地としても有名な街だった。
そんな街並みの一番奥……港では一隻の船が横に着けていた。その船から降りてきたチュニックの少女は船員に頼んで積み荷を降ろしてもらっている。
全部で木箱が六個。一人の少女には多すぎる積み荷だった。それに気づいたのか、港を警備している《冒険者》の目に留まり、「変だな」と近寄ってくる。西洋甲冑で全身を武装した、いかにも『兵士です』と言いたげな《冒険者》だった。
「失礼。これはあなたの持ち物で?」
直後、チュニックを着た少女は金色の髪をたなびかせて振り返った。その顔立ちはまぎれもないコールだった。
コールは冒険者に対してスカートを少し持ち上げ礼をする。
「はい。その通りです。《キョウの都》で給仕をしております。店主の命によりパンナイルに買い付けに行っておりました。今はその帰りでございます」
「そうですか……《アナト海峡》の件はお聞きで?」
「出航した後に」
冒険者は一旦区切るように考え込んだ。ここ《麗港シクシエール》からナインテイルの港《ロングケイプ軍港》まで最短でも一週間はかかる。スパイ、という可能性は低いと考えているのだろうか?
一方、コールはコールで緊張した面持ちのまま向かい合っていた。きっと尋ねてきた冒険者のステータスには『ギルド《Plant hwyaden》』と明記されているだろう。ステータスが読めないコールだが、そのことは彼女自身理解している。その上でコールはこの役を引き受けてくれたのだから。
「……すまないが、その木箱の中身を拝見させていただく」
「えっ!?」
だが、そんな神妙な面持ちを読んだのか、警備の《冒険者》は木箱に手を掻ける。途端にコールは血相を変えて止めに入る。それで確信を持ったのか、無理にでも《冒険者》は木箱のふたを開けた。
だが、そこに敷き詰められているのは《冒険者》の思い描くものではなかった。
「……なんだ。モンジバナナか」
海産物から山の幸まで。コールの側にあったのはどれも《ナインテイル》の特産品だった。山の幸は普通の木箱に。魚はなんと『魔法の鞄』を応用したアイテム『冷蔵の箱』に入れられて重ねられている。簡単に言えば保冷箱だ。
「ああ……食品は鮮度が命なのに!!」
そして、コールは慌ててそのふたを閉めた。その後《冒険者》を睨む。《冒険者》はたじろいだ。
「うぅ、そんなに睨むな……ステータス表示も問題ないし、もう通っていいぞ」
「……失礼します」
そんな頭を抱える《冒険者》に対して、コールは頬を膨らませながら、ぷいっ、と顔を逸らした。本当は緊張して顔が緩むところを怪しまれないようにするためだが、コールは好都合と判断してそのまま船員と六個の木箱を連れてシクシエールにある倉庫に入っていく。
それでも《冒険者》はコールを見つめながら、尚も首を傾げた。
「よぉ、どうしたんだ?」
すると、次の瞬間《冒険者》の背中を威勢よく叩いて挨拶する者がいた。バンダナがよく似合う若者……そのフレンドリーな態度から同じ《Plant hwyaden》の《冒険者》だとわかる。
そして、警備の《冒険者》は彼を『ボイル』と呼んだ。
「ボイル!! 久しぶりだな。今日はどうした? またダンジョンに潜るのか?」
「まぁな……それより何かあったのか? ずっとあの金髪美人を見惚れてたぜ」
そんなボイルと呼ばれた《冒険者》はどうやらあどけない冗談を言うらしい。
だが、どこか諦めに似た表情を浮かべるボイルに、「いや、大したことではないが」と警備の《冒険者》は呟いた。そして、これまでの経緯をありのまま話すと、ボイルは全てを察したかのごとく「ふぅん」と軽口を叩いた。
警備の《冒険者》はそのことを踏まえながら尋ねる。まるでボイルに全幅の信頼を寄せているようだった。
「どう思う? もう少し問いただしておくべきか?」
「やめとけ、やめとけ。別に自ら厄介ごとを抱え込む必要はないだろう」
「だが」
「そういうのは『一流』の仕事だろ。生きるのに必死な『二流』の俺たちとは別次元の話だ。それに、そう簡単じゃないさ……《Plant hwyaden》は、さ」
『だから、見なかったふりが一番』……そういったボイルはもう興味を失くしたように《冒険者》にあどけない笑みをみせた。だが、ボイルは一瞬だけ振り返るとある意味感心したように肩を竦める。
「しかし、最近の若者ってのは、元気が有り余ってるねぇ……」
