15:無自覚のかっこつけ
「よく来てくれた。三人で来てくれるのは確か初めてだったかな?」
「ああ、そうだね。僕がいつも来れていなかったから。ラビやリアナはよく遊びに来させてもらっていたようだけど」
アルトリア家応接間。私たち親子三人のソファーの向かい側にはアストが両親と共に座っている。
お父様と一緒に来るのははじめてで、伯爵とお父様の会話を聞くのは初めてだけど、確かにメルさんとお母様のような仲のよさを感じた。
「いやいや、アストがラビーナ嬢に良く遊んでもらっていただけさ。なぁ、アスト。お前男の子の友達とほとんど遊ばないくせに、学校の帰りにブリュンヒルデの屋敷に寄り道するくらいだもんな……?」
「う、うるさいな……」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらからかう伯爵とそれを少し恥ずかしがりながらあしらうアストの様子を見ていれば三年前大喧嘩をして口すら利かなかったことなんてまるでなかったことのように思えてくる。
今では溝もほぼ埋まり、メルさんもほっとしているのだとか。
「だって。良かったわね、ラビ。熱烈なファンがいるなんて羨ましいわぁ。可愛いから仕方ないけれど……」
「お母様……?」
「たとえ僕とライラックの仲でも簡単にラビをあげるわけにはいかないかな。もっと男前になってから出直してきたまえ!」
「ちょっと、お父様まで!」
ふざけた事を言う両親のせいで思わず立ち上がってしまった。
ほんと、まだ九歳の子どもに何を言っているんだろうか。
「そ、そうですよ、公爵様……。僕はまだ子どもですし」
「何言ってるのよアスト。年齢関係なく、欲しい物は早めにキープしとかないと! ほら、ラビーナちゃんは公爵の娘なのよ? 来年から夜会に出席するんだし、他の貴族や王族から声がかかってもおかしくないんだから」
「それは僕も出席するけど……」
現在九歳ということは来年で十歳、夜会に出席する年齢になる。
私としてはそんな貴族としての活動なんてめんどくさいものだから出来れば出席したくないのだけど、仮にも最大貴族の公爵家の一員としてそんな行為は許されない。
日に日に嫌気が差してきていた。
「夜会かぁ。こんな純粋無垢な子どもをあの貴族同士のゴマの擦り合いに参加させたくは無いものだけどね……。仕方ないのか……。ライラックは初めて夜会にシェイムス君を連れて行ったときはどんな気持ちだったんだい?」
「私はなんとかチャンスをつかんでほしいと思っていたがな。お前の家は最大貴族だから関係ない話だが、下級貴族は誰だって出世を狙っているさ。最も私もチャンスがあれば、って言う程度で他の家よりは狙ってないけどな」
チャンス、と言うなら私はまさにそのチャンスなのかもしれない。
夜会に公爵の娘が出てくるなんて、他の貴族からすれば取り入るチャンス以外の何物でもない。
伯爵がそのチャンスから一番近いところにいるのは確実だけど……。
と、一瞬疑いたくなったけれど、やめておいた。そう疑ってしまえば今までのような家族ぐるみでの付き合いがぎこちなくなってしまう気がして。
「お前は出世よりも家系が衰えないことのほうが優先課題にしてるからな。ああ、ところでシェイムス君は? 今日はいないのか?」
お父様は思い出したようにアストの兄の居場所を尋ねる。
そういえば、ここには座っていない。
「ああ、少しだけ魔術の訓練してから来るってさ。魔宴祭の魔術大会、次参加するときからは一般の部になるからな。一度は優勝したいんだとさ」
「そういえば、前回は準優勝だって嘆いてたそうね。十歳で準優勝なら凄いと思うけど、誰に負けたの?」
「お隣の国の魔術師よ。前回は十二歳だったから今年は出れなくて、シェイムスは残念そうにしてるけど勝てるチャンスだって張り切ってるみたいなの」
シェイムスさんが魔術を使っているところは何度か見かけたけれど、それなりに優秀な魔術師だとは思う。
ただ、見た感じあくまでも“優秀”であって非凡の域には達していない。
はっきりいってしまえば私なら難なく勝てる相手だと思っている。
今まで見ていた訓練から推測した結果なのであれが大幅に手加減してということなら分からないけれど、十二歳という年齢を考えればそこまで手ごわい相手じゃないはず。私には前世から引き継いだ秘策だってあるし。
