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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第四章 5 希望の新生


「け、剣を取れだと……このわたしにか!?」

「そうだ。本当はアミュレットさんに話があるけど……お望み通り相手をしてやる。ただし今度は《冒険者》流で行かせてもらう……」


 セイさんはそう言ってマルヴェス卿の前に剣を突き立てる。その表情は会話の途中で邪魔されて不機嫌になっているようだった。私、コールは一瞬、背筋に寒気を感じて震えあがる。

 けれど、マルヴェス卿も貴族……伊達に貴族同士で張り合っていたわけではない。張り詰めた空気の中で立ち上がって、怒号のごとく言葉を吐き出した。


「ふざけるでない! なぜ、そんな野蛮なことをしなければならないのだ!!」

「そんなの《冒険者》に喧嘩を売ったからに決まっている」


 だけど、それさえも斬りつけるように、セイさんはマルヴェス卿の首筋寸前に《迅速豪剣》の剣先を突きつける。それはまるで心臓さえも凍り付かせ、マルヴェス卿の口を閉じさせた。そして、セイさんは眼光をとがらせながら、ゆっくりとマルヴェス卿に向けて言い放つ。


「確かに《冒険者》は野蛮だ……だから武器は奮うし、喧嘩もする。だから僕たちも応戦する……ただそれだけの事だ」

「そ、それに何の意味がある……!!」

「意味なんてないさ。でも、今回の件で『一番恵まれていること』を知った。だから仲間に手を出すなら許さない……《大地人》だろうと、誰かのためではない自分のために、倒す!!」


 刹那、セイさんが《迅速豪剣》を大きく横に振りかぶる。途端に、マルヴェス卿はとっさに頭を押さえてしゃがみこみ、マルヴェス卿の頭上を《迅速豪剣》が通過した。

 マルヴェス卿が振り返ることもできずに、ただ震えた……いや、感覚的にわかっていたのかもしれない。このまま背中を見せれば今度こそ本当に襲いかかられかねない、と。


 ――まさかセイさんは本当に切るつもりでいるのだろうか!?


 そんなの駄目だ……生き返ることができる《冒険者》が『死』をどう思っているかはわからない。だが、《大地人》にとって生は一回きりのもの。


 ――いや、違う……そうじゃない。セイさんは泣いて、笑って、怒る……私たちと同じ意思を持っている人間だ。だからそんなことしてほしくない!


 私は飛び出そうと地面を蹴る。《大地人》や《冒険者》なんてどうでもいい。私はセイさんやみなさんに笑っていてほしいのだ。そのために私は止めに行く……セイさんが手を汚すのは間違っている!

 しかし、その行く先を桜色の羽衣が塞いだ……ミコトさんが掌で制止を促したのだ。


「ミコトさん、なぜ止めるんですか!? このままだと……」

「落ち着いてください。コールさんから見て、あの人はそんなことをする人に見えますか?」


 それは、と私は口をすごめた。

 見えない。むしろ半月前家出した私を迎えに来てくれたように、セイさんはしなくてもいいことまでするお人よしだ。万が一でも無意味に刃を交える《冒険者》ではない。

 するとミコトさんも同意するように「お説教ね……まったく、あとは放っておけば勝手に逃げたものを」と呆れて嘯いた。


「どうした? 速く剣を取らないと死ぬぞ」


 そうしている間にもセイさんは二撃目を放とうとする。その動作にやっとのマルヴェス卿も重い腰と雄たけびを上げた。地面に突き刺った剣を両手で抜いて大雑把に掲げた。そして、それを見計らったようにセイさんは振り上げられた剣だけを器用に《迅速豪剣》で薙ぎ払う。その様はまるで木の枝を払いのけているようで、何とも腰の抜けたマルヴェス卿の剣筋はいとも簡単に途絶えた。

 そうか……その時、やっと私はセイさんが本気ではないことを知る。

 考えてみれば、セイさんには《シャドウバインド》がある……その気になればマルヴェス卿が危険を察知する暇もなく剣を突き立てていた。そうでなくとも《冒険者》と《大地人》では差が大きすぎる。最初に切りつけたのだって大振り……まるでわざわざしゃがみこむのを待ったかのようだった。

