プロローグ 試しの地下遺跡
それは突然起こった。
目の前には金髪の少女がいた。目を擦る。でも夢ではない。
周りは薄闇に囚われていたというのに、今では彼女に光を当てるように天井がくりぬかれ、太陽の眩しい光が降り注いでいる。と同時に少女も日に当てられて目を擦るように起き上がった。
「……」
とりあえず僕は膝まずいていた少女に手を差し伸べる。
「……えっと、とりあえず名前聞いてもいいかな?」
少女は頷いて、その手を取った。
「コール……私の名前は『コール』です」
――目の前には金髪の少女がいた。彼女はドロップアイテムとして僕の前に現れた。
◇
事の次第は三時間前に至る。
「敵エンカウント。数は二。名称〈憑依の悪霊〉。平均レベル四十」
暗がりの中、声が響く。ぼうっ、と燃えるのは壁にかけられたランプ。だが、それも苔を淡く照らし、ここが洞窟の一部である事しか伝えられない光りだった。足場は隆起した岩や苔でデコボコして、安定しない。
だけど、目の前に立ち塞がったマントと迎え撃つ僕、そして、仲間の一人が映れば満足だった。仲間が声を上げて状況を宣言する。
「いつも通り私がタンク。隙ができたら攻撃」
僕は首を縦に振る……と同時に仲間は駆けだした。仲間がタンク――つまり敵をひきつける囮役をするために走り出す。
仲間の手には対となる投擲武器。〈クナイ・朱雀〉と呼ばれる護符のついた武器を前に、一瞬にして発砲音に近い小さな爆発音が鳴る。
同時に閃光が薄暗闇色の軽装〈常夜のコート〉を照らし出した。一見、軍人を思わせる姿だが、ひらひらと舞う赤い髪のおさげがそのイメージを腐食する。
その〈常夜のコート〉を着た仲間が今もなお宙を舞い、クナイを放つ。マントが閃光に吸い寄せられるように襲いかかってきたのだ。
被っている者はいない。マントがひとりでに動き少女の身ぐるみをはごうと覆いかぶさろうとしている。それに対し仲間は勢いに任せて両手のクナイを放り込んだ。すると何もない内部でクナイは消え、吹き飛ばされる。
そう、彼女を襲う敵は『マント』というには語弊がある。正確には悪霊と呼ばれるお化け……『ワイズ』という名のモンスターだ。マントというのはあくまでも外見。僕たちには見えていないだけで、内部はきちんとある。だからこそ仲間の囮がうまくいっていた。
――と、僕も自分の役割を果たさないとな。
僕は腰に巻いてある剣を引き抜く。〈シミター〉と呼ばれる曲がった刃を低く構え、足を踏み出し、腰は落として剣と同じ高さにまで持っていく。蒼髪が揺れ、剣が自分の一部へとなるような感覚と共に、青い模様が散りばめられた軽鎧〈試作魔道胸甲〉が軋む。
構える剣先を前に。片手で柄を掴み、片手で抑える。そして、
「〈モビリティアタック〉」
発動宣言によって全身に光が灯る。エフェクト……技を発動させる時に出る光だ。
そんな時、仲間がワイズをひきつけ、仰け反らせた。今が彼女の言う隙。
一歩足を前へ。踏み込んだ足に力を入れ大気へ飛び込んだ。同時に光が加速度に変換される。一歩進めば一メートル進む。あまりの速さに空気さえも踏み越えられる感覚。
僕は先の一瞬で音速に近い助走をつけ、敵の懐に踏み込み、剣を押し付けた。そして、技を発動させる。
「〈アクセルファング〉!」
勢いがついた剣は見えないワイズの身体を断ち、敵に向かって一気に切りつける。それも切りつけた相手から距離を取れる使い勝手が良い技だ。
その効果もあって剣は僕が押さえつける形で加速を終了し、地面に降り立った。ちょうどワイズの間合いから抜けた位置。この動作が一瞬で行われたのが嘘のようだ。もちろんこの一連の流れは人間の域でできるはずもない。
