<七>
今回で街はおしまいになりそうです。
一通り自己紹介が終わったところで、アルフォードが改めて話を始めた。
「『風追い人』の名前は聞いている。早速依頼の話に入りたいのだが良いだろうか。」
パーティの仲間をちらっと見やって、それからカイトはうなずいた。
「先ほども聞いていたかも知れないが、内容は逃亡者の捕縛の補助と護衛だ。」
アルフォードが言うと、
「野伏が要るんだったよな?」
と、カイトがケイトを指しながら確認する。
「ああ、場所はミズネルンの森からミズネ山脈の麓付近、その辺りに潜伏しているはずだ。」
それを聞いたケイトが、
「あの辺りなら行ったことがあるわ。まかせて。」
と答えた。カイトもうなずきながらそれを肯定した。
そこでアルフォードは次の細かな条件について説明しようとした。
「拘束時間は1,2週間。日数毎に一人100リン…、」
しかし、その言葉をカイトが遮った。
「細かい話は良いよ。それより捕縛依頼に護衛依頼が重なる、ってのはどういうことだ?」
どうやら、先ほどギドに怒鳴られた内容をきちんと覚えていたらしい。
ふざけているように見えても、名の通ったパーティのリーダーとしての資質は備えているようだ。
そのことを心に留めながらアルフォードは、どの程度この依頼の裏を把握しているのか、確認を始めた。
「どうとは?」
「とぼけなくても良い。捕縛依頼は、追跡する時に人手が足りないからだよな。」
「確かに。」
「で、追跡者には対象よりも腕利きが選ばれる。少なくとも同等だ。」
「そうだな。」
ここでカイトは、あくまで簡単な受け答えしかしないアルフォードに、先ほどの予測をぶつけてみた。そろそろ回りくどいやりとりに飽きてきたからである。
「で、あんたは『蒼風』のアルフォードだろ?」
「人が勝手に呼んでいるだけだが、な」
パーティメンバー達は、やはり予測していたようで、納得した表情を浮かべた。
『蒼風のアルフォード』と言えば、この大陸でも名の通ったエルフの野伏として知られている存在だ。そのような大物が出てくる依頼ならば、それはかなりの難易度が予想される。けっしてただの捕縛依頼、護衛依頼であるはずがなかった。
「謙遜が過ぎるのは嫌みだぜ。で、その連れに護衛が要る、ってのがよくわからない。」
彼が二つ名持ちの野伏であれば、それこそ護衛の必要など無い。大抵の相手なら自分の手で無力化できるはずだからだ。
「なるほど。他には?」
「相手がとんでもなく危険な相手だ、と言うならその嬢ちゃんは連れてこない方がいい。」
これに、フィリアが少し不満そうな顔をするが、とりあえず沈黙を守った。
「危険じゃないなら、護衛は要らない。だから、わからないんだよ。」
「君はどう考える?」
問われてカイトは、
「俺はあんまり考えるのは得手じゃないからな。続きはシャリー、頼む。」
と頭をかきながら言った。
話を振られたシャリーは、少し論点を整理するために考えた後、口を開いた。(余談ではあるが「風追い人」では、このようにカイトとシャリーがコンビで交渉を進めるのがパターンである。残りの3人は交渉事は2人に任せてしまっている。)
「そうですね。まず、捕縛のためにアルフォードさんが依頼してきた、ということは相手もかなりの腕利きなのだ、ということが推測されます。だから、逆襲を警戒しているという可能性が一つ。」
これに対してアルフォード達は沈黙したまま、続きを促した。
「ですが、カイトの言ったとおり、これではおかしな話です。だから、護衛が必要な理由は別にあるのでしょう。例えば、フィリアさんが我侭でついてきたとか…。」
フィリアを見て、シャリーは微笑みながら言った。はじかれたようにフィリアは、
「違う、私は…」
と声を上げたが、アルフォードに目で制止された。シャリーが言葉を続けたからだ。
「でも、これでもおかしい。『蒼風』とあろうものが、何の意味もなしに我侭を許すはずもない。」
ここで改めてアルフォードが問うた。
「で、なぜだと思う?」
