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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第四章 1 鈍く、動き出す


「お触り……禁止……」


 そうして、僕は振り返った……ミコトの声から目をそらさずに。《お触り禁止》……そうセイこと僕の事を呼んだミコトは放心状態の自分を……その掌を眺めていた。

 通常攻撃を受けたその手に傷はない。当たり前だ……僕の攻撃はあくまで通常攻撃。障壁に阻まれてダメージを受けなかったのだから。けれどその反動はダメージ以上の何かをミコトに与えた……。

 その瞬間、僕はその掌を取らずにはいられなかった。


「ミコト!!!!」


 その叫びに放心状態のミコトは顔を上げた。奈落の暗い闇に落とされていくはずだったその身が一時だけ宙に留まる。その反動で梯子が軋んだ音を鳴らす。


「なんのつもりですか……?」


 そうしてミコトは呟いた。僕は「あはは……」と苦笑いして受け流す。僕は勝負していたはずなのに、その勝負相手のミコトを助けてしまったのだ。

 結果、ミコトは膨れたようにむすっとした表情を向けていた。ただ何も言わず立ち尽くす。負けた……その事実に愕然としている。けれどしばらくの沈黙ののち、ミコトは口を開いた。


「……最初からですか?」


 その言葉足らずの続きはおそらくこうだろう……『最初から私は口車に乗せられていたのか』と。僕は首を縦に振った。

 考えてみてほしい。結局のところこの勝負のルールは『障壁を張った者が三十分間、攻撃に耐えられれば勝ち』なのだ……それなら、別に『梯子の上』でやる必要はないのである。地面の上でも、なんなら船の上でもこの勝負は成立する……いや、むしろ地面の方が多方面から攻撃ができ、隙もみつけやすい。明らかにこちらの方が有利なのだ。

 だけどそれをわざわざ『梯子の上』にしたのは、言うまでもなく《シャドウバインド》の効果を最大限に生かすためだった。梯子の上で何度も攻撃したのは、障壁を壊すためではなく、ミコトに障壁は完璧なものだと思い込ませ、最後の《シャドウバインド》の成功確率をあげるためのもの……言い換えれば『ヘイト集め』だった。


「そうですか……やられました、本当に。私の完敗です」


 そして、見事と言わんばかりにミコトは声を絞り出した。その声は見なくてもわかるほど悔しがっていて、上辺だけの言葉を連ねる。


「やはり私はまだまだです。最後の最後まで気づいていなかった……この勝負が仕組まれていた事。いいえ、何か裏があることはわかっていた……でも障壁が絶対のものだと勘違いしていた。油断していた。それが先ほどの戦闘の敗因……それを思い知らされた。さぁ、『話』とは何ですか? 敗者は勝者に従うのが筋……私はどんな話であれ、申し出を聞きましょう……」


 刹那、ミコトの口が止まる。いや、時間さえ凍ったような感覚が全体を覆った。凍ったように言葉を失っていた。

 当たり前だ。強がってはいるが、塞ぎ込まないはずがない。要は僕はミコトを『無理矢理』従わせようとしているのだ。

 わざと戦い合う目にならないと口を聞いてくれないだろうとは思っていた……そこまで僕は惨めさを晒していた。そんな惨めな自分に再び振り向いてくれる人はいない……向かせるためには、何か別の強制力が必要だった。そうして思いついたのが、この勝負だった。

 それはミコトにとって障壁を百パーセント使いこなすことはできないと理解させるもの。《防人の加護》を得意とするミコトを地に落とすもの。障壁は《神祇官》の要で、常に変化する戦闘状況を読み取って的確に張る……それさえできないというのは《神祇官》として未熟であることを示していた。今までのミコトの頑張りを汚すものだった。

