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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 『お触り禁止と供贄の巫女』
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第一章 ナカスの街


「ここが冒険者の街〈ナカス〉!」

 城壁をくぐるとコールは目を輝かせて叫んだ。それもそうだろう、何と言っても迫力があったのだ。

 そこは高層建築物が並んでおり、廃墟と化した今でも空を突き破ろうとしていた。だけど、意外と圧迫感は無い。木目調がファンタジー成分と相重なって街は活気づいているように見えた。それどころか色とりどりの旗や模様付けが着々を進んでいる。

 そう、僕たちはたった今〈ナカスの街〉――最南端のプレイヤータウンに着いたのだ。浜辺付近に作られたその街は他のプレイヤータウンとは違って木造建築が多めで冬だというのにどこか南国風の暖かな風が流れてくる。形状は葉を伸ばす大木のように東、中心、西と別れており、僕らはその起点となる〈メインストリート〉と呼ばれる門前広場にいた。

 〈メインストリート〉は〈ナカス〉の各スポットに繋がっていく支点にもなる場所で、中央には噴水がある。ちょうどプレイヤーたちが野良冒険者に募集をかけたり、依頼をする『プレイヤーボード』など、言わば冒険に出かけるプレイヤーの最終点検場だ。

 周りにはちらほらとプレイヤーの群れが行き交い、今から狩りに出る者、逆に帰ってくる者など様々だ。その皆が装備品をつけたごつい恰好でいる。だが、その誰もが意気揚々と楽しんでいたのか近寄りづらい雰囲気は無かった。

 ――まぁ……あくまで、表面上は、だけど。

 僕は彼らのステータスに記載されている〈Plantプラント hwyadenフロウデン〉のギルド名から目を逸らしたくて空を見上げた。太陽は少し西に傾いている。今は午後三時ぐらいか。冒険に出かけたのは朝の十時だったからもう五時間も経ったのか……意外と時間がかかったな。

 僕は途方もない事を口にしてため息を吐いた。それというのも〈試しの地下遺跡〉は〈ナカス〉を出てから片道三十分で着ける低層のダンジョンだったはずなのだ。攻略に三時間をかけたとしても午後二時には帰りつくつもりだった。

 だけど、その予定を狂わせたのは……もう言うまでもないだろう。

 僕はその元凶である金髪の少女に視線を向けた。

 コールというその少女は目を輝かせて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。その姿は胸まで伸びた長髪……パーマがかかっているのか少しふわりとしたその髪に、丸みを帯びた垂れ目……いかにも覗き見るものを和ませるといった癒し系だ。チェック柄のチュニックはそんな彼女をまるでかわいい看板娘といった風貌に印象付けさせた。


 そんな中、僕は少し前の記憶を遡る。

 グリムリーパーを掃討し、とにかく〈試しの地下遺跡〉の入口に僕たちは戻った。途端に碧く広がる平野は僕の頬に爽やかな風を運び、癒してくれる。けれど、そこでノエルは僕に肩を寄せて言った。

「今すぐ離れるベきよ! 彼女、コールは普通じゃない!」

 あぁ、癒しが台無しだ。だけど彼女の言いたい事はわかる。僕は後方でその広大な平野に驚いたる金髪少女に視線を合わせた。コールのステイタス画面を呼び出したのだ。


【名前:コール レベル:15 種族:ハーフアルヴ 職業:巫女 HP:1215 MP:735】


 だけど問題はそこではなく、そのステイタスの分類は〈大地人〉になっていたことだった。

 〈大地人〉とは、プレイヤーである〈冒険者〉と違って〈大災害〉が起きるまでは〈エルダーテイル〉でノンプレイヤーキャラクターとして動いていた存在だ。ゲーム背景に添える花のような存在でクエストを華やかにする以外は存在意義はなかった。

 だけど、〈大災害〉が起きてからはその定義も変わったらしい。〈大地人〉はその名の通り『大地で生きる人間』として僕たち〈冒険者〉と共に生きる一般人になった。実際に笑ったり泣いたりするところを見れば誰でも理解できる。数も増えて、街では営みさえ観察する事もできる。

 でもだからこそ不思議だった。〈大地人〉は〈古来種〉という例外を覗いては〈冒険者〉と違って本当に何の力もない、ごく一般的な人間だったからだ。なのに、この金髪少女ことコールは、僕たちが〈試しの地下遺跡〉のボス攻略の最中にドロップアイテムとして現れた。その異様さが、僕の頭の中をしっちゃかめっちゃかにする。

「ということで、あなたすぐ目の前からきえなさい!」

 ……というのにだ。ノエルが僕を差し置いて、未だ膝まずいている少女に指図する。当然彼女は「え?」と声を漏らした。

 む、無理もない……僕でも意図がわからず肩を竦めている。そして、僕はそんな混乱したノエルの両肩を掴んだ。

「あはは……。ごめんね、この子……あ、『ノエル』って言うんだけど気が動転しちゃったみたい」

 ドウドウ……ノエルをまるで暴れ馬のように僕は扱う。それが気にいらなかったのかノエルはさらに息を荒げた。

「は、離しなさい! どう見ても全てこの子が原因じゃない!」

 瞬間、コールが肩を震わせた。

「あの彗星もあなたなんでしょ!? あなたが落ちてきてからグリムリーパーが火炎攻撃をしてきた。絶対おかしいわよ! だいたい〈大地人〉がドロップされる時点で怪しいし、きっとこの子は〈大地人〉ではなくてモンスターよ!」

 あぁ、なるほど。ノエルはコールが人間に扮したモンスターだと推測したのか……この子がわざと僕たちを倒しに来たと。うん、その発想はなかった。

 だけど荒げるノエルに僕はチョップを入れる。ノエルは「いたっ」と言葉を吐きだしながら僕を恨めしいそうに眺める。僕はそんな彼女に目線で、話の中心であるコールを見るように誘導した。

「――ぁ」

 すると、ノエルはばつの悪い表情を浮かべた。その言葉を聞いたコールは顔を伏せていたのだ。

「だからと言って嫌味を言っていいってことにならないでしょう。今のはノエルが悪い」

「でも!」

「ノエルのことだから彼女がモンスターだと言う確証もないんだろう?」

 そう、ノエルのモンスター説は面白いが確証などない。だいたいモンスターだと言うならこんな回りくどい事をするだろうか。なによりステータスがエネミー表示をしていない。

 その言葉に彼女はその僕の言葉を聞いてぐぅの音も出ないように縮こまった。わかったようでよろしい。それから僕は塞ぎこんだコールに手を差し伸べた。

「ということだからさっきの言葉は気にしなくてもいいよ」

 コールは尚も塞ぎこんでいたが、そっと掌を乗せて立ち上がった。

「だけどノエルが心配する気持ちはわかるんだ。実際僕もこんな事態は異常だと思っている」

 コールは塞ぎこみながらも首を縦に振る。それを確認して僕は問う。

「だからとりあえず『街まで送る』ってことでいいかな? あとは君の好きなようにしていいから」

「え?」

「セイ!」

 ノエルは僕を制するように声に出す。だが、コールが〈大地人〉であることは間違いのない事実。だとすれば放ってはおけない。なせなら、

「〈大地人〉は僕たちと違って復活ができない一度きりの命なんだ。街まで無事届けたらそれで終わり。薄情だけど、その代わり僕も君のことをとやかく聞かない」

 僕は「それでどうかな?」と続けざまに聞いた。コールは目を輝かせて頷いた……「はい!」と。ノエルはそんな僕を見て一言だけ「このお人よしいぃぃ!!」と叫んだ。


 こうして現在、僕はノエルを何とか説得して無事に街まで送り届けた。今にして思えば、あんなことがあったのにノエルはよく堪えたものだと感嘆を覚えるほどだ。そのノエルは僕の後ろでじっとついてきてくれている。

「セイさん、セイさん! あれは何ですか!?」

 するといつの間にかコールは服の袖を引っ張っていた。その指が街の西側、一際大きいドーム状の建物を指す。

「ああ、あれは〈ナインテイルコロシアム〉だな」

「コロシアム……『闘技場』ですか?」

 コールはドーム状の建物を見ながら首を傾げた。

 〈弧状列島ヤマト〉という名前から大体の想像はつくと思うが、この世界は現実世界の半分……つまり『二分の一の地球』をベースにしている。〈エルダーテイル〉の風潮を受け継ぐこの世界でもそれは適用されているらしく、ゲーム時代と同様このことを〈ハーフガイア・プロジェクト〉と僕たちは呼んでいた。

 〈ナカス〉は言うなれば日本の福岡にある中洲あたり……もちろんそこにドームはないのだけれど、〈ハーフガイア・プロジェクト〉によって隣町にあった『福岡ドーム』が〈ナインテイルコロシアム〉として併合されているのだ。そして年に一回、二月の十四日に〈冒険者〉同士の闘技大会が開かれる。もともと〈大地人〉の男性たちが惚れた女性たちに強いところを見せるために開かれたのがきっかけだが、今ではその軸が〈冒険者〉にすり替わって闘技大会へと変貌した。

 実のところ、辺境である〈ナカス〉に〈冒険者〉がいるのは、ほとんどこれが目的だったりする。もちろん〈トオノミ地方〉にも様々なクエストや街がある。だが、〈冒険者〉である限りやっぱり『最強』という言葉には目を輝かせるのだ。この時期になれば様々な所から〈冒険者〉が来訪したり、優勝を目指して根付く者も少なくない。僕もその一人……そして、〈大災害〉に巻き込まれた。

