9:お友達事情
私が魔術の特訓を始めてからおよそ半年が経った。
今までは書斎にこもるばかりだったけど、今はアリアについてもらったりして外に出ることも多くなった。
それ以外にも、送迎してもらえて、向かう先がはっきり決まっていればアリアについてもらわなくてもいいとまで言われた。
そういうこともあり、書斎の歴史本もほとんど読んでしまったこともあってよく外に行く。なんと友達まで出来た。
今だって家の中じゃなく、友達の家だったりする。
最近ではようやくご近所付き合い(?)もするようになって、その際に出来た友達、貴族のお嬢様たち二人とお茶会をしているところだ。
お茶会、なんて名前をつけてやっているのだけど、中身は六~九歳の子どもがわいわいお菓子を食べたりくだらない話をしているだけなのでそう大したことじゃなかったりもする。
この年頃の女の子って言うのは特定のグループでそういうことをする生き物で、ご近所の貴族令嬢が集まってひとつのグループが形成されていた。
と、まぁそんなことに興味があるわけでもないのだけど、外に出るついでにちょうどいいので私も最近は参加するようになった。
「やっぱり公爵っていうと凄いんでしょう? 王子様から縁談が来るとか、専属の騎士がいるとか、お父様からそういう風に聞きますもの……」
と、素敵な妄想を繰り広げているのはレーヴァ男爵家の次女シンシア。
私より年上なのだけどやけにゴマを擦って来る。下級貴族の生き方の体現みたいだ。
ちなみに王子から縁談が来る、と言うのは上級貴族であればよくある話のようだけどまだまだ幼い私に縁談は来ないし、専属の騎士なんているはずもない。しいて言うならうちの侍女は騎士レベルの人ですが。
「他にも毎日パーティのような食事だったり、ドレスも何百着もあると聞きますわ……ああ、わたくしも一度でいいからそんな生活を送ってみたいものですわ……」
お嬢様の妄言が続く。
ですわ口調の女の子がドール伯爵家のご令嬢エリアス。
この人も私より年上だ。九歳だったはずだから三つ上なのにこの扱い。
やっぱり貴族の子どもも貴族だ。貴族としての振る舞いがしっかり教え込まれていてため息が出る。
これ、大人になったらもっと面倒なのかなぁ、と思うとげんなりしてきた。
今はそれ以外の面でこの二人に思うところはないけれど、そんなに気を使わなくてもいいのに。
「公爵家といってもそんな、想像されているようなことはないんです。騎士なんていませんし、縁談もないですし、料理だってそんな毎日パーティみたいなことは……」
ましてやドレスなんて十着もない。ねだれば買ってもらえそうなものだけど、そもそも夜会に行くわけでもないし対して困りはしていなかった。
十歳を超えると夜会に出る必要も出てくるそうなのでそれに合わせてお父様とお母様は買うつもりはしているのだけれど。
「まぁ、謙遜なさって。上級貴族であるというのに鼻にかけない物言い、ラビーナは流石ですわね! どこかのヴァレリア家の男とは大違い……」
「トレント様は本当に迷惑……ああ。こんなこといっているのが聞こえていたらお母様たちが文句を言われますね。ついつい……」
トレント・ヴァレリア。半年ほど前にアストをいじめていた嫌な男の子だ。
まさに悪い上級貴族の鑑のような高圧的な態度を取る彼は下級貴族の間ではかなり嫌われているらしい。
そもそもヴァレリア家というのも貴族主義の塊みたいな家柄でエルフェデットの貴族間でもかなり嫌われている、とお父様が言っていた。
侯爵家であるヴァレリア家より位の高い家は我が家系、ブリュンヒルデ家を含めて三つしかないので少し調子に乗っているのだとか。
「今の話を聞かれていてもラビーナがいる限りは安心ですわ。あいつ、ラビーナがいると寄ってこないんですもの」
そしてトレント本人から私はかなり怖がられているようだ。
散々馬鹿にされた挙句に暴力を振るおうとすれば魔術で無効化される。
さらには自分より上の地位の家柄ときたらまさに天敵なのかもしれない。
