書き換えられた空白
亮太がその「空白」で消失してから、数週間が過ぎた。
かつて彼が膝をついた空き地には、彼が乗ってきた車も、彼が身につけていた衣服も、何一つ残されていなかった。
物質的な証拠はすべて、彼の中に流れ込んだ異常な「意識の密度」に押し潰され、存在しなかったことになったのだ。
だが、その場所の風景だけは、取り返しのつかない変質を遂げていた。
近隣の住民たちは、理由も分からずその空き地を避けるようになった。
そこはただの乾いた土が広がる更地であるはずなのに、そこを通り過ぎる者は皆、一様に「自分のものではない記憶」の断片に襲われるようになったからだ。
不意に襲いかかる、焼けるような腕の痛み。
足首を冷たい手で掴まれるような悪寒。
踏切の前で立ち尽くす困惑と、自分を呪いながら死んでいった肉親の残響。
亮太という人間は、耐えきれずに壊れた。
しかし、彼がその身に引き受けた「死者たちの停滞した記憶」は、彼という媒介を通じることで、その空き地の土や石、静止した空気そのものへ、剥がしようのないほど強烈に定着してしまったのだ。
亮太は、数名の執着を終わらせるための出口になるつもりで、逆に彼らをこの世に永遠に繋ぎ止める「生きた墓標」と化した。彼の中にいた数名の異形たちは、今やこの空き地そのものとなって、新しい「器」を待っている。
ある日の深夜。
一人の若者が、カメラを手にその空き地の前に立っていた。
ネットの掲示板で囁かれ始めた、「踏み込んだだけで他人の絶望が視える場所」という噂を確かめに来た、新たな探索者だ。
「……ここか。何もねえじゃん」
若者は吐き捨てるように笑い、境界線を越えて一歩、空き地の内側へ足を踏み入れた。
その瞬間、若者の視界が激しく歪んだ。
脳内に直接、自分のものではない「誰か」の最期の声が響き渡る。
(……あ。また、分かっちゃったな)
若者の網膜に、かつてここにいた「神崎亮太」という男の、自嘲気味で歪んだ笑みが浮かび上がる。
若者の腕に、じわりと、火傷のような赤い斑点が浮き出た。
世界は、澱みを流し続ける。
一人の「器」が情報の重みに耐えかねて壊れれば、世界というシステムは、また次の「空っぽな人間」を引き寄せ、その重荷を等しく分配する。
意識という名の「偏り」は、こうして人から人へ、場所から場所へとその負荷を転写しながら、止まることなく循環し続けるのだ。
空き地の枯れ草が、夜風に揺れている。
そこにはもう、一人の男としての亮太はいない。
だが、新しく訪れた若者の皮膚の上で、彼は「最初の痕」となって、再び冷たく脈打ち始めた。
深夜の街には、今夜も自分を埋めるための「何か」を探して彷徨う、空っぽな瞳をした影たちが溢れていた。




