プロローグ
これはまだ僕――冒険者セイがレジスタント組織《アライアンス第三分室》に入って間もない頃……ホネストから《アキヅキの街》におつかいを頼まれて三日後の出来事だった。
「《兜割り》!!」
「《アクセルファング》!!」
《アライアンス第三分室》の拠点がある《パンナイルの街》から少し離れた郊外……森と建物が入り乱れたフィールドゾーンで僕たちは初めて剣を交えていた。
そこでは蒼髪で剣闘士を思わせる軽鎧を着ている少年……もとい自分が、鎧武者だが関節部分に獣の毛を覆わせていた少年……武士のナガレと試合をしていた。
そんなナガレは、《第三分室》のリーダーであるホネストがこれから行う『ナカス奪還作戦』に必要になるだろうと、紹介してくれたパーティの一人だった。僕はそんなナガレがどういう人物か知るために訓練に誘ったのである。
僕なりには作り笑顔を見せて「やぁ」とさりげなく声をかけたつもりだが、今から思えばぎこちなさすぎて笑えて来るほどだ。そんな僕にナガレは気兼ねなく「おう、いいぜ」と笑顔を向けてくれたのは本当にありがたいことだった。
そして、僕たちは一時間ほど戦い続けた。すると、剣を交えればわかることもあるとはよくいうもので、
――ナガレはどっちかというと『速い』というより『戦いでの判断力』が高いんだよな。
と僕はナガレの戦い方を推測していた。
ナガレの使う武器は《打刀:稲荷》という小ぶりな刀でリーチはむしろ短めらしいのだが、それを補うほどナガレは先読み……というか、危険への嗅覚があるような気がした。
その証拠にその時の僕が《シャドウバインド》を出そうとするとナガレはその寸前で鍔迫り合いの反動を使って後方にジャンプ、圏外へと距離を取るのである。そしてまた《兜割り》と共に突進しかけてくるのだ。その型は誰もが一度は見たことがあるものと似ていた。
結果、その時の僕はうまく仕事をさせてもらえず、あらかじめ決めていた通りHPを五割なくして試合は終了した。
その後、休憩がてら僕はナガレに聞いてみた。
「ナガレってさ、現実でも剣道とかやってたの?」
ちょうどいい高さの建物の破片に座り込んで《パンナイル》で買った『おまかせミックス』なる飲料水を片手に、それを口に含む……うん、今日はレモン味か。すっきりした良い飲み心地だった。
「はっ?」
だけど突如、聞かれたナガレは一瞬だけ眉を吊り上げて振り返った。僕と違ってすっきりとは言い難い表情でこちらを睨みつける。
だが、その時の僕はそのことにも目を逸らして、それが危ういことだと気づかずに深く聞いてしまった。
今から思えば……そう、この後起きるであろう《アキヅキ》の一件が完結した後で思うと、この時の僕は本当にどうかしていたのだと思う。実にパーティの一人から『鈍感』と言われても仕方がないことをしてしまったのだ。
「いや、なんだか攻撃する前から読まれているというか、退いているんだよな……やっぱりそういうのって『現実でもやっている人』じゃないと培われないよね? 『感覚』みたいなのって《エルダーテイル》だとやっぱり違うし」
「……」
直後、ナガレは少し思い耽るような、かつ歯がゆいような表情を浮かべて僕に背中を向けた。
そこでようやく僕は首を傾げたのだが、時遅く、もうナガレがどんな顔をしていたのかはわからなかった。
だけど、
「……まぁ、そんなこと別にいいじゃねぇか!! あんまり無粋なことを聞くと背後からブスリと刺されるぞ!!」
無理に陽気な声を出して腰に手を置いたナガレは、どこか亀裂があるかのようにもろい気がした。




