第二章 6 決別
その数時間前、ミコトは愚痴をこぼしていた。
「なぜもっと早く言わなかったのですか……」
日差しはもう赤く染まりかけた時間……つまりは夕方。僕、セイはコールの全てを話し終えた後も、不揃いな石畳の上に正座させられていた。つまりは今もなお牢屋の中にいる。
そんな僕が今、言えることはただ一つ……ごつごつした地面で正座をするものではないということだ。おかげで話している間、ずっと鬼の金棒の上にいる気分だった。
だが、日の光も穏やかになり、やっと温かみを帯びだした。オレンジ色の光はたとえ殺風景な風景でも温度を感じさせてくれる。そして、調和を感じ取ったのか、僕の周りもようやく落ち着きを取り戻したらしい。
もちろん怒られている状況は変わりないのだが。
――でも、ちょっとぐらい足を崩しても……。
「あれー、おかしいな……セイっちの足が違う方向に向いてるよぉ?」
刹那、背中に悪寒を感じて姿勢を正した。声のした方向をみつめると隣の牢からウルルカがにっこり笑いかける。だが、その瞳の奥は当然のように冷たい……あはは、足を崩すわけがないじゃないですか。ええ、きちんと反省してますとも。だからそんな目でこちらを見ないで。
そう思って反対側の牢に視線を向けると、そこはそこでナガレがこれまた意味不明な行動をしていた。コールの事を話してからというもの、ずっと目を輝かせ雄たけびを上げるのだ。
「前世は本当に《六傾姫》だったなんて、コールちゃんまじ萌えステータスがぱねぇぇぇ!!」
「……」
そんなナガレを僕のように正座させられていたノエルは冷たい目線で憐れむように見つめていた。確かにここまで意味不明だと注意する気力も失せるかもしれない。
同時にこちらに気づいたユキヒコが「あ、気にしなくていいですよ。いつもの事ですから」と了承してくれたので、僕はとりあえず見ないことにした。
そうして再び隣の牢へ顔を向けると、今度は今までと違ってミコトがそわそわしていた。落ち着きもなく、行ったり来たり。牢の中を頭を抱えながらぐるぐる回っていた。
「どうしたんだ……まさかナガレのようにおかしくなったり」
「しませんから! あのエロと一緒にしないで!!」
途端にミコトは地団太を踏んだ。でもすぐさま頭の沸点を下げるかのごとく溜息を吐く……まるで問題児の世話を押し付けられた苦労人のようだ。この場合、世話を押し付けたのはホネストだろうか……直後、ナガレが傷ついて落ち込んだ事は言わないでおこう。
「それで、実際のところどうしたの? ただバカをやっているわけではないんでしょう」
そんな僕たちを見て、ノエルは呆れ気味に一言を呟く。すると、その言葉は一気に空間を駆け巡り、暖かい雰囲気を、深刻な雰囲気を浸透させた。その寒暖差のせいで一瞬凍ったような錯覚まで覚え、それぞれの表情を険しくさせる……。これでも全員《冒険者》だ。事態の把握はそれぞれなんとなくできてはいたのだろう。
それを確認した上で、ミコトは静かに口を開いた。
「先ほどの話を聞いて、マルヴェス卿の本当の目的が見えてきました。おそらく彼は私たちに『スパイ』をやらせるつもりなのでしょう」
「す、スパイ……?」
僕は首を傾げた。それはみんなも同じだったらしく、予想外の言葉に困惑していた。
それというのもスパイをやらせるにも何の情報を手に入れたいのかがわからない。スパイというからにはマルヴェス……ゆくゆくは《神聖皇国ウェストランデ》の利益につながることだとは思うが……。
そんな時、ノエルだけが口を開いた。
「それってナカス奪還作戦のこと?」
その時、誰もが息をのんだ。でも、そうか……確かにそう考えれば辻つまは合う。
「事前に奪還作戦の情報を掴んでおけば《Plant hwyaden》に恩を売れる……優位に立てるってことか!?」
僕の推測が当たりなら、マルヴェスは今何よりも権力を欲している……何をしたかはわからないが東のプレイヤータウン《アキバの街》で失敗をし、その汚名を一刻も早く雪ぎたいはずだ。
