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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 『置き去り組パーティの結成』
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第一章 4 作戦概要


「で、僕たちは代わりに何をしたらいいんですか?」


 未だ縄で縛られた感覚が残る手首をさすりながら、僕はホネストに問いただした。

 一方でノエルは《クナイ・朱雀》をコートに収め、コールは状況がよくなったことに一息ついていた。

 そんな中、ホネストは「話が速いですね」と感心しながら、頬杖を突く。


 そう、無償の奉仕など目の前の『悪魔の笑み』を持つ青年にあるはずはないのだ。でなければ、僕たちは今この執務室にいない。

 そして、それは先ほど口にしていた『ある《ナカス》奪還作戦』に百パーセント関係あることだろう。

 それを実証するかの如く、ホネストは「そうですね……」と図々しくじらしながら呟いた。


「……まずは最初にコールさんに宿る《六傾姫》の力をむやみやたらに使わないこと。特に公衆の面前で使うのはご法度です」


 僕は頷いた……というよりも、これは禁則事項の確認に近かった。極力コールの危険を避けるうえで忘れてはいけないことだ。

 だからこれは取引条件のうちには入らない。《第三分室》にいなくても守っていることなのだから。

 おそらく、ホネストの本命はこの次に発せられる言葉。それを証明するかのようにホネストは言葉を紡いだ。


「そして、もう一つ。《お触り禁止》にはさっそくパーティを組んでもらいます」


 だけどにこやかに発せられたその言葉の意味がわからなかった。

 これがゲーム時代の《エルダーテイル》なら、画面越しに『?』マークが頭の上に上がっていただろう。


 ――これはひとこと言わなければならない。


「いや、『さっそく』の意味が――」

「もう、そういうのはいいから!!」


 とその時、とっさにノエルがツッコミを入れる……あぶない、あぶない、危うく執務室に連れ込まれるところからまた繰り返しになるところだった。


 しかし、ホネストは「冗談ではないですよ」とにこにこ微笑みながら言う。

 そして次の瞬間、その笑みは和やかな雰囲気をまた重くするかのごとく僕たちの肩にのしかかることになる。

 それというのも、ホネストの口から新たな情報が紡がれたのだ。けれど、その本質は何も変わらなかった。


 そう、言い換えるならば――。


「……《お触り禁止》には僕たち《アライアンス第三分室》の『本隊』とは別に、『遊撃部隊』として動いてもらいたいのです」


 その言葉は瞬く間に執務室の中を駆け抜けた。

 途端に疾風が目線でホネストに語り掛ける。それにホネストは頷くと、疾風は静かに周りの《冒険者》を連れ出して執務室の外へと出て行ってしまった。

 そのことにノエルとコールは混乱して何度も振り返りながらこちらを見つめた。


 後に残ったのは、僕とノエルとコール……そして、ホネストだけだった。そして、数は減ったというのに対し、空気はその倍ほど厚みを増していく。


「申し訳ありません。ここから先は仲間といえど、あまり多くの《冒険者》には知られたくありませんから」


 それはつまり、


「これから話すことは『ある《ナカス》奪還作戦』に関係すること……もしくは概要と捉えていいんですか?」


 刹那、ノエルとコールが僕の言葉に衝撃を受けてその場に固まった。ホネストが静かに肯定する。


「でも、それをまだ間もない僕たちに話していいんですか?」


 ただでさえ知り合ってまだ半月……《第三分室》に入ったのだって今さっきの話だ。そんな『信頼関係が全くない』と言わんばかりの新人に、《第三分室》の根幹に関わることを話していいのだろうか?

 だが、ホネストは答える。その瞳は少し曇りがかっていた。


「それは仕方ありません……近いうちに《お触り禁止》たちには《神聖皇国ウェストランデ》に潜入してもらわなければならないのですから」

「――――っ!?」


 その言葉はまるで剣のごとく僕の心にぐさりと刺さった。

 とその直後、ノエルが僕を押しのけて、ホネストが座る執務席をたたき割るかと思うほど強く叩いた。どうやら、グサリ、と刺さったのは僕だけではなかったらしい。ノエルの眉間には今までで一番の皺が入っている。


