3:公爵の娘
貴族ということもあって、基本的に私たちの移動は馬車みたいだ。
よく毛並みを整えられた見るからに高そうな馬に引かれた車のほうはとても広くて私とお母様、そしてアリアが乗ってもまだまだスペースが余るほど。
その中で私たちは他愛もない話をして時間をつぶした。
久しぶりの屋敷の外はどう? とか、あれが王城よ。とか、お母様は私に色々なことを聞いたり教えてくれたりしてくれたけれど、私はそれを半ば上の空で聞いていた。
別にお母様のことが嫌いなわけじゃない。
アリアの事だってもちろん嫌いじゃない。
でも、どうしてか私はあまりこの世界に興味を持てなかったんだ。
親の敵を討つと言う復讐を遂げて、魔導兵器に関する研究施設やそれに携わった人を完全に滅ぼして、何も得られずに無気力の中で討伐隊なんて魔物を倒すためのような部隊に殺された。
だっていうのに再びこの世界に記憶を保持したまま生まれて、私のしたことは全て無駄かのように魔導兵器は完成していて。
本当に、私に何をしろって言うんだろう。
この六年間、優しいお母様とお父様に育てられて、決して悪いものじゃなかったけど、私は未だにあのときの無気力感と虚無感から抜け出せないでいた。
―――――
ぼーっと馬車から外を眺めていると、突然馬車が止まった。
前を向いてみるとブリュンヒルデの物ほど大きくないけど立派な屋敷が聳え立っていた。
「これがアルトリアのお屋敷よ。うちの物とは雰囲気が違って悪くないでしょう?」
と、お母様は馬車から降りるとまるで自分の屋敷かのようにアルトリアの屋敷を紹介した。
市街からは結構離れた場所にあるようで、辺りは背の高い木が多く生えていたりしてひっそりとした雰囲気が感じられる。
建物自体も新しい物ではなく、どこか威厳を感じさせる良い旧さがあった。
「そうですね。なんていうか落ち着きがあって、静けさもあって……」
「ラビ様の感性には感服いたします……」
素直な感想を述べてみると、隣に立っているアリアはどこか呆れたような顔になって私を見ていた。
これじゃぁ子どもらしさの欠片もなかったかな、と少し反省。
いくらなんでも、精神年齢二十代は人には知られたくない。
「でも、やっぱりブリュンヒルデのお屋敷のほうが私は好きです」
「あらあら、もうお屋敷が恋しくなっちゃったの?」
ふふ、とお母様は私のそんな発言を聞いてうれしそうに笑っている。
私が外にでたがらない事を心配していたんじゃなかったの……?
「ふふふ、とりあえず行きましょうか。きっと迎えの者がいると思うから」
私はお母様が不意に差し出してきた手を握り寄り添うように歩いていく。
今の母親の手はとても温かみがあって、やわらかかった。
その感触は当然のはずなのに、私にはとても特別で、安心感のある物に思えた。
理由は、分からない。
「やぁ、リアナさん。よく来てくれたね。本当ならエドワードも招きたかったんだけど、あいつは忙しいから仕方ないな」
そんな感覚に戸惑っていると屋敷の入り口から一人の男性が現れた。
恐らく、お父様と同年代。と言うことは三十代半ばくらいなんだろう。
着こなしている服にも品があって、典型的な貴族の男性、と言った印象を受ける。
「ああ、アルトリア伯爵。まさかあなた自らお出迎えだなんて。つかいの者をよこしてくれればよかったのに」
「いやいや、ブリュンヒルデ公爵の奥方に対してそんな失礼な真似は出来なくてね」
笑顔を浮かべながらアルトリア伯爵と呼ばれた男性はお母様と握手を交わしていた。
この世界、握手はお互いに敵意をないことを示すために貴族間での挨拶としては主流とお父様の書斎にあった本には書いてあった。
当然敵意があったとしてもそれを隠して握手をするだろうから、一種の社交辞令なんだろう。
「そしてこちらが噂のラビーナ嬢かな? 初めまして。アルトリア家現当主、ライラック・アルトリアという者です。以後お見知りおきを」
そう言って左手を右胸に当て、軽くお辞儀をされた。
挨拶の仕方はアリアから習っている。
男性は左手を右胸に当て、女性は右手を左胸に当ててお辞儀をするんだそうだ。
それに習って私も挨拶をしておく。
「初めまして、アルトリア伯爵。エドワード・ブリュンヒルデの娘、ラビーナ・ブリュンヒルデでございます。丁寧なお出迎え、感謝いたします」
アリアに教えられたとおりの挨拶。ただ感謝の言葉だけは付け加えておく。
するとアルトリア伯爵はなぜか驚いた様子で苦笑を浮かべていた。
どこかおかしい点でもあったのかな。
ちらりとアリアのほうを見たけれど、口元だけが「大丈夫ですよ」と動いていた。
「なるほどな。あのエドワードが自慢話をするわけだ。物静かで心配だが、実にしっかりして大人びた娘とね。ふむ、下の息子と同い年とは思えないなー。はははっ」
納得したよ、と笑みを浮かべる伯爵。
その様子は生徒のことを理解した教師のようで温かみのある笑みだった。
ただ、残念なことに私はあなたの下の息子と同い年、とは一概に言い切れなかったりしてしまうのだけど。
「お父様は、伯爵にどんな話をされていたのですか?」
「ん? ああ、まだ六歳だというのに落ち着きがあって、思慮深くて、その上しっかりしていて、さらに親にまで気配りが出来るまさによく出来た娘だといつも自慢しているんだよ。……全く、昔はこっちが一方的に自慢していた立場だって言うのに、一本取られた気分だ」
「ふふふ、エドワードはラビのことを本当に可愛がっていますもの。この子が生まれたときの喜びようといい、あなたの話を聞いて子どもがずっと欲しかったみたい」
お母様は私の頭を撫でながら話す。
それにしてもお父様がそんなに私の事をほめてくれているなんて、なんていうか驚きだ。
可愛がってくれているのは分かっていたけど、それを他人に話すような人には見えなかったからだ。
「ははは。そのあたりの話も聞かせていただきたいものだ。さぁ、そろそろ中に入ろう。すぐにお茶の準備をさせる」
ドアにかけながら伯爵はそう言ってから何か思い出したように私を見た。
「そうそう、ぜひともうちの下の息子と会って見てくれ。屋敷にずっといたんだから、同年代の子どもと会ったことはほとんどないんだろう? 実はうちの息子は結構やんちゃでね、少しでも君の影響を受けてくれるといいんだが」
どうやらお母様も伯爵もそれが目的みたいだ。
もしかして、お父様もお母様も私がほとんど何にも興味がない事に気づいていたのかもしれない。