4:いじめっ子には制裁を
「あら、リアナ! いらっしゃい! 思ったより早かったのね。ラビーナちゃんも来るって聞いていたからもう少し支度に手間取ると思っていたのだけど」
アルトリアの屋敷の応接間。
周りにおいてある家具は確かにどれも高級品のようでところどころ銀の装飾が施されている。
銀と言えば魔力を溜め込む性質が高かったから高級品とされているのだけど今もやっぱり高級品みたい。
「こんにちは。お邪魔してるわよ、メル」
お母様とメルというアルトリアの奥様はとても親しそうに見える。
もしかしたら元々友達だったりするのかも。
当のメル夫人は私のほうをちらっとみてにこやかに笑いかけてくれた。
たまには先に挨拶をしておこうかな。
「初めまして、メル伯爵夫人。ブリュンヒルデ家の長女、ラビーナ・ブリュンヒルデでございます」
先ほど伯爵に挨拶をしたときと同じ、礼儀作法に則った正式な挨拶。
するとメル夫人は伯爵とは違って驚きはせず、やわらかい笑いを浮かべたまま、
「そんなに硬くならなくていいのよ。私はメル・アルトリア。伯爵夫人で、あなたのお母様の同級生でもあるの」
お母様のほうを見て「ねっ?」と問いかけるメル夫人。
対するお母様も綺麗な笑顔で「ねっ」と答えていた。
「それにしても可愛い女の子ねー。うちは男二人だから、余計に可愛く感じるわぁ……。特にこの淡い水色の髪なんてあなたにそっくりね、リアナ」
「あまり私に似たところは少ないのだけど、髪の毛だけは似たみたい。瞳の色なんかはエドワードに似たようね」
「確かに、瞳はエドワードと同じ深い蒼だな。本当に、人形のように整った顔立ちだ。ああ、悪い意味ではないよ」
失言だと思ったのか、手を振って弁解するアルトリア伯爵。
髪色や瞳の色は前の私とほとんど変わりないものだった。強いて言うなら髪色は前より薄いものになったと思う。
お母様の髪は綺麗だし、私自身も気に入っているけど。
「ありがとうございます。私も髪も瞳も気に入っているのです」
そういって目いっぱいの笑顔で言ってみた。
言ってみた、とはいっても笑顔は作ったものじゃないし、気に入っているのも事実だから自然な笑顔になっていると思う。
それを見てお母様はどこか驚いた様子を見せた。
「……お母様、どうかされたのですか?」
「い、いや。ラビのそんな素敵な笑顔って、珍しいからつい……そう、気に入ってくれているのね」
お母様はどこか照れた様子で髪を手で梳き始めた。
そんな親子の不思議なやり取りをわけが分からないような目でアルトリア夫妻は見ていた。
「……ああ、そうだった。ラビーナ嬢にはうちの下の息子に会わせようと思っていたんだったね。屋敷からほとんどでたことがないなら同年代の子と会ったことはないだろう? 同年代の子どもなら話も合うだろうし。そこでうちの子とあわせてみようと思ってね、リアナさんに提案したんだよ」
ふっと伯爵は思い出したように私に告げる。
……確かに今まで同年代の子どもに会ったことはないけど、そもそも実際には二十代の私と話が合うんだろうか。
そんなこと知る由もない親たちはうんうん、となにやらうなずいている。
「ほら、あなたあんまり何にも興味を持たなかったから、同年代の子に会わせてみればもしかしたら何か面白いことが見つかるかもって思って……」
ああ、やっぱりばれていたんだ。
親っていうものにはやっぱり分かってしまうものなんだ。
そういえば私がグレイシアとして生きていたころも、喧嘩して帰ってきてできるだけいつも通りの私を装っていたらすぐに看破されてしまったこともあったな。
「……ありがとう、お母様」
「うんうん、それならアルトを連れてきましょうか。セバス、アルトはまだ部屋にいるかしら?」
メル夫人は近くに控えていた初老の執事に声をかけた。
「いえ、先ほど外庭へ出られていましたが……」
「あいつ、出来るだけ部屋にいるように言ったんだがな。いい、連れて来よう」
報告を受けた伯爵は「旦那様は座ってお待ち下さい」と止めようとする老執事を無視して立ち上がろうとした。
私のために会わせようとしてくれたんだから、私が探しにいけばいい。
「アルトリア伯爵、私のために機会を用意してくださったんですから、私が探しに行きます。外庭にいる同年代の男の子、でしたよね?」
「あ、ああそうだが……いや、客人にそんな手間を取らせるわけには……」
「ううん、あの子はあなたの言うことをあまり聞かないでしょう? 折角なのだから行ってもらってはどうかしら? 何ならそのままお庭で遊んできてもいいからね? セバス、外庭へラビちゃんを案内してあげて」
言うことを聞かない、と言う一言が刺さったのだろう。伯爵はうっ、と言って黙ってしまった。
「じゃぁ行って来ます。帰るときまでにはここへ戻ってきます」
立ち上がり、「こちらでございます」と案内してくれる老執事のほうへ歩いていく。