「どういうこと!! さっきと話が真逆じゃない!!」

「ノエルさん、落ち着いて!!」


 そして、そのことに気づいたおかげでコールも緊張が解けたようだ。とっさにノエルの肩を掴んで抑えてくれたが、それでもノエルの怒りが治まることはなかった。


「ふざけてるの……それとも、また《ナカスの街》にレイド級モンスターが現れた時のようにセイを囮にするつもり!?」


 乱暴に走ることはなかったにしろ、その言葉には棘があったのだ。


 しかし、ノエルの言いたいことはわかる。先ほどまでわかりやすく言えば、ホネストは『僕たちを守る代わりに《ナカス》を奪還する手伝いをしろ』と言っていたのだ。なのに、『敵の本拠地に乗り込む』というのは、僕たちを守るどころか追い込んでいるように思える。

 僕だってそんな自ら死に行くような馬鹿なマネはゴメン――、


「――これが『ふざけて』言っているように聞こえますか?」


 刹那、一同が一斉に視線を目の前の青年に向ける。

 そのホネストが今の一瞬で吠えたのだ。静かに瞳の奥に闘志を携えて、反射的にノエルの言葉を否定したのだ。それはまるで『あれは僕も不本意』だったと言わんばかりに。


 ノエルはその眼光に気圧され、苛立ちをゆっくり冷ますかのごとく執務席から手をどけた。

 すると、ホネストも反省するように目を閉じて静かに平静を取り戻す。


「それに話は最後まで聞いてください。別に死地に送るわけではありません……これも作戦のうちです」

「作戦……?」


 僕は固唾をのんで問い返した。すると、ホネストは立ち上がって、未だファントムが頑張って広げている地図を指さした。


 指さした先は《ナカスの街》を先頭に、ここ南東部の《パンナイルの街》と南方の《エイスオの街》、西部の《ロングケイプ軍港》、東部の《ユフィンの温泉街》……そして、最後に中央部の《アキヅキの街》。


「今から数か月後、僕たち《アライアンス第三分室》本隊はこれらの《トオノミ地方》の六ケ所にて『ゾーンによる封鎖』を敢行します」


 その時、何とも言えない空気が執務室に満ちみちた。


 『ゾーン』というのは土地の権利書のようなものだ。このセルデシアの世界に至ってはそれは絶対の規約であり、『ゾーン』を買い上げたものは『ゾーン設定』という、いわば好きなルールを設けることができる。

 ホネストはその『ゾーン設定』を利用し、進入禁止にして各要所を封鎖しようとしている。つまり……、


「『籠城戦』を仕掛けようとしている?」


 僕が呟くとノエルははっとして顔を上げた。ホネストは「さすがですね」と真っ先に頷く。


 『籠城戦』とは言葉通り『城に立てこもり戦うこと』である。

 物資を調達し、城壁の扉を固く締めて、一切の立ち入りを禁ずることで敵の疲労を誘う……いわば長期戦の我慢比べである。


 ――そうか、『ゾーン』で進入禁止を設定すれば、誰も入ってこれなくなる……それは城と同じ概念なのだ。そうして『籠城戦』に持ち込んで披露した時に一気に攻勢に出て叩けば、


「無理よ!!!!」


 だけど僕の思考の波を止めるかのごとく、ノエルは再び執務室に怒声を響かせた。


「そんなことしたって意味がない……《Plant hwyaden》のバックはあの《神聖皇国ウェストランデ》よ。いくらだって支援は来る!」

「別にそれはそれでいいんですよ……どうせ、無駄なあがきなのですから」


 途端にノエルは悪寒を感じて彼から一歩退いた……またホネストがあの『悪魔の笑み』を浮かべたのだ。


 そして、ホネストはおさらいをするように言う……。

 《ナインテイル自治領》は《Plant hwyaden》に物資を供給させるために存続している、と。

 そのために構成員である《ナインテイル九商家》は権力者でありながら解体されずに済んでいる、と。


 ――《トオノミ地方》は『使える道具』だと。


「ならば、《トオノミ地方》は『使えない道具』だと認めさせればいい」

「――――っ!?」


 その時、瞬時に理解したノエルは自分がとんでもない勘違いしていることに気が付いた。

 と同時に小さな手がよろよろと申し訳なさそうに手を上げる。振り向けば、コールが目を回してふらふらしていた。何を言っているのかわからず首を傾げた。


「あ、あの……ごめんなさい。難しくて私にはさっぱりわかりません」


 ああ、そうだよね……僕たちは《大災害》前に『学生』として学んできた教養があるからわかるが、コールはごく最近まで一般常識さえ知らなかったのだ。むしろ理解できた方が『天才』ではないのかと疑ってしまうほどに。

