腐った紳士は好きですか? ―死神よカボチャを殴れ―
落ちそうな首を直しながら、目の前の男が言った言葉を聞き返す。
「何だって?」
「死神です」
「……馬鹿じゃないのか」
「脳みそ腐ってるゾンビに言われたかないですよ」
そいつは軽く憤りながら、ふんっ、と溜め息を吐いた。憤りたいのはこちらの方だ。そりゃ色々腐っているが、こちとらそこらのあーうー言ってるゾンビとは違う、真っ当なゾンビなんだ。死人に口無しとは言うが死人を前に悪口とは、それは人道としてどうなんだ。そう骨が見えている人差し指を突き付けながら諭せば、口ある死人なら普通に悪口に対抗できるから別にいいでしょ、だと。
「お前、そんな態度では人間関係がうまくいかないぞ。死神なら多少なりとも組織みたいなものがあるだろう、何でもかんでも思った事を喋るんじゃない、世の中本音と建て前というものが」
「あーもーうるさいなぁ。ちょっと肉片飛ばしながら喋らないで下さいよ、あと指ささないで。マナー的にアウトじゃないんですか指さすの」
「良くは無いが、こっちは死人権を無視されたんだ、これくらい許してもらいたいものだ」
「死人権ってあんたゾンビじゃん死に切ってないじゃん」
「だからそういう言動が社会人として」
「あああぁいいから早く仕事の話させて下さいよ!」
地団駄を踏む死神に呆れる。仕事の話をしに来た多分いい大人が、子供みたいな行動をするなと言いたい。最近の若者は公私の区別をつけないと生前上司が愚痴を洩らしていたが、いやしかしその上司も上司で部下の教育がなってなかった。どちらだけが悪いという問題でも無いようだ。この男もそれなりに苦労しているのかもしれないな。そう思い直し、この死神の仕事とやらを聞く事にした。
「仕事の話と言ったが、私に何の関係がある?」
取れそうになる首を直し直し、質問してみる。
「魂を回収させて欲しいんですよ、あなたの」
顎が落ちた。べちゃっと骨ごと地面に。顎につられそうになった上の頭部はなんとか持ち堪えたが、ここで落としていたら大変な失礼をしてしまっていただろう。会話中に頭を落とすなんて非常識過ぎる。
「何だって?魂だと?」
「ええそうです」
男は落とした顎を拾い、どうぞと渡してきた。
「ああすまない、ありがとう。私の魂を回収しに来たのだと?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
あなたはゾンビですけど魂がありますからね、ものすごく珍しい現象ですがやっぱり死んだにも関わらず魂があるっていうのは死神にとって見過ごせない事です。まぁ珍し過ぎて回収した結果何がどうなるか分からないから、上司も先輩も気が進まずに僕みたいな新米が派遣されてきたわけですけど。
そう言ってうんざりしたように溜め息を吐く彼に、やはり若者も苦労しているのだなと少し同情した。
いやしかしその苦労を増やしてしまうのは私自身なので、申し訳ない気分でいっぱいだ。
「そうか、しかしその……君には本当にすまないのだけれど、私の魂はここに無いんだ」
「っはぁ!?えっ無い!?無いって何で!!」
途端に叫ぶ死神に、心苦しく思いつつも説明した。
「この前ハロウィンがあっただろう。あの日にかの有名なジャック・オー・ランターンと会ってな、身の上話を聞くうちに可哀想だと思って魂を貸したんだ」
「はぁああ!?あのウィルのクソ野郎にかよ!つか何でそうなった!」
「こら、あまり人を悪く言うもんじゃない!確かに彼はたくさん嘘をついたらしいが、今はもう反省していると言っていたぞ。地獄でもいいからいきたい、だが1人で頼みに行くのは心細いし勇気が無いから、少しの間だけ魂を貸してくれないかと」
「それ絶対あんたの魂を引き換えに自分を許してもらうつもりだよ!返す気ねーって、何あっさり騙されて渡してんだこのアホぉ!!」
「なっ、アホとはなんだ!彼は謙虚で優しい奴なんだぞ?魂全部貸してもらうと悪いから、記憶や力は体に残して核のところだけ貸してくれって」
「売り渡す気満々じゃねーか!!」
叫び過ぎてぜいぜいと息をする男に眉根を寄せる。どうもこの死神は人を疑ってかかる傾向がある。職業病なのだろうか。若いのに大変だな……。
眉根を寄せた拍子に些かずれた皮膚を直しながら、再び口を開いた。
「そういう事で悪いが、あのカボチャくんが返しに来てくれるまで待ってはくれな」
「ムリ。つか俺の話聞いてた?あいつ返しになんか来ないから、取引材料に利用されてるから」
どこまでもそう決めてかかる男にむっとして反論しようとすれば、ベチャッと口を手で押さえられた。次いで、はああぁと三度目の溜め息を吐き出し、もう片方の手で自分の額を押さえて天を仰いだ。
「どーしよう……あの野郎がペトロさんトコに持ってったら普通にこっちが怒られるだろうし、閻魔様んトコでも怒られる……けど、あいつマジで口が巧いんだよなぁ……ウィルの事知らねえ通りがかりの天使や鬼に取り入られたりしたら……いや、それよりも」
ぐっ、と顔を戻し、真剣な目でこちらを見る。
「悪魔に取引持ちかけられたら、あんたマジでヤバい事になるぞ」
未だ口を押さえている手を引き剥がしながら、思わず聞き返す。
「ヤバい事?」
「そ。なまじあんたは既に悪魔と取引してて、契約条件に魂を提示してる。しかも悪魔は土壇場で失敗してて、あんたの魂の価値は悪魔の中じゃストップ高だ」
「何だそれは。意味が分からん」
「だーかーらぁああ!!マジでヤバいんだって!」
手形がついただろう口元の肉を均しながら、物凄くストレスが溜まったように歯を食い縛る男を見やった。
「よく分からないが、なんだ、君が困るということか?」
「めちゃくちゃ困るね」
「そうか……それなら、」
君が困らない方向に、手伝えることがあったら手伝おう。
私がそう言えば、彼はぽかーんとした後すぐに両手で両手を掴んできて、
「是非ともお願いします」
そう言って頭を下げた。おお、意外と礼儀がなっている。若いのに感心だ。
うん、元はと言えば私のせいだからな。未来ある若者の足を引っ張りたくはない、協力できる事ならなんでもしようじゃないか。
しかし彼が頭を下げた拍子に掴まれていた両手がもげてしまったので、早く返して欲しい。