奴隷になりました 05
「ちくしょう」
ベッドの中で良哉は何度も「ちくしょう」と繰り返していた。屈辱だった。第八階梯の悪魔であり、魔界の南東部の支配者であったデスペラー家の跡継ぎたるこの自分が、天使の卵……しかも、あんなガキの奴隷にされるとは……。
「ちくしょおおおおお!!! あのハリポタもどきのくそガキいいいいいいいいい」
雄叫びを上げる。
すると、コンコンとノックが聞こえて、マリアが入って来た。そして、フリップを差し出した。そこにはこう書かれていた。
『大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃねえよ。あの、ハリポタもどきの天使の卵のせいで、ムカついて悔しくて眠れやしねえ!」
すると、マリアはさらさらとフリップに文字を書き、良哉に見せた。
『誤解なさらないでください。キリエ様はとても立派な方です。あの方がこの町に来て以来、この町の犯罪は本当に少なくなりました。なにより、私はあの人のおかげで救われました』
「てか、筆談って……あんた、口がきけないの?」
『いいえ。口はきけますが、事情ががあって沈黙の誓いをたてているのです』
「沈黙の誓い? ああ、なるほどね。で、何の用だよ? こんな夜中に」
『良哉さんが眠れないみたいなので、お慰めしようと思って』
「お慰め?」
その言葉に、良哉はドキッとした。こんな夜中に、女が男を慰めるって……どういう意味だ?
マリアは顔を赤らめながら良哉のベッドに近づくと、掛け布団をそっとまくり上げた。
「え? えええ???」
良哉の隣に何かが入って来る気配がする。
「って、あんた、な……何考えて……」
思わずパニックになる良哉。教会にあるまじき行為を働こうというのか?
『これで、寂しくありませんわ』
マリアがフリップを差し出す。しかし、それは良哉の頭上からだった。マリアはベッドの脇に立っている。
「え? てことは、今俺の横に入って来たのは?」
『イエス様の抱き枕です』
言われてみると、確かにそこにはイエスの顔があった。
「うぎゃーーーー。っていうか、あんた、なんでこんなもん持ってるんだ?」
『聞かないで!』
「って、顔赤らめて出て行くなあああああ」
それから、良哉はイエスの抱き枕を布団から出して放り投げようとした。しかし、どういうわけか、布団から取り出せない。すると、マリアがひょいと顔を出して言った。
『あ、言い忘れましたけど、その抱き枕、呪われているので一度布団にいれたら朝まで出すことができませんから』
「なんじゃそらーー。ちくしょう。もう、やってられるか! あのガキから俺の第二スピリットを取り返して、とっとと逃げてやる」
そう決意すると、良哉はそっと部屋を抜け出した。教会の薄暗い廊下を歩きながら、部屋のひとつひとつを丹念に調べて、やがて、キリエの部屋にたどり着く。小さな棚と、机と、ベッドだけの簡素な部屋だ。ベッドの上ではキリエがすやすやと寝息を立てている。
良哉はキリエを起こさないよう、静かに棚を探した。しかし、黒い鍵は見当たらず、かわりに奇妙なモノを見つけた。それは、卵だ。しかも、青白く光る美しい卵。その左右には羽がついている。
「契約の卵か」
『天使の卵』達は、天使の力を貰った証としての『契約の卵』を持っていると言う。おそらく、これがそうなんだろう。
「はらいせに、これを壊してやるか」
良哉はそう考えて、卵を手に取ろうとした。しかし、何かに阻まれるように手をふれることができない。どうやら、誰にでも触れられるモノではないようだ。良哉はあきらめると、キリエのベッドに向かった。もしかしたら、キリエが、あの黒い鍵を身につけたまま寝ているかもしれないと思ったからだ。
良哉はキリエに近づくと、そっと掛け布団をまくり上げてその懐に手を入れた。そして、その中をまさぐる。
と……
「貴様……」
気がつくと目の前に青白い炎を背負ったキリエが立っていた。
「どういうつもりだ? こんな深夜に忍んで来て、痴漢行為とは……」
「ち……ちが……」
「それでも、第八階梯の悪魔か! 誇り高き魔界の貴族か!」
「そ……それは、お前の変身が完璧だったから」
「変身だと?」
「そうだよ。お前、男のガキに化けてたんだろ? 体格まで」
「体格まで?」
「だって、そうじゃないか。全然膨らんでなかっていうか、なんていうか」
「の……呪われるがよーーーーーい!」
キリエの叫びとともに、青白い炎が良哉に襲いかかった。
良哉の全身を稲妻が駆け巡る、頭の中に滅びのラッパが鳴り響く、手足が硬直して全身岩になる、何度もケツバットを喰らわされるような打撃が走る。
そして、良哉はそのまま気絶してしまった。