たまに遠くから例の取り巻き二人を連れて様子を見に来ることはあっても話しかけに来る様なことはなかった。
今だって、あの敷居の陰からこっちを見てるし。何が目的なのか。
「そういえば、ラビーナは魔術を習っているんでしょう? まだ六歳なのに凄いのねぇ」
「わたくしなんてまだ使えませんのよ……。今度教えてもらえないかしら」
二人も視線に気づいたようで慌てて話を変える。
そんなに慌てたって、向こうで歯を食いしばっているから聞こえてると思うけれど。
「ええ。うちの侍女がとても優秀でね。今日も教えてもらうことになっているの」
「あら、そうなんですの……あまり長くはいられませんのね」
私は一番年下ということもあっていつも早く帰る。
どうやら二人はいつもそれが残念なようで少ししょんぼりしてしまった。
そう思ってもらえるのは少しうれしい。
「そうね……今日ももうちょっとしたらアリアが迎えに来ますから。あ、そうだ! 良かったら今度うちに招待させていただくって言うのはどうかな……? それならお母様も少しは遅くまで遊んでいても構わないって言うと思うし……」
我ながら名案。というか今までなんで思いつかなかったんだろうか。
「まぁ! あのブリュンヒルデ家に! ぜひとも行ってみたいですわ!」
「私もよろしいのでしたらぜひ! 公爵家に招待されるなんて、お父様やお母様にも自慢できるわ!」
両手を組んで胸元に持っていき、目をキラキラと輝かせる二人。
数少ない友達だし、何より私が家に友達を呼ぶなんて行ったらお母様も喜ぶと思うし。
帰ったら早速話してみなきゃ。
と、話をしていたら向こうから歩いてくるアリアの姿が見えた。
「今日はここまで見たいです。二人ともありがとうございました。また遊びましょう」
「ああ、もうお迎えが……またいらしてね、ラビーナ」
「また会いましょう、ラビーナ!」
ただ家に帰るだけというのにそんな言葉で見送られて、私はアリアのほうへと歩み寄って行った。
「ラビ様、お疲れ様です。いつのまにかあんなに親しい仲になられていたのですね」
最近は遊びに出ているとき以外アリアと話していることが一番多い。
前まではお母様も良くついてくれていたのだけど魔術の特訓を始めてからアリアと接する機会が多くなった。
私もアリアは姉のように思えてとても頼りにしている。
「ええ。私、友達がいなかったでしょう? だからあんなに気さくにしてくれる人たちと一緒にいるのが楽しくて……気がついたら、ね。二人は私が公爵の娘だからって少し遠慮気味だけど」
「なるほど。ですがブリュンヒルデ家は昔から国の内政に携わってきた名門ですから、そういう態度になるのは仕方ないかと。それとご友人がいなかった、というとアストラル様は入らないのでしょうか?」
「だって、アストと会えないんだもの」
友達がいなかった、という点に話を向けたアリアに対してつい本音が出てしまう。
私はあれから一度もアルトリアの屋敷に行ったことがない。
アストとも会えないままだった。
お母様からは何度か手紙を出してくれているようなのだけど何があったのか、今は立て込んでいてという返事が来るそうだ。
いじめられていたこともあるし、アストのことは気になるのだけど遊びに行けないのでは仕方ない。早くアルトリアの屋敷に行く、という約束を果たしたいし、いじめられていたことや、伯爵の仲もあったから気になっているのだけど。
「本当に、何かあったのかしら?」
エリアスやシンシアから話を聞いてみたりしたけどアルトリア家に何かあったという話はない。
うちに話が入ってこない時点で希望はあまりなかったのだけど。
「ラビ様、何かあったのならすぐに連絡が入ってきますし、あの家は魔術師の家系ということもあって色々とあるのでしょう。アストラル様も用事はあると思いますし、気長に待ちましょう」
「……そうね。約束したもの。いつかは遊びに行けるわ」
やっぱり、考えられるのは伯爵との仲で何かあったんだろうか。
手を振ってくれているシンシアたちに手を振りかえしながら、私はアリアと共に馬車に乗り込んだ。