 マルヴェス卿はそれに気づいているのかいないのか、払いのけられた勢いに耐えきれず尻餅をつき、壁に寄り添いながら悪態をつく。


「ず、ず、ずるいぞ……こんなの勝てるわけがな」


 だけどその瞬間、真っ白な顔の一ミリ横を《迅速豪剣》が貫いて、マルヴェス卿の言葉を串刺しにした。ちらりと蒼い筋が通った剣に視線を流せば、自身のくしゃくしゃに歪んだ顔が映り込むだろう。冷や汗を流す暇もなく、顔に塗った白い何かはひび割れたかのごとく皺が目立つ。そんな姿を見たせいか、マルヴェス卿はセイさんに命乞いをする。


「や、やめてくれ。わかった……《アキヅキの街》からは出ていく。だから……」

「そんなもの、どうでもいい」


 途端にマルヴェス卿は虚を突かれて言葉を失った。だけど、セイさんはマルヴェス卿の鼻っ柱をへし折るかの如く、反対側の手で襟首をつかんで持ち上げた。


「だってそうだろう。マルヴェス卿の言う通り《冒険者》はずるい……《大地人(普通の人)》より何倍も力持ちで、速く動ける。わざわざ人質を取る必要もない。つまりはこうやって力ずくでいう事を聞かせればいいんだ」


 宙に浮くマルヴェス卿……もうだめだと焦燥に満ちた瞼を閉じる。


「そんな《冒険者》にマルヴェス卿は真正面からぶつかった……失敗して当然だ」

「――――!!!!」


 そうして、マルヴェス卿は息をのむ。セイさんの言葉に凄まされたわけではない……むしろ、セイさんの真意に気づき、耳を貸し始めたのだ。

 そう、セイさんは最初から言葉通り『お説教』をするためにこんな茶番を仕立てた。マルヴェス卿の策がいかに失敗だったのか思い知らせるために。

 いつしか声音も穏やかになり、セイさんは睨みつけながらも悟らせるように呟いた。


「マルヴェス卿。自意識の高いあなたがわざわざ手の込んだまねをしてまで、ここに来たんだ……保身だけでは納得できない。あなたにだって忠義を示す相手の一人や二人ぐらいいるのだろう。なら、なぜ今回のような敵を増やすやり方しか取れない? 危地に追いやってどうする?」

「……こ、これでもわたしは考えて」

「考えた結果が今の状況か?」


 刹那、その言葉はマルヴェス卿の心を抉る。周りを見れば味方は一人だけ、敵は多数、唯一の頼みである《冒険者》という増援は助けに来てくれない……弁解の打ちどころがどこにもない。

 だけど、私はそんなマルヴェス卿を責め立てることはできないだろう……それだけ《大災害》から現れた《冒険者》の影響力は強い。今まで常識だと思っていたことがいとも簡単に打ちのめされる……それはまるで今まで培ってきたものを否定されるかのようで、彼らが思っている事よりもつらいことなのだ。きっとマルヴェス卿は今回のように誰かを蹴落とすことで貴族を成り上がったのだろう。

 すると、セイさんは掴んでいた手を離してマルヴェス卿を解放した。同時に悔しい表情で肩を震わせる。


「もったいない……」


 そして、その次に発せられた言葉に私は……いや、マルヴェス卿を含めた《大地人》が驚愕した。


「本当にもったいない……成り上がりだろうが、『海運』という《冒険者》では手に入れられない武器があるというのに何をしているんだ!」


 同時にセイさんは瞳に羨ましさを込め、拳を握りしめる。その様は《大地人(こちら)》が《冒険者》の高い身体能力と知識を羨むかのよう……その光景にマルヴェスを含め、私も『自分は何か大きな勘違いをしているのではないか』と錯覚させられる。

 と、その時、隣で静かに見守っていたミコトさんが口を開いた。


「無理もありません。《冒険者》は逃げてきた者たちです。だから周りから逃げなかった人たちは尊敬できる……中身はともかく、その生きざまは羨ましく感じる」


 羨ましい……つまりは嫉妬の感情。その気持ちはわかる。半月前、私はセイさんにその影を感じていた。だから、


「だから……ですか? ミコトさんもセイさんのようになりたくてその影を追っていたのですか?」


 途端にミコトは目を見開いてコールに振り返った……まるで『私の心を覗いたのですか?』と言わんばかりに。

 でも言われなくてもわかる……ミコトさんはここ《アキヅキの街》にくるまでずっと本を片手にセイさんを眺めていた。それは逆を言えば、セイさんの事が知りたいと思っている事を私は半月前に身をもって体験している。

