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隣の幼馴染  作者: カカ
8/14

帰路、そして

 その後、結局三時間ほど歌って、悠たちはカラオケを後にした。

「ふぅ……カラオケも楽しいね。でも、ちょっと歌いすぎて喉が……」

 喉を押さえつつ、国見さんが言う。ちなみに、彼女はカラオケが初めてではあるものの、普通に上手かった。小さいころから歌は好きで、一人で歌っていたことはあるらしい。

 一人で、というのがまた気になるが、それはさておき。

 予定では、この後久賀の家に行って適当にだべるなりゲームするなりしようか、という話だったのだが、久賀が急遽用事が出来たので、今日は解散ということになった。

「悪いな、急に妹が熱出すなんて」

「あたしたちのことはいいから、早く帰ってあげなよ。家に一人なんでしょ?」

 久賀の両親は、揃ってブライダル業界で働いているのだとか。あの業界は、日曜は普通に仕事があって、休日は月曜になるらしい。

「……そうみたい。つっても、いつも俺のことなんて邪険にしてるやつなんだけどな。小学校高学年もなると、兄のことなんて全く尊敬もしやがらない」

「……それでも、あたしは、病気の妹をほったらかしで遊び呆けてるような男は嫌いだ」

 茜がそういうと、久賀は苦笑。乗せられている、というのを、自覚しているのだろう。

「わかった。じゃあ……また」

「うん。また」

「またね、久賀くん」

「また学校で」

 憎らしげに妹のことを語る久賀だったが、今日一番のスピードで駆けていく。なんだかんだで、大事な家族なのだろう。兄弟がいないから正確な気持ちはわからないが、なんとなく察することはできた。

「えっと……国見さん、家まで送っていこうか?」

「いえ、そんな……まだ五時前だし、そこまでしなくていいよ」

「そっか。まあ、それでいいか」

 悠は自宅に向かって歩き出そうとする。そういえば茜とは同じ方向だし、これは二人でぼちぼち歩くことになるのかと思えば、

「あ、そうだ、小春。あたし、ちょっと寄りたいところあるんだけど、二人で一緒に行かない?」

「え? うん。いいよ。倉橋くんは?」

「こいつはいいよ。女の子のショッピングなんて、男には退屈だ」

 なんだかぞんざいな扱いで、少々腹立たしい。というか、一緒に歩くのが嫌だったのか、とか勘ぐってしまう。

「まあ、俺も女二人に男一人はきついけどな。俺は先に帰らせてもらうよ。じゃ」

「うん。じゃ」

「またね、倉橋くん」

 手を振る二人に、手を振り返しつつ、悠は歩を進める。

 高校生になり、初めて女子と一緒に遊んだ。その中に茜がいたことは意外だったが、何か問題があるわけじゃない。もしかしたら、結構楽しい高校生活が送れるのかな、と期待を芽生えさせつつ、悠は帰路についた。

 と、ここでほぼ一日終わった気でいたのだが、まだ続きがあった。

 夜七時前、悠は、親の頼みにより、夕食で使うとんかつソースを買いに家を出た。

 そして、

「お……茜。今お帰りか」

 門扉前にて、帰宅途中の茜と遭遇。

「うん。悠は、何してるの?」

「お使いだよ。とんかつソースを買いに、そこのコンビニへ」

「なるほど……あたしも付いていっていい?」

「そりゃ……いいけど」

 悠が許可し、歩き出すと、茜が隣に並んで歩きだす。この分だと、夕方のも単純に買い物に行きたかっただけのようだ。

「夕食はとんかつ?」

「ん……まあ、そういうこと」

「昔と、味とか変わってるのかな」

「どうだろな。もしかしたら、多少は変化してるかも。でも、いつも食べてるからわかんね」

「そっか。……また、そっち遊びに行ってもいい?」

「え、うん。……いいよ」

「じゃ、そのうち」

 ぼちぼち歩きつつ、空を見上げる。ぽつぽつと星が瞬いて、しんみりとした気分になる。四月の半ばとはいえ、まだ夜は肌寒いのも、その一因かもしれない。

 何か話題は、と探し、この際だから気になっていたことを、訊いてみる。

「えっと……ぶっちゃけ聞いちゃうけど、お前、久賀のこと、どう思ってる?」

「ん……まあ、悪い人じゃないよね」

「……それって、遠回しにお付き合いとかお断り、とかいってるのか?」

「そういう意味じゃないよ。今はまだそういうつもりないけど、可能性はあるじゃない?」

 軽い調子で、茜が言う。

「あ、そうなんだ。ん? じゃあ、お前、ああいうやつが好きなの? さっきのは照れ隠しか何か?」

「それも違うよ。別に、好きなわけでもない。っていうか、あたし、そもそも好みのタイプとか、明確にはないと思う」

「そうなの? じゃあ、どうなったら、久賀と付き合ってもいいってなるわけ?」

「んー……」

 と、茜はしばし思案する。あ、やっぱりあいつと付き合うのは無理だわ、とかいう答えが来るのではと心配したが、

「あいつが、本気であたしのことを好きになったら、かな」

 そんな答え。

「……俺には、本気で好きなように見えたけど?」

「そう? あいつ、あたしのことが好き、っていうより、単に彼女欲しい、っていう気持ちのほうが強いんじゃない? たぶん、他の子に告白とかされたら、その子と付き合いだすよ。そこまでいかなくても、少なくとも迷いはするんじゃないかな」

