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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第二章 5 人形


 コールはあまりに唐突なことに言葉を失う。

 間違いない……目の前にいるのは、幽閉されていた時にお世話をしてくれた大切な《大地人》だった。

 目の下の隈は眠れなかった私に付き合って起きてくれていた証。その落ち着きのある黒髪は姉のように優しく私の心を優しく包み込んでくれた。

 そんな彼女が目の前にいる。そんな彼女が顔を上げてにっこり笑った。


「お久しぶりです。コール様」

「――――っ」


 途端にあの頃の感情が呼び起こされて私はアミュレットに抱きついた。細身の身体の感触は私に確信を与える。

 同時にアミュレットは抱きついてきたコールの頭を優しく撫ぜた。


「あらあら、やはりアミュレットがいないとコール様はいつまでたっても甘えん坊ですね」

「そ、そんなことない!」


 必死に頭を横に振る。だけど、とっさに私は顔を上げた。唐突に疑問が浮かび上がったのだ。


「でも、どうしてここに!? だって、ここは《大地人》の街で……だから!」


 その時、言葉を遮るようにアミュレットは人差し指を私の口に添えた。そして、まだ終わっていないように呟く。その表情は微笑みながらも悲しみの色が瞳ににじみ出ていた。


「心配、したんですよ……いきなりいなくなったと思えば、半月前にグレイス様からお世話役の任を解かれて……もうどうなっているかわからなくて胸が張り裂けそうだったんですから。それからずっと調べてやっとここまで来れました」

「……」


 直後、私はアミュレットから手を放して姿勢を正して頭を下げた。

 勝手に外に出たこと、それに心配させたこと……それらがすべて許されるとは思っていないが、今できるのはこれが精一杯だった。そして、これからはセイさんたちと一緒に旅をしていくことも話さなければ……。


 その時だった。そんな私を彼女は止めるかのようにしっかりと肩を掴んだ。そして、その手に力がこめた。肩に痛みが走る。


「アミュレット……?」


 私は首を傾げた……何かおかしい、その瞬間アミュレットの表情には何とも言えない恐怖を覚えた。ねっとりとした何かがからんでくるような感覚がしみついてくる。


「……お願いですから、もうどこにもいかないでください。アミュレットのそばにいてください」


 刹那、目の前にいるアミュレットは懇願するように訴えかける。だけど、悲しみで下がるはずの頬は歪んで吊り上がり、ひたむきに縋るかの如くしがみつく……白い想いが黒く染まりそうなほどに。

 その時、陽の光が傾き始める……地面へ、暗い地平線の底へ。そうして部屋の中に影が満ち始める。


「そのためならアミュレットは全身全霊をかけてお守りします。ですから……」

「待って、何を言っているの……?」


 その言葉を聞いてはいけない予感がした。だから私はひたむきに鼠色と灰色の服を引っ張った。しかし、その嫌な雰囲気は予感を超えて現実になる。


「ですから……ずっと、この場所にいましょう」


 ――えっ?

 一瞬何が起きたのかわからなかった。だけど、途端に彼女は歪んだ微笑みを浮かべ、その在り様を変える。

 目の下の隈は嫉妬の証へと変貌し、落ち着きのある黒髪は大切なものを縛り括る狂気の縄へと編み直される。その風貌はまるで魔女……。


「待って! どうしちゃったの――――きゃっ!?」


 直後、魔女と化したアミュレットは笑いながら踵を返した。とっさに私は彼女の腕にしがみつく。だけど容易に振り払われ、転んでいる合間にアミュレットは客室の外へ出ていってしまった。


 ガチャッ、と閉まるドア。それでも私はすぐさまドアに駆け寄った。そして、すぐさまドアを叩く。


「アミュレット、ここから出して!!」

「駄目ですよ。コール様はすぐどっかに行きますから……だからアミュレットはコール様を閉じ込めておくんです」


 私は耳を疑った……その声は優しいアミュレットをどこか遠くのものにしてしまうからだ。途端に力なく膝が崩れる……今まで積み重ねてきたアミュレットの基礎が壊れていく。

 けれどそんな私を愛でるようにアミュレットはそっと励ました。


「安心してください。この部屋は絶対守りますから……もう誰にも渡さない。《神聖皇国》の貴族に媚び売っても、《供贄の一族(グレイス様)》を裏切ってでも……」

「えっ……」


 だけど、その言葉は逆に私を突き放した。何を言っているの……私は目を見開いて、顔を上げる……もうアミュレットのことがわからない。何を考えているかわからない。でも、


「グレイス、を……どう、したの?」


 私は聞かなければいけない気がした……もしかしたら私の中の《六傾姫》がそうさせているのかもしれない、そう思って今にも泣きそうななけなしの声をあげる。すると、アミュレットは楽しそう笑いながら、悲しく告げた。


