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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第一章 6 セイという《冒険者》について


 その日は穏やかな快晴だった。

 そこはパンナイルの街にある執務室。領主『リーフトゥルク家』から預かり受けた一室。

 今、その一室には紙の擦れる音が木霊していた。

 僕、ホネストはその一枚――誓約書にサインをし、肩を落とす。


 というのも、視界に映る大半は紙、紙、かみ……書類の山がそびえたっていたのだ。

 それに加え、背後の窓から差し込むこの暖かな日差し……まるで眠気を誘うかのごとく背中を揺すりにくる。


 ――……もうそろそろかな?


 ついには誘惑に負けて僕は執務を行っていた席の背もたれに腰を預けた。すると、固い鎧を脱いだ身体は椅子にぴったりとフィットして、一時的にも事務作業で疲れた僕をいやしてくれる。


 そうして一息ついた跡、僕はある『グループ』の事を思い出していた……僕が組ませた『パーティになりきれていない』集まりを。


 思わぬ幸運でみつけた《お触り禁止》を中心に、いろいろと編成した子供たちは今頃《アキヅキの街》間近まで近づいていることだろう。そうでなければ、さすがに《お触り禁止》の高評価を下げなければならない。


 その時、けだるげにしていた僕を察知したのか、チャイムのごとく絶妙なタイミングで執務室のドアが音をなす。そして、ノックの直後入ってきたのが、僕の右腕であり、秘書をこなす『疾風』という女性だった。


 その彼女は両手いっぱいの花束……ではなく紙束を抱え、先ほど削った書類の山の中腹へ、どしりと見事に植え付ける。


「……鬼ですか?」


 次々と山が連なる光景にさすがの僕も小言の一つは呟きたくなるってものだ。


「それは、あなた」


 けれど、戦闘とは違ってブラウス姿の疾風は、鋭い視線を僕に浴びせる。その頭に乗っている愛用の妖精《月下の妖精メモリアルフェアリー》……疾風は『リア』と呼ぶその子さえも冷ややかな目線で見降ろしてくる。


 いや、それよりも疾風が喋った方が驚きだ……あの何があっても口を開かない寡黙な疾風が、それほどまでに心を動かされたというのか。


「ごまかさない。舌先三寸……ホネスト、あの子たちに、嘘ついた。おつかい? 違う、そんな生易しいものじゃない」

「……」


 さすがは長年ついてきてくれただけはある……さすがに見抜かれていたらしい。

 そう、疾風の言う通り僕は一つ嘘をついた。


「……といいますか、どこからその情報盗んだのですか?」


 確かおつかいの内容は《お触り禁止》たち以外には話していないはずだが……。

 すると、対面にいる疾風は斜め上を見上げた。僕も視線を追う……そして、そこに居座ったままのファントムと目が合った。


 ――……なるほど、《召喚術士》十八番の《ソウル・ポゼッション》か。


 疾風の職業、《召喚術士》はいろいろな生物を召喚、いろいろな形で使役することができる。

 その一つが《幻獣憑依ソウル・ポゼッション》である。呼び出した従者に意識を乗せ、視界や聴覚を共有することができる自然の監視カメラだ。きっと半月前の会話をそっくりそのまま聞かれていたのだろう……だとすれば、怒る理由も頷けた。


 途端にファントムは『ごめんね』と言わんばかりに軽い気持ちで頭を下げる。

 そんなファントムに疾風は掌で合図を出し、ファントムに持たせていた地図を回収した。直後、ファントムは手のひらサイズにまで縮小、次の瞬間煙に巻いて消え失せる。


涸轍鮒魚こてつのふぎょ……《アキヅキの街》には、今『例の貴族』がいる。忘れた?」

「まさか。だからこそ《お触り禁止》を向かわせたんだよ。そうだ、知っているならちょうどいい。君の口伝で今彼がどこにいるか見せてくれないか?」

「……」


 すると疾風は溜息をついた後、再び回収した地図を広げた。そして、頭の上にもたれていた妖精リアに指先で合図する。

 途端にリアは頷いて地図を旋回、輝く鱗粉を地図にまき散らした。すると、鱗粉は一つの光点となって《トオノミ地方》中央部付近を示した。

 僕は書類の山間からその光点を覗き見て歓声を上げる。


 疾風から聞くに口伝というのは特技をさらに応用した別物だと聞いている。特技は初伝、中伝、奥伝、秘伝と『階級』という特技専用のレベルを上げることで、技自体の攻撃力や命中力が上がるわけなのだが……口伝はその秘伝をさらに超えたものになるらしい。


 そんな疾風の口伝は、役目を終え肩に舞い降りた妖精《月下の妖精》リアだった。

 《エルダーテイル》がまだゲームだった頃であれば、妖精リアはキャンペーンイベントに抽選で配布された召喚生物だった。その効果はなく、ただ愛でるだけのアクセサリーだったのだ。

 けれど《大災害》後、その妖精が《大地人》と同じく変貌を遂げた。疾風のフレンドリストに追加した相手の足跡を追えるようになったのだ。

 つまり、《月下の妖精メモリアルフェアリー》リアがいれば、普段は同じゾーンにいないとわからないフレンドリスト者の居場所を感知できるのである……まさに昔話のごとく、『お月さまはみているよ』だった。


