美人令嬢、おもしれぇ男を捕まえる
私は、花も恥じらい月すら身を引くほどの美貌を持っている。
パーティー、サロン、密会あたりの誘いの手紙は毎日毎日、馬車三台が連なり屋敷まで運んできたし、人前に出れば男女問わず貴族も給仕も王族だって、私に視線を向けた。
金の巻き髪、ほんのりと血を透かした頬に唇。すうっと伸びた鼻筋に、春の泉を注いだかのような瞳。左目の下にぽつりと浮かぶほくろすらも、私を愛くるしく飾るモチーフだ。
とかく私は美しい。天が欲しがり、地に崇められるほど、美しい少女。
それでいて内面は非常に謙虚で、他者を立てることを弁えていた。爵位は高くなかったのだ。この人間の語彙に収まりきらない美を持ちながらも、階級は平民に近いことで、この身には幾多の試練が与えられたけれど、私の魂は帝国貴族そのものである。
持つべきものの役割を果たす。
ただそれだけ。
だから私は、あのディアーゼ様が私に会いたがっていると聞いた時も、なんてことはなかった。
お体が悪くて太陽の下に出てこられず、年中を閉めきった部屋のベッドの上で過ごされているというディアーゼ・モリト公爵の目の保養になるのならばと、普段通りに出掛けた。
通されたのは屋敷のなかではなく庭だった。短く刈り込まれた芝生の上に、白のガーデンテーブルとチェア。アフタヌーンティーの支度がされてある。どこからどう見ても、一人分だけ。
「おかけください」
案内役の執事にエスコートされ、着席する。
向かい側に席はない。
「ディアーゼ様は日の光が苦手であるとお聞きしました。こちらでよろしいのですか」
人の良さそうな執事は、表情ひとつ変えずに答えた。
「あなた様のご様子は、見られています」
私は不躾にならない程度に視線をあたりにめぐらせる。
ふと、目に止まったのは離れの搭だった。なにかの貯蔵用かと思ったけれど、もしかするとあそこなら、この開けた庭の様子が一望できるだろう。
私は納得した。世にはさまざまな人がいる。私を前にしては話せないからと、わざと遠巻きに眺められることもあった。絵の題材にしたいからと、談話室のソファで三時間くらいただただ座り続けたこともあった。私が美しいから。
人は私を風景のように扱いもする。一面の夕焼けや花畑を臨むように。そうでなければ、彼ら彼女らの目や脳に私を収納できないのだ、私の美は溢れてしまう。
よって、こうしたことも慣れているし、きちんと備えてある。私の所作は帝国随一の優雅を誇る。
(ご覧あそばせ、ディアーゼ公爵。これが美というものですのよ)
紅茶は熱く芳醇な香りを漂わせ、添えられたクッキーの一欠片までもが完璧なしつらえ。もてなされていないわけではない。テーブルの上には、私が好むと過去に言ったものを揃えられている。そうした気遣いは、純粋に嬉しいものだ。
それに、公爵家で用いられるティースプーンひとつとっても、家格の低い私にとってはエンターテイメントになる。
なにかしら、この柄に彫られた紋様。薔薇の蔦が絡み付き最後に蝶が羽ばたいている。精密な加工技術。素晴らしい。西の工業国、リンドンのものだろうか。なるべく細部まで覚えて、自分の屋敷に帰ったら調べてみたい。
私は一人だけの茶会に興じ、空になったティーポットが冷めないうちに家に帰された。
それから二、三度、公爵家に呼ばれ、お茶を楽しんだ。
毎度、趣向が異なる。北部に位置するロージア保護地区のジャムや工芸品。南部、ナパル地方の果物と花のあしらい。前回は東の秘境とされるシャポヌの菓子と緑のお茶まで用意されていた。
そして季節変われば、庭も表情を変えるもの。
風に冷たさを感じ始めた四度目にして初めて室内に通され、正直ほっとした。
慣れた仕草で席に着こうとして、気づく。
向かい側には相変わらず椅子がない。
それなのに、ティーセットがある。
椅子の真横で立ち止まった私の耳に扉が開く音が飛び込んできた。からからと車輪の回る音。ティートロリーにしては、大きい音。
「どうぞ、気にせずおかけください」
雪のように静かで冷ややかな声。
振り返り、私は淑女の礼をした。
「ライデン・ドルマーの次女、レベッカと申します」
顔を上げればそこには、車輪のついた椅子で執事に運ばれてくる銀髪の青年がいた。
ほっそりとして、肌も透き通るよう。
「ディアーゼです」
椅子のなかった向こうに止まり、車輪が動かないように楔をはまされる間、私はディアーゼ様ではなく自分の手元を見ていた。
「おかけください。申し訳ないが、私の体はそう強くない。見上げるのにもそろそろ首が痛いのです」
はっとして、椅子に腰を下ろす。
