6:心配性リアナ
リアナ視点になります。
ラビは変わった娘だ、彼女の母親である私はそう認識している。
勘違いしないで欲しいのは、変わっているというのはなにかおかしい所がある、とか気味悪いとか、そんなことを思っているわけじゃない。
当然ながらラビは私の可愛い娘だ。そこだけは間違いない。
十七歳という年齢でブリュンヒルデ家に嫁ぎ、十九歳で出来た初めての娘が可愛くないはずがない。
ただ、生まれたときからこの子は不思議なところが多かった。
出産直後もすぐには泣かず、私やエドワードは息が止まるかと思ったことを今でも覚えている。
おろおろして生まれたばかりの子を覗き込むエドワードに続いて私が顔を覗き込んだ瞬間、その子は小さな産声を上げてくれた。
ほっとした。あのときほど安心したと思ったことは今までも、そしてこれからも恐らくないだろうと思う。
やがてラビはすくすくと成長した。
体の発育については少し遅れ気味のようだったけど、それ以外には特に問題なく成長していた。
どんなときも落ち着いた雰囲気を持ったやはり変わった子どもで、起き上がれもしないころも私たちを困らせるように泣いたことなかったし、わがままを言うこともなかった。
屋敷で雇っている侍女たちもみんなラビの様子をみて驚いていたとは思う。
私だって子どもが生まれればより日々は忙しくなると思っていたし、夜だってうまく眠れないと思っていたんだから。
でもラビは大人しかった。
大人しい、とは思っていたけど当然のような子どもらしさも持ち合わせていて、手の掛からないけれど可愛い娘だ。
ただラビはいつだってつまらなさそうな目をしている。
子どもの可愛らしさと、落ち着いた雰囲気を同時に持っていながら、何事にも関心を示さなかった。
ためしに侍女が遊んでみても、私が話しかけてみても、冷めた目をしている。
私はそんな娘の様子を変えるべく、いろんなことをしてみた。
一体この子は何をすれば楽しんでくれるのだろう、それが目的で屋敷の中を抱いて歩いたりもしたし、庭に出て色んな植物に触れさせてみたり……。
どれも興味なさそうにしているラビに私は次第に焦ってきた。
そんな中でようやくラビは目の色が変わるような反応を見せてくれた。
それは、絵本だ。
王都でも最大級の本屋にたまたま足を運んださいに見つけた絵本を試し、と言うことで一冊買っていた。
家に帰っていつもどおり大人しくしているラビに読み聞かせてみると急に私のほうへ体を向け、せがむような視線を送ってくれるラビを見て、私はまたもほっとした。
それからももっと聞きたい、という風に訴えかけるラビの要求に答え、絵本を大量に読み聞かせた。
あまり見れないラビの笑顔まで見れて、私はとても満足していた。
やがてラビは歩けるようになり、屋敷の中を自分の目で見てまわりたいようだった。
私だって一応は公爵夫人と言うこともあって一年中ずっと暇でいれる、と言うわけじゃない。
侍女たちもラビにずっとついてられるわけではなく、目を放した隙にどうなってしまうか分からない。
だから私は新しい侍女を雇い入れることを決めた。
出来るだけ若く、なおかつ護衛もかねたラビの専属侍女。
二週間ほど募集をかけて、新しい侍女が屋敷にやってきた。
当時十三歳、アリア・ヴェインという少女だ。
どうやら代々男は騎士、女は侍女を輩出する家系のようで幼いころから侍女になる英才教育を受け、さらに騎士である父親から剣術と魔術を習ったというすばらしい侍女だ。
私は普段ついていられないときにアリアにラビについて屋敷の探索に付き合うように命じ、面倒を見てもらった。
どうやらラビはすぐにアリアのことが気に入ったようで、帰ってきたときにアリアと共に庭や書斎などにいる姿を良く見かけた。
きっと姉が出来たようでラビもうれしいのだろう。微笑ましい光景に私は満足していた。
やがてラビは五歳の誕生日が近くなっていた。
このころには既に書斎にある様々な本を読んでおり、アリアが少し目を離すと書斎にいた。
この年齢であんな本を読めることに私は酷く感心した。
小さいころは秀才と言われていたエドワードですら本を読み出したのは八歳のころだと聞くし、もしかしたらうちの子は天才なのかもしれない。
