<十一>
フィリアメインの回です。
(もうすぐ、シィンに追いつく…)
フィリアはそのことだけを考えながら森の中を進んでいた。何時しか、フィリアは周囲に気を配ることも忘れ、自分の思いの中に没頭していった。
フィリアが彼にあったのは今から十数年前。父親に連れられて里の外れにあった家に連れられて行ったときだった。
最初は、なんだか恥ずかしくて父親の後ろから隠れて見ていた。
子どもは子ども同士で遊んでこい、ということで二人で外に追い出されて、自分が名乗り、相手に名前を聞くと一言「シィン」とだけ答えて黙ってしまう。
子どもながら気詰まりになり、ほっておいて歩き出すとついてくる。
無視して森の中に行こうとすると、「危ない」と一言だけ注意する。
面白くないので、思わずひっぱたいてしまった。
ほっぺたを真っ赤にはらしたシィン。
あわてて謝ったら、初めてちょっと微笑んで「大丈夫」と言った。
その笑顔になんだか自分もつられて笑ってしまう。
それからいつの間にか、毎日のように押しかけて遊ぶようになった。
自分とシィンが従兄妹同士だ、というのもそのころに知った。
一緒に遊んでいて気づいたことがある。
シィンはいつでも、気づかないほどさりげなく、フォローをしてくれているのだ。
先に木の枝をよけたり、躓きそうな石のある場所を避けたり等々。
それに気づいたとき、うれしくなった。
自分を大事にしてくれている。
自分を見てくれている。
「ハーフ」だったから、シィンは他の子とは遊ばなかった。
だからその優しさを独り占めできることに、不思議な満足感を覚えていた。
いつからだろう、それに不満を覚えるようになったのは。
守られているだけでいたくない、対等に見てほしい、そう思うようになったのは。
だから、シィンと一緒にアルに弓や狩りを習った。ビロウズに精霊術を習った。
だのに、シィンとは対等になれなかった。
シィンは遙かな高みにいた。
もちろん、師である二人ほどではない。でも、追いつけない高さ。
苛立った。八つ当たりしたこともある。
なぜ自分は弱いのか。
隣に立ちたいのに。
周囲は「がんばっている」「十分強い」と言ってくれるけど、自分には分かる。同世代で一番。それでは及ばない。
焦った。早く強くなりたかった。
そうしなければいけない気がした。
いつか、シィンがいなくなってしまう日が来る。
それは自分の中で確信になっていた。急がなければ。
シィンが旅立つ。里を出て行ってしまう。
嫌だった。止めたかった。
ついて行きたい。
でも、実力が足りない。足手まといだ。
それでも一緒にいたい。
頭の中がぐるぐるしていた。
思わず家を抜け出し、シィンの家に向かっていた。
空には銀の円盤。雲一つ無い。
シィンの家に来た。
最初に感じたのは臭い。鉄が錆びたような臭い。
次に違和感。あの声は?うめき声?
家の中から微かな声が聞こえてくる。戸が開け放しだから。
なぜ、戸が開け放しになっている?
胸の中に黒い染みが広がってきた。何か起きた。
シィンと私を決定的に変えてしまう何か。
起きてはいけない何か。
開け放しの戸におそるおそる近づく。
そこには…。
「…ィリア!」
ガッ!
腕をつかまれ、目の前をナイフが過ぎる。
腕をつかんだのはケイト。
ナイフを投げ、フィリアに樹上から噛みつこうとしていたジャララを木の幹に縫い止めたのはファーサイトだった。
「どうしたのよ。ボーとして!」
ケイトの叱責に、自分がどれほど危険な状態だったか、改めて覚った。
「…ごめんなさい…」
うなだれてしまったフィリア。ケイトはそれでも言葉を重ねる。
「野伏なんだから、常に周囲には気を配らないと!基本でしょ。」
「…ごめんなさい…」
また、謝るフィリア。さらに何か言おうとしかけたケイト。
それより先にカイトが声をかけた。
「嬢ちゃんが疲れているようだから、小休止だ。ファーサイト、見張りを。」
「わかった。」
ファーサイトはジャララを縫い止めたナイフを回収すると、見張りに立った。
カイトはケイトとシャリーに目配せして、フィリアのフォローを任せた。
それから、アルフォードとビロウズに近づいていく。
ビロウズが声をかけてきた。
「お気遣いありがとうございます。」
「いいよ。だけどありゃ、だいぶ思い詰めてるな。」
アルフォードは、ケイトやシャリーといるフィリアを見ている。
そこにグレンも加わってきた。
「だいぶ疲れておるようじゃのう。それも心が。」
「だよな。」
「張りつめっぱなしでは、弓の弦もすぐにだめになってしまうわい。」
「今更だがよかったのか、連れてきて。」
カイトがアルフォードに尋ねると、
「里においてきても、一人で飛び出してしまう。なら、目の届くところの方がましだ。」 と答えた。
「なるほどね。」
「まあ、嬢ちゃんのことはあの二人に任せておくとするかの。」
男性陣は、そう意見をまとめた。年頃の女性の心理は手に余る、これはたとえ一流の冒険者でも同じらしい。
※ジャララは樹上に棲む緑色の毒蛇である。樹上に巣を作って卵を育てる、と言う変わった習性を持つ。通常は臆病なため、大型の動物には向かってこないので特に危険はない。ただし卵を育てている期間は、巣を守るために木の蔓に擬態し、巣に近づくものを攻撃する。ジャララの毒は強力なため、この時期は警戒が必要である。野伏なら誰でも知っていることだが、フィリアは自分の思考に囚われていたため、気がつかなかった。
恋する女性の心情は難しいです。