「なるほど、街が色鮮やかな旗で飾られているのはそのせいもあるのですね」

 あらかたの説明を聞いたコールは教えを請う子供のように「うん、うん」と頷く。

「で、いつまでそうしているつもりなのかしら……」

 だが、背後から恨めしく呟くノエルの声が鼓膜を揺らした。さすがに彼女ももう我慢の限界が迫ってきている。コップに入れた水はもうせとぎわまできていた。僕は申し訳なさそうに頭を下げる。

「それじゃ悪いけど……」

「はい。わざわざありがとうございました」

 コールは満面の笑みで頭を下げるとてこてこと街角を走っていく。ノエルがその姿を見て胸を擦ってほっとする。

「そこまで邪険にしなくてもいいだろうに」

 僕は呟いた。街の門をくぐった時点でコールはモンスターではないことは証明されている。プレイヤータウンや街の中は『戦闘禁止区域』として設定されており、モンスターは入れないはずだ。だけどノエルは、念には念を、と言わんばかりに頬を膨らませて顔を逸らす。だけど、次の瞬間には熱は冷めたようで「これからどうする?」と聞いてきた。

 その答えに僕は少し考えてから呟く。

「まずは〈刀匠通り〉で新しい武器を……と言いたいけど、先に〈ギルド会館〉へ行かないと駄目かな」

 〈ギルド会館〉とは、ギルドの入会手続きや銀行など〈冒険者〉に必要な施設が詰まっている場所だ。プレイヤータウンには必ずあり、申請をすればギルドホームも貸し出してくれて便利が良い……、

「それはギルド〈Plant hwyaden〉に報告するってこと?」

 ……はずなのだが、〈弧状列島ヤマト〉の西に至ってはその限りではない。

 あそこに行くのは嫌だが仕方がない。僕はノエルの言葉に頷く。先の〈試しの地下遺跡〉での戦闘――〈狂い立つ悪霊〉が異様な行動をとったことを説明しないといけない。ノエルほどではないが僕もグリムリーパーが放った火炎攻撃には驚いた。ノエルのモンスター説はさておき、どう見ても何かがおかしい。

 レベルが高かった自分たちだからよかったものの、他にも〈試しの地下遺跡〉に潜行している〈冒険者〉もいる。その人たちのために情報は開示しておくべきだ。それにはノエルも賛同する。ただし、

「あのコールっていう〈大地人〉は話すの?」

 ノエルは真剣に僕の瞳をみて質問する。その問いに僕は答えた。

「いや、それはやめよう」

「どうして」

 ノエルは当然問い返す。すると、華やかな街にしばらく氷のように冷たい風が吹いた。そして、その空気を吸い込むんだせいか、僕は自分でも驚くほど冷淡な声で告げる。

「……〈大災害〉の混乱に乗じて〈ナカスの街〉を制圧するような礼儀知らずにそこまでする気はないよ」

 その答えにノエルはため息をつきながら「わかった」と一言だけ呟いた。僕の先を一歩踏み出す。

「ま、考えてみれば私たちがわからないんだから、説明のしようもないか」

 そう言うとノエルは三つに別れた道の中央を走っていく。僕はどこか彼女に後眼を感じつつよそよそしく後をついていった。


 しばらくすると景色が門前の拾い平地から道幅が広い大通りへと変わった。中心街に入ったのだ。ここもまた旗や飾りなどの装飾品をつける人たちが多い。

 だけどそれだけではない。両端には露店や店が立ち並んでおりそのどれもがこんがりと焼けるにおいを漂わせている。ちらちらと視線を向けると色とりどりの食べ物、果物が覗き見えた。

 それもそのはずだ。ここは〈ナカスの街〉で一番にぎわいをみせる〈ギルドストリート〉と呼ばれる街路だった。文字通りギルド館に至るまでの道である。前はただの通路だったそうだが、〈冒険者〉をターゲットに商売をしようと〈大地人〉たちが露店や店を建て始めてできたらしい。今では様々な店が色彩豊かな道の上空にディスプレイを出して宣伝をしている。

「んー、今日もおいしそうな匂いが漂っているな」

さすがに油断をすればすぐにでも食べ物にくいつきそうになるなぁ。足取りさえもそっちへ行きそうになる。だけど、ノエルはそんな僕を叱咤するように耳を引っ張った。

「まったくまた寄り道しそうになって……ほら、行くわよ」

「痛い痛い……わかったから耳はやめろって」

 僕はノエルから耳を引き剥がして擦る。まったく幼馴染だからって酷いだろう……。

「いいの! セイはこうしないといつまでたっても先に行かないでしょ」

 ノエルはそう言ってまた顔を背ける。そんなことはないけどな……と思いつつも、そんな僕は何とか食欲に打ち勝って歩きだせた。反論ができない。

 すると調子に乗ったのか、ノエルは教諭のように人差指を天に向けて教えを享受する。

「セイは本当にお人よしなのよね。さっきの『コール』って子だってさ、普通は別れたらそれで終わりなのにかばっちゃうんだよね」

 ノエルが口吹いた。そして、ぎゅっと口を引きしめる。まるで余計な事を言わないように。

 一方僕はそれに気付かずに頭を掻く。

「そうかな僕としては困っている人を助けるのは当たり前のことなんだけど」

 僕は純粋に疑問を述べた。それというのも僕はよく周りから『お人よし』と言われているのだ。でも、僕はただ小さいころから教わったことを実践しているだけだ。

「ノエルだって言われただろう。『困っている人がいたら助けろ』って」

 おばあちゃんが口癖のように言っていた。『困っている人がいたら助けろ、それは他人ではなく自分を豊かにしてくれる』と。

 だけど、ノエルは剥ぎりの悪い口調で呟いた……それはまるで自分のことのように。

「うーん……まぁ、そうなんだけどね。普通は流されちゃうんだよ……いろいろとね」

 その小さな手がぎゅっと拳を握る。

 その時だった。

「金がない!?」

 ふと耳に接客の声が残った。それはここでは珍しい怒鳴り声だった。

「ん、何かあったのかな?」

 僕は進路方向を変える。少ししてノエルがはっと我に返った。

「あ、ほら。そうやってほいほい行かない」

 ノエルが後方から静止させようと僕の首根っこを掴もうとするが、時すでに遅し。するりと空振りしてしまった。ノエルは「もう」と苛立たしげについてくる。


 着いた先は露店だった。色とりどりの果物が並んでいるところをみると果物屋のようだ。それを取り囲むように人が集まっている。その中央には露天商の主が立っており、一人の少女を睨みつけ、

「おいおい冗談やめてくれよ」

 と頭を抱えている。その少女は金髪で長髪。ふわりと舞う髪の下には丸みを帯びた深緑の瞳が見るものを和ませる……って彼女は、先程僕たちと別れたはずの謎の少女コール!?

「噂をすれば影ね」

 とっさに後ろから顔を覗かせたノエルが一言据えた。全くその通りなのだが、彼女は街角を曲がったはずだが、こんな所で一体何をしているのか。すると、コールは首を傾げた。とその時、コールはありえない言葉を口にした。

「……だって置かれたものは食べていいんですよね?」

 ――……はい?

 これには僕とノエル、そして、集まった誰もが驚く。驚くあまり少しの間、沈黙が走った。その沈黙をまず破ったのは、ノエルだった。

「あの子〈大地人〉だよね!? 地元だよね!?」

 ノエルは僕に確認するようにきいた。そんなこと聞かれても僕だって困惑していてわからない。ただあまりに典型すぎるほどの世間知らずに僕は唖然としていた。僕とノエルはそんなこんなで内心慌てていると

「ああぁ、金がないってどういう事だ」

 露天商が額に青筋を一、二本浮かび上がらせる。あの露天商も見た感じ〈大地人〉なのだが、どうやら〈大地人〉同士でお互いの意思疎通ができるわけではないようだ。

 ――しかし〈エルダーテイル〉でも青筋を浮かび上がらせられるんだな……。

 あまりに困惑していたのか、どこか考えが別の方向に向く。

 でも、そろそろ達観している場合ではなくなりそうだ。果物屋の露天商は今にも彼女を捕まえようとしている。

 周りはあまり気にしていない。誰もあの金髪の少女が異常性を持っているなんて事に気づかないし、そもそも西から来たとあるギルドのせいで〈大地人〉のいざこざをどうこうしようとする〈冒険者〉はあまりいないのだ。

 それどころか、

「おい、あの子かわいいな。パーティに誘ってこいよ」

 と鎧武者のような〈冒険者〉が色眼鏡をかけているような始末だ。相方らしい地味な〈冒険者〉が必死に止めるが、このままでは果物屋の騒ぎがどう転んでもコールに良い事はない。それを把握した僕は一歩その輪の中から前に出た。

 すると、ノエルも「あー、もうしょうがない」と今回は許すと言わんばかりに僕の後をついてきてくれた。そして、女の敵を見るかのようにその鎧武者と周りを睨む。ノエルも女だけあって色眼鏡で見られるのは好きではないらしい。

 僕はノエルに言われるまでもなく足を進ませる。そして、中央で向かいあうコールの肩を軽く叩いた。

「あ、あなたは……」

 コールは一瞬びくっと肩を揺らしながらも、振り返る僕の姿を見てほっと一息ついた。

「何だい、その子はあんちゃんの連れかい?」

 露天商はいらついた足で何度も地団太を踏みながら僕に問う。その問いに僕は頷いた。途端に周りの〈冒険者〉が「ち、なんだ、連れいたのかよ」と一発で興味を失くして蟻のようにそれぞれ散会して行く。

 そんな彼らにノエルが「帰れ、帰れ!」と一言物申しているのは聞き流すことにした。

「で、この子何をしましたか」

「どうもこうも勝手に果物を食べてやがったんだよ」

 そう言われて僕は彼女を振りかえる。するとコールの手には確かにリンゴのような赤い果物が握られ、一口かじられていた。あ、食い逃げですね。

「わかりました、払います。お金ですよね」

 そうして僕は鞄から金貨の袋を取り出した。その中から金貨5枚を露天商に渡す。これでこの騒ぎは終わり……になるはずだが、

「足りねぇな」

 と露天商は口を歪ませる……え? 