つまりは『ゲームシステム』という名のアシストがあったのだ。
だけどこれはゲームではない。まぎれもない現実……その証拠に次の瞬間、目の前の敵はディスプレイ越しではなく、実際に剣で切れた。
そして、モンスターは悲痛の叫びを上げて泡のように光り、消えていった。その直後、僕は全身に勝利の高揚感を握りしめながら「よし」とガッツポーズをして喜ぶ。
「なに、ぼさっと突っ立っているの!? 敵はもう一体いるのよ!!」
だけど、仲間が叫ぶ。そうだ、最初に言ったではないか……敵はニ体いると。
僕は振り返った。背後には覆いかぶさろうとするもう一体のワイズが懐まで入っていた。僕が前に出てきた事により仲間は自動的に後列にいるし、僕が狙われても不思議ではない。だけどこんな急に来られると、ホラー映画並みの背筋にぞくりと恐怖が襲ってくる。
僕は剣を構えようとした。でも、もう剣では間に合わない。
その時だった。仲間が技の発動を宣言した。途端に僕とワイズとの間に滑る込むように仲間が割って入る。そして、そのままワイズの胸倉を蹴って打ち上げた。
仲間が出した技は〈エアリアルレイプ〉と呼ばれるもの。敵を蹴りあげ無防備にさせる。そのおかげというのもあってワイズの攻撃を中断された。隙を作ってくれたのだ。僕はその隙を逃すわけにはいかない。
剣を構える。先程と打って変わって突きの構え。だけど今度は技を出す為ではない。そのまま通常攻撃として突きを繰り出す……が、致命傷には至らない。
当たり前だ。先程の技に比べたら勢いは一段と劣る。だけど、僕はワイズに刺さった剣を離さなかった。そのまま地面に突き刺す。これでいい。
途端にワイズが体勢を立て直し始めた。だけどワイズはそこを動けない。剣と言う針で地面に縫われているから。もちろん僕も攻撃はできない。だけど今は仲間がいる。
僕は前線を後退した。同時に仲間が真横をすり抜ける。美しい赤色のおさげがなびく。
「〈ターニングスワロー〉!」
そして仲間は自然装填されたクナイをありったけワイズにお見舞いした。まるで燕が飛び交うように放たれた攻撃にワイズは煽られ、宙を舞い、剣は零れおちる。
僕は走った。ワイズはもう虫の息だが、それでも地に落ちた途端襲いかかってくるだろう。
だけど、その瞬間まで五秒あった。それだけあれば零れおちた剣を拾い、今度こそ止めの技を入れるのは簡単だった。
技を繰り出す……宙を舞うワイズを射抜くように。そうして今度こそ地に足がついた時ワイズは光と化した。
僕は今度こそ「よしっ」とガッツポーズ。でも、その背をいつの間にか近づいていた仲間が叩いた。
「何が『よしっ』よ。あと少しで倒されそうになっていたじゃない。全くセイは詰めが甘いのよ」
そして、初めに倒した一体目のワイズのドロップ品を投げた。そのまま二体目のドロップ品を拾い上げ、続けて僕に投げ渡す。受け取った僕はその中身と金額を確認して腰につるした鞄に詰め込んだ。直後、レベルアップを果たしたのか、ステータス画面が僕の視界に勝手に開いた。
【名前:セイ レベル:62 種族:ハーフアルヴ 職業:暗殺者 HP:6758 MP:6696】
……さすがにもうわかっただろうか。
そう、僕の名はセイ。今は現実の世界ではない世界……いわゆるゲームの中、〈エルダーテイル〉と呼ばれるMMOゲームの中にいた。
いや、実際には『〈エルダーテイル〉に似た異世界』というべきか……正直なところそこらの事情は解明されていない。
