0:願いは
三ヶ月ほど前から構想を練っていたものです。
本文は書き足しながらの投稿になるのであまり早い更新は出来ませんが、お楽しみいただけば幸いです。
あたりには一面氷像が立ち並んでいる。
ただし、どれも人型。それも当然だと思う。生身の人間を凍結させて出来上がったものなんだから。
私は今まさに死にかけている。理由は簡単。兵力五千もの追っ手と交戦し、なんとか全てを撃退したものの数の暴力には勝てなかったためだ。
エルデリスという世界はまさに戦争の真っ最中で、どの国も何とか他の国への抑止力となる戦力はないか、決定打となる攻撃方法はないか、と模索しているところだった。
そんな中で私は産まれた。お父様もお母様も優しく、そして高貴な魔術師だった。
決して平和な世の中ではなかったけれど由緒正しき魔術師の家系だったためにそれほど生活には不自由しなかったし、比較的幸せにすごしていたと思う。
でもそんな生活は長続きしなかった。
ある日、突然私の住む国は開発してしまったんだ。悪魔の兵器を。
魔導兵器と名づけられたそれは名前の通り魔力によって動く兵器で、複雑に張り巡らされた回路に魔力を通すことで活動する。
その威力は絶大で、生身じゃないから様々な素材によって造られ、魔術への耐性も高く、また魔力を凝縮して打ち出すという攻撃方法は異様と呼べるほどの威力を誇った。
誰もがこれで戦争に勝った、そう思っていた。
理論を組み立てた学者はこの魔導兵器には大きな問題がひとつだけある、そう発表した。
それは、魔導兵器の起動に必要な魔力量。
学者が発表した魔導兵器の型は自律人形型、戦艦型の二つがあったけど、そのどちらも自然からかき集めるのでは到底足りない量の魔力量が必要だという。
そこで国が打ち出したのが魔術師から魔力を吸い上げることで魔導兵器を動かすという方法だ。
当初、多くの魔術師がこれに賛成し、協力を申し出た。
しかしこれもすぐに問題が発生する。
魔力を吸い上げる量が多すぎるため、死んでしまう魔術師が居たことだ。
その肉体的苦痛を伴う魔力の吸い上げに、すぐに魔術師たちは反対を申し出た。これには協力できないと。
けれどそれが聞き入れられることはなかった。
国は反対する魔術師たちを強制的に拉致し、魔導兵器の実験を強行した。
それは私の家系も含まれていて、突然やってきた騎士たちに私たちは連行された。
まだ幼かった私は成熟するまで、と幽閉されていたのだけどお父様とお母様は違った。
二人ともが実験のために毎日限界まで魔力を吸い上げられ、回復するまで待ちまた魔力を吸い上げるという拷問のような日々を送っていたと後になって聞いた。
二人が死んだと告げられたのは私が閉じ込められて五年、14歳になったとき。
そのときの学者の言葉といえばまるで人間とは思えないもので、死ぬ間際になった今でも思い出せる。
「あの魔術師には親が協力している間は娘に手は出さないと言ったんだ。もちろんちゃんとした年齢になったら君も実験に協力してもらうつもりだったけどね」
それを聞いた瞬間、私の中の何かが爆発した。
血も涙もない、この人の皮を被ったのせいで両親が死んだと思ったとき、なんとも許せなくて、ずっと使っていなかった魔力が暴発した。
気がつけば、あたり一面は凍りついていた。
看守も、悪魔のような学者も、壁や牢屋の檻ですらも凍り付いてしまっていた。
それから私は脱獄した。
この悪魔のような実験を続ける国に、魔術師として復讐を遂げるために。
追ってくる兵士はみんな殺した。
助けられる魔術師は助けた。
そして国に対して反乱を起こすべく魔術師を集め、計画する。
やがて私は国から心すら凍りついた「氷結の悪魔」と呼ばれるようになったけれどそんなことはなんとも思わなかった。
本当の悪魔はあんな実験を続ける国なんだから。
私が脱獄してさらに五年が立って、魔導兵器の開発は順調に進み、いよいよ最終段階に入るという情報がはいった。
なんとしても止めなければならない。
その一心で私は実験の中心施設になっていた王城へと攻め込んだ。
現れる兵士たちを倒し、悪魔のような国王も殺した。
地下にあった実験施設は破壊し、魔力を吸い上げられていた魔術師は解放した。
これで私の計画は成功したんだ。そう安心した。
同時に、復讐を遂げた虚無感に襲われた。
やっと成し遂げた魔術師を救うという使命と、両親の仇討ちを果たしたって言うのにだ。
私に味方した魔術師はみんな英雄だとたたえたけど、国は私を重罪人として手配していた。
結局、私は魔術師を救うために人を殺しすぎたんだって言うことに気づくのはこのとき。
これじゃぁ、手段はともかく結果はあの悪魔たちと同じなんだって。
やがて、私が二十歳になったとき、新国王が私を倒すための討伐隊を組織し、仕向ける。
その討伐隊との交戦の末、私はこうして倒れているのだ。
もう命は五分ともたないだろうって言うことはなんとなく分かっていた。
体にはたくさんの刺し傷があり、矢も数本刺さっている。
痛みすら感じない体はどくどくと血を吐き出すだけの物体へと成り果てかけている。
特にこれといってやり残した事はないと思う。
私が殺してしまった人への償いは出来ていなかったけど、彼らも私たちにしたことへの償いはしていないんだからあいこだろう。
ただ、願うのはこの後の世界で苦しい思いをする人がいなくなってほしい。
そんな淡い希望を胸に、私は息絶えた。