そして、それを一番手っ取り早くなせる方法があるとすれば、その方法は《神聖皇国ウェストランデ》をひれ伏した《Plant hwyaden》に貸しを作ること……いわば『忠義』という名の保険をかけておくことだ。そこで《アライアンス第三分室》を『餌』にすることを思いついた。
だが、マルヴェスは《冒険者》がただで自分に従うとは思っていなかった……《アキバ》で苦しめられた後なら尚更だ。
そんな時にマルヴェスはあの《供贄の一族》――アミュレットにあったのだろう。《供贄の巫女》であるコールの真実を知って今回の作戦に踏み切った。
まず、秘密裏に《アキヅキの街》に出向き領主の不安を煽る。そうして情報をばら撒いて、コールと一緒に僕たちがかかってくるのを待っていた。アミュレットはそれを確認するためにわざと僕たちの前を通り過ぎたんだ。
「待ってください! たとえそれでスパイにするつもりだとしたも、どうやってもうすぐ始まるナカス奪還作戦のことを知ったのですか!?」
途端にユキヒコが慌てて声を上げた。すると、意外にもその答えはナガレはから発せられる。
「別に知らなくても予想はできんだろ。もともと俺たち《アライアンス第三分室》は反《Plant hwyaden》って公言してんだ……なら一にも二にも《ナカス》を落としに来るのは目に見えてんだろ。別段、不思議でもねぇ」
「……」
その時、ナガレ以外のみんなが目を見開いて黙りこける。刹那、ナガレが「あ? どうした??」と首を傾げた。
「い、いやだってナガレがそんなまじめなことを言うなんて……」
「エロ武者のくせに」
僕は一瞬、はっきり言うノエルの言葉に驚いて目を点にさせた……でも、確かにそんなまじめな事を言えるのなら、なぜ普段は意味不明な奇声をあげるのか。その疑問が浮かび上がり、みんなが同意するかのように頷いた。ナガレはこめかみにしわを寄せる。
「お、おまえらな……俺だって《冒険者》だぞ……」
「何か悪い物でも拾い食いしたのですか!! すぐ吐いてください!! ここで吐いてください!!!!」
「そんで、おまえは俺のかぁちゃんか!?」
とっさに肩をゆするユキヒコに対し、『離れろ!!』と言わんばかりにナガレは足蹴りを食らわせる。
そんな二人を差し置いて、ミコトは「ナガレさんのことは置いといて……」と話を戻すようにせき込んだ。
「実際、《ナカス》の冒険者が諦めていない事は《Plant hwyaden》も承知の事です。もちろんマルヴェス卿も」
そう、そしてそれを抑えるために彼らは大神殿やギルド申請など重要な部分以外の《冒険者》施設を解放してきた。それは極力《冒険者》の反感を買わないようにする処置だが、同時に『余計な手間をかけさせないで』という間接的な意味合いもある。
それはつまり逆を言えば、『反旗を翻しては困る』ということでもある。
その上でマルヴェスは自らの身を守るために利用できると判断した……要は、
「彼の目的はナカス奪還作戦の日取りと概要を突き止めること……そして邪魔者を排除したい《Plant hwyaden》に情報を売ること」
そうして《ナカスの街》を確実なものにすれば《Plant hwyaden》の信頼と……ついでに《神聖皇国ウェストランデ》の繁栄に貢献した実績を手に入れられる。
それがマルヴェスの目的。そして、わざわざコールを人質にし、僕たちをスパイに選んだのは理由がある。
「……そして、コールさんを人質にしたのは、おそらくは失敗した時の保険でしょう。《供贄の巫女》なんてレアドロップ、持っているだけでその人の価値は上がる――だからあまり焦りを感じなかった原因であり、この作戦に踏み切った理由でもある」
つまりは、マルヴェスは『お土産』まで持って帰ろうとしているのだ――そんなミコトの言葉はそのまま僕の脳裏をよぎった。そんなことのためにコールはまた苦しい想いをしなければならないというのか?