 でも、だからこそ僕は覚悟して口を開く。


「それなら、この勝負は引き分けにしてくれ」

「………………………………は?」


 そうして、突如ミコトが顔をあげる。その唐突な言葉にミコトは目をきょろきょろとさせた。何を言っているのかわからないのだろうか。

 まぁ、確かに僕から勝負を振っておいて、終わった後に……それも勝っていながら引き分けにさせてほしいなんて支離滅裂すぎて混乱しないはずもなかった。

 でも、これは至極当然な言い分だ。


「だって僕はこの勝負でお互い全力で挑むことを望んだんだ。だけど、ミコトの全力はこんなものじゃないだろう?」


 そうして、僕はミコトのステータスを呼び出した。


【名前:尊 レベル:62  種族:エルフ 職業:神祇官 HP:5952 MP:5766】


 だけどこれは嘘だ。手を抜かれたのは僕の方なんだ。なぜなら、


「階段広場で助けられた時、気づいた……ミコトは僕たちとは比較にならない高レベル者だよね? 『師範システム』を使って中レベル者にみせているだけだよね?」

「……!」


 瞬間、ミコトは核心を突かれて目を見開いた。

 『師範システム』とは、《エルダーテイル(ゲーム時代)》から受け継いだ《セルデシア(この世界)》の一部ともいえるものだ。内容としては高レベル者と低レベル者が一緒に遊ぶ際に使われるもので、このシステムを使えば高レベル者のレベルを一時的に下げることができる。

 これは第三者からみれば『なぜレベルを下げる必要があるのだ』と思うかもしれない。でも、例えばミコトのように後方で回復する《神祇官》が高レベル者だった場合、モンスターと遭遇すれば一番最初に注目されるのはミコトなのだ。そうなれば一気に戦線は崩壊……前線は無視され、敵と味方が入り混じり、混戦となって防御力のないミコトが一番先に倒される。その後、支援もしくは回復を受けられない僕たちはジリジリと削られて、最悪、HPが【0】になる。

 要は強い者はまっさきに警戒される……モンスターも同じで、レベル差があるとモンスターのヘイトを集めてしまう可能性があるのだ。

 師範システムはそうならないためのもの。そして、ミコトはその師範システムを使っている……おそらく、僕たちと知り合う前から『ずっと』だ。


「ちょっ、ちょっと待って」

「待たない。何度でも僕は言うよ……高レベル者だ」

「な、何を根拠にそんなことを……!!」

「《防人の加護》……あれは《神祇官》で人気の技だろう? それも階段広場で見せたのはかなりの練度だった。それなりの金と経験値がある高レベル者(先輩)じゃなければ無理に決まっている」

「……!!」


 途端にミコトは口を閉じて黙りこける。言い当てられて返す言葉がない様子だった。

 そうごまかしなど効かない。あの時、階段広場でミコトが見せた《防人の加護》は、パーティ級のボスモンスターとはいえ歯が立たないほど《護法の障壁》を強固な壁にしていた。そこまでにするには、特技の階級を『必殺技』といわれる『奥伝』まであげていないとできない行為だ。

 でも奥伝にするには巻物……高難易度のクエストによるレアドロップ品が必要だった。高価格で取引されているものもあるが、どちらにしても中レベルでこなせるほど、奥伝への到達は簡単なものではない。高レベルの《冒険者》だって四割しかそろえられていない者もいるのだ。


「それにこれはレベルに限ったことじゃない。この《忘れられた古の牢獄》の存在を知っていたこと……しいては、僕がみんなを置き去りにした後、短時間で『階段広場』までやってきた。これら全てのルート選びをミコトはこなしてきた……それをやっとのひよっこから卒業した中レベルの《冒険者》ができるはずもない」

「ち、違う……」

「違わない。階段広場で助けられて確信した。気を使ってくれたんだろう? わざわざ師範システムまで使って、僕たちが高レベル者(先輩)だと肩肘張らずに接することができるように……」

「……」


 ミコトは黙っていた。でもそれは肯定という意味だった。

 師範システムは本来の意図はどうあれレベルを下げる。戦闘中でもない限り誰が好き好んで『すっと』使っているものだろうか……ミコトは初めてパーティを組むであろう僕たちを気遣って、わざと中レベルの《冒険者》としてまぎれたのだ。上下関係を取っ払って『一緒に頑張ろう』という雰囲気を大事にしてくれたのだ。


「だからこそ、僕は引き分けにしたい……いや、正直僕は負けでもいいと思っている。ミコトはすごい……このパーティで一番周りに気を使える。今なら本当に僕が『鈍感』って言われた意味がわかる。ミコトはこの中で一番鋭いんだ。でも僕は不器用だからそんなのは一切合切切り離してくれないとわからない。頼る、頼られるとかじゃなくて、持ちつ持たれつじゃないと無理なんだ」

