月 9
歌音は病室の青白いドアをそっと音を立てないように開けた。
するりとドアから出て身を屈める。
忍び足で薄明かるい廊下を歩く。
見つかれば大目玉をくう。
歌音は、たまにこうやって夜の病室から抜けだす。
向かう先は屋上である。
看護婦に見つからないよう上へと上がってゆく。スリルを味わいながらも誰にも見つからずに屋上へと辿り着いた。
夜空には、大きなまんまるいお月様がでていた。
「どうしてなのかしら。」
小さな女の子の声が聞こえて、歌音はびくりと周囲を見渡した。
誰もいない。
「なにがいけないのかしら。」
またもや、聞こえた。
まさか、まさかこれはあれなのだろうか。噂に聞くが自分は未だ見たことがない…幽霊とかいうやつなのだろうか。
嫌な汗がどっと出る。
「えいや!」
小さな勇ましい掛け声が聞こえたかと思うと足になにかがぶつかってきた。
「きゃあぁぁ」
歌音は思わず払いのけた。
「ちょっと!痛いじゃないのっ!」
歌音は、怖々と足元を見て見た。
月明かりに照らされたそれは、小さな燕だった。
「燕、さん?」
燕が羽を広げ小さな黒々とした嘴を前へと出した。
「蹴っておいて謝りもしないのかしら。」
「ごめんなさい。」
訳が分からないが歌音はとりあえず謝った。
屈んで、両手で燕を掬って目の前の高さまで持ってきた。
黒と白の羽毛に胸元には赤い色。
やはり燕だ。どこからどう見ても燕だ。しかし
「何よ!」
喋っている。
歌音は思わず放り投げた。
燕は低く滑空し人工芝の上に落ちた。
「ちょっと!」
「ああ!ごめんなさい!」
歌音は燕のもとへ駆けた。
「今のもう一回やって!」
「え?」
「今ので、こう飛べそうな気がしてきたわ。」
まじまじと歌音は燕を見た。
昼間に見た飛べない燕。この子がそうなのだろうか。
飛ぶ練習を一羽でしていたのだろうか。
歌音は燕を両手で掬った。
「高く飛ばせばいいのね。」