第四章 3 決着
「これは……何が起きたんだ」
僕ことセイはそのあり得ない現象を眺めて固唾をのんだ。僕たちは今、パーティを再結成して、《忘れられた古の牢獄》の出口『階段広場』で待ち構えるパーティ級モンスター……もとい、二体の《鬼神》と対峙していたはずだ。
そんな《鬼神》が突然、片方を剣で串刺しにした……仲間を見捨てたのだ。
何だ、これは……直後、全員がその思考に足をすくわれた。《エルダーテイル》でもなかった光景……いや、正確に言えば『できなかった光景』かもしれない。『攻撃表示は迫りくる《冒険者》のみ』……そういうシステムがモンスターを縛り付けていた。僕たちもその概念にどっぷり肩まで浸かっていた。
だが、今こうして僕たちの瞳にはその光景が映っている……そして、それが僕たちを危機的状況に追いやっていた。
刹那、剣を突き刺された《左の扉を塞ぐ鬼神》が悲鳴のごとき奇声を上げて光へと還元される。すると逆恨みも甚だしく、剣を突き刺した《右の扉を守る鬼神》がその奇声に応えるように、伸びている三本のうち、一つの手で握っていた太陽のモニュメントを取り出した。回避不能の全体攻撃……まさかその技を繰り出すためにわざと片方を倒したというのか!?
だけど、その力を注ぎ込む手が一瞬止まる……とっさにユキヒコが《ウィロースピリット》で蔓を絡ませたのだ。同時に全員が感慨から目を覚ます。
「地味にナイスだ!! ユキヒコ!!」
「地味に、とか言うな……」
そしてナガレは親指を立てながら、ユキヒコに軽口を叩く。ユキヒコもユキヒコで『地味』に反応したのか軽口を叩いた。
だが、その表情は険しい。必死に武器として選んでいた普通の槍を地面に突き刺して堪えているが、まるで綱引きに負けそうな親御さんのように顔を赤面させている。先ほどよりも《右の扉を守る鬼神》の力が勝っているのか……あまり時間は持たないだろう。
「セイさん!!」
すると、《左の扉を塞ぐ鬼神》を相手していたミコトとウルルカが帰ってきた。僕はすぐさまミコトに問い詰める。
「ミコト! これは前々からあったものなのか!?」
「いいえ、こんな敵味方を無視した攻撃は初めてです!! ただ、最近《アライアンス第三分室》の方でモンスターの予想外の攻撃が報告されています! これももしかしたら……」
そう綴るミコトは思考を巡らせる……噂では《アキバ》方面でも特殊な攻撃を繰り出すために自らを傷つけたモンスターもいたらしい。しかし、どちらにしても僕たちには考えていられる悠長な時間はなかった。ナガレが《居合いの構え》を解いて刀を抜く。
直後、ついにユキヒコが力尽きて、綱に引かれるように倒れた。同時に《右の扉を守る鬼神》が蔓を引きちぎって太陽のモニュメントに手を添える。次の瞬間にはもうモニュメントは紅く透明度を増していた。輝いてしまえば溜め込まれたエネルギーが爆発してしまう。
「駄目だ、離れろ! あれはもう発動前の状態だ!」
「いや、まだだ!!!!」
けれど、その前にナガレが立ちはだかった。斬撃が《鬼神》を襲う。ナガレがとっさに緊急回避技である《刹那の見切り》を使ったのだ。そのままナガレは待機時間の終わったモニュメントから《鬼神》の掌を翻し、《右の扉を守る鬼神》をよろめかせる。太陽のモニュメントも透明度を失くして再び色が戻ってくる。技の発動を強制的に終了させる……良い判断だ、ナガレ!
だけど、これで僕たちは本当に切り札を失くしてしまった。《刹那の見切り》は再起動時間が長い。もう一度《右の扉を守る鬼神》が起き上がって《プロミネンス》を使われたら防ぐ手立てがない。
――考えろ……ここで死ぬわけにはいかない!!
ナガレとユキヒコが稼いでくれた時間を無駄にはできない。僕は頭をひねり出す。きっと何かある……予想外には予想外の解決法があるはずだ。
必要なのは発想の転換。要は残り二割のHPを削る時間を稼げればいい。少しの間足を止める方法が……モニュメントがなければ……。
――ん……? モニュメントがなければ……。
その時だった。唐突に何かが引っかかった。僕は顔を上げて《右の扉を守る鬼神》をよく観察する。
モニュメントはもともとシンボルという『目印』の意味を持っている。それを《鬼神》は大事そうに抱えていた。だが、今は攻撃に使うためにむき出しになっている。それが意味成すとことといえば……。
「「弱点!!!!」」
刹那、ミコトも同じことを考えていたのか、同時に声が重なった。そして、僕とミコトは互いに向き合って頷いた。
「ノエル!! 今すぐ、あのモニュメントまで送れるか!?」
「ユキヒコさん!! 何か目眩ましを!!」
そして、次の瞬間にはもうお互いがなすべきことを理解して動いていた。後方支援はミコトがしてくれる。だから僕は前線へ行くんだ!