「何か別の危険がある、というのが一番の可能性でしょう。捕縛のためにはフィリアさんが必要、それで、その危険からフィリアさんの安全を確保したい、というところでしょうか。」
ここでもう一人のビロウズが口を挟んできた。
「ところで、なぜフィリアの護衛だと?」
「護衛の要りそうな方はフィリアさんだけですから。だって、貴方は『銀月』のビロウズさんですよね。」
ビロウズは微笑みながら
「そのとおりですよ、よくわかりましたね。」
と返した。
「銀月」もこの大陸では名の通った存在だ。「蒼風」は野伏としてだが、「銀月」は、優れた精霊術師として知られている。そして、「蒼風」と「銀月」がどちらも同じ氏族の出身だ、ということも有名だった。なので、シャリーは
「エルフで、『蒼風』と一緒にいて『ビロウズ』なら決まりでしょう。」
と答えた。もちろんアルフォードが「蒼風」であることを既に知ったパーティメンバーは、当然のようにそのことを予測していた。
確認のためシャリーは、改めてアルフォードに向かって言った。
「で、合っていますか?」
「ふむ、ほぼ正解だ。これだけの情報でわかるとは、さすが『風追い人』。」
「ありがとうございます。」
ここで改めてカイトが口をはさんだ。
「それで、その危険ってのは?」
カイトの問いにアルフォードとビロウズはお互いに少し眼で語り合った。
(話しますか?)
(話さねばならんだろう。)
素早くアイコンタクトを取ると、アルフォードはカイトの方に向き直り、話を始めた。
「捕縛対象の名前はシィン。両親殺しの疑いがかけられている。」
直接、問いの答えではないことを話し始めたアルフォードを、カイト達は黙って見つめている。
「その現場の目撃者がフィリアだ。しかし…。」
「しかし?」
「フィリアも刺した瞬間を目撃したわけではない。胸に刺さっている剣に手をかけていたところを見ただけだ。」
アルフォードはわざわざ補足の説明をした。その裏にある意味を即座に理解したシャリーは確認した。
「つまり、そのシィンという人物が、犯人ではない可能性がある、ということですか?」
シャリーが問いかけた。アルフォードは、それに
「我々は(・・・)そう考えている。」
と、やはり含みを持った言い方で答えた。シャリーは、
「『我々』というのはあなた方3人?」
と重ねて確認を取った。
「プラス、里の長だな。」
「理由を伺っても?」
ここにいる者だけでなく、里の長までが犯人ではない、と考えているのならば、この依頼には相当な裏があることになる。
「本人の性格と現場の状況、と言えばよいかな。」
「犯罪は性格的にできない、と思われる人でもやることがある、と思いますが。」
「しかし、『ハーフエルフ』が両親を殺すとは思えない。周囲に対して、というならまだありそうだが。」
「シィンという人物は『ハーフエルフ』なのですか。ならば確かに両親を殺すとは考えにくいですね。」
このシャリーの言葉には理由がある。この世界には人間族、妖精族、獣人族、竜人族の四人族と呼ばれる種族がある。
四人族間では、ハーフが生まれることがあるが、非常にまれである。(基本的に同族の相手としか結婚しないため)
そのため閉鎖的な集落の場合は、どの種族でも迫害されることが多い。ただし、両親に限っては溺愛する傾向が強い。(種族を超えた強い愛情で結ばれて生まれるため)
迫害されやすい環境の中で、自分の唯一の庇護者を殺害する、これは確かに考えにくいことだ。
シャリーは続いて気になる点を問いただした。
「現場の状況というのは?」
「現場に第三者がいた形跡がある。」
「第三者?」
「ああ、それは…」
アルフォードの答えは「風追い人」のメンバーだけでなく、今までそのことを知らなかったフィリアにも少なからぬ衝撃をもたらした。
※二つ名は個人で特に秀でている能力を持つ冒険者に贈られる称号である。基本的に国レ ベルの依頼で特に尽力した冒険者個人に贈られる。国民栄誉賞のようなもの。
次回、やっと主人公に話が移ります。