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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第三章 3 助けられてばかり


 ――間違いないノエルの声だ。


 僕は顔をあげた。すると、おそらく《ファントムステップ》の『即時移動』効果を繰り出したのだろう……刹那、『セイ』と僕を呼ぶ声の主が目の前に現れる。

 薄闇色のコートが文字通り煙を巻くように翻り、その切れ端から《狐尾族》の尻尾が僕の泣き顔を見に顔をのぞかせた。赤いおさげが紅い火炎が迫る舞台に舞い降りる。

 そう、僕の前にはノエルがいた。だけど、今は敵の全体攻撃が迫りくる中だ。回避は不可能、僕は疲労困憊で動けない……そして、ノエルはそのことを知らない。


「駄目だ。ノエル……!!」


 僕は大声で叫んだ。それだけが僕にできることだった……せめてノエルだけはこの敗戦が決まった戦場から逃げてほしい。


「セイ……悔しいのは皆同じだよ」


 けれどノエルが何かを告げた次の瞬間、迫りくる火炎は僕たちを襲った。化け物のようにのみ込まれた僕たちはすぐさま形が残らないほど燃やされ焦土と化す。


 ――いや待て……熱くない?


 とっさに瞼をつむってしまったが、熱さを感じない。身を焦がす臭いもしない。

 だけど、火炎は確かに僕たちをのみ込んでいた。紅い色と、オレンジと、それから黄色……火の粉が飛び交う世界で僕はその色に焦がされるノエルを仰ぎ見た。混沌とした世界から情熱の色に早変わりしていたその世界で障壁に守られるノエルはこちらを向いていた。魔法陣のように展開された障壁は彼女の柔らかな笑みを照らす。まるで、無事でよかった、と言いたげに……ノエルを、仲間を捨てた事など微塵も感じていないように。

 その時、展開されていた障壁が勢いを増す火炎に耐えかねて粉々に崩れてこちらに散らばってくる。きらきらと、ノエルの命のはかなさを表しているように。

 そして、


「《カバーリング》」


 火炎は一気に爆散する……最大火力の爆風と炎がノエルの肌を真っ黒に染め上げる。たった数秒、されどその痛みは全部ノエルへと降りかかった。なのに悲鳴も上げず……いや、上げられないと言った方がいいかもしれない。喉をやられて声さえ出せず、ただノエルは僕を守るようにただ立ち塞がった。

 そんな彼女に僕は手を伸ばすことさえできず、ただ見続けることしかできない……火責めの刑にされるノエルを見殺しにすることしかできない。


「やめてくれ……」


 だから僕はせめて贖罪の言葉を口にするしかなかった。


「こんな僕は助ける価値もない。ノエルやみんなが面倒になって逃げて行ったんだ……今更助かりたいなんて思わない!!!! だから……だからもうやめてくれ、僕のために命を投げ出さないでくれ!!!!」


 その時、僕とノエルを包み込んでいた紅い世界が霧散した。《プロミネンス》の全体攻撃が切れたのだ。途端にノエルは後方へ……僕の方へと倒れてきた。僕は必死にそれを受け止め、うめき声をあげる。

 痛い、服の上からでも肌がヒリヒリする……焼き切られる。ノエルの身体はそれほどまでに熱されて重度の火傷を被っていた……触っていられないほどに。

 だけど、それでも僕はノエルの肩を抱いて身体を揺らす。「起きろ、返事をしろ」と何度も何度も声をかけた。

 HPゲージはまだ一割を保っている……死んではいない。きっと火炎にのみ込まれた際、一定量のダメージを遮断できる『障壁』が展開されていたおかげだろう。ノエルのメニューをみれば一定時間ごとにHPを回復させる『脈動回復』もつけられている。

 そして、《カバーリング》……任意の相手のダメージを肩代わりするその技を使ってノエルは僕をかばった。


「なぜだよ……なぜ、そこまでして……僕はノエルを置いてけぼりにしたのに」


 そんな僕にノエルは手を差し伸べた。弱弱しく上がるその手は僕の頬を撫ぜて、あふれ出そうになる僕の涙をふき取った。そうしてノエルは口を動かす。


 ――『大丈夫だよ……セイには私がついてるから』


「……っ」


 声に出せないその言葉を確かに僕は受け取って、息が詰まる想いに苛まれる……何もかも見透かされている気がして、自分がひどく醜く感じた。


 ――助けられた……僕の方が助けられた?