 そんな彼女にホネストは微笑みながら助け舟を出す。


「難しく考えなくていいですよ。普通にお買い物をしていると思って聞いてください……まず『大神殿』はわかりますよね?」


 コールは首を縦に振った。


 『大神殿』とは僕たち《冒険者》が復活する場所だ。このセルデシアの世界で《冒険者》は死なないことになっているらしい。その秘密はわからないままなのだが、《大地人》も含めてそれぞれ個人に割り振られているHPヒットポイントが尽きると、《冒険者》に限り『大神殿』で復活できるようになっている。


「では、現在その大神殿を買い上げているのは?」

「えっと……《Plant hwyaden》さんですよね」


 そう、そしてそれが《ナカス》制圧の決め手になった。それから《ナカスの街》は《Plant hwyaden》の独壇場になっている。

 だけど、


「厳密にいえば《神聖皇国ウェストランデ》ですね。彼らは《Plant hwyaden》はお金をあげているんです。ではなぜ《ウェストランデ》は大神殿を買うお金を上げたと思いますか?」

「それは《Plant hwyaden》さんの力が欲しくて……あっ!?」


 その瞬間頭の中に閃きが降りてきて、コールは両手を合わせた。


「そっか! 物資の代金が『大神殿』になってるんですね!!」

「その通り」


 ホネストは満足そうに拍手をした。


 そう、要は『物流』を考えれば自ずと原因と解決策が出てくるのだ。

 《Plant hwyaden》は《トオノミ地方》の物資を《ナカスの街》に集め、それを《神聖皇国ウェストランデ》に流す。すると《Plant hwyaden》は活気に満ち、同時に《ウェストランデ》を潤す。

 《神聖皇国ウェストランデ》はその見返りとして《Plant hwyaden》に資金を渡し、その一部が《ナカスの街》の『大神殿』に使われているのだ。


 つまり、《トオノミ地方》の物資が、ゆくゆくは『大神殿』へと還帰している。《トオノミ地方》の物資が『大神殿』を縛っているともいえる。


 そこにホネストの狙いはあるのだ。

 《Plant hwyaden》に『使えない道具』だと認めさせる。言い換えれば、


「物流を止めることで、実質的な経済制裁を与え、撤退させる」


 ――《トオノミ地方》を巻き込んだのが運の尽き。


 そう突き立てるためにホネストは『籠城』を方法として選んだ。《Plant hwyaden》に勝つ負ける、とかではなく『ア・ケ・ワ・タ・セ』と脅すように。


 そうして黒いオーラを出しながら微笑み続けるホネストは、自身の眼鏡に手を添えてかけなおした。


「このために僕たちは九か月間《ナインテイル九商家》を説得し、食料をかき集めてきました……ふふ、喚き声をあげる《Plant hwyaden》を早く見たいですね」


 刹那僕は背筋を凍らせて震える……こ、このメガネ、悪魔だ。

 まさに敵に回したくない相手。五本の指にも入りそう。


 けれど、次の瞬間。その体現ともいうべき悪魔の笑みが薄れた。


「……だけど、この作戦には一つの大きな障害があります」

「それってもしかして……」


 ノエルの言葉にホネストは笑みを完全に消して答える。


「ええ、それが《お触り禁止》に《ウェストランデ》へ行ってもらう理由……『人質の救出』です」


 ――――。

 その時誰もが言葉を失った。ホネストのその一言にはそれだけの力がこもっていた。

 いや、それだけじゃない。その言葉の内容だってひどいものだった。


 現在、《ナカスの街》を制圧している《Plant hwyaden》は《トオノミ地方》の物資を必要としている。そのおかげで《ナインテイル九商家》は存続している。


 しかし、ただ見過ごすほど《Plant hwyaden》も間抜けではなかった。彼らは《アライアンス第三分室》からの反旗を防ぐためにいくつかの予防線を引いたそうだ。


 その一つが――《ナインテイル九商家》から有力者の子弟を人質にとること。


「表向きは『研修』ということになっていますが、それにしては数が多すぎます。まず間違いないと思います」


 確かに研修とは行く先に差し支えないように少数で行くものだ。だが、ホネストによれば一商家に一人は《神聖皇国ウェストランデ》にある《キョウの都》に招かれているらしい。