もちろん、これはナカス奪還作戦……もとい籠城という戦術においては致命的といってもいい。始まる前から制圧されては意味がない。
だが、それよりもまず僕の頭をかけ走ったのは、
――気にくわない。
回りくどいくせに、図々しく、乱暴なやり方。
その想いだけは全員一致したらしく、みんながみんな微笑みながらマルヴェスに怒りを募らせていた。特にナガレは片方の拳を何度も掌に打ち付けて、ストレスを発散していた。
「かわい娘ちゃんを何だと思っているんだ!!」
その怒りは等しく煩悩までついていそうだが、その意見にミコトは首を縦に振った。そのうえでミコトは言葉を重ねた。
「何より優先すべきは、コールさんの死守。そのためにはまず牢から脱出しなければならない」
「なるほど、だから脱出する方法を考えて落ち着かない様子だったのですね!!」
ユキヒコが感心するように目を輝かせた。だけどそれにしたって冷静に分析できている……僕はどっちかというともっと個人的な理由でそわそわしていた気がした。
だけどそれを追求する暇はなさそうだ。ウルルカが告げる。
「で、いつまでそこで盗み聞きするつもりかにゃぁ?」
そう、ウルルカはその怒りの矛先を通路の奥に視線を向けたのだ。そして、人差し指を突き出し、まるで拳銃のように指し示すと、そこから暗闇に溶け込んだ影が足音と共に隠れていた姿を現し始める。素朴な服とストールを一枚羽織ったその姿は……間違いない、《アキヅキの街》を治めるクォーツ嬢だった。
「……気づいていたのですね」
そうしてミコト以外の全員が驚いてみつめる中、夕日にさらされたクォーツ嬢は、目を伏せ、肩を落とし……みるからに悔いる表情で僕たちをみつめていた。
そうか、僕たちはあくまで扉の音しか聞いていない。マルヴェスは出て行ったと見せかけて、クォーツ嬢にナカス奪還作戦の概要を盗み聞きさせるつもりだったのか。自分の手は汚さずに高みの見物……実にいいご身分だな。
その時だった。クォーツ嬢のことはお構いなしにウルルカははっきりと告げる。
「にゃはははは、作戦失敗だね……どうするの、またあの貴族にご機嫌取りでもするつもり?」
その言葉はまるで目に見えるようにはっきりと棘となってクォーツ嬢の心に刺さった。同時に彼女は肩を震わせ、僕は立ち上がる。
「――――っ!? そんな言い方はないだろ!!」
ご機嫌取り……その言葉は彼女にとってあまりにひどい物言いだと思ったのだ。
なにより初めて応接間であったクォーツ嬢はこの異常事態を何とか伝えようとしていた。助けようとはしていた。僕が予想できたのだからウルルカもクォーツ嬢は被害者だと理解しているだろう。
なのに、ウルルカはさも彼女も悪いかのように扱う……それを理不尽と呼ばずして何と呼ぶ?
だけど、負けじとウルルカは誰にも増して強気な口調で指をさした。「にゃははは」ととぼけた表情で笑い、まるで『見下す』ように告げる。
「セイっちは甘いね……でも実際、彼女はうちらを眠らせて牢に入れたんだよ。コールっちが危ないのだってその人のせいじゃん。そんな人をセイっちは許せるっていうの?」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。確かに結局僕たちはこうして牢に入れられ、コールとは引き離されている……その事実は変わらない……だけどそれでいいのか? 他人を責めてそれで解決する問題なのか?
「……そして、それは一生ついて回る」
それがウルルカの言い分。第三者から見ればその言い分は正しい。だが、それでも僕はなぜか拳を握った。
この感情は何だ……何も言えない自分が、何もできない自分が、惨めに眺めるしかない自分がみっともない。嫌で嫌で仕方がない……これは悔しい、のか?
――もしも、もっと僕に助ける力があったらこんな想いをせずに済んだのだろうか?
気づけばそんな想いが頭をよぎる。強ければ何か違っていただろうか……少なくともそうであればウルルカの言葉に何か言い返せた……そんな気がした。それができないということは僕は弱いということでもある。
――よわい……?