「ああ……それはある。確かに、そういうのはまだまだ本気とは言えないか」

「うん。少なくともあたしはそう思ったし、あたしがそう思うなら、付き合わないのも自然でしょ」

 また、ちょっと回りくどい、理屈っぽい話し方。昔は、こんなしゃべり方はしていなかった気がする。

「ってか、じゃあ、茜は、自分を本気で好きになってくれる人が好き、ってことか?」

「あ、そうかも」

「おいおい。いいのか、それで」

「ダメかな? 好きだって想ってもらえたら嬉しい。本気で好きでいてくれて、大切にしてくれる人になら、あたしも何か返してあげたい、って気になる。そうするうちに、あたしだって、その人のことを好きになっていく気がする」

「そういうのも、あり、なのかな。好きだって言われるうちに好きになることも、よくあるよな。ってか、ほぼ完璧に受け身だな。それでいいのか」

「仕方ないじゃん。あたし、今まであんた以外の人を好きになったことがないから、恋とか実のところ良くわかってないし。しかも、その初恋も、小さいころのよくわからない気持ちだし」

 再度初恋の話を持ち出されて、悠はどぎまぎする。昔好きだったけど今はどうでもいい。そういう茜に対して、どう反応していか、まだ判然としないのだ。

「……そういうの、平気で言うなよ」

「昔の話でしょうが。今はなんとも思ってないよ」

「……そうかい」

「ああ、でも」

 そこで、茜は不意に悠に視線を寄越す。そして、

「もし、あんたがあたしのこと、本気で好きになったなら、付き合ってあげてもいいよ」

 そんなことを、言った。

 悠は、また反応に困った。目の前の、この馴染んでいない幼馴染が、自分の恋人になる。ありえない、と瞬時に否定したくせに、同時に、それもいいな、とも思ってしまった。

 しばしの沈黙。なんというべきか迷い、結局、

「……なんだその上から目線。お前が俺を好きになる、なんて状況は考慮外か。俺にはそんな魅力はないって?」

 そんな憎まれ口をたたく。

「さあ、どうだろう。あるかもしれないし、ないかもしれないし。ただ……そうなったら、それはそれでいいかもなって思うよ」

「あ、そう……」

 悠は、いい加減に言葉を繋ぐのが難しくなる。こんな状況で、どう反応せよというのだ。当意即妙な反応ができるほど、悠の恋愛経験は豊富ではない。いや、率直に言えば、ほぼ皆無だ。中学時代、友達として仲良くなった女子すらいない。

「あー、と……」

 何か言いかけたところで、すぐ隣から、わんっ、と犬の鳴き声。近所の渡辺さんの家にいる、愛犬ラッキー(柴犬)の吠える声だ。物心つくころからいるけれど、未だ元気に通行人を驚かせている。

「ラッキー。今日も元気なのはいいけど、うるさいのはよくないな」

 茜が、手を振りつつ声をかける。その姿を見て、

「……お前、ちょっと変わったよな」

「は? それ、何を基準に言ってるの? まさか、小学生の頃を基準にしてるわけ?」

「いや、まあ……」

「そりゃ、変わるでしょ。あの時から変わらないとか、進歩なさすぎ」

「それもそうだ。ただ、昔は、茜はラッキーのこと怖がってたよなぁ、って思っただけだ。気にすんな」

「昔は、あたしも体小さかったし、犬の鳴き声は怖いよ。でも、その変化って、もう夜は一人でトイレにいけるようになったんだな、みたいなレベルの話じゃん」

「あ、お前、ちゃんと今は一人で行けるのか」

「行けるに決まってんでしょうが! あんたこそ、押し入れに蝉の抜け殻とか隠してないでしょうね!?」

「今更そんなもん集めるか! っていうかそう言えば俺もそんなことしてたな!」

「障子に延々濡れた指で穴開ける遊びも卒業した!?」

「したよ! ってか懐かしいな! そしてもうやめろ! 変なトラウマな過去をほじくり返さないでくれ!」

「……ふん。まあ、いいわ。とにかく、お互いそれなりに変わってるでしょうよ。そんなの当然。前と同じに考えないでよね」

 そんなことを話していると、目的地のコンビニに到着。そこでソースを買って、帰路に就く。

 またぼちぼちどうでもいいことを話したのち、家の前で、最後に茜は言う。

「あのさ、あたし、あんたとまたこうして話せて、正直嬉しい」

「お、おう……俺も、まあ、嬉しいよ」

 不意に、今で良かった、という気がした。茜と再度同じクラスになって、また話をするようになって。それは、今だからこそ、できたのかもしれない。

 小学生の時、ずっと一緒だったなら、いつか茜のことを疎ましく思っていたかもしれない。男子の友達の前で女子と仲良くしているのは恥ずかしくて、意図的に距離を置こうとしたかもしない。そうなったら、茜は傷ついて、自分に対して、嫌な気持ちを持ってしまったかも。

 あるいは、中学の時、交流を再開していたらどうだろう。今よりずっと、女子という存在が遠くて、そして変に自意識が高くて、意図せずとも壁を作ってしまう年頃。自分の気持ちを正直にいうのも恥ずかしくて、しかも相手が女子だとなおさら。正面から、話せるようになるのが嬉しいなどと、素直に言えただろうか。

 にしし、と笑う茜に、昔の面影を見た気がする。

「じゃ、またね」

「ああ、また明日」

 なんだか照れくさくて、悠は頭を掻きながら、茜を送り出す。

 春の夜の冷気では対処しきれないくらいに、頬が熱くなっているのを感じる。腹は減っているし、家では母が悠の帰りを待っているのだろうが、悠はしばらく、熱が冷めるまでその場で立ち尽くしていた。

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