それというのも、僕は2018年5月4日の深夜ちょうどきっかり……まさに突然、瞼を降ろして上げた瞬間に〈エルダーテイル〉にある大地〈弧状列島ヤマト〉の地に舞い降りていた。『セイ』という名のゲームで作った〈冒険者〉の姿で。それも、
「本当にすごいな。どうなってるんだろう、これ」
ゆっくり拳を握るとその感覚が脳に伝わってくる。当然、現実ほどではないにしろ痛覚もある……もうこれはポリゴン製のまがい物ではない、本物の身体だった。
もちろんこれは僕だけではない。
〈エルダーテイル〉。二十年も続くこのオンラインゲームは、十二もある拡張パックを経て世界を取り巻く古参タイトルになっていた。その分、プレイヤーである〈冒険者〉の数も増大。それもちょうど十二番目の拡張パック〈ノウアスフィアの邂逅〉の実装日にこの現象が各地で起きればその大半は巻き込まれないはずはない。
ここ〈弧状列島ヤマト〉の……つまりは日本サーバーだけでも三万人はこの現象に取り込まれたらしい。
「噂によれば東のプレイヤータウン〈アキバ〉ではこの謎を解明するためにいろいろ動いているんだよな。何かわかったのかな? なぁ、ノエルはどう思う?」
僕はとっさに仲間に振りかえった。赤色の髪は流れるように動く。
「さぁね。関係ないわよ」
だけど、仲間は呆れぎみに立ち竦んで答えた。直後、仲間の赤色の髪からいきなりぴょんと狐耳が跳ねた。僕はびっくりして、つい視点を合わせてパーティ画面を開いてしまう。
【名前:ノエル レベル:65 種族:狐尾族 職業:武闘家 HP:10920 MP:3185】
そう、仲間の名はノエル。小顔で、僕とあまり背が変わらない同い年の少女だ。薄暗闇色のコートを着た軍人風だけど、赤色のおさげは羽が生えているみたいにはねていて、どこか茶目っけがある。〈狐尾族〉の特徴である狐耳がついているのも影響が大きい。
むろん、それはゲームの中での話。それ以前では彼女は僕の幼馴染に当たる子だった。実を言うと僕が〈エルダーテイル〉を始めたきっかけも彼女である。いきなりダンボールを押し付けられ、その中身を確認したらこのゲームだった。つまりは幼馴染に誘われたのである。
というのになぜかノエルは〈エルダーテイル〉の事を聞くと少し怒ったように頬を膨らませていた。
「どうしたのさ。興味ない?」
「あるわよ、ないわけないでしょ! 向こうは楽しそうだもん。〈円卓会議〉ってちゃんとした機構が統治しているし……。でもしょうがないでしょ! ここは『南』で、私たちはあの日から今も取り残されたんだから!!」
途端にノエルは腕を組んでそっぽを向いた。
だけど、まぁそうだよな……僕たちはいわゆる置き去り組。のちに〈大災害〉と命名されたその日からちょうど九か月が経った現在でも、その〈弧状列島ヤマト〉の南――〈トオノミ地方〉にポツンと取り残される形で居座っている残念〈冒険者〉。
そんな僕たちは世界の謎とか言っている暇はなく……いや、実際には暇を持て余している。今はこの〈トオノミ地方〉にあるダンジョン〈試しの地下遺跡〉と呼ばれる場所を攻略していた。
その趣旨は『アイテム収集』と『ついでにモンスター討伐』といった感じ。なんともありきたりなクエストをしていた。
ノエルはそんな僕の思考を見透かしたようにため息をつく。
「ほら、わかったら行くわよ。『新しい剣の素材がほしい』って言ったのはセイなんだからね」
そして、ノエルは僕の耳を引っ張って歩きだす……って痛いから、僕の耳がエルフみたいになっちゃうからから!