そうか、弱いんだ……その時僕は確信に至る。
弱いから、『見下している』とミコトに指摘され、ウルルカに『見下される』ように嘲られ、しまいにはコールまで連れ去られた。弱いから、こんなことが起きる……力があればこんなことにはならなかった。弱いのが悪いんだ。
――きっとミコトが言いたかったのはこういうことだったんだ。
全ては弱い僕が悪い。ならばすべて受け止めよう……そして、強くなるんだ。もっと、もっと……一人でみんなを守れるくらいに。そうすれば全てがきっとうまく行くんだ……だから今は僕が我慢すればいいんだ。
「……」
ノエルはそんな今にも泣きそうな僕を袖をつかんで心配そうに眺めていた。そんな様子を傍目にミコトはため息を吐きながら前に出る。
「クォーツ嬢、もしあなたに懺悔の気持ちがあるのなら『地下水路』を開けてもらえませんか?」
その言葉はまるで、これ以上話してもどうにもならない、と言わんばかりに用件だけをクォーツ嬢に伝えた。その途端に懺悔の色で染まり切っていたクォーツ嬢の顔が一気に驚きのものへと変わる。そして、ウルルカも。
「ミコト……まさか、《忘れられた古の牢獄》を通るつもり!?」
すると、ミコトは首を縦に振った。僕とノエル、ナガレとユキヒコは何のことかわからず疑問を抱く。そんな僕たちにミコトは視線をクォーツ嬢に向けたまま説明した。
「《アキヅキの街》に広がる『地下水路』……その先にある地下遺跡のダンジョン《忘れられた古の牢獄》。そのパーティボスの先には確か湖へと繋がっていた出口があるはずです」
「――――え?」
その時、僕の心は大きく乱れる……『出口』という言葉を聞いた途端、必死に抑えていたものが開け放たれてぐちゃぐちゃになる。
その想いは深く、暗く、苦い……。
――なぜだ……。
「だからそこを通って外に出れば、まだ起死回生のチャンスはあります」
だけど、ミコトはそうとは知らず公言する……まるで前々から知っていたように。
同時にウルルカはそれを止めようとした。
「待って、だってあそこは――!!」
そして、
「なぜ言わなかった!!!!」
刹那、僕は自分でも気づく前に自らの拳を鉄格子に叩きつけていた……打ち付けて響く音が牢屋全体に行きわたる。
と同時に、鉄格子が共振するかのように低い音を立てて響いた……まるで悲鳴をあげるかのように。僕は鉄格子を殴りながら怒鳴り散らしていた。ノエルが立ち上がって口を挟む。
「どうしたの? なんだかいつものセイっぽくないよ」
――いつもの僕じゃない?
そんなの当たり前だ。だって、今の僕は怒っているのだから……。
「ミコトたちはさんざん僕に隠し事するなって言ってたのに、自分たちは結局いいのかよ」
「……」
直後、ミコトは黙り込んでしまう。
だが、そんな抜け道があるのなら今頃は牢を抜け出せた。こんなことにもならなかったし、今頃はコールだって助け出せたのかもしれない……これは弱い以前の問題だ。
なのに、今のいままでどうしてそんな出口があると言わなかった? 牢で足止めされていたのだろうか? つまりは誰かが足を引っ張ったせいではないだろうか? では誰が足を引っ張った?? 誰が遅れを出させた????
「みんなのせいだ……」
突如口走った言葉に全員が心を動かされた。
途端に怒りの熱は急速に冷え、絶対零度にも等しい冷気をまとった空気が周りを凍らせる……耳を疑うかのごとく。
だけど、出口があることを黙っていた。それは仲間としてあるまじき行為だ。
「なぜ黙っていたんだ……そんなに僕の事が信頼できなかったのか。そうだよな……そうじゃないとおかしい。《アキヅキの街》に来てからというもの喧嘩はするし、自由奔放だし、僕は振り回されてばかりだ」
つまりは仲間と認められていなかった……そうとしか考えられなかった。ミコトが指摘したのも、ウルルカが嘲ったのも、結局は僕が嫌いだっただけ。
そんな僕をウルルカは一瞥して睨みつけた。
「それをセイっちがいうわけ? もっと早く《供贄の一族》を話してくれればみんなでカバーできたかもしれないのに」
「――――なっ!?」
そして僕は牙をむき出しにして、ウルルカをにらみつけた……こっちだって『混乱が起きないように』とか、『迷惑がかからないように』とか、いろいろ考えて決めたことだ。なのになぜそんな言葉を浴びせられなければならないのだろうか? なぜわかってくれないのだろうか?