 途端にミコトさんは「ポーカーフェイスの練習が必要ですね……」と苦笑いを浮かべて口を開いた。


「ええ、まったくその通りです。でも結局は『ないものねだり』なのでしょうね。《神祇官》が《シャドウバインド》を使えないのと同じ……彼に『鈍く世界を感じてほしい』と言われた時、それがよくわかりました」


 鈍く世界を感じる……それはつまり『恐怖や不安などを考えずに突っ走れ』ということだろうか? だとしたら私には到底できそうにない……私に恐怖や不安を一切感じられずに生きられる時などなかった。

 ミコトさんも同じく頷いた。


「『鈍く』など私の辞書(生きざま)にはどこにもありません。実際、今でもどうすればそのように立ち振る舞えるかなど見当がつきません。きっとこれからもその答えは出ないのでしょう……」


 だったら、もう開き直るしかない……そう言ってミコトさんは言葉を締めくくる。自分にある『鋭さ』を極めて支えるしかない、と。

 私はどうだろうか……私の中にはかつて世界に混乱を……《森羅変転(ワールドフラクション)》をもたらした《六傾姫》がいる。だけどそれはあくまで違う私であって、コールとしての私には何があるのだろう。

 そして、セイさんは『後は勝手にしろ、もう用はない』と言わんばかりに壁に突き刺した《迅速豪剣》を鞘に納める。だけどマルヴェス卿は若干食いしばった歯をむき出しにして叫んだ。

 

「……だったら、どうしろというのだ!! わたしはどうすればよかったというのだ!!」


 マルヴェス卿もまた他に自分にできることは何か、という問いに悩まされた……そんな少し投げやりなその言葉にセイさんは溜息を吐く。


「そんなの自分で考えろ……と言いたいところだが、ヒントぐらいは必要か。そうだな……僕なら物流の一端を貸す代わりに条件を聞き入れてもらうとか、それがだめなら新たな物流拠点を作って他と競合させるとか、かな?」

「なに……」

「普通に考えても、まだいろいろ方法はある。一人で出ない答えも誰かが支えれば出るかもしれない」

「……」


 マルヴェス卿はただ黙すしかなかった……その発想にたどり着けなかったことに自分の未熟さがにじみ出ていたからだ。セイさんはそんな形だけの貴族に振り返ってはっきりと告げる。


「マルヴェス卿。今回のあなたの敗因は、一にも二にも味方を作らなかったせいだ。『海運』という交渉札を使わず、ただ無鉄砲に突っ込んだ結果がこれだ」


 直後、セイさんの掌はミコトさんたちによって倒された《冒険者》たちを示した。その光景はマルヴェス卿の瞳にはどう映っているか……少なくともその内の一人や二人に自分とその忠義を示す相手の面影でも重ね合わせているはずだ。白い顔の額に浮かび上がる汗は血のごとく白く濁って流れる。

 そんなマルヴェス卿にセイさんは凛とした表情で告げた。


「欲しいものがあるのは結構。そのために考えるのはいいことだ……だけど、それでもうまくいかなかったのなら、素直に諦めて忠義を示す相手に知恵を借りろ」


 途端にマルヴェス卿は目を見開いて怒号を上げる。


「わ、わたしに情深き御方の前でわが醜態を晒せというのか!?」

「そうだ……それともその情深き御方というのは差し伸べられた手を取らないほど薄情なやつなのか?」

「そ、そんなわけがあるまい!!」

「だったら、次にやるべきことは見えているはずだ」

「――――っ」


 刹那、マルヴェス卿は言葉をつまらせる。

 次第に力が抜けたように肩を落として、ケタケタと笑い出す……その笑みはまるで自分に向けられている嘲笑のようだった。セイさんの言葉をひっくり返すものがない……むしろ否定すれば、忠義を示す相手を侮辱してしまうことに気づいたのだ。

