奴隷になりました 03
「ど……どうなってんだ?」
小さくなった体を見つめてカイルがぼう然とつぶやく。姿が変わった途端、声も話し方も変わってしまっている。
キリエは言った。
「人間に戻ったんだよ」
「バカにするな。俺は人間なんかじゃない」
「バカになんかしていない。悪魔などと自称してるが、お前は人間なんだろ?」
「違う」
「いいや。お前は人間だ。正確にいうと、あの、100年前の大災害以降現れた新しい人類。ダブルソウル……二つの魂をもつ者……と呼ばれる能力者だ」
「ダブルソウルぐらい知っているが、俺はそんな下等な者ではない。俺は悪魔だ」
「じゃあ、その姿はなんだ?」
「こ……これは、以前人間だったころの名残だ」
「以前人間だったというなら、やっぱり人間なんじゃないか」
「人間じゃない。『人間だった』んだ。産まれた時は人間だったらしいけど、14才の時に悪魔だった前世に覚醒して元の姿に戻ったんだ。俺は人間なんかじゃ絶対にない! なんで、こんな姿になってしまったんだ?」
「それは、お前の力の源である第二スピリットを抜き取ったからだ」
「第二スピリットを?」
「そうだ。お前も知っているだろうが、新しい人類……『ダブルソウル』は二つの魂を持っている。というよりは、二つ目の魂に目覚めた者と言った方が正確だろう。その、二つ目の魂は、ハイヤーセルフ……つまり神と密接につながっていて、その人間の過去生の記憶や能力を受け継いでいる。お前がそんな力を使えたのは、そのスピリットが目覚めたおかげだ」
「くどいな。俺は正真正銘の悪魔だ」
「過去生で悪魔だった頃もあるんだろうが、今は人間だ」
「違う! 人間なんかじゃない」
「観念しろよ。現に私はお前の第二スピリットの一部を手にしている」
「一部だと?」
「ああ。あまりにも大きくて全部は取れそうになかったから、取れる分だけ取ってやった。そして、これが、お前の第二スピリットの一部だ」
そう言って、キリエは手にした何かを見せびらかした。それは黒い鍵だった。
「ただの黒い鍵じゃないか」
「第二スピリットは、体から取り出されると、その者の運命を象徴する物に形を変えて現れるんだ。お前の運命を象徴するのが黒い鍵だってことだよ」
「俺の運命を象徴するのが黒い鍵?」
「ああ。そして、これが私の手にある限り、お前は完全な悪魔にはなれない」
「完全な悪魔になれないだと?」
「そうだ。これよりお前の力は私の監視下に置かれる事になる」
「返せよ」
「駄目だな。洒落たデザインだし、ペンダントトップにでもさせてもらおうか」
「ふざけんな!」
カイルは、鍵を取り返そうとキリエに襲いかかった。
すると、
「マリア、縄を渡せ」
キリエは背後のロイヤルブルーの髪の聖女に声をかけた。マリアと呼ばれた聖女はうなずいて縄を差し出した。それを受け取ると、キリエはカイルをぐるぐる巻きにして聖堂の床に転がす。
その一部始終を日下部はぼんやりと眺めていた。腰が抜けたのか動けないでいる。キリエは男に近づくと言った。
「日下部さん、ですね。あなたの事は、よく存じ上げている。あなたが、今まで何をして来たかもだ」
「あ……ああああ」
日下部は顔を引きつらせた。
「しかし、どのような人間であっても神は決して見放されはしない。あなたと、あの悪魔がかわした契約も無効にしてさし上げよう。契約書はあるか?」
「あ……あいつが……あの悪魔が持っている」
「そうか」
キリエは頷くとカイルの懐に強引に手を入れて一枚の紙を取り出した。
そこにはこう書かれていた。
『俺の名は絶望 ルル……ルルル
孤独の一匹狼さ ルル……ルルル
呼び止めると危険なダイナマイトボンバー
破裂しちまうぜ ルルラルルル』
「なんじゃこりゃ?」
キリエが眉根を寄せた。
「あ。勝手に読むなよ」
カイルが赤くなる。
「それは大事な契約書だぞ。勝手に読むな」
「これが契約書? ポエムじゃないのか? どこにも契約内容が書いてないじゃないか」
「下の方にちょっと書いてあるだろう? 『この契約書にサインした者の願いは、その者の魂の器に応じて3つだけ叶える。ただし、その代償に魂をいただく』って」
「ああ。最後に書いてあるな、小さく、何の脈絡も無く。確かに、サインもしてあるし」
「その数行さえあれば、他には何を書いてもいいんだ」
「他の文面はどうでもいいってことか。よくそれで契約する奴がいるな」
「どうせ、人間に高貴な悪魔の言葉なんて分からないし」
「あきれたな。とりあえず、破るぞ」
「ばーか。悪魔の力の込められたものは、どんな聖人にも破棄する事はできないんだよ!」
「私は、聖人より偉い『天使の卵』だ」
そういうと、キリエはあっさりと契約書を破り捨てた。
「うわ! お前! なんてことすんだよ!」
怒り狂うカイルをスルーしてキリエは日下部に言った。
「さあ。これで、あなたと悪魔との契約は反古にされた」
「あ……ありがとうございます」
「ただし。これで、あなたは何の助けも受けられなくなった。今まで天の意志に逆らって、不当に運命をねじ曲げたツケは、きっと払わされるだろう」
その言葉に、日下部はがっくりとうなだれた。