「お嬢様、私もご一緒いたします。お嬢様の護衛ですから」
「いいの、アリア。ここは伯爵様のお屋敷なんだから護衛なんて要らないわ」
護衛を申し出た侍女も置いて、私は中庭へと向かった。
――――
迷った。
外庭の中も案内をしてくれるというセバスさんの申し出を「ここまでで結構です」と断ってアルトリア家の外庭でアストという名前のアルトリア家の次男を探しているのだけど、思いのほか外庭が広い。
手入れの行き届いた綺麗な庭だけど、まだ背の低い私では視界を塞いでしまう障害になっている。
「どうしよう、どこにいるの?」
なんてつぶやいたところで答えが返ってくるはずがない。
我ながらくだらない、とため息をついていると、何か声のようなものが聞こえた。
「―――…っ! ――ッ!」
はっと顔を上げてその声の出所を見極めるべく聞き耳を立てた。
しっかりとは聞き取れないけど、間違いなく人の声だと思う。
ふらふらと声の主を探すべく歩いていると、だんだん近づいてきたようで今度ははっきりと声が聞こえ始めた。
「だから……――――だろ!?」
「そんなこと……――――ないよ!」
なぜか声は一種類だけじゃない。
なにやら語気を荒げた声がいくつかと、今にも泣き出しそうな声。
もしかして、不審な人物でも入ってきているんだろうか。
もしそうなら一大事だ。私は進むスピードを上げていく。
外庭の奥、屋敷の敷地の端の小さな出入り口が見える。
そこには、確かにいくつかの人影が見えた。
いるのは全て男の子。
四人の私よりも少し年上に見える男の子が一人の男の子を囲んでなにやら責め立てているようだ。
もしかして、いじめ?
「お前、分かってんだろうな? うちは由緒正しきヴァレリア候家だぞ!? お前みたいな伯爵家の子どもが逆らってただですむと思ってんじゃないだろうな」
ああ、なんて典型的な悪人発言なんだろう。
それもあんな小さな子どもが言うと笑えてしまうのだけど。
……最も、今は私のほうが年下だけど。
「で、でも、お庭のお花はお母様が大切にしてるから、摘んでくるなんて……」
真ん中にいる子は本当にいじめられているみたいで、今にも泣きそうになっている。
……私は過去のこともあって一方的な責め立ては嫌いだ。
見てしまった手前、割り込むことに決めた。
「何してるの、あなたたち。もしかしていじめ?」
囲んでいた男の子たちが一斉にこちらを向く。
顔を見ただけで分かる。親に甘やかされたお坊ちゃんたちだろう。
「なんだよ、お前。関係ないならあっちいけ。邪魔なんだよ」
「自分より年下の子に四人で寄って集っていじめるようなヤツの言うことを聞くほど素直じゃないの。ごめんなさいね」
精一杯の皮肉をこめた笑顔を皮肉の言葉と共に送る。
すると向こうは明かな不快感を顔に滲ませながら、さっきの名言を繰り出した。
「なんだと……!? 俺はヴァレリア侯爵家の長男だぞ! 時期侯爵なんだぞ! お前みたいなヤツが生意気言ってただですむと思ってるのか!?」
中心にいた首謀者がそうどこか決めた顔で言い放つと周りにいたいじめっ子たちもそうだ、そうだ! と掛け声を上げている。
ヴァレリア候という人物のことは聞いたことがある。内政にも関わるそれなりに地位の高い人物らしい。お父様の話だ。
けれど残念なことに向こうは侯爵家、爵位で言えばブリュンヒルデの家の方が上になってしまう。
「貴族の息子が、こんな下らない事して。きっと甘やかされて育ったんでしょう? 恥ずかしいと思わないの?」
無意識に相手を煽るように相手を責めてしまっていた。
六年間ぶりに感じた嫌悪感からなのか、私は少し苛々していた。
ただ、私はやりすぎた。
「黙れッ! お前みたいなヤツはこうしてやる!」
ヴァレリア家の子息を名乗るその男の子は、一瞬かがんだと思うと小さな石を手に、私に投げつけてきた。
体が追いつかない。このままだと直撃してしまう。
そう判断した瞬間、私は驚くほど反射的に目の前に氷の壁を作り出してしまっていた。
カキン、と鈍い音を立ててはじかれる石。
そういえば、すっかり忘れてしまっていた。
私は魔術師だったんだ。記憶の奥に染み付いた魔術は使えてしまった。
「なっ……お前、魔術使えるのかよ! くっそ! お前なんか父上に言いつけてやる!」
一瞬ぼう、っとしてしまったけどそんな子どもらしい捨て台詞を聞いて思考が戻ってくる。
「そう、勝手にして。お父様に言いつけるなら名前が欲しいでしょ? 私はラビーナ・ブリュンヒルデ。ブリュンヒルデ公爵家の長女よ」
「あ……ブリュンヒルデだって……?」
その名前を聞いて立場を理解したようだ。男の子の顔は次第に青ざめていく。
そして、くそっと言い残して外へ続く門から飛び出すように逃げていった。
我ながら大人気ない、と思ったけれど暴力まで振るわれたんだから問題ないと思う。
それに、今の私はまだまだ子どもだから。
そんな光景を見て、いじめられていた男の子は唖然としていた。