ディアーゼ様はゆっくりと瞬いた。
「茶会の前に、ひとつだけ。呼びつけておいて大したもてなしもせず、大変な無礼続きであったでしょう。改めてお詫びします」
「お体のことは事前にお知らせいただいておりましたから」
紅茶の湯気がふわりと揺れる。
ディアーゼ様はそれにすらも当てられ、かすかに咳き込んでいた。
そんなご様子を正面から眺め続けるも失礼かと、左横に垂らすようにゆるやかに編んである長い髪の一本一本を数えるようにして見つめる。
「髪が気になりますか。男にしては、長すぎるのだろうな」
「貴族社会一般的にはそうなるのかもしれません。ですが月の光であつらえたかのような御髪ですから、切るを惜しむも仕方のないことですわ」
「いいえ。これでも邪魔には思っていますよ。ただ自分の生命力を疑わないために、伸びるままにしてあるのです」
淡々とした物言いに、表情が気になって視線をあげる。
血を固めて研いだかのような赤色の瞳が私を見ていた。それは、内側に向かって輝いている。こもった煌めきは、自然と目を引く。
「……私、こうも美しいでしょう? あらゆる宝石に例えられますの。贈られることもありますわ。けれど、あなたの瞳ほど力に満ちたピジョン・ブラッドはこの世にないと思います」
「こんな私に? なんの力が見えますか?」
くすりとからかうように笑われる。
恐れはなかった。私は美しいものなど見慣れている。今朝も見たばかりだし、磨かれたシルバーに視線を落とすだけで美がうつる。そんな私の審美は本物だ。
「ディアーゼ様は野心の塊ですのね。決して惨めになることを良しとなさらない意思の力を感じます」
赤い瞳は揺るがない。
ただ浮かべる笑みの種類を変えた。眼差しから、親しみと、紳士的な興味を抱かれているのが伝わってくる。
「私を理解いただけたようで、結構」
背もたれに体を預けながら、ディアーゼ様はくつくつと笑う。
「レディ。私があなたをその野心に巻き込みたいといえば、あなたは頷いてくださるでしょうか」
「場合によっては、頷くでしょう」
「場合……たとえば、国の存亡をかけてあるとか?」
「頷きますね」
私も帝国貴族の端くれだ。
「法秩序を正すためとか」
「正しさに納得すれば、頷きます」
「私の美学のためだとかは?」
「頷きます。美しいことは善きことです。私がそれを証明しているでしょう」
ディアーゼ様はなにかに耐えるように口の端を歪ませた。それを左手でぱっと隠される。
「失礼。体が弱いと、笑うのもままならなくて。腹の筋肉がひきつって、肺が割れそうになるのです」
「大変ですのね」
「ええ、本当に」
ディアーゼ様は、ほう、と息をつかれた。
「頷かないのは、どのような場合を想定なされているのですか?」
「他者を蹴落としたいだとか、己だけ利を得たいだとか。そうしたことは美しくありませんので、頷けませんわ」
「ああ、そういう。……あなたは美を重んじるのですね」
「私がそれそのものに生まれつきましたから、否定しては立ち行かなくなります」
「その発言がおごりにならない容姿と所作であるのが、なによりの証左でしょう。ますますあなたに頼みたくなった」
「なにをすればよろしいの?」
「各地を回って、絵の題材になっていただきたいのです。私は屋敷の外に出るのすらままならない。外の世界への興味は人一倍にあります。そんな私の代わりに国内外を問わず出掛けていって、専属の画家はつけますから、その折々の風景とともに絵におさまってきてくださいませんか?」
「よろしくてよ。こちらの要望をひとつ、飲んでくださるのなら」
「おや、なにをいたしましょう」
「あなたの妻にしてくださいませんこと?」
ディアーゼ様は大きく咳き込まれた。驚きのせいではなく、ただ、笑おうとして。
あわてた執事が飛んできて、その背を撫でている。
ひゅうひゅうと鳴る喉を水で落ち着かせ、ディアーゼ様は頷いた。
「わかりました。レベッカ。あなたを公爵家に迎い入れます。あなたの旅路にたとえなにがあっても、私と、モリトの名が、あなたを守ります」
交渉を拒否されなかったことで、知らず知らず強ばっていた肩の力が抜ける。
血の気のひいた指先をテーブルの下でこすりあわせた。
その姿を見透かされたのだろう。
ディアーゼ様は首をかしげられる。
「私の想像よりもはるかに聡明な方だ。どこで気づかれたのですか」
「もてなしの調度品や茶菓子の多様さから、ディアーゼ様の見識の広さが見てとれました。外へのご興味が強い方であれば、見には行けない景色の絵を欲しがるお気持ちもわかりますわ」
けれど、そこに私を添える理由はない。
