1:転生
感じたのは、淡い光。
真っ暗な、何の感覚もない闇の中をただ彷徨っていたはずなのに、一筋の光が感じられた。
自分がどうしてこんなところに居るのか、それすら理解出来ていなかったというのにその光に触れたくなって、ふらふらと漂うように進んでいく。
光はだんだん強くなって、近づいてきたのだということが分かってきた。
そして光が差している場所にたどり着いて、手を伸ばした。
とたん、全ての感覚が再び私の体に戻ってくる。
伸ばした手が、大きな手で握られた。
―――――
「エドワード……っ! 見てっ。やっと、やっと産まれたのよ!」
「ああ……っ! 見ているとも、リアナ。僕たちの子どもだ!」
若い男女の声が聞こえた、気がした。
私は夢でも見ているんだろうか。確か私は国の討伐隊によって殺されたはず……。
ぼやけている視界は少しずつはっきりしてきて、物の輪郭くらいは分かる。
男性が私の顔を覗き込んでいる。
口元は動いているけれど、なんてしゃべっているのかははっきり聞き取れない。
やがて視界には女性の顔も映りこんだ。女性も何かしゃべっている。
ぼやけてよく見えないけれど、どこか焦っているようにも見える。
だんだん表情は必死になっているように感じた。
もしかして、心配されているんだろうか。
何か言わなきゃ。そう思って私は口を動かした。
そのとき発せられた声が、私の産声だったということに気づくまでしばらく時間がかかった。
意識が戻ってから体感でおよそ数時間たったころ、ようやく私は状況を把握した。
私は今顔を覗き込んでいた男女に抱き上げられている。
どういった理屈なのかは分からないけれど、私は赤ん坊だった。
赤ん坊だということを理解した瞬間に、私は驚くほどすんなりと自分の状況を悟ったと思う。
ああ、私は死んで生まれ変わったんだ、って。
耳も目もうまく機能していないみたいで視界はぼやけ、聞こえてくるものはどこか波打ったような音ではっきりしない。
体だって自由には動かせない。
そうだって言うのに記憶だけはしっかりと頭の中に刻み込まれていて、あの討伐隊との戦いも鮮明に思い出せる。
生まれ変わったというのに、記憶だけ残っているなんておかしな話。
一体どうしてこんなことになったんだろう。
むしろ、記憶を残したまま生まれ変わらせるなんて、神様は一体何をお考えなんだろう。
こんなつらい記憶だけを残したまま生まれ変わるくらいなら、生まれ変わらないほうがましだったんだろうに、と私は本心からそう思っていた。
そんな赤ん坊の心境を知る由もなく、新しい両親は私を抱き上げ、うれしそうにしているのがぼやけた視界の中に写りこんでいた。
―――――
産まれてから二ヵ月くらいがたったんだと思う。
視界も随分とクリアになって、声だって聞き取れるようにはなってきた。
それでも体はうまく動かせない。
発声だってうまく出来なかった。
けど、自分の産まれた家と、親がどんな人かを確認するには十分だった。
私が産まれたのはどうやら貴族の屋敷のようだ。装飾は綺麗だし、屋敷だって広い。両親が抱きかかえながら屋敷のいたるところを連れまわしてくれた。
だから屋敷の広さも分かったし、使用人の多さも実感した。
前の私が住んでいた家も裕福だったけれど、こんなに広い家じゃなかったし、使用人なんて居なかった。
次に、私につけられた名前と両親の名前も覚えた。
父親はエドワード・ブリュンヒルデ、母親はリアナ・ブリュンヒルデ。
そして私はラビーナ・ブリュンヒルデ。ブリュンヒルデ家の長女として生まれた。
両親は私の事を「ラビ」と呼ぶ。確かにラビーナなんて言うよりは可愛げがあって、呼びやすいかもしれないなと思った。
そして、最後に私は両親の話からこの世界について理解した。
ここは前の私が暮らしていたエルデリスの大地。
私が魔導兵器に対する反乱を起こしてから、700年ほどたったエルデリスだった。