瞬間、ノエルは首を傾げたが、策があるのだと察して僕の手首を掴んだ……こういう時に信じてくれるのはありがたい限りだ。
ユキヒコもユキヒコで空気を読んだのか、慌てて呪文を唱える。その呪文とは《ヘイルウィンド》……攻撃呪文ではあるが嵐を巻き起こして行動を阻害する術だ。その風でユキヒコは恐怖を吹き飛ばすように階段広場に吹き荒れ土埃を舞い上がらせた。
そうして、ノエルは僕を連れて文字通り煙に巻いて移動した。《ファントムステップ》で、一秒後にはよろめいていた《右の扉を守る鬼神》の真上へと出る。
真下を向けば《鬼神》は体勢を整えて立ち上がっていた。モニュメントへ手に添え、チャージを始める。モニュメントもチリチリと音を立てていた……中で火炎が熱せられていく。チャンスは一回……どうにかできるとすれば今しかない!!
「ノエル、思いっきり投げて!!」
その言葉をかわきりに、ノエルは僕の手を振り回した……そして、力いっぱいの蹴りを僕の足裏に向けて放つ。
「って、待って!? 何で蹴りを入れるの!!」
「思いっきりなんでしょ!? いっけぇぇえええええ!!!!」
「ぇぇぇぇえええ!!!!」
だけど、ちょうどいいか……とっさに僕はノエルの蹴り《エアリアルレイブ》を踏み台に思いっきり跳躍した。
「《モビリティアタック》!!」
直後、《エアリアルレイブ》の勢いはスピードとなって僕を目的の場所まで運んでいく。目標はモニュメント……燃え盛る中へ。途端に《右の扉を守る鬼神》が胸を張り裂けられたように慌てるが、時遅し。モニュメントを必死に遠ざけようとするが、切っ先に《暗殺者》の全火力を乗せて剣を突き立てる。
「《アサシネイト》!!!!」
その時、モニュメントにひびが入る……と、突然そのひびから温められていた火炎を吹き上がった。その火炎が真っ先に僕に向かって飛んでくる。
「セイ、危ない!!!!」
ノエルが奇声を上げる。けれど結局は杞憂に終わる。なぜなら火炎が襲い掛かる前に僕の目の前に文様を描くように壁が現れた……僕とノエルが動いている間にミコトが《護法の障壁》をかけてくれたのだ。障壁は厚く重なり僕とノエルを包み込む。
そうして僕たちは火炎に吹き飛ばされるように《右の扉を守る鬼神》から距離を取った。ウルルカとナガレがそれを受け止め、その後、火炎は獣の如く出遅れた《右の扉を守る鬼神》を飲み込む。
結果、『助けて』といわんばかりに《右の扉を守る鬼神》が轟音を上げて叫び声をあげた。だけど《左の扉を塞ぐ鬼神》は……仲間はもういない。
そして、《右の扉を守る鬼神》のHPが【0】になる……暗いくらい奈落の底にひきこまれるように光と化す。まさしく、
――自滅……仲間を見捨てた者にはちょうどいい結末だ。
それはけして憐れみではなく戒めとして、自分自身の胸に刻み付ける。僕も一歩間違えればこうなっていたかもしれない……仲間を置き去りにし、自分一人でなんとかなると考えていた。けれどそうではなかった。
振り返れば、仲間がいる。ナガレは勝利に対し雄たけびを上げ、ユキヒコはほっとしながら微笑み、ウルルカは当然といった表情で、ミコトも満足そうに頷いた。それを見ているだけで分かち合える嬉しさがある。それがあるだけでいつも以上に力が出せる。
「さぁ、今度はコールを助けるわよ!!」
そして、ノエルがそんな僕の背を叩いた。同時に全員がこちらを向く。
確かにあまり悠長にもしていられないか……僕は上空を見上げた。その先にある扉を見据える。
「戻ろう……《アキヅキの街》へ」
まだ問題は全部解決していない。感慨に浸るのは全てを終わらせた後にすべきことだった。
◇
『街にはいたか!?』
『いや、いねぇ……あいつらどこ行きやがった!!』
まだ外は騒がしい……私、コールはドアに手を当て聞き耳を立てる。
私がセイさんたちと離れてから八時間が経った。今は夜も更けて、大人でも床に伏せている時間帯だと思う。あと二時間もたてば太陽だって昇ってくるはずだ。
だけどそんな中でも《アキヅキの街》のクォーツ邸は灯篭を燃やして、はたまた魔法によってかわいらしい光の幻獣を呼び出して、それを照明に慌ただしく動いていた。そこで何をしているかというと、アミュレットが……いいえ、正確に言えばアミュレットが連れてきたマルヴェス卿という方が、あらかじめ《アキヅキの街》に潜伏させていたらしい配下の《冒険者》たちにセイさんたちを探させているようなのである。
それがわかった時、私は『やっぱり』と思った……『やっぱりセイさんたちはクォーツ邸を抜け出した』のだ。罠にはめられたことよりも先に、セイさんたちは無事であることに心底、胸を撫ぜおろした。そして、私はできることをしようと決めた。そうして考えたのが、聞き耳を立てることだった。
――情報を一つでも多く手に入れる……セイさんたちが帰ってきた時、すぐに状況を伝えられるように!!