「いやいやちょうどありますよ」

 だいたい果物などの食べ物は金貨5枚が相場だ。調理アイテムならもう少しするだろうが、ただの食材アイテムで金貨5枚以上のはずがない。

 すると露天商は値札を指さした。僕はその【0】の数をなぞる……えっと、一、十、百…………そして、僕は瞼を擦った。だけど幻じゃない。その値段は、

「金貨……二百枚!?」

 嘘だろ……リンゴみたいな果物が、それも一つなのに。

 確かに〈大災害〉直後は料理というものがなかったので……いや、正確にはステータスで調理はできたが、その全部が湿気た煎餅の味しかならなかったので、そのままの味が楽しめる食材アイテムが高く売れた。だが、それでもこれは酷いと思う。

 それに今では調理スキルを持った者が言葉通り『自らの手で料理』することで、普通に味のある料理を楽しめる。よって、食材アイテムは相場の価格に戻ったはずだ。なのに何だこの破格な金額は!!

「ぼったくりだ!」

「いやいや、お客さん。それはたたのリンゴではなくて〈アルヴのリンゴ〉って言って特別な場所に生えたもので〈Plant hwyaden〉様に高く売れるんですよ」

 だが、そのあまりの金額に僕は目を見開いて露天商に視線を向けると、露天商は顔色変えず掌をこちらに向けてきた。確かによく見ると『フレーバーテキスト』と呼ばれるアイテムの詳細欄にそんな記載があるが……それでも、

「は、や、く、だ、せ」

 刹那、一つ一つ強調して言葉が発せられた。露天商にもう猶予は無い。

「え、あ、でも……ああ……ぁぁぁぁ」

 僕は呻きながら袋ごと差し出した。それは先の〈試しの地下遺跡〉で稼いだお金だった。ぼったくりだ。もうこの店には来ない事を心の底から決意した。


「今にして思えば、あれって『超高級メロン』と似たようなものだったのかも……」

 そして、俺たちは人の目を避けるために手近な店に逃げ込んだ。そこは〈ギルドストリート〉に数多ある飲食店の一つ。その一番近いテーブルで僕はテーブルを涙で濡らしながら泣きごとを漏らす。

 テーブルは円卓になっており、僕たちはちょうど三方向へ向き合って座ることになった。むろん飲食店である限り食べ物を頼まないわけにはいかない。店員が注文を素早く取りに来て、ノエルがとにかく適当な料理を注文していた。

「ほら、いつまでそうしているの。他の客もいるのよ。しっかりしなさい」

 そして、注文し終えたノエルはそんな僕を叱咤する。周りを見渡せば確かに空きテーブルは少ない。その上に乗っている料理は豪快な事からこの店は量を重視した男性向けの店だと言う事もわかる。

 でも、意外と繁盛しているんだな……僕はふいに思った。

 もちろん出されるのは本物の料理だ。匂いや食感、なかなか歯ごたえもある。だけど〈大災害〉の前でも〈大地人〉は生きてはこれたのだ。だから、本来こういった飲食店はこの世界にはなくていいものなのだろう。それを〈冒険者〉が一方的に持ちこんでしまった。〈冒険者〉が〈大地人〉を変えてしまったといってもいい。

「はわぁぁ、どれもおいしそうです」

 その証拠に、しばらくするとコールは目を輝かせた。注文した料理が出てきたのだ。

 色とりどりの料理。麻婆豆腐に、魚の刺身、果てはムニエルなど料理の種類も様々だ。もちろん〈冒険者〉向けにそういう料理にしているのだろうが、こうした変化をみるとこのファンタジーのような世界観を壊さないかと少し心配にもなる。

 しかし、今は別の所に目を向けるべきだろう。

「で、これからどうするの?」

 ノエルは僕を睨みながら言った。そう、結局僕らはコールの責任者的な立場になってしまった。さすがにこのまま、またさようなら、というわけにはいかないだろう。そんな事をしてもまたどこかで助けるはめになりそうな気がする。

「あ、あの食べてもいいのでしょうか?」

 するとコールが物欲しそうな視線を向けて呟いた。まるで、待て、をされている犬のようにじっと待っている。

 どうやら先程の露天商の騒ぎに一応の責任は感じていたようだ。未だに小首を傾げているが必死に我慢してさっきから腹の虫を鳴かせている。さすがにかわいそうだ。

 僕は頷いた。途端に、コールはパンを掴んで食べ、頬が溶けそうなほど表情をほころばせる。その表現豊かな顔を見て僕は、目を見開いた。今では〈大地人〉でも料理を食べてここまで表情豊かにしている者は少ない。

 そうとは知らず、コールは僕らの前でスプーンを取った。目の前の料理たちを宝のごとく眺め、狙いをつけていた……どれだけ料理を口にしていなかったというのか、というほどに。だけど、

「ちょっと待った」

 と、ノエルがその手でコールが掴みそうになった皿を引っ張る。途端にコールの手が止まる。そして、ノエルを主君と認めるようにまっすぐ背筋を伸ばした。

「あなた何者?」

「はい、コールです」

「そうじゃなくて!」

 ノエルが首を振る。そして、真剣な眼差しでコールを見つめた。

「きちんと答えて。モンスターからドロップされるなんて普通じゃない……あなたは私たちに助けられたんだからきちんと答える義務がある」

 コールが首を傾げた。ついでに僕も「え?」と首を傾げる。それはつまり、恩を着せる、というものではないだろうか。だけどノエルはその思考を読んで再度言った。

「セイは良い人すぎ。私は異様なものを自分の周りにつきまとわせるなんて嫌。〈ナカス〉では特に……そうでしょう?」

「……」

 その言葉に僕は黙った。そして、その空気を読むようにコールはスプーンを置いた。無理もない。楽しく食事をしていたというのに雰囲気ぶち壊しだ。ノエルの気持ちもわからなくはないが、とても食事の際にする話ではない。

「さぁ、あなたの正体聞かせてもらうわよ」

 だけど、そのままノエルは他テーブルにまで熱気が伝わりそうなほどコールを睨んだ。

 僕はため息を吐く。相手を警戒し過ぎるのはノエルの悪い癖だ。

「ほら、他のお客さんに失礼だから」

 僕は彼女に静止を促す。最初に注意したのはノエルなのにいつの間にか立場が入れ替わっているのは何故だろう。いつもこんな役回りになっている気がする。

 だけどノエルはそれでも異音を発しながら威嚇する……これでは本当に猛獣のようだ。ここは一旦店をでるべきかな……二人とも頭を冷やす必要がありそうだ。

「あーあ、汚しちまったよ……この〈大地人〉」

 でも、その時だった。バンッと机が強く叩く音が響いた。だけどそれは僕たちではなく店内の端から聞こえた。

 次に聞こえたのは悲鳴だった。視線を向けると、革と金属を合わせた重装甲の男が〈大地人〉の店員につっかかっている。確かあの子は僕たちの注文を受けた子だ。

 どうかしたのかな……僕はその重装甲の〈冒険者〉に注視した。あの鎧は〈ワイルドアーマー〉と呼ばれる品物だったか……僕が腰にぶら下げている〈シミター〉を買った武器屋に同じものがあったから覚えている。そして、隣には部下らしき二人がいて、声を上げていた。

「この〈ワイルドアーマー〉は〈魔法級〉に匹敵する、ちょぉーう、レアものなのにさ」

 その声はどうやら先程の机を叩く音で尻もちをついた店員に向けられているようだ。よくみると〈ワイルドアーマー〉に飲みものが零れてしまったらしい。それが店員のミスかはわからないが、店員はまるで怪物を怒らせてしまったと自分を悔いるように悲鳴を上げていた。

 しかし、〈魔法級〉アイテムを希少という意味の『レア』だと断言するあたりエセ〈冒険者〉ではないかと疑わずにはいられない。

 アイテムには確かにグレードというランクがある。下から〈魔法級〉〈秘宝級〉〈幻想級〉といったように、ランクが上がればそれだけ効果が大きくなる。しかし、〈魔法級〉アイテムはランクの一番下……つまり繁用品なのだ。〈大地人〉の武器屋から買えるし、とても手に入らないわけではない。

 それでもエセ〈冒険者〉は頭に血が上ったのか店員に罵詈雑言を浴びせていた。いや……違うな。彼らの瞳から舐めまわすような視線が垣間見られる……わざと悪態をついている。

「申し訳ありません。申し訳ありません……」

 困ったな……まさか僕たちより悪態を晒す人たちがいるとは思わなかった。店員は必死にボブショートを揺らしながら頭を下げている。

 僕はゲロを吐き出しそうになるほど不快感を覚えた。それはノエルも同じでいつのまにか怒り狂っていたはずの彼女は目を細めながら沸点を下げている。まさに反面教師というやつか。

 周りもわいわい楽しそうに過ごしていたというのに邪魔されて不機嫌になっていた。その視線は〈ワイルドアーマー〉を着ている男たちに向けられ「空気も読めんのか」と小声で訴えかけている者もいた。ある者は嫌気が差して、店内から逃げ出している。

