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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第三章 6 すべては戦いで。


 そうして少し経った今、目の前では火花が散っていた。顔を上げればそこに見えたのは武器の手入れを終えた剣と蒼髪を揺らす彼――セイがいた。

 周りは暗い奈落の底……セーフゾーンにあたる地下独房のちょうど中間地点に私……ミコトはいる。広すぎる縦穴は最初に来た時よりも怖くはなかったけれど、それでも落ちればただではすまないことだけはわかっていた。

 そんな中、私は必死に出入り用に設置された梯子に掴まっていた。そして、それを払い落とそうと彼は梯子の上から剣を振り降ろす。けれど、私が張った障壁に阻まれて止められた。

 つまりはこれが勝負の内容だった。


 ――「ふざけないで! 何が勝負よ……ミコトに何をしたかはわからないけど、ミコトは《神祇官》……回復職(ヒーラー)なのよ!! 勝負なんてできはしないわ」

 ――「はい。だから少し考えてきました」


 そう、勝負を持ち掛けてきたあの時、ウルルカは私をかばって前に出た。だけど彼は跳ね返すように梯子を指さしてこう言ったのだ。


 ――「勝負は一対一のバトル……ただし場所は梯子の上。そこで障壁を張ったミコトを払い落とせれば僕の勝ち。三十分耐えられなければミコトの負け……僕が勝ったら僕の話を聞いてもらいます」


 刹那、私は現実へと引き戻される。目の前で剣を構えていた彼が何度も斬撃を繰り出してきたのだ。簡単には障壁を破れないと悟ったのか、今度は手数で障壁ごと押し飛ばそうとする。

 これは柔軟な思考と発想の転換、それに加えて度胸も必要だろう。全力の彼はこれほどまでに容赦のないものなのか……私は障壁ごと伝わってくる衝撃に耐えるようしっかり梯子を握りしめた。それに伴い障壁の残存量もチェックしておく。

 私だって勝ちたいのだ……あの時、あんなことを言われて黙っているほど私も利口ではない。勝負を持ち掛けられた後、彼はこういったのだ。


 ――「ま、待ちなさい!! そもそも勝負って……別に話を聞くだけならしなくてもいいじゃない!?」

 ――「そうですね……でもそれで《冒険者》といえるんですか?」


 それを聞いた瞬間、私と私をかばってくれたウルルカは息をのんだ。言葉の暴力があるとすればまさしくこういうことをいうのだろう。《冒険者》といえるんですか……これは逆を言えば、勝負を受けない者は《冒険者》ではないと断言されたのだ。加えてあの時の彼の言葉には威圧感があった……本当にパーティリーダーをやめると言ったうじうじ坊やの彼と同一人物か疑うほどに。

 それを踏まえた上で、勝負を持ち掛けた時の彼はこう罵った。


 ――「別に勝負をしないというのなら構いません……僕は対等な話がしたいですから。ですが、ミコトは前に『全力を出さない僕は見下している』と言いました。それなのに、今度はミコトが『本気を出さない』とかいうつもりですか?」


 その瞬間、私の腹は決まった。ミコトも結局は僕と同じではないか……そういわれているのと同義だった。そして、それは私の嫌いな《Plant hwyaden》と同じだということでもある。


 ――「わかりました……そういうことならお望み通り全力でお相手します」

 ――「ミコト!?」


 そうして制止させてくれようとしているウルルカの背を乗り越えて、あの時の私は一歩前に出た。ウルルカからしてみれば、見えすいた挑発に乗った私は実にばかばかしく見えただろう。だけど、


 ――私にだって《冒険者》の誇りくらいはある!!


「私が勝ったらその減らず口を閉じてもらいます! 《鈴音の障壁》!!」


 こうして、私は梯子の上で魔法を唱えた。《鈴音の障壁》はダメージ遮断効果を与える『障壁』の中では一番効果の薄い魔法だ。だけど、すでに張った障壁の上から重ね掛けができる《神祇官》の魔法でもあった。

 直後、私を包み込む障壁から、シャリン、と鈴の音が響きわたり、一回り大きくなる。その壁は厚く、同時にその余波で攻撃を続けていた彼――セイは攻撃ごと上に跳ね返される。


「――っ!! なんのこれしきぃぃ!!」


 けれど、彼は諦めずに突っ込んできた。とっさに梯子をつかみ取って方向を変えてくる。それはまるでドリフトカーブをするかのように勢いを殺さず、むしろその勢いを乗せて梯子を蹴りつけた。