そして、今日も僕らはいつものように、ぽちゃんぽちゃん、と湧き水が滴る中を一歩前に進む。その音はまるでおどろおどろしく流れるBGMみたいだ。道は今もでこぼこしていて歩きにくいし、これがもし現実のままの姿で来ていたものなら、酷くつらい道だっただろう。
「で、欲しい素材は手に入ったの?」
しばらくして調子が元に戻ったノエルが聞いてくる。
そうだった。僕は焦って鞄の中身を調べる。だが、どこにもそれはなかった。
「そう、それじゃもうボスモンスターしか持ってないかもね」
その呟きに僕も頷いた。ボスモンスターというのは、つまりそのエリアで一番強いモンスターという事だ。
とその時、ノエルが言いにくそうに言葉を挟んだ。
「この時期に……ってことはやっぱり出るのよね、バレンタインデー恒例の闘技大会に」
「もちろん! むしろ置き去り組はもうそれしか楽しみがないし」
途端にノエルは大きなため息を吐いた。
「……大丈夫かしら?」
「うん。絶対優勝するよ」
「いや、このため息はセイじゃなくて相手に向けてだから……」
ノエルは言葉に詰まる……まるで文句でもいいたそうに。だけど僕が首を傾げると、諦めたように彼女は前を見て立ち止まった。僕も道が途切れた事に気がついて前を向く。
「でもいいわ、せっかく来たんだから今日中にこのダンジョンを攻略するわよ」
ノエルは、その手に持つクナイを構えて先を見据える。それもそうだ。この先には大物が待ち構えている。僕は気を引き締めた。
「わかっている」
剣を鞘から抜いて先を見据える。
すぐそばにはボス部屋を想起させる大扉があった。
そして、僕たちはボス部屋にいる。今までのでこぼこしたフィールドと違って足場がしっかりとした広場に、死神のような風貌をしたそいつはいた。巨大な黒いマントを身に纏ったそのモンスターはワイズの進化系といわれていた。
僕は剣を構え、敵ステータスを確認する。
【モンスター:〈狂い立つ悪霊〉 レベル:58 ランク:パーティ】
〈狂い立つ悪霊〉……マントだけではなく巨大な鎌を操るお化けであり、長い間さまよったために狂気に包まれたモンスター……とのことだが正直経緯などどうでもいいことだ。倒そうとする者にとってはどう倒すかが大事である。
その時、その黒マントのお化けであるグリムリーパーに閃光が走った。そう、ノエルのクナイが唸っているのだ。必死に弾幕作って、大きなマントにぶち込む。いつも通り前線でタンクをしている。
しかし、グリムリーパーは見造作もしない。体力……いわゆる『HP』と呼ばれるゲージが二割を切ってから痛くもかゆくもなくなったようだ。そのまままっすぐにこっちに来て攻撃態勢に入っている僕に狙いを定める。マントが不自然になびき、鎌がその切っ先を向けた。
「気をつけてグリムリーパーには『即死効果』がある!」
「―――っ」
ノエルの助言により僕は構えを破棄。だけど後退は間にあわない。鎌が襲いかかる。
だけど、一瞬にしてそれは水のように浮かぶ透明の盾に防がれ、グリムリーパーの鎌は食い止められた。予め『アイテム』を使っていたのが役に立ったらしい。
アイテムは言わば〈冒険者〉へのお助け要素。戦闘に使われるものでも、装備品や回復・強化の水薬、技を繰り出す巻物、補助を担う宝珠、とざっとみても何万ものアイテムがある。〈エルダーテイル〉に至ってはその倍はありそうだ。