 つまり最低でも九人もの子弟が招かれている結果になる……いくらなんでも多すぎだ。どう考えても『人質』として招かれたとしか考えられない。


 すると、コールは顔を蒼白にさせて、力なく首を垂れた。きっと彼女だけにわかる境地があるのだろう……周りのいろんな状況に振り回された、という点では同じ境遇だったのだから。


 だけどこれで納得した……なぜ《アライアンス第三分室》がこの九か月何もしてこなかったのか。

 これは《Plant hwyaden》から『言うこと聞かなかったら人質がただじゃすまない』というくぎを刺されていたからなのだ。


「ですから、《お触り禁止》には完全な別動隊として《キョウの都》にいる人質を救出してきてほしいのです」


 そして、ホネストは頭を下げた……深く、深く。

 僕は首を縦に振ろうとした……そういうことなら、協力しないわけにはいかない。ただでさえ『人質』として捉えられているのなら助けに行くのが当たり前だ。

 だけど、察したのか、ノエルが先に僕の耳を引っ張った……って、痛い、痛い!!


 そうして作った隙を利用して、ノエルは先んじて言葉を口にする。 


「私は反対……たとえ人質を救出するためとはいえ、何の策もなしに飛び込むのは危険すぎます」


 オーラで気圧されながら、背筋は委縮しながらも、そうやってホネストに楯突いてくれるのは、僕たちを心配しているからなのだろうか。半月前の『闘技大会』のように。


 僕はノエルをみつめる。すると、彼女はそっぽを向いて粋がった。それでも、心配してくれる人がいるのは本当にありがたいことだった。そして、その言葉に実際ホネストは首を縦に振った。


「わかっています。だから人質の救出は《ナカス》奪還作戦と同時刻に遂行してもらいます」


 刹那、僕たちは息をのんだ。一方でコールがまた首をかしげる。そんな彼女に僕は説明した……これはつまり敵を引き付けてくれるということ、囮役タンクをやってくれるということだ、と。


 そう、『籠城』は『我慢比べ』とは別に『囮』としての側面も持っていたのだ。

 僕は現実世界で『学生』をしていた頃の記憶を思い出す。

 確か『社会』の授業で言っていた……今まで歴史上『籠城戦』を成功させた軍は裏で暗躍していた事が多い、と。


 つまり、『籠城』とは不利に見せかけて敵を引き付けることにより、別動隊を動きやすくする……この世界の『前衛』と同じなのだ。


 すると、コールもその意味を噛みしめながら柔らかな笑みをホネストに向ける。


「籠城に入る前に本隊が騒ぎを起こして敵の注意を引き付けます。《お触り禁止》はその混乱のうちにこっそりと人質の救出を行ってください……これでリスクはかなり軽減できるはずです」


 すると、ホネストもさわやかな笑みを浮かべなおした。その笑みだけはまるで学校の先生が生徒を見守るような暖かさがあった。


「言ったでしょう……死地に送るつもりはない、と。《お触り禁止》にはもっと働いてもらわないと困りますし」


 あははは……僕はほくそ笑むしかなかった。本当にいろんな意味でこの人に勝てる気がしない。

 ノエルはそんな彼に負けを表明するかのように、深くため息を吐いた。


 ともあれホネストは《Plant hwyaden》に経済制裁を与えるだけではなく、さらに『人質の救出』をも成し遂げようとしていた。


 そして、ホネストは最後に「他に質問は」と訊ねる。すると、思いもがけずコールが手を上げる。


「あ、あの、ところでパーティってのはどうなるのでしょうか?」

「あ……」


 とっさ僕とノエルはある事に失念していたことに気づいた。そうだ……何はともあれ、まずは一緒に《神聖皇国ウェストランデ》に行ってくれる仲間を探さないといけない。

 だけどホネストは「大丈夫です」と首を横に振った。


「もう、すでに人選は終えています。だから、あとは慣らすだけです……そこで一つ、《お触り禁止》におつかいを頼もうと思います」

「おつかい?」


 僕は首を傾げた。すると、ホネストは執務席の引き出しを開けて一枚の封筒を取り出した。

 そして、それを差し出してこう呟く。


「なに、難しいことはありません。この手紙をある場所へ届けてほしいだけですよ」


 その表情が妙ににこにこしていた事が気がかりだったが、結局僕はその手紙を受け取ったのだった。



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