「そういえばラビちゃんも出るのよね? ああ、出来ればシェイムスとは当たって欲しくないわ……どうしても応援できないもの」
「僕は両方応援しようかな……」
アストが小さくつぶやいた言葉が地味にうれしい。
軽く伯爵に小突かれていたけれど。
「ははは。まぁ僕はシェイムス君と当たってもラビを応援するけどね。最近はラビもかなり魔術に慣れてきたみたいでこの間だってアリアと実戦形式で負けを認めさせたくらいだからな」
「お嬢様ならよっぽどの相手でない限り問題はないと感じました。私も通常の警備兵レベルの特訓は受けていましたし……」
ずっとソファの側に立っていたアリアが唐突に口を開く。
視線を落としながら侍女が放った言葉に流石の伯爵たちも驚いているようだ。
アストは私の魔術を知っているのでリアクションはなかった。
「おいおい、王族の護衛すら任されることもある名門ヴェイン家の侍女すらその年齢で負かすって言うのか? お前の家系がそんな魔術の才能あるなんて聞いたことないぞ?」
「僕だってびっくりだよ。僕の両親は魔術に関しては使えるだけって言うレベルだったし、僕も得意ではない。リアナだってそんなに得意な方じゃないんだから……それに加えてはっきりした魔力性質が“氷”だって言うからね……」
伯爵はかなり驚いている。自分が魔術師であるから余計になんだろう。
親の薄い性質を濃く受け継ぐことがあるけれど、そんなパターンは本当に稀だ。
私の両親は濃いといえるほど性質が強いものがないし、本当ならそんな平らな性質を受け継ぐはずだったけれど、アストとは逆の意味で特殊だと言える。
私からすれば前世のことがあるので特殊でもなんでもない話だけど。
「ラビの魔術は本当に凄いんだよ。この間なんてアリアさんを丸呑みできそうな氷の蛇を作り出して……。下手したら兄上でも勝てないんじゃないかな?」
「こら、アスト。シェイムスに聞かれたらどうするんだ」
的確に事実に近いことをいうアストを伯爵は大声でたしなめる。
アストは反論を言おうと口を開くが、それよりも早く応接間の入り口から声がした。
「父上、ラビーナが私より強いならそれはそれでかまわないと思います。それに大会ならすんなり優勝できるのも面白くないものでしょう。壁があったほうが盛り上がるものですよ」
十二歳にしては格好付けすぎた台詞。
アストと同じ茶髪だが目の色は違う。赤というより茶色に近い瞳をしている。
私よりもずっと背が高く、外套を羽織った少年。
私も何度か会ったことがある。アストの兄、シェイムスさんがようやく戻ってきたみたいだ。
「こんにちは、ブリュンヒルデ公爵。夫人も元気そうでなによりです」
「やぁ、シェイムス君」
「こんにちは、シェイムス君。あなたも相変わらず元気そうね」
「ラビーナも、こんにちは」
「こんにちは。シェイムスさん」
礼儀正しい貴族のルールに則った挨拶を終えてからシェイムスは空いていたアストの隣に座った。
「全く、お前はプライドがないのか……。仮にも年下だぞ?」
「年下も何も関係ないでしょう。どちらの才が優れているかどうかの違いだけです。そこも努力の才で覆せるものですがね」
シェイムスさんは、非常に格好付けだ。
それも自分のことをかっこいいとか、優れているとか思っているからかっこつけているわけではなくて、立ち振る舞いや言動が自然にかっこつけているのだ。
顔が悪いとか、実力が伴っていないとか、そういうことはないけれどただとても残念。色々なところが。
「でも兄上よりも規模の大きい魔術を使ってるし、発動だって早いんだ。兄上でも厳しいと思う」
「ふむ。アストがそういうほどなのか。ラビーナとは何度か顔を合わせているけど魔術を使っているところを見たことがないからね。一度この目で見ておくべきか……」
うーん、と手を額に当てしばらく考え込んでいたシェイムスさんだったけど、すぐに私のほうを見て
「いや、やっぱりやめておこう。後一ヶ月で魔宴祭だ。それまで楽しみにしておくことにする」
「お前にはいつも歓心と同時にあきれさせられるよ……」
はぁ、とため息をつく伯爵に同情する。
私だってこの人の相手をするのは疲れると思う。
「そういうわけで、魔宴祭で当たったときはよろしく頼むよ、ラビーナ」
「は、はぁ」
はっきり言ってしまえば、私はこの人が苦手だったりするのだ。