自分もその『若者』の部類に入ることは置いておいて、まるで住む世界が違うと言わんばかりのその言葉は、僕たちに届くこともなく……ただ見逃してもらったという事実だけはそこに残った。
こうして僕たちは何とか《神聖皇国ウェストランデ》の侵入に成功する。
そして、《麗港シクシエール》に着いた僕たちはついに『ナカス奪還作戦』の別動隊として活動を開始する。
シクシエールの倉庫に入ったコールは少ししたのち、僕ことセイに呼びかけた。
「出てきて大丈夫ですよ」
木箱の中から敷き詰めてあった特産品を降ろし、中敷きとして張っていた板をはがすとそこには少しばかりの空間があったのだ。
サイズはスーツケースほど。そこに小さく丸くなって僕は収まっていた。小さければ小さいほうが好都合というのがミコトの持論だった。
◇
僕は思い出す。
「心理誘導?」
時は一週間前、僕は首を傾げていた。
ここ《麗港シクシエール》につく前、ナインテイル自治領の西にある《ロングケイプ軍港》から船に乗った僕たちは、船倉でミコトから潜入作戦について説明を受けていたのだ。
その鍵となるのが『心理誘導』だった。
「心理誘導ってあれだろ。手品で見せる技」
『手品?』……その時、コールは首を傾げた。
メンバーはいつも通り僕に、ナガレに、ユキヒコ。ノエルとコールは少し離れた場所で座っていた。そんな皆を見渡せる積み荷の上にウルルカが、そして、なぜか教壇に例えた木箱の向こう側にミコトが立っていた。
そんな教室……もとい船倉でナガレが手を上げて質問したのだ。一方で自ら金貨を取り出して掌だけで掴んでコールに見せる。
「こうやって、掌の骨で挟んで……何も持ってないと見せかけるやつ」
「おおー!!」
途端にコールが目を輝かせた。どうやらコールはアイテムを生成することができる《六傾姫》の能力もあって、職人気質な部分もあるらしい。未知のものには目を光らせる。ナガレのみせた技にも興味津々で「どうなっているんです?」とエロ武者……もとい、ナガレに近寄りそうになった。そのところを、ノエルが首根っこを掴んで抑えている。ナイスガードだ……僕はノエルに親指を立ててほめたたえる。
だが、それは置いておくとして……その心理誘導が潜入に何の意味をもたらすのだろうか? 僕には全く見当がつかない。
「すみません。そのことについてはこちらから補足を」
すると、その答えは意外にも真横から響いた。鮮やかな緑色のローブを着た青年が手を上げたのだ。
「って、ユキヒコさんが自ら手をあげた!?」
あの地味に自己主張しているような、していないような……そんな人が手を!!
僕は目が飛び出そうなほど丸くする。すると、ユキヒコはびくっと肩を震わせた。
「セイさんまでそんな反応!?」
あ、つい……僕は口を塞いだ。ユキヒコは地味……という言葉を聞くと変なスイッチが入る。いわゆるトラウマというやつなのだろう。
だが、実際に驚いた……というか縁の下の力持ちであるユキヒコさんが前に出る事が珍しかった。
――あれ? でもユキヒコさんって地味にどういう人かわからないかも。
『縁の下の力持ち』といえば聞こえはいいが、逆に言えば『その人の事が見えていない』と同義だ。見えていないという事は『きちんとしていない』ともいえる。
――きちんと……か。
その時、僕の脳裏には一瞬だけグレイスの横顔がよぎって身震いした。寒気が襲ってくる。《アキヅキの街》で親友に絶交を言い渡した横顔は哀愁にくれていて、本当は言い渡したくなかった言葉が出た時のグレイスは自分を偽るように無表情だった……僕はもうあんな顔は見たくないと心底思った。
「ひどい扱いされた上に、無視されました……いいですよ、どうせ僕は地味ですし」
「え? あっ!! 違う……」
と、ふと考えに耽っていたためか、勘違いされてしまった。必死に身振り手振りで弁解するが、時すでに遅かった。どうやら影が薄すぎて応えてくれなかったと思われたらしく、直後、ユキヒコは小さく縮こまって顔を伏せる。こうなるとなかなか顔を上げてくれない。ついでにナガレが茶化すように僕をあざ笑う。
「あーあ! セイが泣かした!! いっけないんだー!!」
「な、泣かしてないし!?」
「どうだかな? せんせーい、セイがユキヒコを泣かしま……」
だけど、途端にナガレは硬直して言葉も切れてしまう。刹那、僕もおぞましさを感じて震えあがった。
