10:家族談話
この日、いつも遅く帰ってくるお父様が珍しく夕食前に帰ってきた。
「あらエドワード、おかえりなさい。今日はやけに早かったのね」
「ただいま。いやー、最近は忙しかったんだがようやく落ち着いてね。ライラックやムスフェルから食事の誘いもあったんだが、ここのところまともに屋敷にいなかったからね。大人しく帰ってきたんだ」
仕事から帰ってきたところと言うのにお父様はツヤツヤとした顔でコートを脱いだ。
実のところ夜にお父様と会うのは久しぶりだ。お父様は私がアリアに寝かしつけられてから帰ってくるようだし、朝は会うけれど夜に会うのは本当に何ヶ月かぶりだ。
「おかえりなさい。お父様」
「ラビじゃないか! そうか、この時間ならまだ起きてるよなぁ。いやー、ゆっくり話す時間ができてよかったよ。最近構ってやれてなかったもんなぁ……寂しい思いをさせてすまない」
やけにうれしそうに私の頭をなでるお父様。
朝もドタバタと出かけていくので確かにまともに話すのは久しぶりだけど、やっぱりこの人も親バカだなぁ、と娘ながら思う。
「今日一日はどうしてたんだい? またアリアに魔術を教えてもらっていたのかい?」
「今日はシンシアの、レーヴァのお屋敷に行っていたんです。その後で魔術の訓練もしてましたけど……」
「ムスフェルのところかー。そうか、あいつ娘が良く遊んでもらってるって言ってたな。どんな子なんだい? シンシアちゃんというのは」
久しぶりのまともな親子の会話にお父様はうれしそうだ。
私も外に出たりするようになったから話は弾む。
「おっとりしてる。ふんわりしてて、いつもマイペースだけど面倒見はいいの。でも私年下なのに敬語まで使われてて……。せっかくだからもっと気軽に接して欲しいのだけど……」
「はは、それは仕方ないさ。レーヴァ家は最近徐々に名前を馳せて来ているからね。ムスフェルが名前を落とさないように慎重にやってるから娘にもそれが影響したんだろうなぁ。ま、僕と話すときはそんなこおとはないんだけど」
「お父様と男爵が身分を気にしていないのなら、私にもそうして欲しいのだけど……」
「ならこの話をしてみたらいいかもしれないな。ま、ムスフェルが娘に同じ話をしてるかもしれないけど」
レーヴァ男爵がどういう人が分からないけど、シンシアと同じような性格ならそれもありえるかもしれない。
どちらにしても、この話を次会うときにしてみよう。
「ま、ラビの場合は魔術も使えるっていう優位点があるからな。それを考慮しての接し方なのかもしれない。その年齢で魔術が使えるって言うのは凄いからな。単純に尊敬されているんじゃないのかい?」
尊敬、というよりは憧れはされているような気はしている。
ただそういった感情はあの時から持たれていた物だったからあまりいいものとは感じない。
助けた魔術師や魔導兵器に反対する人々からずっと受け続けた視線がそれだったから。
「あまりいいものとは思えないわ。尊敬されるのも」
「ははは、本当に贅沢な子だな。ラビは。まぁそのうち向こうの態度も変わると思う。子どもだから仕方ないんだよ」
子どもだから、確かにあの子たちは私の本来の年齢よりかなり下ではあるけれど……。
そういわれてもどう返せばいいのかわからず私は夕食の待つテーブルについた。
「ところでエドワード、アルトリア伯爵と会ったのよね?」
お父様がスープを啜っている時、急にお母様が声を上げた。
突然の質問だったのでお父様もびっくりしてむせてしまっていた。
「あ、ああ。ライラックとは部署が近いからね。二日に一回は顔を合わせるけど、どうかしたのかい?」
「あのね、ラビがアルトリアのお屋敷に行きたい、って言うから何回もお願いしてるんだけど……なんか立て込んでるみたいでなかなか機会がなくて、エドワードなら何か知ってるのかしらと思って」
ああー、と何か思い当たったように声を上げてお父様は水を一杯口にする。
「いやぁ、ラビも積極的に外に出るようになって僕も安心だなぁ……と、それは置いといて、ライラックも色々と思うところがあるみたいだよ、アストラル君についてね?」
どこか楽しそうに笑っているお父様。
私としては全く愉快ではない。
「いや、ほら、あのライラックが僕に相談するなんて……と思ってただけで親子喧嘩を楽しんでいるわけじゃないから、そんなに睨まないでおくれよ、ラビ……」
「別に睨んでいるわけじゃないわ。それよりも、親子喧嘩? アストと伯爵は親子喧嘩をしてるの?」
どうせそんなに目つきは良くないです。
まぁそんなことは置いといて親子喧嘩、なんてお父様はうっかり言ってしまったけれど一体どんなところで喧嘩をしているんだろうか。
私はずっと気になっていたアストと伯爵との仲についてこんなところから話が聞けたことで少し身を乗り出していた。
「ラビが人の話に興味を持つなんて珍しいな……珍しいから話してあげよう、うん。実はね、アストラル君がライラックに純騎士になりたい、って言ったらしいんだ」
「……魔術師の家なのに、純騎士に……?」
純騎士、国に仕える騎士の総称だ。
魔術を主とする魔術兵団とは違い、本当に昔からの騎士のように剣や槍で戦い、魔術を補助的にしか使わない者を指す。
「でも、魔術の家系なら純騎士じゃなくて魔術兵団に行くべきなんじゃ……?」
「そうそう、ライラックもそう思っていたらしいんだよ、リアナ。ところがアストラル君は純騎士がいいんだってさ。それでライラックも簡単に認めるわけにもいかずに大喧嘩ってわけさ。ライラックもまだ六歳の子供の言うことなんだから聞くだけでも聞いてあげればいいのに、あいつ頑固だからなあ。そんなこんなで屋敷内の空気も悪い状態が続いてて、そんな中友人の子どもを招いたりはできないんだってさ」
頑固、果たしてこの親子の関係にあるのはそういう意地とかだけなんだろうか?
アストは前に会ったときに伯爵がアストのことが好きじゃないと感じていたと言っていた。
そして伯爵もアストにはほとんど話しかけなかった。
この親子喧嘩はアストが言い出したことを伯爵が聞かなかったから、なんて単純な理由で起きたものじゃない、きっと、もっと深いところの何か……。
ああ、余計に気になって来た。
「私、やっぱりアルトリアのお屋敷に行きたいです。アストのことが気になるし……」
「そうね……子どものことは子どもが一番分かるだろうし、エドワードからアルトリア伯爵に頼んでもらえないかしら……?」
娘と妻に懇願されてお父様はうーん、と考えていたけどすぐに「分かった」と言ってくれた。
「アストラル君はやけにラビに心を開いてるって聞くし、ライラックにも子どものことは子どもに任せてはどうか、って提案してみる。メルさんも結構困ってるみたいだしね」
「お父様、ありがとうございます!」
友人であるお父様から話をすれば伯爵ももしかしたら考えを変えるかもしれない。
素直にした私のお礼にお父様はなぜか面食らっていた。
なにかおかしいことでもいったんだろうか……。
「ラビが……ラビからありがとうって言われた……」
「エドワード、そんなことでうれし泣きはやめてね……」
失礼な、私だってお礼はちゃんとする。
いきなり泣きそうになったお父様を視界の隅に収めながら、私は食事を終えた。
アスト、大丈夫なんだろうか。