第二章 4 二重の人質
「またあなたですか……」
そして、ミコトは頭を抱えて溜息を吐く。同時にウルルカは僕から手を放して驚いたように指をさした。
「ミ、ミコトすごいよ……モンスターが喋ってる!!」
――モンスターって……。
刹那、ふいにもノエルが背中を向けながら笑いを堪えている。いや、もう我慢できなくなって笑い声が漏れているのだが……というかすでに止められないのか、腹を抱えている。
その瞬間、マルヴェス卿の白い額にまた血管が浮き上がる。それがまた白塗りにしているためかはっきり浮きあがり、ノエルを笑かす原因となった。
しかし、さすが貴族というべきか……怒りの一言を告げるでもなくただ静かに皮肉を口にした。
「ほほう……こ、これが《冒険者》のしきたりや礼節をというわけですな……身をもって理解しましたぞ……」
――いや、たぶんそれは僕のパーティメンバーだけだと思います……。
あまりの強がりに僕は申し訳なく想う。だけど、
「で、僕たちを牢に入れた張本人が何しに来たわけですか?」
それとこれとは別問題。今の僕には余裕がない……僕は手短に用件を言った。
なにせ、一端切れたとはいえ僕の心臓は高鳴り続けている。
――見下している……。
その言葉は僕にとってそれだけの衝撃だった。これ以上何か背負わされたら持たないほどに。
「うむ、もちろん『答え』を聞きに来た」
すると、マルヴェスも長引かせる気はなかったらしい。やっと話の出来る相手を見つけたかの如く満足げに頷いた。
――答え……ああ、応接間で言っていた『下僕になれ』という世迷言のことか。
僕は思い出したように両手を合わせた。いや、忘れていたよいうよりかは気にも留めていなかったというべきか。
とにかく、そんなものの答えは決まっていた。
「断る。僕たちはあなたの仲間にはならない」
「――――っ!?」
途端に牢屋にいた全員がびっくりして振り返る。と同時にナガレが鉄格子を掴んで力強く揺らした。
「おい、ちょっと待てよ! 何を勝手に!!」
「え、それじゃ受けるの?」
「いや……そういうわけじゃねぇけど……だぁぁぁ、もうわかれよ!!!!」
途端にナガレは髪をかき乱しながら吠えた……まるで常識外れの答えを聞いたかのごとく。いったいどうしたというのだろうか。
そして、なぜか黙り込むと、今度は交代するかのようにウルルカが腕を組んで問う。
「セイっち、ちょっとさぁ、黙っててくれないかな……何も知らないわけだし」
その声はまるで頭に血が上ったかのように苛立っていた。いつも笑っているウルルカにしては珍しいことだ。眉間にだって皺だって寄っている。
けど、そうだな……説明しなきゃだめだ。
「うん、わかった。きちんと『あとで』説明するからよ」
「……そういうことじゃないって。だめだこりゃ。にゃははは……」
まるで気づけよ、とそう言いたげにウルルカはあきれ果てていつもの笑い声も上げる。よくみればミコトとユキヒコも僕に対し言葉を失っていた。
その行き場のない空気はまるで仲間との絆を凍らせるように吹き付ける。
「なので、申し訳ありませんが他をあたってください」
しかし、それを僕は同意ととらえてマルヴェスに突きつけた。
結果、次第に冷たくなる空気の中でその行動を一部始終見ていたマルヴェスは「なるほど」と納得したかのごとく頷く。そして、
「では、おまえらはどうだ?」
「はっ?」
マルヴェスは僕から視線をそらし、仲間たちを指さした。途端に僕は意表を突かれて肩を震わせた。
――そこでなぜ仲間に言葉が向けられる?
僕が駄目だと言ったのだから仲間も返事は同じだろうというのに。
しかし、皆耳を傾ける。『はい』とも、『いいえ』とも言わずにただ僕とマルヴェスを交互に見つめる。
「は、え……どういうこと?」
なぜそこで迷うのだ……なぜそこでマルヴェスと僕を比較するのだ?
