フクノカミ
やれやれ。足を軽く捻っただけで仕事に支障をきたすとは、何故に人間の体はこうも脆いのか。
俺は地面に着くたび痛みの走る右足を引きずりながら、スーパーマーケットの店内を歩いていた。平日の午前中ということもあってか店内に客の姿はまばらである。ふと子連れの若い夫婦の姿が目に飛び込んできた。その様子を見て不快のバロメーターが一気に上昇する。小憎たらしい面相のガキが足を引きずる俺の真似をやっているのだ。夫婦はそれを咎めるでもなく、のほほんと買い物を続けていた。
クソガキの頭をコブシでブン殴りたいところだが、そんなことをしては休業が失業になりかねない。俺は必死の思いで気持ちを飲み込む。そして、ポジティブな気分になるよう心の舵を切った。
仕事で怪我をし、子供にはバカにされ、ここまで惨めで鬱屈とした気分になれることはそうそうない。ならば、反動でとてつもなくラッキーな事が起きるかもしれない。俺は宝くじを連番で十枚買うことにした。
抽選日の翌朝。朝刊の宝くじ当選番号一覧とくじ券の間を忙しく視線が行き来する。もう何往復したかわからない。どう見ても組数字と当選番号が一等のそれと同じなのだ。一等三億円。前後賞あわせて五億円。俺は一夜にして億万長者になったらしい。ああ、あのクソガキこそ福の神だったに違いない。わざと目を引き、俺にチャンスを与えてくれたのだ。いつかお礼をせねばならないだろう。
大金を手にした俺はわかりやすく会社を辞めた。毎日ゴロゴロと充実した日々を送っている。だが、欠かさずやっていることが一つだけある。例のスーパーへの買い物がそれだ。あの福の神に感謝を伝えなければ、という一心で通っていたところ、女性店員さんと顔馴染みになり、おつきあいに発展し、結婚のお返事もいただいた。ご利益がすごすぎる。
そんなある日、食玩コーナーで彼と出会ってしまった。俺はいつか渡そうと上着のポケットに入れていた十万円を少年の手に握らせる。
「君は覚えてないかもしれないが俺を嫌な気分にさせてくれたお礼だ。これで好きなものを買うといい。もし、またなにか買いたいものができたら、パパとママが困ることをやってみたらいいんじゃないかな。きっと買ってもらえるよ」
翌日。
テレビニュースが未明の火事を報せてきた。親子三人が犠牲になったらしい。
画面に映る幼い少年の笑顔には見覚えがあった。




