<十>
主人公が焦ります。
シィンは困惑していた。途方に暮れていたと言ってもいい。
(何故こうなった。)
場所はミズネルンの森の一角。
目の前には16,7人の集団。
身なりからすると、とても真っ当な人間には見えない。いわゆる山賊とか野盗とかいった類である。
ただ、その集団の眼はどちらかというとシィンに対して憧れ、というか尊敬のような色を浮かべていた。
(どこを間違えたんだ?)
そう考えながらシィンは焦っていた。
話は3ジアンほど前まで遡る。ミズネルンの森の中を進んでいたシィンは、前方に複数の人族の気配を感じ、緊張していた。
(まさか、もうアルフォード達が追いついてきたのか?)
だとすれば、かなり不味いことになる。シィン本人の目的のために、追っ手に追いつかれるのは不味い。
(うまくミスリードできたと思ったが、さすが「蒼風」と「銀月」か…)
少し思案した後、慎重に確認することに決めた。
追いつかれたにせよ、そうでないにせよ、自分の行動の妨げになることは明白だった。
相手に気取られないように、慎重に接近したシィンは、そこで安心し、同時に対応に困った。
(野盗の集団とは…。)
シィンの力を持ってすれば、はっきり言って殲滅は容易い。
野盗達にはそれほどの手練れはいない。おそらくこの集団を殲滅するまでの時間は6,7ピンといったところだろう。
しかし、シィンは、とある理由から殲滅したくないのである。おまけに…。
(頭目が女…。)
はっきり言って、シィンは自分が女に甘いことを自覚している。というより、女と戦いたくないのだ。これも実は殲滅を避けたい理由と根はつながっている。
(…仕方ない、適度に叩きのめして森から追い出すか。)
ため息一つつくと、シィンはわざと音を立て、ゆっくりと野盗の集団に近づいていった。
相手は、シィンに気づくと何故だか、いきなり死に物狂いで襲いかかってきた。
戦闘、というほどのこともなく決着はついた。シィンの周囲には叩きのめされた野盗達が倒れ伏していた。
「さっきも言ったとおり、命は取らないからこの森から出て行くんだな。」
そう言って、背を向けたシィンに、
「ま、待ってくれ。頼みがあるっ。」
と、頭目の女が声をかけてきた。もし、シィンが間違えたとしたら、ここで振り向いてしまったことだろう。
「あんた、あたし達のリーダーになってくれないか?」
状況は冒頭の状態に戻る。あまりに唐突な話で、思わず説明を求めたことも間違いだったかもしれない。
話を聞いて、シィンはさらに頭を抱えたくなった。
話によると、彼らは野盗といっても、誰彼かまわず襲っているわけではないらしい。
聞いた話を整理すると、元々は近くの貴族の横暴に耐えかねて逆らい、やむなく森に逃げ込んできた連中が集まったのが最初で、その後貴族からの追っ手に対抗するために武装し、さらに同じような境遇の仲間を増やし、といった具合でできあがった集団だ、ということだった。
旅人などは襲わず、貴族の息のかかった商人などを選んで襲う。(それでも相手を殺したりはしない)
頭目の女はラミーといい、貴族に無理矢理、妾にされそうだった村長の娘で、その関係で指導者の位置にいること…。そして…。
「…で、そのクソ貴族から近くの街に、あたし等の討伐依頼が出されちまったんだよ。」
「なら、余所に逃げたらどうだ。」
「逃げたくても当てもないし、ね。かといってクソ貴族に殺られるのも嫌なんだよ。」
肩をすくめてラミーが答える。
「それで、俺にどう関係してくるんだ?」
「あんたほど強い人がリーダーになってくれれば、切り抜けられると思ったから。」
今度はしれっとした態度で、あっさりと言ってのける。なるほど、確かに野盗の頭目を務めるくらいの能力はあるようだ。
妙なところに感心しながらも、シィンはわざと語気を強めていった。
「断る。」
「そこを何とか。」
「兄貴、頼みます。」
「お頭を助けると思って。」
何時の間にか、周囲の野盗達も口々に頼み込みにくる。どうやら、彼らの兄貴分に昇格したらしい。
どうしようもなくなったシィンは、結局、強引に彼らを振り切ることにした。
自分の目的の障害になる、殲滅はできない、それらのことを考えると、その手しか残っていなかった。
「とにかく、俺には関係ない。俺から言えるのはさっさと森から出ろ、ということだけだ。」
そう言うと彼らに背を向け、森に向かった。
野盗達(?)は口々に何か言っていたが、それを振り切り森を進んでいく。
彼らが素直に森を出てくれることを願って。
結局、野盗達(?)はシィンに振り切られ、その姿は森の中に見えなくなってしまった。
ラミー達は、改めて野営地に戻り、今後について考えることにした。
「ラミー、どうするんだ。」
ラミーがこれからどうするか考えていると、自分の補佐をやってくれているテッドが聞いてくる。
元々はラミーの村の自警団に入っていた男で、ある程度荒事にも慣れている。この野盗団の戦闘面での指揮を執っている男だった。
「…はぁ、潮時かね。」
ラミーにも十分わかっていたのだ。このまま野盗を続けてもじり貧であることが。今までやってこれたことが奇跡に近い。
「仕方ない、このままよりは余所へ移った方が、まだいいだろ?」
「確かにな。じゃあ、明日の朝…」
二人はこれからどうするか、相談を始めた。あたりは、いつの間にか日が暮れ始めていた。何をするにしても明日の夜が明けてから。そう決めると、今夜は仲間とじっくり相談することにした。
宵闇の空には暗い雲が広がっていた。二人が考えているより、ずっと暗く長い夜になりそうだった…。
主人公は何気に強かったりします。
戦闘にはなかなかなりませんが…。