逃げられるかどうかはアミュレットが来た時に確認して不可能だと把握した。誰か《冒険者》やクォーツ邸の使用人にお願いして出してもらおうとも考えたが、あれから様子を窺いに来るのはアミュレットだけだった。だったら今はきっと助けが来ると信じて待つしか、やれることはなかった。不甲斐ない……だけど少しでも役立てるために何かをしよう。
だけど、そんな時だった。ドア越しから野太い声が響く。
『おい、マルヴェス卿からの命令だ。撤退準備を始めろ』
それは私にとって最悪の情報だった。途端にドアが開き、私は一歩下がる。
入ってきたのは細身のドワーフ族だった。風貌は軽鎧と、どこかセイさんと似ている……もしかしたら同じ特技を扱う《暗殺者》なのかもしれない。そんなドワーフ族がいきなり手首を掴んで連れ出そうとする。直後、私は地面を踏ん張って抵抗した。
「何をするんですか!? 離してください!!」
「喚くな。マルヴェス卿の前に連れ出すだけだ」
駄目……今クォーツ邸から離れてはセイさんたちが居場所を探ることができなくなる。そうなれば、今度こそ脱出することができなくなる。それは最悪の手立てだった。
――できるだけ時間を稼がないと……何か、何か話題になるものは!!
「……!!」
その時、私は手首をつかむドワーフ族の脇差にあり得ないものをみつけた。曲がった形式、鞘から覗き見える刀身には蒼色の筋……間違いない、セイさんの武器《迅速豪剣》だった。だが、半月前に今回とは別の用件で作ったその曲剣は、今もセイさんの背中に括りつけられていたはず……。
「それを、どこで……?」
刹那、心の声が飛び出すように私はドワーフ族の《冒険者》に聞かずにはいられなかった。まさかセイさんの身に何かあったのか……無事だと思っていたのはただの思い違いだったのか? そう思うと心身に受けた衝撃は激しかった。必死にこらえていた様々な感情が流れてくる。
――セイさんとノエルさんは無事なのか? 何かされてないか? 皆さんは離れ離れになっていらっしゃらないか? もしそうだとしたら……。
不安な気持ちが爆発して私を動かそうとする。
同時に、首を傾げたドワーフ族は「ああ……」と思い出すように答えた。
「これはマルヴェス卿の側にいた女から頂いたものだ。『いらないから捨てろ』と言われたが、こんないい武器を捨てたら……」
「返してください」
そして、気づいた時には私は声を上げていた。とっさに《迅速豪剣》の柄を両手で掴んで引き抜こうとする。だけど曲剣は思ったより鞘につっかえる……私の腕力では非力すぎてうまく持ち上がらなかった。それでもこの武器だけは手放せない。
「返してください! これは……セイさんのものです!!」
「おい、こら! やめろ!!」
「返してください! セイさんを、ノエルさんを……皆さんを返してください!!」
刹那、《アキヅキの街》に来るまでの道中が脳裏をよぎる。長閑な街道、田園風景……《カゲトモ街道》を渡る間の生活は楽しかった。セイさんとノエルさんと見る風景は新鮮だった。加えて、新しく仲間になってくださったユキヒコさんは雰囲気が似ていて落ち着いたし、ウルルカさんは面白いことを言って笑わせてくれた。ミコトさんは博識で彼女の話すことは興味に耐えない。
ナガレさんだけは何を言っているかわからないけど、それでも皆、優しい人だってことはわかる……その人たちとの生活は私の宝物だった。だから、
「返して……皆さんとの生活をかえして!!」
「このぉぉ、いい加減にしろ!! 《大地人》!!」
直後、堪忍袋の緒が切れたドワーフ族が掌を立てて、手を上げた……このまま振り落として昏倒させるつもりだろう。同時にそれは『離せ』という最後通告だ。でも、だからって離せるものではなかった。この《迅速豪剣》はそれほどまでにセイさんたちのシンボルとして定着していた。途端にドワーフ族の掌が下りてくる。
その時だった。振り向いた私の目の前でドワーフの掌が止まった。《シャドウバインド》……私はその現象を知っている。直後、強風が吹いたように窓が開いて、待ち望んでいたものが現れる。
「ふぅ。ギリギリセーフだね」
そして、完全に寝首を搔かれたドワーフ族の《冒険者》は背後に回られて逆に昏倒させられた。そうして、ずるずると倒れ込むドワーフ族の影から青髪の《冒険者》が姿を見せる。
「遅くなってごめん……助けに来たよ」
「……」
私は嬉しさのあまり絶句した。青い模様が散りばめられた軽鎧姿は間違いなくセイさんだった。