振り返ってみれば、ミコトの前髪の下から鋭い眼光が降り注げられていた。それでいて表情は満面の笑み……そのギャップが歪な怖さを見事に表現していた。
そのミコトはわざとせき込むふりをして質問する。
「ゴホン……話を元に戻してもよろしいかしら?」
とっさに僕とナガレは正座して首を縦に振る……ミコトの視線が僕たちを『ふざけるのもいい加減にして』と言わんばかりに見下している。一言で言えば、怖い。背後でノエルが呆れたように溜息を吐いている気がするが、それこそ無視することにしよう。
そんなノエルに同感するようにミコトも頭を抱えるが、その意識は誰よりも早く潜入作戦に向いていた。
頭を切り替えたミコトは縮こまっているユキヒコに視界に入れると、「仕方ありませんね」と代わりに説明責任を請け負う。
「いいですか。これからわたしたちの向かう場所は《神聖皇国ウェストランデ》です。言い換えれば《Plant hwyaden》だらけ只中に入るという事です。そんな中に『ギルド名が無表記』の者がいたらどうなるかわかりますか?」
その時、ナガレがぼそっと「当然、怪しむな」とだけ口走る。だけど、僕はそれだけではない気がした。
「利用される?」
僕は心なしか手を上げて答えた。三月に《アキヅキの街》で起きたことがいい例だ。
《冒険者》には『力』がある。《大地人》と比べれば戦う力はあるし、いろいろな物を開発している時点で知力も《冒険者》の方が上だろう。だからこそ、マルヴェス卿は僕たちを人質にした。同じように神聖皇国にも怪しまれば、《Plant hwyaden》が状況打開の切り札として僕たちを利用するかもしれない……しないとしても、目指す先は『神殿送り』だ。
すると、どうやら模範解答だったらしいく、ミコトは満足そうに頷く。
「そう、私たちはホネストの力になれると共に、足を引っ張る可能性もある。だから最低でも《キョウの都》に着くまではなるべく潜み、戦闘は避けるべきです。そのための心理誘導です」
「えー戦わないのかよ。ぶーぶー」
その時、ナガレが茶化すように舌打ちをした。そんなナガレにミコトは「はい。そこ反論禁止」と指さす。
「私たちは《冒険者》の中でも中レベルという事を忘れずに。高レベルの……それも戦闘訓練をした玄人に出くわせば一瞬で決着がつきます」
確かにその通りだ。僕は深く頷いた。僕だって今までの記憶を振り返ってみても高レベル者に勝てたことは一度もない。バレンタインデーに行われた『闘技大会』で、ホネストを下した経験はあるが、実際は勝利を譲ってもらったに過ぎない。カウントの内には入らないだろう。
だけど珍しくナガレは食らいつく。
「でも、心理誘導って口で言うほど簡単な物じゃないだろう。正面突破が手っ取り早くないか?」
「え?」
僕は一瞬困惑した。いつもふざけている表情のナガレだが、僕の見解としてはナガレは無謀な特攻はしない性格だと判断していた。
だけど、今はなぜだか聞きしに勝るほど戦い急いでいるような気がした。まるでわざと強い相手に相まみえたいみたいに……。
「……ん? どうした?」
「い、いや……」
けれど、次の瞬間ナガレはいつも通りふざけた表情を見せて、僕は慌てた……僕の見間違い、いやただの聞き間違い? 僕はもうわけがわからなくなって頭を掻く。
――あれ? でも確か前にもこんなことがあったような?
まるで喉ぼとけに骨が引っかかったような感覚だ。いつだ? 確か《アキヅキの街》に向かうちょっと前、初めてナガレと訓練した時だったような……。
だが、いざ思い出そうとしたその瞬間、ミコトの解説は進み、ナガレに注意をしながらも目の前の木箱を叩いた。
「それを言うなら正面突破の方が無理があります。目視で来た時点で私たちのステータスはばれてしまいます。そうなれば奇襲も何もありません。一方で心理誘導の点では一人だけスペシャリストがいます」
「え、スペシャリスト……!?」
そして、その言葉で僕の思考は完全に飛ばされる。スペシャリストなんてすごい人が僕のパーティに存在していたのか!? もう驚きがいっぱいで記憶を遡る余裕が保てない。
すると、ミコトは視線を向けて示唆する。その人物に僕は今一度、度肝を抜かされた。
「え、ええぇぇええええ――――――!!!!」
その人物は現在、小さく縮まっているまさかのユキヒコだった。
7/31 訂正と一文追加(ユキヒコは地味……という言葉を聞くと変なスイッチが入る。いわゆるトラウマというやつなのだろう。)