するとマルヴェスは僕を指さして高らかに叫ぶ。それは仲間に同情するかのよう……白塗りの顔は憐れみを仲間に向けた。
「こんなふがいないリーダーに仕えては敵わんだろう……牢屋から出るチャンスをつぶしたこいつには」
「牢から出るチャンス……――――っ」
そうか……そうして、やっと僕は気が付いた。皆が何を成そうとしていたことを。
「交渉。牢屋から出るために取引を行うつもりだった!!」
僕は力なく地面にへたり込む。
そう、そうだ……今一番いけないのは身柄を拘束されているという事実だ。
牢屋を構成する鉄格子は、ミコトが言っていたように『ギミック指定』されている……いわば『罠』と同じだ。この世界、セルデシアがエルダーテイルのゲーム設定を受け継ぐのであれば『ギミック指定』もあるはずだ。
そして、この『ギミック指定』は罠というだけあって厄介な特性がある。それが特定の術技でなければ破壊不可能という特性だった。
簡単に言えば『《冒険者》でも壊せない障害物』。いくら蹴っても叩いても意味がない。エルダーテイルのシステムが破壊を許さないのだ。
そんな中に僕たちはいる……それも敵のど真ん中に、だ。
思いっきり不利な状況には違いなかった。
もし、このまま放置されればいくら《冒険者》でも惨めに衰弱死する。そうなればエルダーテイルから引き継がれたゲームシステムにより《冒険者》は《大神殿》で復活することになるのだが、その《大神殿》は現在《Planthwyaden》に押さえられている。結局は八方ふさがり……システムという牢から出ることはできない。死ねば『GameOver』だ。
一方、一歩でも牢の外に出れたなら絶対的力の差で不利な状況は切り抜けられる。もちろん何らかの制約を付けられるだろうが、ここから何もできないよりはましだった。仲間たちはその状況を引き出すために必死だったのか……。
けれどそこでひとつの疑問にぶち当たる。
――いや、待て……だとしてもマルヴェスはどうやって僕たちに制約を付けさせようとしているんだ?
僕たちは不利な状況だが、だからと言ってこの状況はマルヴェスの優勢というわけではない。《冒険者》と《大地人》の力の差は歴然としている。今、僕たちが牢の中にいるからマルヴェスは見下すことができるのだ。
「お断りします」
「ミコト!?」
その時、ミコトが口を開いた。同時にウルルカが声を上げる。
僕はとっさに視線を向けた。けれど、ミコトはわざと「別にあなたにかばっているわけではありません」と前置きをする。
ただ、
「……マルヴェス卿の噂は聞いています。《アキバ》で盛大にやらかして失敗したとか……どうせその汚名返上として私たちを取り込もうとしているのでしょう? おそらく私たちが《アライアンス第三分室》の一員ということもわかっているはずです」
「――――っ!?」
刹那、僕は驚いてマルヴェスに視線を向ける。途端にマルヴェスは口を閉じた……それは肯定と同じ意味だった。
「どうやらこの世界の貴族は功績を重んじる習慣があるようですから、《アキバ》に出向いた後、周りからかなりやっかまれたのでしょうね」
つまりは嫌味を言われたのか……そういえばマルヴェスは貴族の中でも『侯爵』の位にあると、ミコトは言っていた。
侯爵といえば貴族の中でも二番目の位にある存在だ。たとえ一回失敗したとしてもそう簡単に退位はしない。そもそも貴族は国王が国民を幸せにするために遣わす存在だ。そう簡単に退位しては国民の暮らしが成り立たない……現実世界で言えば『役所』に近い。
ただ貴族は役所より上下関係が強いせいか、少しばかり弊害はあるのだろう。何より権威が落ちることを貴族は毛嫌いする。それはつまり自らの領地にいる平民に疑心を与え、万が一の際迅速に動くことができないからなのだが……このマルヴェスという男は見た目や服装から察してしまうほどそういう堅実な人間ではなさそうだ。
それを肯定するようにマルヴェスはいきなり何かを思い出したように歯ぎしりをしてむき出しにする。どうやらミコトの言うことは当たっていたらしい……さてはほかの貴族から『《アキバの街》への旅行はどうでしたかな?』『侯爵様はいいものですな』とか皮肉を言われたか。
「とにかくそんな人について行ってもいいことはありません……たとえ『人質』をとっていても、ね」
「――――っ!?」