 それでも誰も立ち上がる者はいない。その原因の一つがエセ〈冒険者〉のステータス画面に刻まれた〈Plant hwyaden〉というギルド名だった。

 僕は椅子を引く。もちろんその店員を助けるためだ。だけどノエルが右手首を掴んで止める。

「助ける必要はないわ」

 冷たい言葉をかけるノエル。僕は少しだけ目元を吊り上げて無言の反論をした。だが、ノエルは折れない。

「別に非人道的な事を許すわけじゃない。でも街中は戦闘禁止区域よ……あいつらだって大それたことはできない」

 それで僕は彼女の言いたい事を理解する。

 そう、〈ナカス〉に限らずプレイヤータウンとなる街中は『戦闘禁止区域』として指定されている。それにもかかわらず、もしプレイヤーである〈冒険者〉が武器を取れば〈衛兵〉と呼ばれるシステムが〈冒険者〉を捉える。

 〈衛兵〉はレベル【90】以上で刃向かえば一刀両断。誰も逆らえない。

 そのおかげで〈大地人〉は〈冒険者〉の隣で生活できるわけだ。だからエセ〈冒険者〉たちは何もできないはずだ。

「セイが助けたら余計争いごとになる。大丈夫、飽きたらすぐに帰るわ」

 ノエルが悟るように言い伏せる。僕は仕方なく苦虫を噛みしめながら再び席に着いた。

 ――だけど、その読みは浅かったようだ。

 僕らが悶々としている中、エセ〈冒険者〉は机にかけていた武器を取り出して構えた。それは男の身長に至るのではないかというほど長い刀……大太刀と呼ばれる武器だ。それを鞘に収めたまま上段で構えて店員に向けて打ち降ろす。

「――――――っ」

 すぐさま聞こえる打撃音。とっさに頭を守った店員に鞘を収めた大太刀が鞭のようにしなる。これには僕だけではなく周りの皆までも驚いて言葉を失くす。

 確かに武器を抜いてはいない。装備もしていない。ただ、持った、だけだ。感情を一切抜きにして見れば『素振りをした際に運悪く〈大地人〉に当たった』のかもしれない。でもこんなことあってもいいのか。

 だけど、〈衛兵〉は来ない。見逃されている。そんな中、店員は必死に頭を下げていた。

「ぉ、お許しください。何でもしますから……」

 エセ〈冒険者〉はまるでその言葉を待っていたかのように口元を歪ませる。

「ちょうど良かった。実は俺たちちょっとうっぷん溜まっているんだわ。だから、サンドバックになってくれねぇか」

 店員は首を傾げた……当たり前だ、この世界にはボクシングでパンチの練習に使うサンドバックなんて言葉など知らないだろう。

 だけど、それも少しの間だった。エセ〈冒険者〉は鞘のままの大太刀を掲げ、店員に振りかざす。それはもうシステムの穴を潜って容認されていた。途端に泣き叫ぶ声が店の中に張り付いた。

 空気が悪くなるどころではない。これはもう殺意に満ちている。たとえ、傷つかないとしても目の前で斬撃が迫ってくるのだ。何度も死にそうな思いをさせられ、またその様子を見せられ心が疲労しないわけがない。

「おらおらおらおら」

「い、いや、いやぁぁ」

 ガンッ、ガンッ、とさらに鞘に収まった大太刀が震え音が響く。その音がさらに店員の心を締め付け、エセ〈冒険者〉はそれを愉快そうに聞いていた。

周りは動かない。それどころか身を引いていた。

「おい、俺あいつ知ってるぞ。この〈ナカス〉を牛耳るギルド〈Plant hwyaden〉の小隊長じゃねぇ」

 すぐさま「まじかよ」と周りが騒ぎだす。あまつさえこそこそとうそぶいて逃げ出そうとする始末だ。さすがにもう我慢の限界だ。

 それがわかったのか、ノエルも掴んだ手に力を込めようとした。だから一瞬速く、

「悪い、ノエル。もう無理」

 僕はノエルの手を弾くように振り払った。


「あの、もうやめてあげてもらえませんか?」


 だけど、それでも一足遅かったようだ。聞き覚えのある声に振り返ると、視界の先で少女が斬撃の合間に入り込んでいた。

「ああ、だれだおまえ」

 そう間違いなくコールだ。エセ〈冒険者〉が〈ワイルドアーマー〉を打ち鳴らして鞘のままの大太刀を構えたまま聞き返す。

 僕たちは慌てて視線を集中させた。すると金髪をふわりとなびかせ、コールが悠然と立ち塞がって物申している。ノエルが振り返ると、コールが座っている場所には誰もいなかった。僕たちが立ち竦んでいる間に一人で前に進んでいたのだ。

 再び視線を前へ。コールは悠然と立っていたが、静かにエセ〈冒険者〉へ頭を下げる。

「無礼だってことはわかっています。ですが、少しやり過ぎではないかと思います」

 その言葉に僕だけではなく店内の全員が息を呑んだ。

「ああ! ならおまえが代わりに憂さ晴らししてくれるのかよ!」

 案の定エセ〈冒険者〉は大太刀をコールに向ける。その隙に店員はどこかへ逃げる。でもコールはそのまま悠然と立った。たとえ傷つかないとしても武器を掲げられれば誰もが目をつむるというのに、彼女はしっかりと脅えることなく達観していた。

 それでバカにされたと勘違いしたのか、エセ〈冒険者〉がいきり立つように振りあげた。

 ――無謀だ……そして、僕はとっさに足を前に出した。


     ◇


 あぁ、やっちゃったよ……私はため息を吐いて、〈ワイルドアーマー〉を着た〈冒険者〉を視界に映す。

 結局、その武器が振り下ろされることはなかった。そこでは〈冒険者〉の掌から大太刀が転げ落ちていたからだ。

 〈衛兵〉が現れたのではない。青い模様の軽鎧を着た少年が大太刀とコールの合間に割り込んで〈冒険者〉の掌を捻ったのだ。

「間にあってよかった」

 その少年……何を隠そう、私ことノエルの幼馴染であり、このゲームなのか異世界なのかわからない世界で唯一のパートナー……名をセイという少年だった。そんな彼は昔からのお人よし……今だってほっと安心して胸を撫ぜ降ろした。

 ――だけど、全然良くない。

 私はつっこみたくて仕方ない心情を抱えて悶々とした。

 本当に私のパートナーは『おせっかいでお人よし』だ。いや、そこが好きでパーティにいるのだが、それも『時と場合による』ってやつだ。セイは気づいているのだろうか、〈ワイルドアーマー〉を着た〈冒険者〉のステイタスに刻まれた〈Plant hwyaden〉という言葉に。

 その時、セイの綺麗な蒼髪が静かに揺れる。掴んでいた手首を一旦離したのだろう。

「ああ、なんだよ。次から次へと」

 〈ワイルドアーマー〉の〈冒険者〉は苛立って地団太を踏んだ。そんな彼にセイは何も言わず、こちらに視線を向け、

「ノエル。悪いけど〈大地人〉とコールをよろしく」

 そういうとコールの背を押して私の所へと歩ませる。あぁ、暴れるんですね……私は頭を抱えた。

「ああ……もう! わかりましたよ……でもやるからにはとことんやってよね」

 気は進まないが、歩み寄ったコールの手を引いて店の端まで寄った。

「あ、あのセイさんは何を……」

「あなたには関係ない。いいから黙ってて」

 私は安全を確保してから、振り返って〈ワイルドアーマー〉を着た〈冒険者〉のステータスを開く。


【名前:燃えるが山のごとく レベル:87 種族:ヒューマン 職業:守護戦士 HP:12789 MP:6351】


 ――相手は高レベル者か……でも街中ならなんとかなるか。

 途端に私は思考を巡らす。おそらくセイもすでにステータスを確認しているだろう。そして、勝負を選んだのだ。

 その意を理解したのか、『燃えるが山のごとく』の瞳に火花が灯る……あぁ、もう言いにくい! 略して『モヤ』でいいや。

「ああ、何の真似だぁ?」

 モヤは機嫌が悪そうに呟いた。わざわざ相手を逆撫でするその言葉にセイは反応する。

「いえ、あなたは一発拳骨を受けないと反省しないようですので、相手してあげようと思いまして」

 するとモヤは即座に大太刀をすくい上げ、同時に反対側の手でセイの胸倉を掴む。

「俺を誰だと思っている。〈ナカス〉を牛耳るギルド〈Plant hwyaden〉の小隊長様だぞ」

「……」

 私はその言葉に目を細める。

 そうだ、モヤの言うとおり〈Plant hwyaden〉は今の〈ナカスの街〉を統治している一派。もともと統治する者なんていなかった〈ナカス〉に攻め入って制圧した最西端のプレイヤータウン〈ミナミの街〉の大手ギルドである。

 もともと、西の〈ミナミの街〉や東の〈アキバの街〉と違って、〈ナカスの街〉には大手ギルドはいない。辺境ということもあり〈ナカス〉にいた〈冒険者〉が少なすぎたせいだ。その数は二千五百ほど。だからゲーム時代の〈ナカス〉はもっとも現実を忘れられるゲームらしい場所だったと思う。〈大地人〉も〈冒険者〉も自由に楽しんでいた。

 あの頃は海上輸送や大陸への定期便もあり、様々な商品が路地を埋め尽くすあの光景……商業の街として私は〈ナカス〉が大好きだった。〈冒険者〉に媚びる事もなく接してくれる〈大地人〉、未だ手つかずのお宝が眠るダンジョンに燃える〈冒険者〉。セイは『大会のため』とか言っているけど、彼だって誰にも媚びへつらう事のないこの雰囲気が好きだったからここ〈ナカス〉にいる。

 だけど今から九か月前――〈大災害〉が起きた際、それが痣になった。取りまとめる者がいなかったせいで〈冒険者〉は混乱からなかなか脱出できなかったのだ。その上〈冒険者〉が少ない分、情報も少なく、かつその数故に『自分たちだけなのか』という心細さが〈冒険者〉の悲壮感を増幅させた。そして泣きっ面に蜂のごとく、〈Plant hwyaden〉が隙をついて〈ナカスの街〉へと侵攻した。

