表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/11

第2話:幾何学的経済学(ジオメトリック・エコノミクス)

 王都から数日。俺が辿り着いたのは、王国の最果てに位置する「エルニア領」だった。

 かつては魔石の産地として知られていたはずのその地は、今や見る影もない。ひび割れた大地、枯れ果てた魔力溜まり、そして希望を失った領民たちの濁った瞳。

「……計算が、どうしても合わない。どうして……あと一点の変数を固定するだけで、この数式は完成するはずなのにっ!」

 領主館のテラス。

 夕闇の中、一人の少女がボロボロの魔導演算機アーティファクトにかじりついていた。

 プラチナブロンドの髪を乱し、指先をインクで黒く汚しながら、彼女は石板に膨大な「魔法数式」を刻み続けている。

 リーゼロッテ・フォン・エルニア。

 この不毛の地を治める若き領主代行であり、この国では珍しく、魔法を「現象」ではなく「論理」として捉えようとする異端の徒だ。

「無駄だ。その『ナヴィエの方程式』もどきには、粘性項の計算が抜けている。マナの流動性を無視して座標を固定すれば、残差エラーが蓄積して魔法陣が暴走するぞ」

 俺の声に、彼女は飛び上がらんばかりに驚き、椅子を転がした。

「だ、誰ですか!? 警備兵……あ、警備兵は今、市場の暴動を抑えに行っていて……」

「通りすがりのデバッガーだ。……貸してみろ。その『バグまみれ』の数式を」

 俺は彼女の静止を無視して、石板を覗き込む。

 そこには、領地の水源を復活させるための「灌漑魔法」の理論が展開されていた。だが、あまりに古典的で効率が悪い。

「君は、マナという『流体』を無理やり一箇所に押し込めようとしている。だから抵抗が増えて、変換効率が下がるんだ。……いいか、リーゼロッテ。マナは流れるのではない。空間の『曲率』に従って、低い方へ落ちるだけだ」

「曲率……? 何を言っているのですか? マナは精霊の導きによって……」

「精霊なんて不確定な変数に頼るから、数式が複雑になる。……見ていろ」

 俺は彼女から奪い取った魔導筆を走らせる。

 描くのは、『最適輸送理論(Optimal Transport)』に基づいた、魔力ポテンシャルの再定義。

 土地のトポロジー(位相)を読み解き、マナが「最もエネルギーを消費せずに流れる経路」を逆算して、空間そのものに刻み込む。

「――『モンジュ=アンペール方程式』による座標変換。これで、領地全体のマナの勾配を最適化した」

 書き終えた瞬間、石板が青白い光を放った。

 次の瞬間、遠くの枯れ井戸から、地響きと共に水が噴き出す音が聞こえてきた。

「な……水が……? 詠唱も、触媒メディアもなしに……どうして!? 数行の数式を書き換えただけで、数万人の魔導師が必要な大儀式を再現するなんて……!」

「魔法を神秘だと思うから騙されるんだ。これは単なる物理現象だ」

 震える彼女の肩を横目に、俺は遠くに見える「隣国の商会」の豪華な馬車を見つめた。

 彼らはこの領地の魔力枯渇を利用し、高価な魔石を不当な条件で売りつけ、領民を奴隷化しようとしている。

「さて、リーゼロッテ。水が出ただけでは、この領地は救われない。……次は、君たちの首を絞めているその『不当な契約』を、ゲーム理論で物理的に破壊しようか」

「ゲーム理論……? それも、魔法なのですか?」

「いいや。もっと凶悪な、『現実を上書きする論理』だよ」

 俺の口元に、自然と冷徹な笑みが浮かぶ。

 2026年の知性を舐めてもらっては困る。

 神が作ったこの世界のソースコードには、まだ直すべき「脆弱性」がいくらでも残っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