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奴隷になりました 02

『サンクチュアリ』

 それは、100年前、世界地図を変えてしまったほどの、あの大災害の時に何のキズも受けなかった数少ないスポットである。大体において、半径1キロにも満たない小さなエリアだが、その中だけは炎も降り注がず、津波も避けて通り、地震の揺れさえも感知しなかったという。それで、『神に守られた領域』という意味を込めて、人々は「聖域……サンクチュアリ」と呼んていた。

 サンクチュアリ近郊の町に住む者は幸せだという。なぜなら、サンクチュアリには『天使の卵』が住んでいるからだ。

 天使の卵とは、地上で生をうけながら、天使と同等の力を使うことのできる人間……この世界にはびこる悪魔達から人々を守るために、天上界より選別された人間である。その数は少なく、全世界にも数十名しかいないとされる。天使の力を持つ彼らは、悪魔に対して圧倒的な強さをもっているという。

 その、稀少な存在である天使の卵が、この白羽市のサンクチュアリに住んでいた。その天使の卵は、崖の上の小さな教会に、12人の孤児達とともに住んでいるはずだった。天使の卵であれば、あの悪魔を祓ってくれるはずだ。日下部は、そう目論んで、崖の上のサンクチュアリを目指した。

 教会にたどりつくと、日下部は、扉を開けて聖堂に足を踏み入れた。しかし、既に夜更けだからだろうか? 聖堂に人影はなくしんと静まり返っている。仕方なく祭壇の前の椅子に腰掛け朝まで待つ事にする。いくら、アイツでもここまでは追いかけてこないだろう……と。

 ところが、その思いはあえなく裏切られた。

「お前は私から逃げられない」

 聞き覚えのある声がする。

 まさかと思って顔を上げると、悪魔がキリストの頭を踏みにじるようにして十字架の上に立っていた。

「お前は私には逆らえない」

「ふざけろ!」

 日下部は懐から銃を出そうとした。しかし、体が動かない。いや、動いた。しかし、その手は日下部の意志に逆い、勝手に銃口を自分の頭に向け、引き金に手をあてた。

「分かったか? お前の体は既に私の傀儡となっている。三つの願いを叶えた瞬間からな」

「あ……ああ」

 日下部は絶望的な声を上げた。万事休すだ。こんなモノに頼った自分が悪かったのか。観念しきった日下部の目の前にカイルが降りて来る。

「さあ。約束通り魂をいただくぞ」

 もはや無抵抗になった日下部の首にカイルは爪を当てた。そして、その心臓のあたりに手を置き、ゆっくりとめり込ませていく。

「あ、……ああああ」

 日下部が震えている。その、苦しげな顔を見てカイルは目を細めた。

「どうだ? 魂をとられる気分は?」

 すると、日下部のかわりに答えた者があった。

「それは、ぜひ貴様にも味わってもらいたい気分だろうな」

「誰だ?」

 カイルは振り向いた。

 そこにいたのはストライプの寝間着を来た、眼鏡をかけた少年だった。寝間着の上に防寒用だろうか? 神父用の黒い衣装をひっかけている。まだ、14、5才ぐらいの子供のようだが、金色の鋭いまなざしと、輝くような銀色の髪が印象的な美しい容貌をしている。そして、その後ろには、ロイヤルブルーの髪をした女がいた。前髪で顔の右半分をを隠し、潤んだような左目に、困惑したような表情を浮かべた……どうやら、シスターのようだ。

 少年は、カイルに向かって命令するように言った。

「彼を離してやれ。そんな者でも、神は見守っておられる」

「なんだ? お前は」

「キリエ」

「キリエ? この教会に住んでる子供か? 子供は寝る時間だぞ」

「私は子供ではない。見かけで判断すると後悔するぞ」

「なんだと?」

「私は、この教会の主。『天使の卵』だ」

「……」

 少年の言葉にカイルはぼう然とする。白羽市のサンクチュアリに天使の卵が住んでいる事ぐらいはカイルも知っていたが、まさかこんな子供だとは。

「く……くははははは」

 思わすカイルは笑った。すると、少年は冷ややかに言った。

「何が『くはははは』だ。そんな笑い方する奴が、今時いるか」

 妙な突っ込みをする少年だ。

「やかましい。貴様のようなガキが天使の卵だと知ったから笑わずにいられなかっただけだ」

「勝手に笑っていろ。それより、その男を離してやれ」

「こいつに雇われたのか?」

「いいや」

「だったら、構うな。これは、私とこの者の間でかわした契約の問題だ」

「悪いが、知らん顔はできんな」

「気まぐれで、この男を助けようというのか? こいつはお前の善行に感謝などせぬぞ。はっきり言って、生きる価値もない命だ」

「生きる価値のない者など、この世にはいない」

「貴様ら天使達のぬかす奇麗ごとは聞き飽きた。どうしてもと助けたければ、命がけで奪いに来い」

「いいだろう」

 キリエは頷くと、ふわりと手を上げた。そして言った。

「ホーリーウィング」

 その途端、無数の羽が頭上から舞い降りて来た。

「なに?」

 カイルは驚いて頭上を見上げた。そこにはステンドグラスに描かれた受胎告知の絵が見えるた。そして……聖母に受胎を告げる天使の羽が渦を巻いて舞い降りて来た。それは、同時に不思議な芳香をまき散らしている。

 その優しさ、心地よさにカイルは頭が痺れてくるような感覚をおぼえた。

「なんだ? これは……」

 カイルは必死で正気を保とうとした。

 やがて、羽はカイルを中心に渦を巻きはじめた。渦の向こうにキリエの姿が見える。

「くそ!」

 カイルは剣を振って羽をどけようとした。しかし、斬っても斬っても羽は降り続ける。

 渦の向こうからキリエが言った。

「無駄だ。お前は、宿命的に私に勝てない」

「なんだと?」

 カイルは聞き返した。

 そのカイルの眼をキリエが見つめる。


 ……なんだ? あの目は。


 カイルは不思議に思った。


 ……どこかで見た事がある……


 その時、一枚の羽がカイルの胸を刺し貫いた。

 そして、それは心臓をも貫いていく。


 ドクン……!


 心臓が激しく打った。

 その途端、カイルは体の中から力が抜けていくのを感じた。同時に、その、抜けた部分を補うように不可思議な感情が溢れ出すのを感じた。

「よせ」

 カイルは叫んだ。

「あいつを呼び戻すのはよせ!」

「呼び戻してるんじゃない」

 キリエがこちらに手をかざしながら答える。

「本当のお前に戻しているだけだ」

 そう言っている間にも、カイルの体からはどんどん力が抜けていく。そして、風船がしぼむように、カイルの体は小さくなっていった。そして最後には、どこにでもいる普通の高校生の姿となった。その姿を見おろしてキリエがいった。

「やっぱり、人間だったか」

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