 そこでやっと前を向いた〈ナカス〉の〈冒険者〉だが、圧倒的な準備不足により迎撃に出た〈冒険者〉は完敗。その戦利品として〈Plant hwyaden〉はある物を要求した。

 ……と、その時モヤがセイのステイタスを見て嘲笑うように言う。

「あぁ? よく見ればおまえどこにも属していないソロか……ハハハ! なら知っているよな。俺たち〈Plant hwyaden〉が〈ナカス〉の〈大神殿〉を制圧している事を」

 私は歯を食いしばる。

 そう、モヤの言うとおり〈Plant hwyaden〉は敗戦後〈大神殿〉を戦利品として買い上げたのである。

 〈大神殿〉というのは〈冒険者〉を復活させることができる唯一の施設だ……さすがにここまで言えば〈冒険者〉はゲーム時代のように何度でも復活できることもわかるだろう。その事実は〈大災害〉により自暴自棄を起こした〈冒険者〉によりわかった。現在ではもう〈ナカスの街〉にも広がって〈大地人〉、〈冒険者〉ともに常識となっている。要は〈冒険者〉は『復活逃げ』ができるのだ。

 だけどその〈大神殿〉は買われてしまった。実際にはその『ゾーン』というものを買い上げられたわけなのだが……。

 『ゾーン』というのはこの〈エルダーテイル〉の世界で言う土地の権利書のような物。〈大災害〉後から始まったらしいゾーンというシステムは、買い上げる事でそこに建っている建物や部屋を好きにできる。例えばこの〈ナカス〉のように〈冒険者〉を復活させる施設……〈大神殿〉を買われた場合、買った者がその場で誰を復活できるかを指定することができる。

 つまりは実質上〈Plant hwyaden〉は〈大神殿〉を抑えた事で〈冒険者〉の命を掴んだのだ……『復活逃げ』されないように。

 そして、その時〈Plant hwyaden〉は高らかに叫んだ……『〈ナカス〉の〈冒険者〉よ! 安心するといい、君たちの安全は保障された! これからは単一ギルドによるギルド間差別のない世界を作るために〈Plant hwyaden〉の傘下に入り協力せよ!』と。

 何が差別のない世界よ。本当の〈ナカス〉を見てきた私たちから見れば、それはただの脅迫にしか過ぎない。その証拠に彼らは現在でも〈Plant hwyaden〉に入った者しか復活できないようにしていた。

 それからというもの、〈ナカス〉にいる〈大地人〉の商人は〈Plant hwyaden〉を中心に商いをするようになった。商品もギルドに所属する〈冒険者〉が優遇され、しぶしぶ〈Plant hwyaden〉に入ったという〈冒険者〉は甘やかされて腑抜けとなった……目の前のモヤのように。

「今ならさ、まぁ謝れば許してやらなくもないぜ。あとで神殿送り……いや、もう一生起きない『黄泉送り』なんていやだよなぁ」

 今の〈ナカス〉はもう私たちの好きな〈ナカス〉ではない。そのことを思い出せられて私は憤る。『あの時低レベルでなければ』という思いが胸やけのごとく降りかかる。

 だけどもうどうにもならない。悔しくても〈大神殿〉を抑えられている以上、刃向かえない。せめて〈Plant hwyaden〉に入らないことでしか、もう反抗なんてできない。

 私は悔しくて涙を流した。

「…………ノエルさん」

 後ろでコールがじっとこちらを見ている。私はすぐさま涙を拭きとって目の前を向いた。今の〈ナカス〉では誰が敵かもわからない……弱みなんてみせられない。

 それにこの状況もやっと動き出そうとしていた。

「嘘つかないでください。どうせ謝ってもここで引く気はないんだろう? それに大太刀を構えたままの状態で言う言葉ではない」

 セイはモヤを煽るように呟いた。モヤはその言葉の真意に気づかず意地汚い笑みを浮かべる。だけど、

「どうせ謝った後で袋叩きにして卑怯とか言わせたいんだろ? ああ、本当に……古臭いなぁ」

 途端に店の雰囲気が変わった。古臭いという言葉に皆思わず吹きだしたのだ。「それもそうか」とか「確かにそんな感じだ」とか皆納得したように頷いてモヤを笑いものにした。

 もちろんそう仕向けたのはセイ。そのセイに対してモヤはいきなりどうしたのかと慌てていた。

 彼は気づいていない。

「ああー、実際ちょっと臭いですねー……おっと失礼。これは酒の匂いでした」

 セイが大声で罵る。つまりそれは『ヘイトを溜める』という一点に収まる。すると、自然と後衛職が攻撃をしてくれる。これは店に残っているお客がそれに当たる。

 そう、要は一対一に見えているだけで、モヤは即席パーティに喧嘩を売っているのだ。

 セイはそういう風に言葉で人を動かすのがうまい。モヤと違ってただ単純に動いてはいないのだ。

 すると、モヤはセイのヘイトに煽られ、怒りが頂点に達した。叩きつけるかのように反対側の手……つまりは鞘のままの大太刀を掲げた。

「〈……〉」

 その時、何かを言ったセイはそれが振り降ろされると同時に一歩下がった。顔寸前に大太刀が横切る。

「まさか店内で戦う気ですか? とてもかの大手ギルドとは思えない行動ですね」

 すると、セイがさらに嘲笑うように嘯いた。途端に後衛の援護射撃のように再び周りの客がくすくすと笑いだす。モヤの顔が火を吹くように赤くなった。

「こいつ!」

 そして、モヤが〈ワイルドアーマー〉をカシャカシャと鳴らして近づいた。そして、大太刀が上段から一直線に振り降ろされる。だが、隙が多い。セイは横に転がるように避けた。

 するとモヤの口が歪む。さすがに勉強したのか、数秒後に下段からなぎ払いがセイの額をかすった。

 だけどそれだけだった。とっさにセイは一歩二歩と相手から距離を取る。その判断は正しかった。

「おらおら!どうした。大口たたいた割には弱いな」

 心機一転。調子に乗ったモヤは余裕で大太刀を背負って尚も攻撃を続けた。上段からの叩き下ろし、下段からのなぎ払い、中段からの大振り。その都度、セイはかする寸前でよけてモヤは「この程度かよ」と軽口をたたく。だが、モヤの動き自体は遅い。

「あれ? おかしい……」

 そこで後ろに控えていたコールが気づいた。そう、明らかにモヤの動きはワンテンポ遅いのだ……まるでなにかの技をかけられているかのように。

 おそらく〈シャドウバインド〉だろう。セイの職業〈暗殺者〉が使えるバインド系の技で、セイが一番得意とする技。かけられた者は一瞬だけ放心状態になる。普段は対象にかけ、とっておきの一撃を入れる使い方をするが、セイはそれを攻撃される際にかけている。

 再起動時間リキャストタイムは風が吹く程度だし、実質的なダメージはないので〈衛兵〉も姿を現す事がない。セイは気づかれずにモヤを良いように躍らせているのだ。そして、モヤは一つずつ連携技がないか確認されていることに気づかない。

 そうして、チャンスを見極められた瞬間……タイミングとしては前衛職が攻撃をしかけてくる。

「おい、なんかおかしくないか?」

 そう、コールが気づいたのだから周りの〈冒険者〉が気づかないはずがない。店で達観していた〈冒険者〉が声を張り上げたのだ。それでモヤが異変に気づく……なんかうまく身体が動かねぇぞ、とか思っているのかな。

「てめぇ、何をしやがった!?」

 途端にセイは何も答えず、にやりと口を歪める。すると、モヤは背筋に悪寒を感じたのか、震えあがった。疑心暗鬼になる。これで、こいつもしかしてとんでもない奴じゃないか、と思ってくれれば狙い通りだろう。

 実際にはそんな事はないのだが、モヤはセイを見て一歩二歩下がった……あ、足を踏み外した。これは狙い以上ではないのか。

 そして、止めの一発……セイが初めて腰に装着している曲がった剣に手を伸ばした。

「ぁ…………ぁぁあああああああ!!」

 そして、やられる前にやれ、と言わんばかりに、ついにモヤが大太刀を鞘から抜く。

 戦闘終了。

 その時、店の天井が青く光った――ああ、やっちゃった。


     ◇


 その時、店の天井からシステム音に似た声が聞こえた。

「禁止区域におけるレベル【1】の戦闘行為を確認しました。規定により拘束を実施します」

「はっ?」

 僕の目の前にいるエセ〈冒険者〉はどこからともなく聞こえたその声に呆気を取られる。僕は剣の柄に触れていた手を離す。青白く天井から出てきた彼――全身を鎧で覆った〈衛兵〉が出てきたのならもうゲームセットだ。

 その事に気づいたのか、エセ〈冒険者〉は大太刀を投げ捨てる。だけどもう遅い……エセ〈冒険者〉の地面には魔法陣が浮かびかかっていた。〈衛兵〉が拘束を始めたのだ。そう、僕の目的は最初から〈衛兵〉に彼を捉えてもらう事だった。レベル【1】の拘束というと異空間に二十四時間監禁だったっけ。

「てめぇ、『セイ』って言ったな! あとで覚えていろよ!」

 途端にエセ〈冒険者〉は地面に呑まれていき、捨て台詞を吐いた……いやぁ、その言葉も古臭いな。

 僕はとりあえず手を振って「お元気でぇ~」とさよならをする。途端に、『ワイルドアーマー』を着た〈冒険者〉は瞬間転移をするように〈衛兵〉に連れていかれて消えた。

 あとにあるのは少しの沈黙。けれど、とある〈冒険者〉が手を叩いた。その直後、はっと目が覚めたように全員がある一言を機に歓声がわく。

「追っ払った?」

 それはコールの一言だった。途端に火がついたように「ぉぉおおおお!!」と大声が僕の耳に響いた。

「よくやった、小僧! 久しぶりにスッキリしたぜ!」

「〈Plant hwyaden〉ざまあ!」

 周りは大騒ぎ。拍手喝采を挙げるものもいれば、祝いの杯をあげる者さえ出た。逃げ出そうとしていた人が何を言っているのだか、と少し複雑な気分になったが僕はとりあえずニコニコ笑顔で対応した。皆が満足したならそれでいい。

 そうして僕は店の端で控えていた二人に近寄った。一人は薄暗闇色のコートを着た少女ことノエル……そして、彼女の後ろにいたチュニックのブラウスを着た少女ことコール。

 僕はそのコールに向けて尋ねる。

「大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」

 コールは深々と頭を下げた。だけど彼女の額には冷や汗が流れている。〈大地人〉である彼女には〈冒険者〉である僕たちがやっぱり恐いのだろうか?