三度、僕は度肝を抜かされる。同時に、僕は再び周りを見渡す。
向かいの牢にはナガレにユキヒコ、隣の牢にはミコトにウルルカ、そして同じ牢にはノエル……一人足りない。そうして、ようやく僕は本当の意味で自らの状況を把握する。
「コールはどこだ……」
先ほどからコールの声が聞こえない。視界に見えるところに特徴的なチュニックが見当たらない。
途端にマルヴェスは口端を吊り上げた。
そして、
「《供贄の巫女》」
「なっ……」
刹那、僕は冷や汗を流しながらマルヴェスを見た。その表情を見てマルヴェスは確信する。
「ほう……半信半疑ではあったが、何でもアイテムを作り出せる大地人と聞いてはいたが本当だったか」
「なんで《供贄の巫女》のことを……いや、それよりコールをどこへやった!?」
「ちょ、ちょっとセイ、落ち着いて……皆ここにいるのよ」
とっさにノエルが慌てて口を挟もうとする。けれど僕はそれをはねのけて鉄格子に跳びついた。
「もう一度聞く。コールをどこへやった!!!!」
「セイ!!!!」
もはやノエルの言葉は無意味。語りかける言葉をはねのけて僕は背中に括りかけていた武器《迅速豪剣》の柄に手をかけよう、と――。
「え?」
――して、武器がないことに今更気づいた。握る手が空を切る。視線を向ければ鞘ごと武器が鞘ごと失っていた。
すると、マルヴェスの背後で控えていた女性――クォーツ嬢が一歩前に出る。暗くて見えなかったがその手には剣がつかまされていた。
その曲がった刀身は身に覚えのあるもの……間違いない。それは僕の武器……。
「《迅速豪剣》……確かこれも《供贄の巫女》が作ったそうだな」
その剣を手に取りマルヴェスは見物小屋のように眺める……。
同時にノエルも自分の懐を確かめる。そして、同様に武器であるクナイがないことに気づいて冷や汗を流した……視線の端ではナガレがただ深刻そうに頷く。つまりは、寝ている合間に皆の武器を抜き取ったのか。
「別に不思議ではなかろう。わざわざ敵に武器を持たせる者がどこにいる」
刹那、僕はマルヴェスを睨みつけた。すると、マルヴェスは勝利の笑みを浮かべながら《迅速豪剣》を僕の手が届かない適当な場所に投げつけた……まるで牢の中から脱出できるものならやってみろ、と言わんばかりに。
そして、マルヴェスは踵を返しながら呟いた。
「時間をやろう。改めておまえらはどういう行動を成すべきか考えると良い……でなければ《供贄の巫女》様に頑張ってもらわなければならなくなる」
――まさか……!!
僕は顔を歪ませる。この貴族は、僕たちが言うこと聞かないと知れば、さっさとコールに乗り換えると言うのか。加えて、どこから仕入れたのかわからないが、マルヴェスはコールが《供贄の巫女》だということを知っている。
つまりは僕たちは『二重の人質』なのだ。僕たちが拒めばコールを、コールが拒めば僕たちを脅して言うことを利かせる。マルヴェスはどう転んでも利益を得るというわけだ。
そして、僕とノエルは知っている……コールは性格上、必ずマルヴェスの取引を呑むということを。
その瞬間マルヴェスはあの白塗りの顔で勝ち誇った表情を覗かせた。おそらくマルヴェスもそれをわかっていっているのだろう……さすが商いを主にしているだけはある。人を見る目は健在ということか。
僕はあまりの悔しさに唇を噛んだ。それからマルヴェスの表情を頭にたたみ込む……叩きのめす敵として、記憶に刻み付けるために。
そうして、通路の奥に戻ろうとするマルヴェスに僕は一つだけ質問をした。
「どこで《供贄の巫女》の事を聞いた?」
すると、マルヴェスは無価値の情報を扱うように口を滑らせた。
「アミュレットとかいう小賢しい娘から、だ」
アミュレット……その聞き覚えのある言葉に僕は虚を突かれる。その間にもマルヴェスは歩みを続け、クォーツ嬢と共に暗くて見えない扉の音と共に消えていった。
そして、静かになった中、僕は再び思考に耽る。
アミュレット……確か元コールのお世話係、つまりは《供贄の一族》か。だとすれば、コールが《供贄の巫女》ということも知っていて当然か。
――でも、どうして《供贄の一族》がマルヴェスにコールの事を話した? 半月前は幽閉するほど固く閉ざしていたはずなのに……。
その時、誰かが背中をつつく……振り向くとノエルがなんだか深刻そうに俯いていた。