今は歴史などに関する本をたくさん読んでいるみたいだが、そのうちきっと魔術に関係する本を読み出したりするだろう。
そうなれば低年齢から魔術を使えるという事だってありえる。
年齢が低ければ二年に一度開かれる中央大陸魔宴祭の子供大会にも出れるかも知れない。
色んな期待が私の中に広がってきた。
ところで五歳の誕生日と言えば盛大に祝うものでもある。
ある意味ひとつの区切りである五歳の誕生日は盛大に祝うことが昔からの風習である。
私とエドワードは誕生日プレゼントとして、外で自分が買いたいものを選ぶ、という経験をさせてみた。
実はこのころまで屋敷から出たことのないラビにとってはいい経験になるだろう、というエドワードの意見によるものである。
私とエドワード、それにラビと護衛のアリアをつけて街へ出る。
珍しく浮き足立った様子のラビは見ているだけで微笑ましくて、こういう機会を与えたのはまさに正解だったと思った。私とエドワードは小さくハイタッチしていた。
ひとしきり大通りの商店を見終わったラビがほしいと言ったのは小さな青白い宝石をあしらったブローチだった。
五歳でアクセサリーをほしがるなんて、おませな子ね! と思ったけど既に大人びた雰囲気を醸すこの子なら欲しがってもおかしくない、と思いブローチを買ってあげた。
思ったとおりブローチはとてもよく似合っていた。
決して安い物ではなかったけど、こんなに似合うなら買って正解だったと思える買い物だった。
その日のパーティはとても盛大で、ラビもよく笑っていたと思う。
こんなに祝われて、うれしくないはずがないんだろう。
さらに一年が過ぎた。
このころはラビに対する新しい不安が芽生え始めた。
ラビは、全く外に出たがらないのだ。
五歳の誕生日の際、アリアか私やエドワードがついていける状態なら外へ出てもかまわない、と言ったのだけど全く外へ出たがらない。
毎日に書斎に籠もっては歴史書を読むラビを見て、このままでは家の中へ籠もってばかりの子供になってしまう、と心配になってしまった。
エドワードに相談してみても、「そのうち出たくなるさ」と言うだけで相手にしてもらえない。
過保護かと思うかもしれないけど、私が心配なのは幼いころのラビの様子を思い出すからだ。
絵本を読み聞かせるまで、何事にも興味を持たなかったラビ。
今は本を読んだりすることには関心があるみたいだけど、外には一切の関心を持たない。
このままでは屋敷の外へ興味を持たない子になってしまうのでは、という不安がよぎる。
どうやって屋敷の外へ興味を持たせればいいのか、と思案している最中に転がり込んだのが今回のこのアルトリア家からの招待だ。
アルトリア家にはラビと同い年の男の子がいると聞く。
ぜひあわせたい、と申し出たのは実は私のほうだ。
そうすれば何か興味を持つきっかけになるかもしれない……あの絵本のときのように。
アルトリア伯爵は心良く了解してくれたけど、問題はラビが外へ出てくれるかどうかだ。
拒否されればどうしよう……と考えていたが、どうやら杞憂だったらしい。
行きたい、一度も屋敷から出たことがないから、とラビはそういった。
素直にうれしかった。なんだ、心配はないんだ、と。
ただ、馬車の中でラビはどこか退屈そうに、上の空になっていた。
私やアリアが話しかけても、ずっとぼうっとしている。
もしかすると大人びたこの子は私に気を使って出て来たのかもしれない、またまた私は不安になる。
しかしこれもまた私の杞憂に終わってしまった。
屋敷につき、庭にいるというアスト君を探しに行くというラビはアリアすらつけずに一人で行ってしまった。
あの子が初対面の男の子にうまく出来るだろうか、とか色んなことを言っていたが、やがて戻ってきたラビを見てまたまた安心する。
なんだ、楽しそうに喋っているじゃないか。
私の心配が本当は合っていたのかどうか確かめることは出来なかったけど、結局は問題がなかった。
絵本の読み聞かせのときのように、あの子は素直に笑っている。
この機会を作ってくれたアルトリア家には感謝しなければ。
その笑顔を見たら、この子だって年相応の子供なんだ、と私は安心するのだった。