 要は負けてしまった。見るからに自分より小さな子供にいい大人が言い負けてしまったのである。それは一気に皮がめくれたように、マルヴェス卿の自尊心を脱がせた。


「わざわざ開き直らせるなんて、セイさんは思った以上にお人よしですね」


 その時、傍観に徹していたユキヒコさんが気の抜けた感想を述べた。護衛の《冒険者》を完全に行動不能にしたのか、ぴょんぴょんと跳ねるようにしてウルルカさんも帰ってくる。


 ――いや、それよりも開き直る……? あれは『開き直る』というのだろうか? 


 私にはそれよりも尊い『乗り越える』ものだと思えた。

 マルヴェス卿は、今あの瞬間『考える』を捨て、『頼ること』を手に入れた。この《アキヅキの街》の騒動から見ても、おそらくマルヴェス卿にとって『考える』は『蹴落とすこと』と同義なのだろう……ならばそれは進歩とさえいえた。

 そして、頼ればいずれ頼られる時が来る……その時にこそマルヴェス卿の真価は発揮されるはずだ。その可能性をセイさんは引き出した。


 そう、まさに空気が変わったのだ。


 ふと見渡せば、殺伐とした雰囲気がいつの間にか筋の通った心地よい緊張感に満たされている。私たちを貶めようとしていたマルヴェス卿は毒気を抜かれ、その傍らに立つ青髪の《冒険者》は凛とした佇まいで見下ろしている。

 まさに《希望の新生》。その者は周りにいる誰かに希望を植え付けていく……まだ根付いてはいないが、半月前に生まれたセイさんの異名にぴったりだった。


 ――すごい……やはりセイさんはただの《冒険者》じゃない!!


 気づけば私さえも心臓が高鳴っていた。ドクンドクン、とうるさいほど鼓膜を揺さぶる。セイさんといればこれからも何か始まりそうな……未来への道が開けそうな気がする。その感覚が全身を襲う。

 すると、その虎のような容姿のせいか、ぴょんぴょんと跳ねていたウルルカさんが動物的な第六感で何かを感じ取って体の向きを変えた。同時にミコトさんも「さぁ、最後の仕上げです」と同じ方向に視線を向ける。

 その視線の先は通路の奥……そこにはストールを羽織ったクォーツ嬢とフードを被った《供贄の一族》アミュレットがいた場所だった。もちろん今もその二人はいなくてはならない……しかし、振り返るとそこにはクォーツ嬢しかいない。


「アミュレットは? どこに……」


 そして次の瞬間、


「どこに行くつもりですか?」


 未だ薄暗い影が満ちる先で懐かしい声が響いた。途端に夜の帳からフードを被った女性が突き飛ばされる。その勢い余ってフードから黒い髪が流れた。その下にある目の隈を携えて《供贄の一族》のアミュレットはうめき声をあげる。


「さすがにやばくなったから逃げ出そう……ってのは虫が良すぎるよね」


 そうして、アミュレットをクォーツ邸の大広間に戻した者は嘯いた。

 直後、私は再び涙があふれそうになって必死に目を擦る。涙で視界がぼやけるそこには赤髪の《冒険者》が立っていた。薄闇色のコートは間違いなくセイさんの隣にいるノエルさんだった。

 だけどそれだけでない。ノエルさんに守られるようにまた一人奥から姿を現した。《供贄の一族》の基調である灰色と鼠色のローブを羽織って……アミュレットから『ダンジョン(迷宮)へ落とした』と聞かされていた女性がすぐ目の前にいる。


「グレイス!!」


 とっさに私は知人が無事でいてくれた事を天に感謝した。全ての不安から解放されたようで、私は救われた気分になって駆け寄ろうとした。

 けれど、その衝動もすぐに止まる……グレイスはこちらに目もくれず、いつも以上に気難しい表情を渋ったのだ。

 同時に察した……これから始まることはきっと私は介入してはいけない、できない事なのだと。なぜなら、


「アミュレット。《伝承者(サクセサー)》の名において、この場から逃げることは許しません」


 目の前にいるグレイスは《供贄の一族》の代表、《伝承者(サクセサー)》として立っていたのだった。



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