だけど、大抵は〈冒険者〉が使う〈特技〉と似たり寄ったりなので使う者はほとんどいない。だが、もちろん例外もあり、僕たちのように仲間が少ない〈冒険者〉には重宝されるものだった。それがボスのような強敵を相手取るほど顕著になる。
その中で僕が予め選んで使っていたのは〈結界の宝珠〉。
〈結界の宝珠〉は一定量ダメージを受けないとある職業の特技『ダメージ遮断』という壁を、適性のない自分でも作れるマジックアイテムだ。ダメージ量のカバーは少ないが、代わりに時間稼ぎやとっさの防御にはもってこいのアイテムである。
だが、〈結界の宝珠〉でも防ぎきれなかったのか、ダメージ遮断がガラスのようにパリンと割れて僕は吹き飛ばされた。とっさに後退して体勢を立て直したが、それでもHPの一割は削らされてしまう。さすがにノエルも危険を感じ、とっさにグリムリーパーにけん制をしかけながら近寄る。
「さすがボス相手に二割切るときついわね」
「でもだからこそ倒しがいがある」
僕は意気揚々と言った。おそらく今の僕は清々しい表情だろう。押されているのに何を悠長な事を言っているのだろう、と自分でも思う。
――でも、やっぱり楽しい……そう、ゲームは自分の限界を越えられるのだから。
それはノエルも同じだったらしい、ふっ、と微笑みつつ口を開く。
「変わんないね……その〈結界の宝珠〉はあと何個ある?」
「残念ながら一つ」
懐から丸い宝珠を見せながら言う。すると、ノエルはいたずらを思いついた子供のように口端をにやりと歪ませて笑った。
「じゃ、それちょうだい。代わりにこれあげるから」
途端にノエルが片方のクナイで攻撃しつつコートから小瓶を取り出す。
あれは〈強撃の小瓶〉。確か『攻撃力上昇』の効果がある水薬……って、待った! なに勝手に交換しているんですか!?
すぐさま僕は盗られないように〈結界の宝珠〉を引っ張る。だけどノエルは強引に宝珠を取り上げるとそのまま走って行った。代わりに〈強撃の小瓶〉を投げた。
「って、ちょっと!? まさか特攻をかけろと!?」
僕は慌てて小瓶をキャッチ。と同時にノエルはそのままアイテムを掲げて〈結界の宝珠〉を使った。アイテムが消えノエルに薄い盾が展開される。
「一割は削るから、もう一割はよろしく!」
「ああ……もう!」
ノエルはすでにクナイを構え、技の発動体勢に入っている。それでもう彼女が何をしようとしているのかを僕は察して頭を掻いた。
だけど、使ったものは仕方ない。すぐさま僕は頭を切り替えてノエルからもらった〈強撃の小瓶〉を封を開けた。そのまま武器にかける。すると、握っていた剣がまるで清められたように仄かに光った。
「いけー! 〈ターニングスワロー〉!」
それを見てノエルがクナイを放つ。まだ二割もあるっていうのに何を考えているんだか……。
そして、僕は膝を落とした。剣を下段に構えて走り出す。そして宣言した。
「〈アクセルファング〉!」
刹那、剣先がどこからともなくギラリと光を反射する。その光はまるで剣の刃を鋭くし、僕は息をつかせぬ速さそれをグリムリーパーの胸元へ切りつける。
運が良い事にクリティカルヒット。グリムリーパーが必死に暴れだす。だけど、HPは【0】にはならなかった。そこはさすがボスというべきか……。
すると、その反動でグリムリーパーが怒り立つように鎌の切っ先をノエルに向けた。しまった……敵愾心、通称『ヘイト』がノエルへ集まったのか。モンスターはヘイトに左右される……このまま当たればノエルの二割は刈り取られる!