 だとすれば、これは〈冒険者〉の怠慢としか言いようがない。エセ〈冒険者〉もそうだが、僕も含めて〈ナカス〉にいる置き去り〈冒険者〉は何もしなさ過ぎなのだ。

 だけどノエルが一瞬で現実へと僕を戻す。その顔が渋るような表情に変わったのだ。そして、

「少し戦闘後の警戒態勢パトロールファイルが甘かったようね」

 僕は「え?」と振り返った。途端に仰天する。

「おい、おまえたち! 俺たちのパーティーに入らないか!?」

 そこには、歓声を上げていた内の残念〈冒険者〉が勧誘するために詰め寄ってきていたのだ。その後ろにも一人、二人……いや待て、店の外からも騒ぎを聞きつけて何人か入ってきてないか!?

「そんなやつより僕たちの所へ来てくれ!」

 ――え、ちょっと……これはやばい。

「なんだ、おまえ!? こいつらは今俺たちが勧誘しているんだよ!」

「あぁ!! やろうってんのか!」

 抜き足差し足忍び足……なぜか僕たちパーティーを取り合って喧嘩腰になっている。そんな〈冒険者〉から僕はすり足で遠のいていく。だけど、時すでに遅かった。

「って、おい!? こいつよく見れば『お触り禁止』じゃねぇか?」

 外から入ってきた〈冒険者〉の一言で僕は逃走に失敗。店にいた全員が振り向いて強制的に注目の的になる。その眼は一瞬で兎から虎になったように威圧感さえ感じるほどだ。

「『お触り禁止』って最近巷で出回っている噂の……?」

「……確か、〈Plant hwyaden〉の何人かが触れる事さえできずにやられた、っていう?」

 途端に何かえそら寒いものを背筋に感じぶるっと震えた。歓声を上げていた〈冒険者〉が眼光を光らせる。ええ、言わなくてもわかります……そんな強い奴なら何が何でも仲間に引き入れたい、ってことですね。

 もちろん答えはノーだ……『お触り禁止』なんて二つ名自体嫌なので。

 というか、その噂も尾ヒレがつきすぎている。〈Plant hwyaden〉は確かに嫌いだが、だからと言って故意に倒したりしてはいない。僕はただ〈大地人〉を助けていただけなのだ。それが気づけば〈Plant hwyaden〉だっただけの事である。

 なのにそれがいつの間にか『お触り禁止』なんて……なんか変な意味で捉えられそうになるので嫌だ。どうせならかっこいい名前がよかった……。

 しかし、周りはそんな僕の内面的危機に気づいてなどいない。それどころか、これでは下手をすれば戦いに発展する。続いて第二戦、第三戦なんてのは勘弁してほしい。

「ほら、ぼっとしてないで逃げるわよ!」

 すると、いつの間にかノエルが僕の手首を取った。そして、彼女の反対側ではコールが引っ張られていた。途端にコールは「はい?」と首を傾げた。でも僕には今ノエルがしようとする事が手に取るようにわかる。

「え、まさか……」

「〈ファントムステップ〉!」

 ぐわっ、僕は声を荒げた。僕が止める暇もなくノエルが移動の技を繰り出したのだ。

 〈ファントムステップ〉……確かノエルの職業〈武闘家〉の技で、敵の認識の隙を縫うように移動する技だ。普段はHPが危なくなった時、敵の猛攻から逃げる際に使う。だから使いどころは間違っていない……いないのだが、これにはひとつデメリットがあった。

 この技を発動する際、発動している〈武闘家〉以外は物扱い……つまりは連れである僕たちも者扱いなのだ。

 もちろん居心地は最悪。ぶんぶん振りまわされるわ、突然止まるわ、下手をすれば酔うわ、で大変なのである……まぁ、この技のおかげでプレイヤーキラーやら、〈Plant hwyaden〉やらをかわしてきたのだが。

 しかし、現状ノエルの言うとおり今は逃げるが勝ちだ。僕はとりあえず流れに逆らわず物に扱われるように徹した。だけど、コールは突然起きた浮遊感に口元を抑える。案の定、酔ったのだろう。でも、今は我慢してもらうしかない。

「お、お客様! ありがとうございました!!」

 そんな中、一人の店員が通り過ぎる際に声をかけた。あのエセ〈冒険者〉に八つ当たりされていた子だ。

「……」

 いえいえ、こちらこそ。ばつが悪い表情から一転、僕はその言葉で満面の笑顔になった。店員は元気そうだし、その姿だけでなぜか……締まらない終わり方だったけど、助けて良かった、と思えたのだ。

 ――ありがとう。

 こうして僕は、ノエルに引っ張られる、という不格好な形であったが、その一言に胸いっぱいの充実感を覚えて店を後にする。


 だけどその後、僕たちが外に出た頃合いにその感謝の意を称した店員に一人のとある〈冒険者〉が近づいた。

「ねぇ君、さっきの子は君のお友達かい?」

 その〈冒険者〉は肩に外套のついた全身鎧フルプレートを着た男性だった。

「いいえ、初めてあった方です」

 店員は彼に首を振る。彼は「そうか。それは残念だ」と嘯いてがっかりした。そんな彼に、店員は暖かな笑みで聞く。

「でもあんな〈冒険者〉様もいるのですね」

「ん……ああ、そうだな。まったくそうだ」

 そして、彼は僕たちの分の金貨も置いて店の外へと向かう。

「……やっと『使えそうな駒』がみつかった」

 その口端は嬉しそうに歪んでいた……。


 そして、三時間が経った。窓から差し込む陽は紅い。もう夕刻らしい。

 むろん、ここは少し前までいた飲食店でも〈ギルドストリート〉でもない。あの後、予想以上に噂が広がって冷静に話をする場所がなかった。僕たちは……というかノエルが僕とコールの手綱を引くように連れて、〈ナカス〉全域を全速力で駆けまわるはめになったのだ。だけど、辺境でありながらもプレイヤータウンと言うだけあって、人目のない場所はみつからなかった。

 そして、結局僕たちは自分たちのギルドホームにコールを連れてくることになった。

 もともと〈冒険者〉のほとんどはプレイヤータウンに数多存在する部屋やゾーンを借りて、そこを起点に活動をしている。当たり前だ……いくら〈冒険者〉でも手に入れた物を全て持ち歩けるわけではないし、休めるところは欲しい。普段ならギルドをたち上げて〈ギルド会館〉から『ギルドホーム』を借りるのが普通だろう。

 ただここ〈ナカス〉は、東にある〈アキバの街〉と違い、ギルドホームのほとんどが〈ギルド会館〉の外にある。その理由は、まぁ察していただいた通り〈Plant hwyaden〉による単一ギルドの支配が始まったことで〈ギルド会館〉が制圧されたからだ。

 さすがに反抗を抑えるために荷物を預ける『銀行』は解放されているが、〈ナカスの街〉の〈ギルド会館〉はもう安全に全財産を預けられる場所ではなくなった。今ではギルドホームを買い、自身で荷物を管理するのが〈ナカスの街〉の常識だった。

 そして自分たちのギルドホームはというと、〈ナカスの街〉の東郊外……〈ファーマーホール〉と呼ばれる農宅地にあった。〈トオノミ地方〉は作物や素材が盛んな地というだけあって〈ナカス〉にも農業を成すための地区があるのだ。

 僕たちは、その地区にあるNPC農婦から一室を間借りしていた。部屋は十三畳もある大部屋だ。元は資材などを置く倉庫にしていたそうだが、とある縁で知り合い、ギルドホームを探している事情を話すと快く貸してくれたのだ。

 その窓辺でコールは酔いを覚ましている。それでも開けた先の光景に改めて歓声を上げていた。

 窓の外の風景は片田舎といったもの。景色のいたるところに稲穂が広がっており、まるで金の絨毯のように輝いていたからだ。他にも河辺があり、どこか哀愁を想わせる雰囲気だ。何気に〈冒険者〉から『安心して休憩できる場』として人気になっている。夏になれば花火が打ちあがり、にぎわいも見せる。

「で、本当にあの子どうするの?」

 だけど、その一角……ギルドホームの隅に置いたソファーセットでその哀愁を断ち切るかのようにノエルが告げる。僕とノエルは机を挟んでそこに陣を張りこそこそと相談していたのだ。

 コールは少し離れた窓辺に釘付けである。それを確認しながら僕はいましがた話した事を再度告げた。

「だから、どうもこうもこのまま放っておくにはいかないだろう。〈Plant hwyaden〉にも目をつけられちゃったようだし……」

 しかし、ノエルは首を横に振る。

「そうじゃなくて! 言ったでしょ、私は異様なものを自分の周りにつきまとわせるなんて嫌なの! ただでさえセイが〈Plant hwyaden〉に睨まれているの忘れてないでしょ!!」

 ――うっ、痛いところを突いてくる。

 そう、僕が『お触り禁止』と言われ始めてからというもの、どうやら僕は〈Plant hwyaden〉にも注視されているらしいのだ。一部では『お触り禁止警戒令』という意味のわからないものが流通しているらしい……わからなすぎて首を傾げていそうだ。

 何はともあれ、〈Plant hwyaden〉は西〈ヤマト〉を制する特大ギルドだ。報復などされないためにここしばらくはダンジョン探索でほとぼりを冷ましていたのだが、エセ〈冒険者〉の件でしっかり噂は出回ってしまった。

 だからなのか、

「あなたは何者」

 静かに声のトーンを抑えて脅迫気味に言うノエルの声が聞こえた……って、ん?