「落としました…………ダンジョン(迷宮)へ、夜のとばりと共に奈落の底の牢獄へ、と」


 気づくと影はまるでドアの向こうと私を隔てるように境界線を引こうとする。だから私は「なぜ……そんなことを……」と影に手を伸ばした。アミュレットを助け出そうとして……でも。


「なぜって、そんなの落ちて当たり前じゃない!!」


 途端に怒鳴り声と共にドアに衝撃が走る……それは拒絶と同じ意味だった。


「グレイス様はアミュレットからコール様を奪ったんです! 取り返そうとしなかったんです! だからアミュレットも奪うんです……《供贄の一族》を、グレイス様の大切なものを!!」


 その狂乱の声はすでに理解できるものではなかった……ただ半月前に幽閉されていた時よりも、ねっとりとして気持ちが悪い。その感触はもう『幽霊』と表すべきではない……。


 そう、これはまるで『人形』だ。

 大切に、大切に愛でられ、自分に忠実な『道具』としてそこにあり続ける存在。愛でられる代償に自由を許されないもの……。


「そして、それを存外に扱うの。あの貴族に売ってやるのよ!! 大切な人形を踏みにじられる思いを味わえばいいんだわ!!」

「……」


 言葉が出なかった……いや、出せなかった。私はアミュレットの考えていることが……その一部がわかっただけで吐き気がした。知りたくなくなった。

 だけど、


「……そういえば他にもいましたわね、コール様に親し気に近づく輩が」

「――――っ!?」


 まるで溜飲を飲まされるかのように、アミュレットの言った言葉が棘になって突き刺さる。間違いなくアミュレットの言った輩というのはセイさんたちのことだろう。

 気づけば差し込んだ影が私まで呑み込もうとしていた。私は対抗しようと一歩二歩たち下がった。


「……セイさんたちをどうするつもりなの」

「さぁ? 別に興味なんてないし……マルヴェス卿は利用する気満々だったけど……でも、そうね。マルヴェス卿はおそらく躍起になっているのでしょう。自身の地位を守るために『使えるもの』をかき集めて周りを固めている。アミュレットを南の《供贄の一族》の筆頭に祭り上げることで利権を手にしようとしたように、きっと彼らも《アライアンス第三分室》とかいう集団を釣り上げる『餌』にするつもりなんだわ」


 『餌』……私は、それが何のことを指すか、ということまではわからなかったが、それでも良いことではないというのはわかった。ただ、興味がないと言いながらアミュレットがセイさんたちを利用しようとしている事だけはわかった。


 そのアミュレットは同情するかのように「マルヴェス卿も大変ね」と呟いた。それでも同情するだけで何か手助けする気はないらしい……いや、そんなことはもうどうでもいいのかもしれない。彼女の瞳には、今も目の前にいる『お人形』しか映っていなかった。


 そして、それを証明するかのように、アミュレットはドアの向こうから姿勢を正すかのごとく揚々と告げた。何か良いことを思いついたかのごとく両手を合わせた音を鳴らす。


「そうです、それではこうしましょう! アミュレットがマルヴェス卿に頼んで彼らを解放します!!」


 とっさに私は顔を上げた……彼女が再び優しい昔の姿へと戻ったのではないかと錯覚して。けれど、


「その代わり、コール様は一生、人形部屋(この部屋)から出ないと約束してください!」


 その希望を無残にたたき折って、アミュレットは取引を申し出る。そうしてコールはやっとアミュレットが狂っていることを実感した。ついには客室までも彼女の狂気に触れて紅く染まりだす……夕陽の光は影をもっと濃くする。