――もしこれが仲間なのだとしたら、だとしたら僕は仲間なんて……いらない。
「やめてください!!!!」
刹那、剣呑とした空気に割り込むように叫び声をあがる。振り向くと、そこには大粒の涙を流しながら泣き崩れるクォーツ嬢がいた。
涙は滝のようにあふれて地面に落ちる。
「誰のせいでもありません。全て私が悪いんです……私がしっかりしないからこんな嫌なことが起きているんですよね」
その嘆きの表情は僕に大きな傷跡をつける。
そう、僕は女性を泣かした――醜い言い争いをして、何の関係もない人に責任を押し付けてしまった。
彼女は何もしていない。なのに、その『お人よし』らしからぬ行動が彼女を追い詰める……そして、その事実はやすりのように、僕の自尊心をすれすれにまで削っていく。
「……地下水路の道は開けます。それがせめてもの罪滅ぼしです」
そうこうするうちにも彼女はその涙をこすり落とし、悔いるような表情で牢の壁際で何かの操作をしていた。
「ですが気を付けてください。《忘れられた古の牢獄》はその名のとおり『牢獄』……代々クォーツ家の者が封印し、死せずして出ることあたわず、と言われている場所です」
「ま、待って……」
僕は鉄格子の隙間から必死に手を伸ばしていた。
何か言わなければならない……彼女の泣きながら苦しそうに微笑む表情を今すぐ笑顔にしなければならない。
なにより、何か言わなければ《冒険者》としての僕の生き方を否定された気がした。
だけど、運命は僕に更生する暇も与えず、突如として牢の床が傾いた……荒い粗忽な部分にひびが入り、下から勢いよく流れる水流が顔をのぞかせる。
「願わくば無事に逃げおおせることができますよう……」
そうして、その泣きそうな祈りを最後に僕たちはそれぞれの牢で水流の中へと落ちて行った。その先に待つのが奈落の底かどうかは、まだ誰もわからずに。
ただ一つ言えるのは、僕たちはホネストに頼まれた手紙を渡せなかった、という事だけだった。
◇
こうして長い間、水流と戯れていた僕は命からがら何とか這い出た。
そこは暗く、陽の届かない場所……少し開けていて円筒状に広がっていた。水はそこからまた流れて下に向かっているが柵が設けられ人が通ることはできない。
――ということは、ここが地下水路の終着点……《忘れられた古の牢獄》か。
身も心もボロボロになりながら、僕は立ち上がった。
さすが地下遺跡というだけあって灯りは少ない……かろうじて鉄と石の壁にポツンと置かれた灯篭たちが、《冒険者》を奈落の底へと誘っていた。
だけど関係ない。仲間も、《Plant hwyaden》も、自分の事さえももうどうでもいい……。
――そうだ。行かないと……僕はコールを助けに行くんだ。
ゆっくりと足を進める……小さくても、小刻みでも、助けての一言を求めて。
そうして僕が知らない時間が流れる。
僕が最初の角を曲がった頃、やっとのことでノエルは流れ着いたその場所から息継ぎのために顔をのぞかせたのだ。同時にミコトが慌てて顔を上げる。
「まったく! 泳げないなら泳げないっていいなさいよ!!」
「それは私の沽券にかかわります……」
「カナヅチのどこに沽券があるのよ……」
そう、ノエルは水流の中で、まさか泳げないとは思わなかったミコトをみつけて肩を貸していた。水路から這い出たノエルは溺れるミコトの腕を引っ張る。反対側ではウルルカも同じことをしていた。
そして、そんな彼女たちの後ろからはナガレとユキヒコが水流から顔を覗かせた……どうやら念のためにしんがりを務めていたらしい。
「ぶわっ……!! 死ぬかと思った!!!!」
とは言うものの……本人はいたって余裕があるらしく、にやにや笑いながら楽しんでいた。
ユキヒコはそんなナガレを心配そうに、または通り過ぎて呆れたように眺めている。
「まったくあなたはまたそんな見えすぎた嘘を。少しはセイさんのように……って、あれ?」
だけど、あることに気づいたのか、ユキヒコは辺りを見回して首を傾げた。
「ノエルさん、セイさんはどこですか?」
「えっ?」
刹那、ノエルは振り返る。だが、そこにいるべき者の姿はおらず、仲間たちはまるで置き去りにされたかのようにポツンと取り残されていたのだった。