「《アクセルファング》!!」


 その様はまさに獣。突き立てる剣は折れない牙のように障壁へと向けられ、ひと際大きな火花が散る。障壁と特技の正面衝突……それでも私の張った障壁は崩れず、障壁に阻まれた剣先は呻き声をあげるかのごとくその身をすり減らして、キキ、キキキと不快な金属音をまき散らす。その音は耳の奥で木霊して、私の心の奥底にある恐怖心を抉っていく。

 そして、私は悪寒を感じて震えた。だが、けっして迫りくる剣に気後れを感じたからではない。むしろ恐れていたのは使い手の方だった。


「笑って……いる?」


 そう、剣を突き立てる彼は誰よりも朗らかに微笑んでいた。歯を食いしばりながらもひたすらに剣先をみつめる瞳は純粋に戦闘を楽しんでいる。

 間違いない。勝負を持ち掛けられた時から感じていた……彼はもう私の知っているうじうじ坊やではない。


「《禊ぎの障壁》!」


 それがわかったからこそ、私は賭けに出た。メニューから新たなダメージ遮断の障壁を展開させたのだ。直後、古くなった《鈴音の障壁》はガラスが割れたように粉々になっていく。

 そもそも障壁は盾のように便利なものではないのだ。遠くから仲間を守れる代わりにいろいろな制限がついてくるのだ。その一番の制限が、ダメージを遮断する障壁は一人につき一つしかかけられないという点だ。《鈴音の障壁》のように上書き可能の特別な効果がなければ、より高い効果の障壁に書き換えられてしまう。

 つまりは先ほどかけた《禊ぎの障壁》もこれと同じことが起こった。《神祇官》であれば誰でも使えるこの魔法は、私に新たな障壁を展開し、《鈴音の障壁》を無駄にしてしまったのである。

 けれど、この判断は正しかった。実際、魔法を唱えた合間に剣先は障壁に食い込んでいた。《鈴音の障壁》が壊れるのは時間の問題だった。

 それを《禊ぎの障壁》を張りなおすことで、障壁が息を吹き返したように突きつけられた剣を押し返す。刹那、彼は一旦仕切りなおすように距離をおいた。そのせめぎあいはまるで最強の矛と最強の盾をつきつけているかのようで、一時たりとも油断ができない。


 ――これがあのバレンタインデーの夜を乗り越えた《冒険者》……!!


 私は額に流れる汗を拭った。今、私は彼にどう見えているのだろう……強気に構える大人か、それともびくびく縮こまる子供か……。


「ああ、楽しいな……やっぱり戦うのは楽しい!!」


 そして、彼は楽しそうに笑った。その瞳に一縷の不安もなく、子供のようにこちらを向く……汗をかいて必死になっているこちらが愚か者に見えるみたいに。

 だけどなぜだろう……なぜだか悪い気はしなかった。今、この瞬間血が沸騰する感覚を……充実している感覚を、私は全身で受け止めていた。悪寒は武者震いへ、冷や汗は熱気へと昇華される。


「勝ちたい……」


 気づいた時には言葉になっていた。それは何もセイという《冒険者》だけではない。この現状に……現実世界と変わらない今の窮屈な《トオノミ地方》の現状に勝ちたかった。


 ――そう、私はせめてゲームの中では……《エルダーテイル》の中では誰にも肩肘張らずに生きていたいんだ!


 《大災害》が起きる前は……現実世界の私は最悪だった。『いい大学に行きなさい』という親に肩肘張って勉強して、そうしたら今度は『尊ちゃんって近寄りづらいよね』ってクラスメイトが肩肘を張ってきた。

 結局一人になって、窮屈になった……『世界はなんて狭いんだろう』って窮屈なのに自分からは何も言わないでただ空を見上げていた。

 なんて愚かなのだろう。『みんなのため』と理由をつけて結局は自分が傷つくのが嫌で逃げていただけなのだ。そして、そんな私とうじうじ坊やだったセイという彼が重なって見えた。だから嫌っていた……重い責任を背負うのが嫌で逃げていた彼を、しいては自分自身を。

 だけどそんな彼が動き出した。今なら、


「……今なら私に足りないものがわかるかもしれない」

 