でも、次の瞬間に響いたのはパリンという音だった。先程かけた〈結界の宝珠〉のダメージ遮断が合間に分け入ってノエルを守った。だがノエルは思いっきり吹き飛ばされ、僕の後方へと飛ぶ。攻撃の余波に巻き込まれたのだ。それでもぎりぎりHPを一割で留まってくれている。
「セイ! 今よ!」
言われるまでもない。ピンチはチャンス……最大の攻撃を当てるにはグリムリーパーがノエルに注目している今しかない。
僕は腰を下げて剣を寝かせるように構えた。脳裏では溜めていたエネルギーを爆発させるイメージ。そして、次の瞬間それを身体に実行させる。
「〈アサシネイト〉!!」
最も単純にして必殺の一撃を叩きこむだけのこの技は僕の職業〈暗殺者〉であれば誰でも覚えているものだ。しかし、使っている僕が言うのもあれだが、おそらくこの技は〈大災害〉からは意外と使いこなしている者はそうそういないだろう。
いや、むしろ使っているからわかるのだ。まるで自分さえも切り伏せられる恐怖……それが背後にこびりつく。〈大災害〉からは技を出している時さえも体感するから余計にそうだろう。
だけど、それを乗り越えた時この技は『勝利』を持ってくる。
「―――――――――――――――っ!」
声にならない気勢を上げつつ、僕は剣を振り下ろした。すると、剣はその曲がった刀身に似合わない剣圧を発した。そのままグリムリーパーにぶつける。
グリムリーパーが悲鳴のごとく吠える。だけど、剣はそのまま威力を落とすことなく貫通。マントさえ切り裂き、その胴体に大きな弧円状の傷跡を残してやっと剣圧は消える。そして、瓦礫が零れる景色の中、黒い巨大なマントが中身を失くしたようにひらひらと地面に舞い降りた。
「勝った……?」
受け身を取って地面に転げたノエルが首を傾げた。黒マントが動く気配は無い。
「勝った。勝ったんだよ!」
ノエルは警戒を解いて目を輝かせる。僕も敵のHPゲージを確認し、【0】になったのを見てから安心する。剣を収め――、
「待って、ノエル。まだだよ!」
僕は再び剣を中段に構えた。そして、顔をグリムリーパーの頭上に顔を向けた。
ノエルは「な、何!?」と慌て、僕はそんな彼女へ静かにするように言う。すると次第に重たい物を引きずる音が耳を打ち、次第にそれが轟音になった。
「……やっぱり何か、来る!」
攻撃に備えて技を待機状態にして発動させる。
瞬間、〈試しの地下遺跡〉の天井にヒビが走った。と同時に暗闇に囚われていた空間に大穴が開いた。
なっ――二人して唖然としたその時、瓦礫の間から眩い金色の光が溢れた。僕は目を細め、必死にその光景を見る。
空から飛来したのは金色の彗星のようなもの。それはそのままグリムリーパーに吸い込まれていく……まるで命を吹き込まれるように。そして、
「うそ」
ノエルが意表をつかれるように肩を震わせた。金色の光がおさまった後、真っ二つに切ったはずのグリムリーパーがひとりでに起きてきたのだ。
ノエルが急いで敵に視点を合わせて集中、敵HPを確認する。だけど、
「おかしいよ。HPが【0】なのになぜ動いてるの!?」
そう、僕も確認したが敵HPゲージは全部透明になっていた。少なくとも〈エルダーテイル〉ではモンスターが倒されればそのまま光を化して消滅するはずなのに……いや、かつてのゲームだった時代と比べたら駄目なのか?
HPが【0】なのに動いている……その矛盾が頭を混乱させる。いや、それよりも今は、
「下がって!」
矛盾を胸にしまいこみながら僕は吠えた。その言葉を受けてノエルが歯を食いしばり立ち上がる。そう、忘れてはいけない。今現在ノエルのHPは残り一割だ。それだけではなく反動も大きかったせいか、彼女は腕を抑え苦しそう。
戦況は最悪だ。ここは一旦退却して――、
「セイ!」
ノエルが吠える。それで僕は自分も混乱していることに気がついた……ノエルの事を考えてばかりで、目の前の敵をおろそかにしていた。
すぐさまグリムリーパーに視線を合わせると、ボスモンスターは二つに引き裂かれた黒いマントの中から火炎を起こして玉の形にしていた。