 頭が真っ白になった。何も考えられなかった。

 僕の世界が回る。立ち上がろうとした足はがくがく震え、指は力なく垂れる。これでは誰も守れない、誰も助けられはしない……そもそも僕はもう助ける立場ではないというのか? だったら僕のいる意味なんてあるのか?

 恥ずかしい……そう思うと無性に自分の存在が恥ずかしくなった。こんな惨めな自分を晒すのが恥ずかしいと思った。


 とその瞬間、モンスターの雄たけびがノエルのはるか先で鳴り響く。《右の門を守る鬼神》が怒り狂って泣きわめいたのだ。未だ健在の敵を前に目を充血させ、再び太陽のモニュメントに力を注ぎ込む。

 当たり前だ。あちらから見れば僕は相棒を倒した仇敵……絶対に許せない存在なのだから。消し炭にしても恨みは晴らせないだろう。僕たちは早く逃げるべきである。


 だけど、それでも足は動かなかった。動こうとしなかった。今まで動いていたものが急に川に流されているかのように溺れていく……これが世に流されるという事だろうか。


 不甲斐ない……仲間まで捨ててここまで来たっていうのに、一番のお荷物だったのは僕だった。MPは未だ空……助かる見込みは万に一つもない。


「ごめん。ノエル」


 だからせめて僕は謝るしかなかった……惨めに、見苦しく首を垂れるしかなかった。そんな僕たちに《右の門を守る鬼神》の攻撃が迫りくる。


「うりゃぁぁぁぁあああ――――――――!!!!」


 その時、割って入るかのように複数の駆け足と声が響いた。同時に《右の門を守る鬼神》の真横から細長い刃……刀がギラリと光った。そして次の瞬間、刀を使った攻撃が敵の懐に入り、《右の門を守る鬼神》がよろめいてこけた。緊急回避技の《刹那の見切り》だ。

 もちろん今このダンジョンでそれを使える者は一人しかいなかった。懐から飛び立つように蹴ったそれは僕の目の前で構えながら降り立った。


「まったく一人で先行くとかつれないことすんなよな、セイ」


 山賊のような甲冑と自信にあふれた言葉遣い……間違いなくナガレだった。そんなあり得ない物を見る僕にナガレは振り返ると「ひっ!?」と気持ち悪いものを見るかのように冷ややかな目線を向ける。


「おいおい……なんだよ、その死んだ魚のような眼は」


 冗談か本気か……ナガレは何度も腫れ物に触るように額を叩いて呟いた。だが、どちらにしても今の僕にそんな事を気にする余裕などなかった。


 ――……助かった?


 途端に僕は頭を抱えた。ナガレにまで助けられ、これでは本当に僕が何のためにいるのかわからなくなる……僕はもうどうしたらいいというのか。


「おーい、聞いてるのかー。無視すんなー。ぺしぺしぺしぺし……」


 だというのに、ナガレはこっちの空気も読まずに効果音までつけてちょっかいを出してくる。さすがにうざいことこの上なかった。だいたいなぜナガレがこんなところにいるのだろう……僕は尚も額に叩き続けるナガレの手を乱暴に振り払う。


「なんだよ……なんなんだよ、お前は!! こっちはこっちで考えているんだよ!! 邪魔すんな!! あと、たまには空気読め!!!!」


 ついいつもの愚痴まで口にしてしまったことはあえてつっこまないことにしよう。ナガレはそれでも平然としていたのだから。けれど、


「……よし、じゃーとりあえず歯を食いしばれ」

「は?」


 とっさにその答えが返ってきて僕は唖然としながら前を向いた。そして、その正面にナガレの頭があった光景を僕はたぶんこれから一生忘れないだろう。


「いたぁぁあああああああああ!!!!」


 つまりは頭突きをされたのだ。ナガレは意味不明な言葉と共に目の前の無防備な額に全身全霊をかけた一撃をお見舞いしたのである。

 僕はすぐさま額を隠し、頭に『?』マークを浮かべながら一歩二歩と下がった……心なしか額からオーバーヒート気味な蒸気が出ている気がする。それはそうとなぜ自分が頭突きされたか全くと言っていいほど理解できない。