「アミュレット……あなたは…………」

「……どうしましたか? もしかしてコール様は彼らのことがあまり好きではないのですか?」

「そ、そんなわけない!!!!」

「ではなぜ黙ったままなのです? コール様の一言で彼らを助けられるのですよ?」


 アミュレットは一撃必殺の如く私の心をつかんでくる。二度と離さないように、赤子を宥めるかのように……。


 やがて太陽は地平線に沈み、客室中に影は満ち満ちた。客室の色鮮やかな朱色を失くし黒く染める。

 黒く染まった絨毯はまるで下水のよう。黒くて何が混ざっているのかわからないもの……飲めば必ず苦しみを与えるそれが私の行く道を遮りだす。まるで半月前のように……。


「さぁ、『アミュレットの人形ものになる』と宣言をしてくださいまし!!」


 その流れだす大元は発狂する。そして、狂気は私も包み込もうとした。

 私に与えられた選択肢は二つ……『はい』か『いいえ』のみ。他の言葉はもうアミュレットには届かないのは目に見えていた。

 そして、『はい』をえらえばセイさんたちは助かる。


「……私は」


 だから私はゆっくりと言葉を滑らせた。


「嫌です」

「……はっ?」


 途端に空虚をつかまされたようにアミュレットは呆る……けれど、私はもう決めたんだ。


「私はもう自分を偽らない……ましてやそれは私を助けてくれたセイさんたちを侮辱することでもある。だから人形になるなんて嫌です!!」


 私は自身の思いの丈を言い放った。狂気がなんだ、こんな下水のようなものに溺れていたら今度こそセイさんたちに見限られる。

 私は一回だけ地面を踏んだ……途端に下水は幻となって赤くしみったれた絨毯へと戻っていった。


 ――そう、結局は私の心持ちなんだ。


 初めてそれを実感した私は再びまっすぐドアの向こう……アミュレットを見つめた。すると、ドアの隙間からでもわかるほど苛立ちが立ち込めていた。

 見えなくてもわかる……今、アミュレットは足を震えながら気圧されている。


「……つまり彼らがどうなっても構わないと」


 そして、それを証明するように彼女は歯ぎしり交じりの声を放った。その言葉に私は半月前ホルストさんに言われた言葉を思い出して首を横に振る。


「《冒険者》はそんなに軟ではないよ。なんたって『《冒険者》はバカ』らしいですし――今頃はちゃっかり抜け出して、必死にあがいているはずだから」


 ましてや、あのセイさんだ。すぐに諦めてくれる人じゃない……そうでなければ、私はまたこうしてセイさんたちと冒険することもなかった。


 ――だから私も抗わなくっちゃ。セイさんとノエルさんの隣に居れる自分にならなくちゃ。


 私は一回深く吸って背筋を伸ばした。その背後の空には月が昇っていた。


「私が《供贄の一族》から抜け出したことでアミュレットに何があったのかはわからない。でも、私は一生、人形部屋(この部屋)にいることはありません!」


 きっとセイさんたちなら、もっとかっこよく戦えたはずだろう……私はつい、そう思ってしまう。いつも戦いの最前線に立っていた彼は、生き生きとしていて私には眩しかった。

 だからなのか、第三者から見れば、その言葉は月夜に照らされ《冒険者》に引けを取らずに輝きだしていた事を、私は知らない。


 その月夜に照らされた輝きに一番に感じたアミュレットはその言葉を聞いた途端、どこか恨めしい気持ちをぶつけるように壁を叩いた……「違う、違う、チガウ!!」、と。まるで眩しい光をさえぎるように。


「そうじゃない……あなたはもっと弱弱しいはずでしょ!? もっと泣いてください、もっと媚びてください……!!!!」


 だけど、光を遮ることは誰にもできない。


「ううん、もう違うよ。私は約束したから……たとえ何に邪魔をされても自分を貫き通す、って」

「だったらお望み通り、彼らをグレイス様のようにしてやる!! そうすれば帰ってくる……きっとアミュレットのコール様は帰ってくる!!!!」


 そうしてアミュレットは逃げるが如く、または、力強く地団駄を踏むように足音を鳴らした。とっさに私は客室のドアにしがみついて叩く。だけど、足音に消されたのか、アミュレットは気づかずにそのまま歩み続けた。


 次第に音は無となり、再び客室は平穏を取り戻す。

 けれど、私は足を折り曲げながら地面にへたり込んだ。両手をついてアミュレットを止められなかった事に憤りを感じた。

 そして、悲しみも。


 ――どうしてそうなっちゃったの、アミュレット。


 半月前はこんなじゃなかった。優しかった。誰かが食事を持ってきても畏怖を抱き遠巻きにする中、アミュレットだけが一緒にご飯を食べてくれた。それに、


「……なにより《冒険者》の武勇伝を聞かせてくれたのはあなたでしょ」


 その声はアミュレットには届かず、そのアミュレットは私の知らないところでいち早く牢へと向かっていた。

 目的はもちろん《冒険者》を奈落の底に落として、私の泣き叫ぶ声を聴くためだ。だけど、彼女はその時思い知る……彼女の大切な人形の言葉の重みを。そして、恐怖する。


「い、いない……」


 アミュレットがクォーツ邸の牢屋にたどり着いた時、そこにはもう誰もいなかったのだった。



ちょっと会話文の多い回になりました。

しかし、この調子だと戦闘は次の章までお預けになりそう……(結構キャラがプロットから離れたところにいっちゃったし)

おーい、セイさんたちぃー、もうそろそろ帰ってこーい……。(じゃないと終わらないよぉ……)

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