その1
僕は子供の頃、正義の味方に憧れていた。
悪い者を倒し、弱い者を助ける。
バイクにまたがった仮面のヒーロー、力を合わせて戦う5色のヒーロー。
彼らのやっている事で世界は守られてる。だから、平和なんだと。
それが、この世界の常識だと思ってたし、そんな世界に心を躍らしていた。
いつかは僕も、バイクに乗り、ベルトで変身をして、5色のなかのどれかになり、巨大ロボットにのって、悪と戦うんだと本気で信じていた。
でも、成長していくと、少しづつ世界の動き方とか社会の情勢が分かり始める。
どっちが悪いのか分からない戦争や、犯罪。
悪いのがわかっているのに、国を動かしている政治家。
この世界には、僕が信じていた正義の味方なんていなかった。
だから、今の僕はしょうがない…。
なんて言い訳はするものじゃない。
たしかに、正義の味方の存在に落胆したのは、本当だけどそんなの子供の頃の話。
今の自分の環境にながされ、あきらめ続けた結果でしかない。
大人になるって便利なことだ。
自分さえ喰わして行く事ができれば自由に生きられる。
そんな、自分に満足して、めんどくさい事から逃げ続け、その結果、生きているタダそれだけの存在。
いつも、仕事が終わると、自分にそんな言い訳をしながら家にかえる。
夢も目的も無く、友人と呼べる人間も少なく、一人でいることへの寂しさをそんな言い訳で紛らわす。
そんな、毎日のくりかえし。
でも、この日はいつもとちょっと違っていた。
アパートの階段をあがると、僕の部屋のとなりの部屋の前に女の子がちょこんと座っていた。
自分の部屋の表札を見ると〔浅野 光太郎〕確かに僕の部屋。その隣は…。
たしか、先月に母親と二人で引っ越ししてきたなとふと思い出した。
時間が合わないせいか、挨拶しに来た時に会って以来見た事が無く、顔もはっきりと覚えていない。
そんなことを考えながら、僕の部屋の鍵をあけようとすると、隣から鼻をすする音が聞こえた。
なにげなく音がする方に目線をうつすと、幼稚園の制服だろうか? 水色の半袖の上着に黄色い鞄を方からさげ、両膝をかかえ、体育座りをしている。
肩までのびた髪がサラサラ揺れていて綺麗な顔立ちをしている、きっとお母さんも綺麗な人なんだろうなと思っていると女の子の目が赤いことにきづいた。
泣いてるの?
僕は迷った、普通の人なら声をかけるだろうが、僕は極力、人付き合いをしないようにしている。
人との交流はトラブルを生むし、めんどくさい事だらけだ。
だから、僕は最低限の人間関係しか持たないと決めている。
なので、可哀想とは思うけど、僕は自分の家に入る事にする。
どうせ母親もすぐに帰ってくるだろうし、季節は夏なんだから風邪を引く事も無い。それに、こんな安アパートの住人を誘拐する物好きなんてリスキーすぎて、もっといないだろう。
良し! 言い訳完了。
僕は、鍵をあける。
「おかあさん…。」
今、この場に審判がいるなら イエローカードを要求するだろう。一発レッドでもおかしくはない。
それぐらいの反則行為ですよ。
迷子の母親と二人暮らしの幼稚園ぐらいの女の子が家の前に一人で泣きながら待っていて、しまいには、「おかあさん…。」って…。
しょうがない。
僕は、諦めて自分の家の鍵をしめ、女の子に声をかける事にした。
めんどくさいとは思っているが、ここは大人として優しく声をかける。
「どうしたの?」
びっくりしたのか、僕の方に顔を向ける…がなにも話さない。
少しの沈黙の中でこれで何も話してくれないならしょうがないと思いもう一度声をかける。
「家にはいらないの?」
女の子は僕の方をむいているが何も話さない。
また少し沈黙が続く…。
二度もがんばったんだからしょうがないよね…。頭の中で言い訳完了。
したところで。
「かぎ、なくしちゃておうちに、はいれなくなっちゃった…。」
今にも途切れそうな声が聞こえた。
んーほしい!! このタイミングっすか! 言い訳完了して家に帰るだけだったのに!
ここまできたら仕方が無い。
そんなことは、顔に出す訳いかないのであくまで、にこやかに。
「お母さんはいないの?」
「おしごと。」
やっぱり途切れそうに震えた声だった。
「お母さんはどこで働いているの?」
「わかんない…。」
「お母さんのケータイの番号とかはわかる?」
「わかんない…。」
これは、結構詰んできてますね…。
「お母さんは何時頃帰って来るの?」
「わかんない…。」
話し終わるかその前か、女の子の目から涙があふれてくる。声を殺し静かに泣き始めた。
はい、詰みました。
なにも、わからないとなると、母親が帰ってくるのを待つしかないか…。
でも、外にいる訳にもいかないだろうな。間違いなくこの状況を見られると、大人の男が幼稚園児を
泣かしてるとしか見られないだろう…。ご近所様には絶対見られたくない。
となると、家に入れて待たせとくか…。
いや、それこそこのご時世まずいでしょ…。新聞に名前のる系ですね。
僕の頭をこれ以上無いくらい回転させ考えた結果、僕自身お腹が空いたので夕食を食べながら母親を待つ事にした。
女の子もお腹が空いていたのかこの提案に乗ってくれた。
女の子の家には、一緒にいる事と連絡先の伝言を残し二人で駅前に向かった。