私はどこにいたって美しく、なにをしていたって麗しい。絵にしたくなる気持ちはわかる。
だからその地に根差した景色や文化を楽しみたいのなら、私のような圧倒的な美が横にあっては用をなさないだろう。
見晴らしのよい丘で拝む朝日も、なみなみと視界を埋め尽くす海を光らす夕日も、霞ませてしまう。
つまり、わざわざ私をそこに立たせるのなら、それは明らかな陽動だ。
そんな場所を絵に残すなんて不可思議だけれど、そこにこの世界を唸らす美の女神たる私がいるのだから、まあ筆を取るのは当たり前だよね、と言わせるための方便だ。
真の目的が、諜報であるのを、隠すのだ。
お茶会に呼ばれる度に出されるカトラリーや食べ物、小物などを調べるうちに、私はあらゆる知識を増やした。
西の大国リンドンは巧みな金属加工技術を武器製造に転用しようとしている。ロージア保護地区は文化保全を主張し大陸内での中立を掲げながらも、北側の国への物資輸出量が明らかに増えた。ナパル地方はもともとが侵略戦争により取り込まれたため根強い問題が多い。シャポヌは秘境の通り名そのままに交易が少なく、とにかく得体の知れない。
「この美を後世にまで伝えるために百景と共に描かせるというのなら、それは文化活動です。私の美は広く浸透している。手伝ってくださる方も多いでしょう」
けれど、私の社会的地位は低い。
もし、万が一、描かれては都合の悪いものが私の背後にあったにもかかわらず、優秀な画家が私と景色を釣り合わせるために背景をしっかり丁寧描きこんでしまった場合、絵を破棄されるだけでない報復を受けることになれば。父祖や父には悪いが、私を守るはずの爵位はあまりにも頼りない盾だ。
建国よりその地位にあるモリト公爵家の後援というお墨付きも悪くはないが、それも完璧に頼れるものでもない。
ただ公爵夫人なら。
他国内であっても一定の権利の主張ができる。
「私も帝国貴族。持てるものは、使わなくては。この美にふさわしき地位を与えてくださるのなら、存分に力を奮いましょう」
ディアーゼ様の瞳から、かすかに光がこぼれる。私を射る。試される。
「そのために初対面のいつ死ぬかもわからない病弱な男に嫁ぐはめになったとしても、あなたの美は損なわれないのでしょうか」
「損なわれませんわ。無礼を承知で申し上げますけれど、ディアーゼ様は最後に鏡をご覧になったのはいつかしら」
ぱちりと瞬く。虚をつかれた様子のディアーゼ様は、それでも、誠実に言葉を紡がれる。
「申し訳ない。このような体ですから、あまり……客観視は不得意でして。身だしなみはすべて人に頼っています。そもそもベッドから起き上がるのも年に数回なものですから」
「そうでしたの。貴重な一回を頂戴できて光栄ですわ」
「こちらこそ。あなたを花嫁として迎えられるのなら近年まれなほど価値ある一回でした。……それで、私が鏡を見ることはあなたにとってどのような意味を持つのでしょう」
「鏡を見ること自体に意味はありません。ですが確信いたしました。ディアーゼ様は、あなたが思うようなお姿をなさってないわ」
ほっそりとして、肌は透き通るよう。まるで雪の精のような、さらりとした雰囲気を漂わせているなかで見つける男性らしい骨格にどきりとした。そして中央におさまる野心的な目。妙に落ち着かない気分にさせられる。思わず、視線を背けてしまうほど。
「ようは、一目惚れですのよ」
「ひとめぼれ」
知らない言葉を繰り返すかのようなディアーゼ様の野暮ったさにすら、胸を甘く締め付けられる。この方は、ご存知ないのだ。美を。
うすうす、感じていた。
「私、お会いする方に美貌を美辞麗句で賛美されなかったのは生まれて初めてです。私を見つめる方から、首が痛くなるから座れと言われるのも初めて」
たいていは、私の美しさを前にしたなら拙くとも詩を産み出そうとするし、どんな痛みも忘れるものだ。
「心の底より感動しております。ディアーゼ様のような方にお会いできるなんて。ましてや、その方に婚姻を承諾してくださるなんて。夢のようだわ」
ディアーゼ様は明らかに戸惑われていたけれど、私の高揚はおさまりきらない。
「私、あなたのお役に立つのなら、どこへなりとも向かいます」
「…………話が早くて助かりますが」
ディアーゼ様は眉を垂らして、かすかに笑った。
「あなたがこんなにユニークな方だとは思わなかったな」
「あら、そんなの、お互い様ですわ」
思わず笑ってしまった。
ディアーゼ様って、ほんとうに面白い方。
私はすっきりとした気持ちで紅茶を手にとり、その香りを肺一杯に吸い込んだ。