 だけどナガレは同じく熱くなった額を惜しみもせず見せつけてこう呟いた。


「あんまりかっこ悪いところばっかしみせつけるなよ……」


 そうして、じんじんとくる額の痛みをものともせずナガレは真正面に僕を胸倉を掴んでにらみつける。その瞳はまるで主人公(ヒーロー)をみつめるかのようだった。


「半月前の事、忘れたとは言わせねぇぞ……俺たちだってな、あそこにいたんだ。『今のセイが普通じゃない』ってことぐらいはわかんだよ。なのにこっちは蚊帳の外? ふざけんな」


 僕は息が詰まる想いがした。確かに半月前にもナガレたちとは助っ人としてすれ違っている。たとえ一瞬だったとしても僕たちは出会っていた。

 その時、《右の門を守る鬼神》が立ち上がった。その顔はもう灼熱のように真っ赤になり、なりふり構っていられないように地面に落ちた自らの剣を持ち上げる。同時にナガレは真っ向勝負と言わんばかりに僕の胸倉から手を離して刀を構えなおした。だけど、


「これだけは言っておく……俺はあの時本当に『すげぇ』って思ったんだぜ」

「え?」

「《トオノミ地方》の冒険者は置き去り組だ……俺自身も半月前までそう思って諦めていた。なのにさぁ、突然《大地人》の心を動かす奴らが出てきたんだぜ。心が躍ったよ……まるで本物の《冒険者》じゃねぇかって、こいつについていけば何かが変わるんじゃねぇか、てな」


 そうして《右の門を守る鬼神》が力の限り振り下ろした一撃をナガレは真っ向から刀を立てて受け止める。瞬間、何キロもの衝撃がナガレの全身に降りかかって、ものすごい風圧が僕を襲った。それでもナガレは歯を食いしばって、足が地面にめり込んでも踏ん張った。


「セイ……あの時のおまえがしたことは、おまえが思っているほど簡単なものじゃねぇ。たくさんの《冒険者》に火をつけたんだ。たぶん俺以外も……な!!!!」


 刹那、ナガレが全身全霊をかけて吠えながら押し返す。《右の門を守る鬼神》の振り下ろした剣が弾き飛ばされたのだ。その姿は実に楽しそうで、何か心につっかえていたものを吐き出せて清々しているようだった。

 と次の瞬間、急に浮遊感を感じて僕は振り返った。すると、僕とノエルを小脇に抱える虎姿の少女がいた。


「まったく……時々勝手なこというよねー、ナガレっちは」

「う、ウルルカさん!?」


 そして、僕は彼女の名前を呼ぶ……と同時に思い出したようにとっさに視線を逸らした。ウルルカとは最後の最後で酷い言い争いをしたままそれっきりだった。そのことを考えるととても目を合わせることはできなかった。

 そんな僕を一目見たウルルカは無言のまま飛び跳ねた。敵の注意を引くナガレを背景に、僕はみるみると戦場から遠退いていく。もしかして、ナガレもウルルカも僕を助けてくれたのだろうか。


 ――でも、どうして……なぜみんなはこんなにも助けてくれるのだろう。


 僕はみんなを置き去りにしたのだ。なのに僕はみんなに助けらてばかりだ。

 仮にナガレの言う通り、それがいつもとは違う自分だったとしてもその事実は変わらない。


「言っておくけど、ミコトを愚弄したことは謝るまで許さないから……」


 すると沈黙に耐えかねたのか、ウルルカが小さな声で呟いた。


「でも、心を動かされたのは本当」

「え……って、うわっ!?」


 その瞬間、ウルルカが急に止まって僕は反動でうめき声をあげた。

 気づけばそこはもう階段広場の手前……金網の一本道に戻ってきていた。そして、そこには巫女姿とローブ姿の《冒険者》が待ち構えていた。

 そのうちローブ姿のユキヒコが振り返って「よかった! 無事でしたか!!」と笑顔を見せた。だけど巫女姿のミコトが喝を入れなおすように注意した。


「説教は後回しです。今は全力でここから離脱します! ユキヒコさん、合図を!」


 途端にミコトの隣にいたユキヒコは頷いてある特技を繰り出した。

 《シュリーカーエコー》……そう、ユキヒコが名乗った技は突如どこからともなくキノコを生やした。そうしてユキヒコの地面に生えたキノコは手足を伸ばして立ち上がる。一見モンスターと思われたが、それは口を開けて《右の門を守る鬼神》に向いた。