 とっさに顔を上げると、ノエルは机を、バンッ、と叩いて鋭い目つきで振り返っていた。そして、ずんずんとコールに迫り、逃げないように肩を掴んでいた。

 コールはびくりと震える……僕だってそんなに恐い顔で訊かれたらそうなるから仕方がない。

 ――まったくノエルは何を考えているんだ? あれでは言えるものも言えないだろうに。

 僕はため息を吐いてすぐさま彼女の肩を掴んで引き離す。しかし、ノエルの言葉の弾丸が止まらない。

「止めないで! これはもうセイだけの問題じゃないわ。私たちパーティーの問題よ!」

 せめて『何者なのか?』は、はっきりさせないと……そうはしゃぐ彼女は本当に馬のようだ。そんな彼女に僕は言う。

「そうじゃなくてここは僕にまかせてほしいって話。せっかくの可愛い顔が台無しだ」

 するとノエルはとっさに頬を染めて、動きをピタッと止めた。あれ……何か変な事を言っただろうか。だけど、ともかく場が静かになったので僕はノエルの前に出てコールに向き直る。コールもこちらを向いてじっと見ていた。

「……」

 こうして実際に対面すると何から言葉に出していいかわからない。だが、ノエルが段々と目を細めてきている気がする……やばい、また暴れ馬になる前にどうにかせねば。

 こうなれば直球勝負だ。不穏なオーラを背中でひしひしと感じながら僕は優しく微笑んだ。

「えっと、何か悩んでいることがあるかな」

「……」

「あー、何かあるなら僕らで手助けできるとおもうんだけど……」

 コールは顔を伏せて喋らない。

「言っておくけど私たちは露天商と飲食店の騒ぎを片付けてあげたんだからね。その恩ぐらいは感じるべきじゃないの」

 またノエルはそんな挑発するような言い方をする……僕が呆れながら振り返ると同時にノエルはそっぽを向いた。少しばかり頭を抱えたくなる。だけどコールはその言葉を重く感じたようだ。小さな声で言う。

「その……家出なんです」

「家出? どこから?」

「それは……言えません」

 その言葉でついにノエルの眉間に皺が入る。僕は慌ててコールに話題を振った。

「そ、それはどうしてかな!?」

 すると、

「……言えない『規定』なんです」

 ――ブチッ。

 瞬間、心の奥底に響く音が聞こえた気がした。僕の体調がおかしいわけではない。本能のまま振り向くと途端にノエルが暴れ馬のごとく吠える。堪忍袋の緒が切れたのか、今にも襲いかかろうとする勢いだ……ま、まずい。

 彼女の行動を予測した僕は、背後に回って茶色い皮鎧に包まれた腕をがんじがらめにする。

「ドウドウ、落ちついて、ノエル」

「人を馬のように扱うな! こうなったらもう年上である私がある事ない事吐かせるんだから!」

 ない事まで吐かせたら意味ないように思うが……と心の中で呟いた。まぁ、それはともかくとして、僕は彼女の耳に手を添える。

「……もしかしたら何かのクエストかもしれない」

 とにもかくにもこの場をどう落ちつかせるために自身の考えをノエルに耳打ちした。もちろんコールには聞こえていない。むしろコールは何も聞かないでほしいと目を逸らしている。途端にノエルが食いついた。

「クエスト……?」

 肩の力が抜ける。とりあえずギルドホームが戦場になる事は回避できた。と同時にノエルは声を潜めて意見を述べた。

「つまり、何かの依頼が始まったって言いたいの?」

 その頬は今だ疑いの色を残していたが、ノエルの言葉は落ちついていた。

 そう、〈エルダーテイル〉のゲーム時代では物語に沿って行う依頼がつきものだった。『〈大地人〉から依頼を頼まれた』という談話は街中でざらに聞いている。要はゲームにのめり込むための要素が依頼……『クエスト』だった。その内容はほぼ〈大地人〉の持ち込み企画……〈エルダーテイル〉では〈大地人〉の困った事や助けがほしい事を解決して情報や報酬をいただくのである。その中には特殊な登場をする〈大地人〉の姿もいたのだ。

 つまり目の前の〈大地人〉の少女ことコールも何かしらの依頼だと思えば、ドロップアイテムとして現れたのも不思議ではないのではないか、というのが僕の考えだ。ここは『ゲームを元にした世界』なのだから。

 その意を組んだのか、ノエルは尚も怒りながら声のトーンだけは落としてくれた。だけど、

「ありえない。確かにクエストなら異常性があってもいいけど、もともと〈エルダーテイル〉の〈大地人〉は一般人って設定でしょ……そんなことあるの!?」

「それは……」

 何とも言えない……というかわからない。

 そう、一番不可思議なのはノエルの言うとおり、クエストだとしてもモンスターからドロップされるなんて少し大がかりすぎる点なのだ。

 でも、何か調べたら詳細がわかるかもしれない。全て推論に過ぎないが、僕は『大丈夫だよ』とにっこり微笑んでノエルを安心させるために解放した。それがわかったのか、ノエルは目を伏せて口走る。

「やっぱり納得できない……」

 ノエルが顔を俯かせた。コールを睨む。その時部屋のドアがコンコンと鳴った。誰かがノックしたのだ。

 ナイスタイミング。とっさに「どうぞ!」と叫ぶ。


「失礼します」

 そうして扉を開いて入ってきたのは〈大地人〉……三つ編みが可愛い女の子だった。その手には三人分の湯飲みに入ったお茶を乗せた盆が抱えられている。それを一人一人に配るために三つ編みっ子はすたすたと歩いた。

「えっとどちらさまですか?」

 そして、考えにふけっていコールにその一つを渡そうと「ん!」と背伸びをした。その一つをつたなく掴んでコールに渡す。途端にノエルは現実に戻ってきたように表情を変えて受け取る。すると、三つ編みっ子は満足そうに微笑んだ。

「プリエ」

「え?」

「ここでおばあちゃんと住んでいる」

 途端にコールは質問に答えてくれたんだと理解した。

 そう、この三つ編みっ子は農婦が引き取っている娘さんだった。まだ七歳ぐらいというのもあって下手をしたら人形と間違えられそうな子である。もちろん種族はヒューマン。だが、こちらはコールと違ってつたない会話だった。

 と、湯飲みが一個減った事で盆がバランスを失って三つ編みっ子ことプリエが震えている。僕は慌ててプリエの盆を支えようと駆け寄った。

 するっ……だけど、プリエはわざわざ盆を傾けて僕の手を避ける。そして、両手で抱え直すと、すたすたと横切ってノエルにお茶を差し出す。僕はそのあまりの呆気さにそのまま転んだ。それはないでしょ。

「プリエちゃん、僕もお茶もらっていいかな?」

 だけどプリエは、ぶいっ、とそっぽを向いた。

「あ、あの、もしかして嫌われているのですか?」

「できれば聞かないでくれると助かる……」

 コールの言葉に僕はがっくりと首を垂れる。そう、仲が良いのはあくまでも農婦の方であって、プリエとは実は仲が良くない。話しかけようとしてもいつも煙たがれるように逃げていくのだ。

 前にノエルにそれとなく理由を聞いたのだが、僕にとってあまり気にしないで良い事だそうだ。だが、こうして露骨に遠ざけられると悲しいものを感じる。

 いや、それよりも今は大事な話があった……僕は気を取り直して頭をぶんぶん振った。けっして寂しさをふりはらうためではないからな。

「プリエ、頼みがあるんだけど、この子をしばらくここで雇ってもらってもいいか……世間知らずだけど農具の修理とかはできると思う」

「セイ!?」

 とっさにノエルは叫んだ。だけど僕はその声を遮るように言う。

「ついでにいろいろと世間を教えてやってほしい」

 プリエは無愛想だが振りかえって「本当?」とコールに聞いてくる。コールは首を縦に振った。どうやらそういう経験はあるらしい。だけど、こちらを振り返って、あたふたしている。どうしていいかわからない表情だ。その原因はわかる。

「セイ、まさかこの子の面倒を見る気……?」

 ノエルが鋭い目を吊り目になりそうなまでに細め、コールへ邪険にするような眼差しを向けている。その表情は恐く、コールは内心で冷や汗を流しているだろう。プリエさえ少し後ずさりしていた。それだけ真面目ということの裏返しでもあるが。

 そのため、僕は声の調子を戻し、ため息を吐いて呟いた。

「本気も、本気。困っている人がいたら助けてあげないといけないだろう」

「ふざけないでよ!」

 だけど拠点にいる誰もが背筋を震わせるほどの怒声が響いてくる。ノエルが地団太を踏んで拳を強く握っていた。さすがに少し様子がおかしい……僕は彼女に力を抜くように声をかけた。

「どうしたんだよ、何かいつものノエルらしくないな……」

 いつもなら呆れながらも聞き入れてくれるのに……僕はおそるおそる手を伸ばす。だけどノエルはその手を払っていかつい視線を僕に向けた。まるで、自分勝手だ、と言いたいぐらいに。