 私も動き出したいのだ。私も走り出したいのだ。現実を打開する一手を……嫌いな自分さえも打ち破る一手を、私は欲しい。

 すると彼も熱に浮かされたのか、独り言を呟く。


「ああ、そうか。やっとわかった……そうだよな、ミコトも《冒険者》なんだよな」

「何を当たり前の事を」

「その当たり前を僕は忘れていたんだ」


 そんな中で彼はただ一言だけ謝った。刹那、彼はここではない……どこか遠い過去をみつめて呟いた。


「僕は今の今まで本当の意味で《冒険者》じゃなかった。小さいころから人を助けてきたけど、それって人から言われてやっていただけなんだ。『おばあちゃんが言うからこれは正しい』って……『お父さんも、お母さんももっと褒めてくれる』って周りを見ないふりをしてきた」


 そこで私は気づく……彼はきっと昔の自分を眺めているのだと。そして、振り返って思うのだ……自分は愚か者だと。


「けど、実際は違った。ここのボスモンスターと戦っている間に思い出したんだ……両親はいつも人助けして帰ってくる僕を煙たがっていた。怪我ばかりしてきて……心配ばかりさせて嫌気がさしていたんだ」


 そうだ。そして、私はその先を知りたい。愚か者だと認識した後の一歩が知りたい。私は自分がどうすればいいのか……私はどこを向けばいいのかわからないから。


「『いつになったら大人になってくれるのかしら』とか、『もう人助けはやめてほしい』とか……本当は愚痴を言いたくて仕方なかった。でも僕が子供だから言えなかった……子供の夢を壊したくなくて我慢してたんだ。聞いてあきれるよね。主人公(ヒーロー)志望のくせに周りに気を使わせていたんだ……だから」


 そう、だから早く聞かせて。あなたならどうするの? あなたから聞かせて、私の『答え』を。

 けれど、彼の口から出た言葉は私の待ち望んでいる答えではなかった。


「だから……僕は言うよ。ミコトも僕に答えを求めるのはやめようって」

「――っ!?」


 瞬間、心臓を矢で射抜かれたかの如く、私は衝撃を受けた。

 図星をつかれた……いや、あり得ない。私の考えを見抜かれたなんてことはあってはいけない。その証拠に、彼は慌てて捲し上げるように説教を垂らした。


「ナガレは僕のことを『すげぇ』っていった。たぶんみんながついてきたのはそういうことなんだよね? でも、そんなことないよ。むしろ、ミコトの方が凄い。自分で自分の間違いに気づいて変えようとしている。見つめなおそうとしている。大したものだよ……僕に頼らなくても」

「違う!!」


 瞬間、私は梯子に拳を殴りつけた。と同時に梯子が痛むように不協和音が奏でる。その掌に響く音はまるで自分の心の傷と重なり合うように共振した。


「私が欲しているものは説教ではない……!!」


 私が欲しいのは……。


「残り五分」


 そんな時真下からウルルカの声が駆け上がってきた。その声を頼りに私は真下をみつめる。そこでは豆粒のように小さいウルルカとグレイスが立会人として立っていた。

 そう、そうだ……私が欲してやまないのは高みへと引っ張ってくれる存在。ウルルカのような親友だ。そんなウルルカが私の勝利を疑わない真剣な瞳でこちらをみつめていた。

 そうだった、今は勝負の最中だ。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせる……今やるべきことは一つだった。


「……残り時間はあと少しです。何もしなければ私の勝ちです」


 私が勝てば全ては丸く収まる。減らず口は出ず、彼の言い分は通らなくなる……つまりは私の言い分が勝っていることになる。

 すべては戦いで……実に《冒険者》らしい決着方法だった。

 すると、彼もすっと足を引いて攻撃態勢になった。私と彼の距離は約三メートル。お互いここ一番の特技を出すにはちょうど良い距離だった。

 それから彼は何も言わず、ただまっすぐ自分の目の前に立ち塞がる障害を打ちのめそうとしている……まるで実力で教えると言わんばかりに。

 そして、それは言い換えれば彼の本気に触れるという事だった。


「そうだな……すまない。言葉は不要だった」


 刹那、彼が梯子を蹴って駆けた……『落ちる』ではなく『駆けた』のだ。きちんと足を前に出して一歩を踏みしめてくる。


「《モビリティアタック》」


 そして、勢いは増し、加えて自由落下の勢いも乗せて、彼は全力でそれを障壁にぶつけた。


「《アクセルファング》!!」


 その衝撃が半端なはずがない……まるで巨大な岩が落ちてきたかと錯覚するほど私の肩に重圧が降りかかってきた。梯子を持つ手が軋んで悲鳴を上げる。そうして衝撃は周りの空気を怖気させるかのごとく轟いた……ウルルカに、ユキヒコに、ナガレに、ノエルに届いたことは間違いなかった。