「……まさかそれで『パーティリーダーをやめたい』などといったのですか?」


 僕は首を縦に振った……そうして僕は改めて言う。


「僕はこの《エルダーテイル》という世界をただ単純に楽しむためにきたんだ。世界とか《トオノミ地方》の実情とか、その他のゴタゴタはわからないし、これまで頑張って考えて行動してみたけど空回りだった。だったらもうゴタゴタごと楽しまなきゃ損だろう。そしてミコトにはその一興につきあってほしい。僕と一緒にこの《セルデシア(世界)》を楽しんでもらいたい……『鈍く』世界を感じてほしいんだ」

「鈍く……世界を感じる」


 ミコトは少しまぶしくて目がくらむように僕をみつめた。そんなミコトに僕は再び苦笑いと微笑みで照れ隠しする。いや、自分で言いながらなんと恥ずかしいセリフを言っているものか……。

 けれど、やっぱりミコトには僕のパーティに入ってもらいたい。高レベル者(先輩)だからではない……一人の《冒険者》として僕のいたらなさをこれからも注意してほしいのだ。

 そして、そんなわがままを言ったせいか、途端にミコトは狐につままれたような表情で溜息を吐いた。その様子に僕は慌てて聞き返した。


「あ、あの……もしかして怒ってます?」


 自分の気持ちは伝えたつもりだが、それが自分勝手な言い分だってのもわかっていたからだ。僕が言ったことは言い換えるのであれば、『人の世話を焼きたくないし、むしろ自分の世話を焼いてほしい』といっているようなものだ。責任転嫁以上にひどいありさまだった。

 だけどミコトは首を横に振る。


「いいえ、むしろやっと正当な評価をいただいた感じです。憑き物が落ちたような感覚です。鈍く世界を感じる……どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったのだろうか、と。こんなことならもっと人の話を聞けばよかった」

「え? それはどういう……」


 と、振り向くとミコトは僕の掌から離れ梯子に飛び乗った。そしてそのまま梯子の端を持つと滑り落ちるように真っ逆さまに降りていく。

 え、なに、どういうこと……僕も慌てて梯子を降りて行った。そうして地面に足をつけるとミコトが一足先にその場で待っていたウルルカやグレイスに勝負の経緯を話していた。


「ミコトが負けた!! 嘘でしょ!!」

「いいえ、私は確かに負けました……勝負でも、心の強さでも」


 そうして、耳を疑ったウルルカにミコトは冷静に言い渡す。


「ウルルカ、みんなを集めてください。これから作戦会議を始めます」

「作戦会議?」


 僕は急ぎ足でその言葉をオウム返しのごとく聞き返す。それはつまり僕のパーティへの誘いを乗ってくれるというのだろうか?

 するとミコトは振り返りざまに、さも当たり前のようにこう答えた。


「どうしたのです? あなたが鈍く……『何も考えずに』一緒に楽しもうと言ったのですよ」

「いや、でも急にそんなに楽観的になられても」

「……そして、そのためにも邪魔な諸問題を解決……いえ、もう面倒臭いので粉々にします!」

「無視された……!?」


 ――それも『粉々』とか不穏な言葉が聞こえたのですが!?


 だけど、あくまでもかっこよく決めたいらしいミコトはにっこり笑いながら背中で語ろうとする。そのあまりの幼稚さに僕は初めてミコトとふれあった気がして素直に微笑んだ。

 そうか、やっとわかった気がする。つまり、ミコトはそういう子……見栄っ張りなのだろう。このパーティで一番鋭くて、けれど一番子どもで、だからこそ大人っぽくなろうと無理して肩肘を張ろうとしていた普通の少女なのだと。


 ――そりゃ、ノエルとも喧嘩するよな。


 それはまるで半月前のノエルのようで、《アキヅキの街》についた彼女たちは同族嫌悪のごとく喧嘩しても不思議ではない。それを僕は『そのままがいい』と言ったのだ……そんなに大人にならなくてもお互い様だと。

 そして、次の瞬間、僕はミコトの中で風が吹いたのを感じた。

 風と言っても実際の風ではなく、いうなれば『流れ』というものだろうか。何かが動き出した流れ……それを僕は感覚的に知っている。そう半月前、行きがかり上道端で拾ってきたコールが僕の本来の武器《迅速豪剣》を作ってくれたあの瞬間と似ていた。

 だからこそ僕はこうのたまわねばならないのだろう。


「もしかして、とんでもない子を目覚めさせちゃったかもしれない」


 僕の瞳に映るミコトの背中は小さいながらも一回りも二回りも厚くなっていた。



な、なんとか今年中に間に合った……(ハァ、ハァ

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