――嘘だろ!? 同じ〈悪霊〉でも、火炎属性の魔法攻撃が使える〈燃えさかる悪霊〉でもあるまいに。
だけど、現実として火の玉を作り出すとそれを自分に投げつけてくる。そして、僕はそのまま成す統べなく攻撃を受けた。当たった火の玉は濃密な炎を開放して地面を燃やしつくす。
「セイ、無事!? セイ!」
ノエルが歯を食いしばり、クナイを構え直す。だけど、
「〈アクセルファング〉!」
瞬間、僕は叫んだ。火炎の中から矢のごとく刃となった自分自身を飛ばす。金色の彗星が落ちる前に待機状態に入っていたのが良かった。火炎を受ける前に技を発動させ、エフェクトが全身を包んでいたのだ。
刃となった身体はそのまま火炎を潜り抜けグリムリーパーの胸部を抉った。グリムリーパーに今度こそ大きな穴が開く。そして、まるで砂のお城だったように抉ったところから光りだして散っていく。地面に降りて膝をつく時にはもうほとんど仄かな灯りとなっていた。
僕は警戒を緩めず振り返った。少しの間静寂が広場を包む。すると、はっきりとは見えなかったが、一瞬だがグリムリーパーは眩く光り勝利品をドロップした。
「やった……今度こそ勝った」
力が抜けたのか、ノエルは腰を落とし膝まずく。僕もほっと剣を収めた……自分のHPゲージはあと二割。危ないところだった。
「……」
でも僕は素直に喜べなくて黙る。それと言うのも、先程〈アサルトファング〉を繰り出しグリムリーパーの胸を抉った際、感覚というものがなかったのだ。まるで紙切れを切っているようだった。そんな物に勝つのは当たり前であり、達成感など微塵もない。
「何だったんだ。さっきの攻撃は……」
それもこれも全部、HPが【0】になってから飛来した彗星とその後のグリムリーパーの異変が原因だ。せっかくの苦労が泡になったようで気持ちが悪い。
「セイ、先に報酬を確認しちゃって! 私は先にHP回復させるから」
一方ノエルは全身に達成感が満ちたようで、揚々とコートから回復アイテムである水薬を取り出して飲みだす。
でもまぁ、そうだな。こうしても仕方がない。僕は灯りの下へと歩きだす。
「えっと報酬は……あった」
そして、そこにあったそれをじっくりと確認する。
おっと、これは〈呪詛の刃零れ〉。俺の欲しかった素材だ。グリムリーパーが使っていた鎌の刃が零れたものだろう……これがあれば新たな武器が手に入る。さすがに一般で売られているものでは限界がきていたところだった。
やっとのことで僕の中で水の泡になるような感覚が薄れる。報酬金額もそこそこ。この値でやっと強敵を倒した実感が自分にも湧き上がってきた。満足げに何度も頷いてついにやけてしまう。
でもそこでまだ他にも落ちている事に気がついた。それも結構大きい。
「新たなレアアイテムか?」
それも考えられる。グリムリーパーが異様な行動をみせたのだ。何か特別なものをもらわなければ割が合わない。そうでないとゲームではない……いや、もう『ゲーム』ではないんだけど……。
とりあえず僕は意気揚々とそれに近づいた。
すると、それは途端にそれは僕の視界に形を成し、やがて色を持つ。足が視界に映り、胴体が見え、手が力無く垂れている――――ん?
「……」
気づいた時には遅かった。僕の視界には髪の毛が金色にまで着色され、彗星が穿った天井の大穴からちょうど陽の光が差し込んだことにより認識させられる。
――目の前には金髪の少女がいた。目を擦る。でも夢ではない。
周りは薄闇に囚われていたというのに、今では彼女に光を当てるように天井がくりぬかれ、太陽の眩しい光が降り注いでいる。と同時に少女も日に当てられて目を擦るように起き上がった。
とりあえず僕は膝まずいていた少女に手を差し伸べる。
「……えっと、とりあえず名前聞いてもいいかな?」
少女は頷いて、その手を取った。
「コール……私の名前は『コール』です」
――目の前には金髪の少女がいた。彼女はドロップアイテムとして僕の前に現れた。
「セイ、どうだった! いいドロップアイテムが――」
そして、回復を終えHPを五割まで戻したノエルが近づいて……固まった。
「誰、その子」
僕が聞きたいぐらいだった。