「何が人助けよ……確かにここはゲームの中だった。でももう私たちの現実になっちゃったんだよ!! 人助けしたって誰も困らないゲームとは違うの……もっと、もっと考えてよ!!」

 必死に声を絞らせてノエルは僕の核心へと迫る。

「げーむ?」

 コールとプリエは首を傾げている。それもそうだろう……〈大地人〉にはゲームなんて言葉はわからない。だけど、だったら助けなくてもいいという話にはならないはずだ。それに、

「考えているよ」

 僕は姿勢を正してきちんと言う。

「せっかくさ。困っている人がいて、それに力さえ与えられてこの世界に生まれて来たんだ。だったら楽しもうよ。〈エルダーテイル〉の端まで探しに行こうよ。きっと楽しいよ……誰かのヒーローになるってのはさ」

 そう、ワクワクが止まらない。ただそれだけなんだ……それだけでいいんだ。

「……」

 ノエルは何も言わない。それがさらに重い空気を生む。そして、そんな彼女はそのまますたすたと歩いて拠点のドアを開いた。

「ちょっ……ノエルはどうするのさ!?」

「勝手にやれば!」

 そして、そのままノエルは拠点から出て行ってしまった。


 残ったのは微妙に息詰まる気まずい雰囲気。

「ノエルのやつ、何を怒っているんだ?」

「あ、あの、もしかして私のせいですか?」

 コールは自分を責めるように俯いた。だけど僕は首を横に振る。

「そうじゃないよ。ノエルだってけっして誰かのせいにしたりしない」

 そう、ノエルは自分の責任を放棄したりしない……昔からそうだった。

「セイさん?」

 いけない。つい暗い顔をしてしまった。

「ごめんごめん。それじゃ、気を取り直して……これからよろしく!」

 笑顔を作って、僕は右手を差し伸べる。コールは首を傾げていた。握手を知らないのだろうか? 仕方ない……、

「こういう時はこうするんだよ」

 僕は左手でコールの右手を掴んで握手させる。コールは一瞬びくりとしたが、次第にそれが約束の類だと察すると顔が朗らかになった。

「……はい、よろしくお願いします」

 そして、コールは初めて僕に満面の笑みで応えて見せた。


     ◇


「ちょっ……ノエルはどうするのさ!?」

「勝手にやれば!」

 気づけば私は拠点のドアを叩きつけるかのようにして跳び出していた。

 セイは何もわかっていない。〈Plant hwyaden〉は〈大神殿〉を制圧しているのだ……〈ヤマト〉の東と違って『復活逃げ』ができない。一度やられたら本当にそこで終わりなのだ。現実世界と何も変わらない。なのに人助けとか夢見すぎだ。

「私が、私がどうにかしなくちゃ」

 止めないといけない。〈Plant hwyaden〉に睨まれている以上、もうセイに危険な物を背負わせられない。

 でも、普通に説得しても駄目だ。先程の事で結果が目に見えている。だから、あの子を……〈大地人〉と偽っている『コール』の化けの皮をはがないといけない。正体を掴まないといけない。

 ――でもどうやって……。

 私は立ち止まった。とっさに頭に思い浮かんだ言葉に答えが出せなかった。ガチャガチャと考えが頭の中を揺らし重い……って何やっているんだろう、私は。

 途端にざわざわと木々が擦れる音が耳に届いた。そこで私は初めて〈ファーマーホール〉地区を歩いていることに気づいた。

 周りは暗い畑と林。河のせせらぎはあっても水面は見えない。どうやらかなりの時間が経ったらしい。

「……」

 意地を張って意識を配る事さえ忘れていたのか。

 私は振り返る。〈大地人〉の笑い声は聞こえない。誰もいない。皆、家に帰っている。

「…………」

 その時、〈ファーマーホール〉に流れる風が私の頬を擦った。畑の駆け抜けるように走ったその風は思う以上に肌寒く感じる。特に頬が……、

「………………あれ?」

 そして、初めて私は泣いていることに気づいた。頬に手を当てると指がぬれたのだ。

「何で、泣いているんだろう、私……」

 必死に涙を拭う。でも拭けば拭くほど流れてきている。どうして、どうして……。

 ――チリン、チリン。

 その時、助け船のように鈴の音が鳴った。だけどこれは周りの音ではない。泣いててもわかる……これは効果音。〈念話〉という〈エルダーテイル〉のボイスチャットが入った音だ。

 視線を集中するとそこには相手先の名前が目の前にあった。


【 通話者:五十鈴 レベル:57 】


五十鈴いすず……?」

 それは私の友達。現実世界で同じ学校に通うクラスメイトであり、〈エルダーテイル〉を教えてもらった親友だった。

『やっほー! 元気だっ……って、え? 何で泣いてるの!?』

 私は鼻水をすすりながら助け船に飛び乗る。五十鈴には悪いけど、相談に乗ってもらおう。

「いすずぅぅぅ……」

『えぇぇえぇぇ!?』

 そうとも知らず、五十鈴は慌てたように喚いたのだった。


 だけど、五十鈴に相談したのが運のつきだったのかもしれない。

『ははーん……それは『恋』だね!』

 途端に部屋の中で壁に埋め込まれた暖炉がパチパチと音を立てた。

 私は今、宿屋の一室にいる。〈トオノミ地方〉は南国のような温暖気候だが、それでも夜は寒い。いくら〈冒険者〉と言ってもいつまでも外にはいられない。そこで私は一旦〈ナカス〉の〈メインストリート〉……そこにある〈冒険者〉御用達の宿屋に身を置くことにしたのだ。

 宿屋は一泊金貨10枚で部屋を借りられる。ソロやギルドホームを設けるお金がない者には画期的な施設だ……まぁ、〈冒険者〉としては装備をそろえるためにも金貨節約しておきたいところではあるが、今は仕方ないというやつだろう。

『へー、ついにノエルにも春が来たんだぁ』

「いや、違うから」

 私はそこにある丸いクッションに布をかけたようなアラビアンなベッドに横たわって、五十鈴の言葉を否定した。部屋は四方の壁に装飾の布がかけられ、南国風を想わせる内装だ。その部屋で私は虚空を睨んで、かの東〈ヤマト〉のプレイヤータウン〈アキバの街〉を想像する。五十鈴は私と違ってその〈アキバの街〉にいるのだ。

『でも、そのセイって子が他の女の子に夢中でむすっとしているんでしょ? それって嫉妬じゃん!』

 五十鈴は高揚とした声で呟く。その元気な声は少し迷惑でありながら、それでも私はその声を聞いてほっと安心する。

 五十鈴は五十鈴の方で〈ハーメルン〉とかいうギルドで奴隷同然のごとく働かせられて大変だったそうなのだ。でも今では〈記録ログ地平線ホライズン〉というギルドで頑張っているらしい。

 ただ、余裕が出てきたのはいいが、昔のようにまた世俗に興味を出し始めた……まったく、隙あらば色恋沙汰にするんだから。

「そんなんじゃないよ。ただ気が合わないだけ。というか、そっちこそどうなのよ! ルンデルハウス……だっけ。仲いいんでしょ?」

『あー、あれはワンコだから』

「……でも、どうせその、ワンコ、の事で連絡したんでしょ」

 〈念話〉の向こうで息詰まる音が聞こえる……図星らしい。

 話を聞くと今度の二月十四日……つまりバレンタインデーで『ワンコ』こと同じギルドメンバーであるルンデルハウスという子に何かをあげたい、とのことだった。

 その答えに私は『ココニアの実』という材料を使ってお菓子でも作る事を提案した。

「原産はこっちだけど、今ならクエストとかで手に入ると思うからちょうどいいよ」

 ――ついでにそのココニアの実のバレンタイン限定効果『好きな○○を聞けちゃう』で墓穴を掘っちゃえ!

 私は〈念話〉でばれないように小さく口を歪ませる……五十鈴はワンコとか言っているけどプレゼントをあげるほど大事に思っていること違いない。その相手から本性を聞きだせばいくら五十鈴でも意識するだろう……そして幸せに埋もれて困ればいい!

 ――ふふふ……他人の不幸は蜜の味ってね。

 そうとは知らず五十鈴は〈念話〉の向こうで深々と礼をした。そして、話題は一転する。

『それにしても、ノエルはやっぱりアイテムの事とか詳しいよね』

 途端に声の調子を戻した五十鈴に私は首を傾げた……だけど、そっか。確かに詳しいと言えば詳しいかもしれない。

「まぁ、こっちは中堅以上のギルドがないから、どうしてもアイテムに頼っちゃうんだよね。今は〈Plant hwyaden〉がいるけど、あんまり入りたくないし」

『そっか……他には何かあった?』

 私は首を振った。セイの事以外は特に〈ナカス〉に変化なんてない……できるはずもない。でもなぜいまさらそんな事を聞くのだろう?

 すると五十鈴が申し訳なさそうに呟く……。

『……後でギルマスに報告しないとね』

「ん?」

『あ、いやぁ……そ、それじゃ私そのココニアの実を探してくるね!』

 途端に五十鈴が慌てたように〈念話〉を切ろうとした。だけどその前に、思い出したように言う。

『一つアドバイス! 男に言う事聞かせたい時は一にも二にも逃げない事だよ! 拳骨いれてでも連れていくみたいな気概くらいみせないとね』

「え、それってどういう……」

 私は虚空を掴む。だけど目の前に浮かぶ〈念話〉画面は綺麗に消えた。

 残ったのは暖炉の火が弾ける音。挙げた掌が力無く垂れる……まったく何だったのか。結局五十鈴に相談しても何にもならなかった。

 だけど、

「……気概か」

 その時、暖炉の火は勢いを増してカチカチと鳴っていた。

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