 とはいっても、やはり限界はあるらしい。居場所がわかるのはあくまで『ゾーン』単位……要は点ではなく面、『ここにいる』ではなく『ここら辺にいる』という曖昧なものだという。


 それでも全体の戦況を把握するには十分な特技だった。僕はそんな凄い口伝を持った疾風をうらやましく思った。なぜなら、


「僕も一つぐらい口伝が欲しかった……」


 そう、僕は高レベル者でありながら、なぜか口伝が一つも会得できていない。


 それというのも、口伝の習得方法がわからなかったのだ。会得者はみんな秘密主義だし、さすがに疾風みたいにキャンペーン品を手に入れる……なんてことはもうできない。ここはもうゲーム時代とは違うのだから。

 けれど、そうじゃなくても疾風は、今の僕に口伝を会得するのは無理だ、という……『口伝は理屈でできるものではない』と。


「それに、よく、言える……ゲーム時代、《ナインテイルコロシアム》で、《チャンピオン》だったのをいいことに、あぐら、かいていたのは誰?」

「うっ……」


 突如飛来したその言葉に、僕はせき込んだ。


「たまたま、通りがかった、《放蕩者の茶会デボーチェリ・ティーパーティー》の、カナミさんに、ボコボコにされたからよかった。そうじゃなかったら、今頃、自意識が高いだけの弱者だった……そう口癖は、『強いが正義』……」

「あーあーあーあー!!!! わるかった、僕が悪かったから事あるごとに僕の『黒歴史』を掘り出さないでくれ!!!!」


 僕は書類の山に顔を隠す。


 はい、そうです……僕は昔、『強い』ことは『正義』だと思って暴力に物従わせていた時期がありました。認めます、その頃の僕は自身を研鑽しようなんて考えてもいませんでした。口伝がないのは自業自得です。最近だと……そうだな、『燃えるが山の如く』のような感じだったか。


 それでも成果はあった。カナミに負けて落ち込んでいたところを憐れんで、《放蕩者の茶会》の参謀シロエがフレンド登録してくれたのである。

 そのおかげで少なからず《アキバの街》の情報が入ってくるようになった……恥を忍んで頼んだ甲斐はあった。そう信じたい。


「しかし、『例の貴族』様は何を考えていらっしゃるのか……《アキバの街》であれだけ暴れたっていうのに懲りていないのかな」


 僕はこうして昔の黒歴史に触れられるたびに顔を真っ青にするのに、貴族様は恥の上塗りが平気なのだろうか。

 疾風はその問いに対してまるで失敗したことがないと言わんばかりに「さぁ」と答えた。そして、代わりに補足説明のように呟く。


「ただ、『例の貴族は《供贄の一族》と接触した』、という情報、入っている」


 そうして疾風はもう一度問いを繰り返す。


「本当に、子供たちに、撃退にあたらせる気?」


 その問いに僕は口を歪めて笑う……脳裏では例の貴族様の泣き叫ぶ情景が浮かび上がる。


「もちろん。それに僕から言わなくても《お触り禁止》は自ら渦中に飛び込んでいたさ」


 なんたって《お触り禁止》はコールと関わることで《供贄の一族》にも深く関わっている……もし南の《供贄の一族》に危機が迫っていることを知れば、確実に救いに行くだろう。


 第三者から見たら『悪魔の笑み』らしいその笑顔を浮かべ、僕は背筋を正した。


「それにね。これを機に矯正しておくべきだと思うんだ」

「矯正……?」


 疾風が首を傾げた。彼女には《お触り禁止》は純粋な少年だと見えているのだろうか。でも、


「彼は昔の僕と同じだ」


 見落としてはならない……僕と違って『綺麗だから』と歪みを見逃してはならない。それはいずれ大きくなりこの《アライアンス第三分室》まで呑み込みかねないものになる。

 すると、疾風は言葉の意味がわからず悶々とした。


「支離滅裂……結局、何が、言いたいの? どこが、同じ、なの?」

「わからないかい? 《お触り禁止》は自分の『助けたい』という意思に忠実なんだ……逆を言えば、『助けるためなら周りがどうなってもいい』ってことだ」


 刹那、疾風は目を丸くして押し黙った。しかし、どこか納得したように目を伏せた。


 そう、《お触り禁止》は一見純粋そうだが、その中身は危うい――昔の僕と同じ『一人で何でもできる』と思っている。


「その考えは非常に危ない。一歩間違えれば道を踏み外す。だからこそ、矯正が必要なんだ。パーティという金槌でね」

「……」


 疾風が完全沈黙した……これは別に『失望した』とか『嫌いになった』という意味ではない。

 彼女の場合に至っては、『話す』という行為は『余計な口を挟む』ということらしいから、疾風が黙る時はむしろ『信頼』の意味で使ってくる。


 その証拠に疾風は地図を閉じると、軽く礼をしてそのまま執務室を出て行った。


 そうして再び静寂に包まれた執務室を眺めて僕は思う。


「はてさて、そのためにわざわざ高レベル者の『尊・ウルルカ』ペアを入れたのだけど、うまく行くかな?」


 そして、にっこり微笑んだその笑顔は……やっぱり『悪魔の笑み』と言われるほど頬が吊り上がっていた。



12/11 一文訂正(キャンペーンイベントに抽選で配布された召喚生物だった。)

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