なんだろう、今は考え中だからできれば後にしてほしいんだけど……そう思って僕は指さされた方向をみつめて言葉を失ってしまった。
気づけば静かだと思っていた空気は一変し、マグマのようにぐつぐつと燃え滾る熱気が向かいと隣の牢から差し込んでくる。
「いやぁ、置き去り感が半端なかったなぁ……」
そう言って拳を握りポキポキと鳴らすナガレ。そう、なんと今まで統率がなかったこのパーティに初めて結束が生まれたのだ……僕たちへの怒りという想いを乗せて。つまりは皆が皆、こちらを向いて牙を見せていた。ついでに先ほどの話を一部始終聞いていたことになる。
そうなれば、次になすことも自然と決まっていた。その筆頭として、内なる怒りを秘めミコトは前に出た。
「さて、《供贄の巫女》とは何か、す・べ・て、聞かせてもらいましょうか……まさか、この期に及んで『迷惑をかけられない』なんて言い訳通じるとは思いませんよね?」
さすがの僕でもわかる……これは言い逃れなどできないことを。
「あは……あはは……」
「「「「笑ってごまかさない!!」」」」
「は、はい!!!!」
こうして皆に責められた僕は半月前のバレンタインデーの騒動の一部始終を仲間に話すことになったのだった。
その一方で僕は思う……コールは大丈夫だろうか、と。
◇
――きっと睡眠薬とかよね。
私は目を覚ますとそこは色鮮やかな小部屋だった。おそらくクォーツ邸の客室なのだろう。朱色の絨毯と落ち着きのある家具が置かれた綺麗なところだった。
現在そのうちのベッドに腰かけて私、コールは状況を整理している真っ最中である。
窓から差し込む日はまだ明るい……ということは私たちがクォーツ家の応接間を訪れてからあまり時間はたっていないはずだ。つまりはセイさんたちもそう離れた場所にいるわけではないということでもある。
でも、
――セイさんたちは大丈夫だろうか。
こうして別々に隔離されているということは、私かセイさん、どちらかに価値があるからだ。でも、だからといっていつまでも安全だとは限らない。
私は俯きながら囁いた。頭の中は不安でいっぱい。また私のせいで何かあったら……そう思うと私は息が止まるほどだった。
もし、セイさんが死を迎えそうになるほどのことが起きたら……。
――はっ……いけない、この考えこそが駄目だったんだ。
とっさに私は立ち上がり、頭を振った。
そう、私は学んだはずだ。まず一番やったらいけないことは慌てふためくことだと。
これは半月前のバレンタインデーの反省によるものだ……あの時慌てふためいても何も変わらなかった。むしろ下手に動き回ったせいでセイさんたちを後手に回らせてしまった。だから、これはなし。
――私にできるのは、あくまでもセイさんたちを信じること……だから!
「次にやるべきは周りを観察すること」
何か状況を切り抜ける鍵は意外と身近にあるかもしれない……私は周りを見渡した。
客室は応接間と同じく朱色の部屋。ドアはもちろん開かない。
一応全体重をかけてドアを開けようとしたが、やはり鍵がかけられていて《大地人》の力ではこじ開けることもできなかった。
窓は開いている。けれどベランダはなく二階以上の高さがあるため飛び降りるのは無謀。
縄やひも状のものを部屋中探してみる。だが、洋服はもといカーテンもなく、そのため実質檻の中にいるのと同じだった。おそらく定期的にその日に必要なものだけを持ってくるつもりなのだろう。
だとしたら、もう逃げれない……こんなのまるで、まるで…………、
「『幽閉』だ」
――……。
それを意識した時、窓から肌寒い風でも入ってきたのか、私はえそら寒い何かを感じて腕を抱えた……半月前のトラウマが思い出される。
暗い室内。綺麗に整ったお人形部屋。それを監視する大人。誰も視線を合わせず頭を下げて、誰も私に言葉を語りかけなくて、そんな中でただ一人だけ語りかけてくれた……。
「……アミュレット」
その時、ささやかなる言葉に応えるように、ガチャン、とドアの鍵が開いた。
とっさに振り返った私の視界に入ってきたのはセミロングの黒髪女性。鼠色と灰色の服を身にまとうその姿は、先ほどトラウマの記憶に漂う彼女と全く同じ姿だった。
4/20 一部言い回しを修正
(「セイっち、ちょっとさぁ、黙っててくれないかな……何も知らないわけだし」)
(「……そういうことじゃないって。だめだこりゃ。にゃははは……」)