 けれど障壁は破れない。当然だ。これでも私は《神祇官》として障壁と回復魔法に重きを置いてきた。障壁の固さなら人一倍の自信はある。

 すると、彼もまたそれを理解したのか、大きく距離を取りなおした。そして、再び叫ぶ。


「《モビリティアタック》」


 まさかと思った。されど、彼はすかさず《アクセルファング》を打ち出してくる。先ほどと同じ攻撃を……まるで今の私を否定するかのように!


 ――だめ……守り切れない!!!!


 今度は障壁が大きく揺らいでよろめいた。一瞬だけ私の瞳に奈落の底の暗さが映りこむ。

 まだこんな力を残していたのか……私は改めてセイという《冒険者》に恐れを抱いた。おそらく彼は私が梯子から落ちるまでこれを繰り返してくるつもりだ……このままいけば十秒以内で私は落ちる。

 でも、私も負けるわけにはいかない……この勝負はすでに私の《冒険者》としての維持もかかっていた。

 そんな中で全員が注目する中で私は特技を二つ選択して発動させる。

 一つは《禊ぎの障壁》。そしてもう一つは《防人の加護》。

 その中でも《防人の加護》は八秒間の間使用したダメージ遮断魔法と回復魔法の効果を大幅に上昇させる魔法。私の得意とする魔法だ。私がそれを併用するように《禊ぎの障壁》を唱えれば、ただの障壁が何重にも重なって厚くなる。辞書のように、されども破けることのない装甲へと変わる。その装甲は誰だろうが破れない。これならあと五分だって守り切れる。

 そう、あと五分なのだ。先ほど費やした攻撃の時間も差し引けば、あとできて一回の攻撃が限度だろう。彼がその一回に残りの力全部を使ってくるのは必然。だからこそ私は《防人の加護》を注いだ《禊ぎの障壁》に賭けた。

 そして、彼はまた同じ構えを取る。距離をおき、《モビリティアタック》による加速で梯子の上を駆けてくる。剣は上段に、体勢は低く……もう障壁と特技でトランポリンのように戻る気がないのは明らかだった。

 そうして私の間合いに彼は進入する。

 けれども次の瞬間、私の予想は大きく覆された。彼の一言が予想を裏切ったのだ。


「《シャドウバインド》」


 私は唖然とした。勝利を確信したその横腹に拳を埋められる感覚を味わった。同時に、身体はまるで木偶の坊のごとく動かなくなる……それはつまり梯子の上では致命的な失態だった。


 ――力が……入らない……!!


 梯子を掴む手が緩くなる……全身の力が抜け、体重が下へと持っていかれる。それはまるで重りを乗せられた状態……私の身体が重力に引っ張っられていく。

 そうだ、私はなぜ忘れていたのだろう。《神祇官》の張る障壁はあくまで『ダメージ遮断魔法』だ。

 そう、遮断してくれるのはダメージだけ。《シャドウバインド》は……『状態異常(バッドステータス)』は難なく通してしまう。

 なのに、私は勘違いしていた。障壁を張れば完璧だと……誰にも手出しされないと思いあがっていた。私はこの勝負自体を思い違いしていた。


 ――それを彼は見抜いた……? この勝負の中で……??


 だとしたら、いつからだ……私はとっさに顔を上げた。だけどその考えもまた違っていたことを思い知る。

 困った顔をしていた……彼は障壁の目の前で眉をひそめて申し訳なさそうに剣を構えていたのだ。その表情は最初からこの結末に持っていく事を予期しなければ出せないものだと私は知っている。


 そう、私は最初から踊らされていたのだ。


「お触り……禁止……」


 そして、私は思い出す。彼の異名を……誰も触れることなく、また触れられることもなく相手を倒す《冒険者》の二つ名を。

 瞬間、彼は軽く構えた剣で障壁を斬りつけた……引き金を引くようにこつんと。そのあっけない通常攻撃は、放心状態になった私を易々と梯子から落としたのだった。



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