 そして、驚くほど……いや、絶望的にひどい絶叫のような音波が鳴り響いた。誰もが耳をふさぐそれは大砲の如く撃ちだされて《右の門を守る鬼神》に命中する。同時に《右の門を守る鬼神》は喚きだして頭を押さた……意識が朦朧としたのだ。これが合図だったらしく、注意を引き付けていたナガレが踵を返して走り出していた。

 だけど、ナガレがあと少しで合流できるって時だった。ユキヒコでもそこまで食い止めることはできないようで、頭を振って目覚めた《右の門を守る鬼神》は握っていた剣を逆手に持って抱えだした。

 まさか……まるで投擲するような姿勢に僕は息を止める。そして、その予想は的中した。《右の門を守る鬼神》が怒りにまかせて自らの剣を投げてきたのだ。

 その剣はすさまじい勢いで風を切って一直線にナガレへと突き刺さろうとしていた。


「危ない!」

「ううん、ミコトがいるなら平気」


 僕は慌てて叫んだ。だけど、視界の端にいるウルルカは自信満々な笑みを浮かべて答える。

 刹那、ナガレの周りに障壁が展開された。ミコトの職業《神祇官》の十八番、《護法の障壁》だ。一定量のダメージを遮断してくれるこの魔法は《エルダーテイル》の中でも結構重要なポジションにいる。当たり前だ……ダメージをあらかじめ防げれば回復の手間がかからない。手間がかからない分、補助や攻撃に力を注げるわけなのだから。

 今回もおそらく逃げる際の補助として、あらかじめミコトがナガレにつけていたのだろう。だが、それでも障壁は万能ではない……モンスターの、それもボスモンスターの一撃に耐えられるほど強くはできていないはずだ。だから、障壁を張ったとしても……、


「……っ!?」


 けれど、僕はその現象を目の前にして初めてその障壁がただの《護法の障壁》ではないことに気づいた。

 それというのもナガレを守ろうとした障壁がみるみる白いオーラを帯びて厚くなっていったのだ。まるで本物の装甲板みたいではないか。


「《防人の加護》……障壁と回復量を倍以上に増加させるミコトの得意技。これがあるからうちは安心して戦える」


 そうして、ウルルカさんが説明する中、投擲された剣は《護法の障壁》に激突した。だけど、《護法の障壁》はびくともせずそこに佇んだ。

 いくら単に力に任せただけの攻撃だろうとここまで平然としたものだろうか……僕はそのあまりの装甲の厚さに威圧されて眺めた。

 どれだけ修練したんだろう……たぶん何日も、いや、きっと僕の数十倍以上の時を使って技を磨いたはずだ。はっきりと言えるのは僕よりも格段上の存在。


「さぁ、今のうちに逃げますよ!!」


 そして、ナガレが帰ってきたのと同時にミコトは全員に指示を出す。それはもう見せつけられるほど、パーティリーダーとして機能していた。


「……」


 そっか、そうだよね……僕は皆が一斉に立ち去る中、ウルルカの脇で揺られながら一人落ち込んだ。わかってはいた。気づいてはいた……けれど、それをはっきりと見せつけられると諦めがつくほど認めずにはいられない。

 そう、つまり僕を助けてくれるのは……。


「……ミコトの命令だったんだよね」


 その言葉はみんな必死で逃げていたため、誰の耳にも届かなかった。



【訂正】10/27 二文を訂正

( 不甲斐ない……仲間まで捨ててここまで来たっていうのに、一番のお荷物だったのは僕だった。MPは未だ空……助かる見込みは万に一つもない。

「ごめん。ノエル」

 だからせめて僕は謝るしかなかった……惨めに、見苦しく首を垂れるしかなかった。そんな僕たちに《右の門を守る鬼神》の攻撃が迫りくる。)

( ――……助かった?

 途端に僕は頭を抱えた。ナガレにまで助けられ、これでは本当に僕が何のためにいるのかわからなくなる……僕はもうどうしたらいいというのか。)

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