第4話:並列演算の子供たち(ヒューマン・プロセッサ)
エルニア領の再建は、水の確保と経済の安定だけで終わるものではなかった。
次に俺が着手したのは、領内の「寺子屋」の改造――もとい、世界初の「論理演算学校」の設立だった。
「カイト様、無理です……。この子たちのマナ保有量は、王都の魔導師の百分の一もありません。高度な数式を刻むための『演算の器』が足りなすぎるのです」
リーゼロッテが悲痛な声を上げる。目の前には、読み書きすら怪しい村の子供たちが十数人。彼らのマナは、火を灯すのが精一杯の微量なものだ。
だが、俺は子供たちの前に立ち、黒板に一つの巨大な図形を描いた。
「リーゼロッテ。一人の天才に巨大な演算をさせるのは、王都の古いやり方だ。……現代のやり方は違う。『分散コンピューティング』――小さな演算器を無数に繋ぎ、巨大な解を導き出す」
「分散……? マナを繋ぐなんて、そんな干渉、聖者でもなければ……」
「いいや、論理で解決できる。……おい、ガキども。今から教えるのは『魔法』じゃない。ただの『リレー競技』だ」
俺は子供たち一人一人に、チョークで手の甲に簡略化された「論理ゲート(Logic Gate)」の数式を刻んでいく。
ある子には「AND」、ある子には「OR」、ある子には「NOT(否定)」。
「いいか。隣の奴のマナが光ったら、自分の式に従って自分のマナを光らせろ。それだけだ。……行くぞ。『分散型・気象予測アルゴリズム』、ロード」
俺が起点となる「初期値」を先頭の子供に流し込む。
瞬間、教室に光の連鎖が走った。
子供たちの手の甲が、リズミカルに点滅を始める。
一人の演算能力はゴミ同然。だが、隣へ、また隣へと「論理」が受け渡されるたびに、マナの波形は複雑さを増し、巨大な情報のうねりへと変わっていく。
「これ……は……。マナが、共鳴している!? 子供たちの意識が、一つの巨大な……まるで『神の頭脳』のように機能しているというのですか!?」
「そうだ。これが『並列分散処理』。一人一人は単純な計算しかしていない。だが、十人が繋がれば、王都の賢者一人の演算速度を軽く凌駕する」
教室の中心に、巨大なホログラムのように「数日後の雨雲の動き」が浮かび上がった。
気象という複雑系の予測。それは、この世界の魔導師たちが「神の気まぐれ」と諦めていた領域だ。
「さあ、ガキども。最後の一節だ。……雨を降らせる『条件式』を、空の多様体に書き込め!」
子供たちが一斉に、空に向けて手をかざす。
マナの出力は微弱。だが、完璧に最適化された「共鳴波形」は、大気の相転移を引き起こす「トリガー」として十分すぎるほどのエネルギーを持っていた。
一分後。
雲一つなかったエルニアの空に、真っ黒な雨雲が急速に組織され――恵みの雨が大地を叩いた。
「……信じられない。魔法の才能がないはずの子たちが、天候すら支配するなんて」
「才能じゃない。『アーキテクチャ』の差だ。……リーゼロッテ、これが文明の再起動だ。この子たちが育てば、半年後、この領地は世界で最も『計算資源』を持つ場所になる」
雨に打たれながら歓喜する子供たちと、それを見て震えるリーゼロッテ。
俺の視界には、もはや王都の無能な魔導師たちの姿などなかった。
この「論理の種」が世界中に広まった時、既存の魔法秩序そのものが根底から崩壊することを、俺は確信していた。




