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とにかくお風呂に入りたいのです

「……迷ったかも」


 翌日。

 太陽が真上に差し掛かるころ、月影つきかげは、のろのろと廊下を歩いていた。


 秘色ひそくはあれから顔を見せない。緑青ろくしょうは部屋の外に出るのを止めたが、それを振り切り、部屋の扉を開けた。なにせ、この体は一週間以上も寝たきりだったのだ。体中がべとべとして耐えられない。お風呂に入りたい。それがだめなら、せめて水浴びをしたい。その一心だった。


「だから部屋から出るなといっただろう。もう戻ろうぜ」

「うーん」


 くっついてきた緑青が声をかけてくる。月影はあいまいに返答をするが、きょろきょろと周囲を見回しつつ、亀のような歩みを止めることはない。


 ちょっと廊下を出ればお風呂ぐらいすぐそこだと高をくくっていた月影にとって想定外だったのは、日本の住宅事情とは異なり、この屋敷がちょっとしたテーマパーク並みに広すぎたことだ。部屋から廊下に出て、その長い廊下を突っ切れば、八角形の交差点。どちらへ行けばいいのかわからず、緑青に問えども、彼も風呂の場所は知らないらしい。なんと、これまでの月影は部屋を出ることなく、あの洗面器の水だけで体を清めていたらしいのだ。


(まったく信じられない!)


 日本人の性なのか、お風呂大好きな元来の自分からずれば、正気の沙汰ではない。


 仕方がないので、別れ道は適当に選択して進み続けること一刻ほど。それらしき扉をそっと開いては閉めることも、15回はあった。途中からは緑青が壁をすり抜け探すのを手伝ってくれたのだが。

 月影は渡り廊下の壁に背を預け座り込んだ。


「どうした? 疲れたか?」


 緑青もかがみこみ、月影と目線を合わせて尋ねる。

 月影はこくりと頷いた。


 この体は弱すぎる。


 毒を飲んで一週間以上寝ていたせいもあるのかもしれないが、少し歩いただけでこの体のだるさは尋常ではない。


 転生して二日目。すでに死にそうである。

 早くさっぱりして部屋で休みたい。


「ん? 誰か来る」


 緑青が片眉を上げる。


「ほんと? やった!」


 実のところ、先ほどから通りすがる人がいれば道を聞こうと考えていた。しかし、普段からなのか、今日が特別なのか、屋敷内は閑散としていて部屋を出てから誰ともすれ違わなかったのだ。

 月影は嬉々として腰を上げようとしたが、緑青の声が飛んだ。


「いや、まて。動くな」


 緑青に無理やり木陰に引っ張り込まれると、二人は息をひそめて誰かが来るのを待った。

 緑青はどうせ人に見えないのだから隠れる必要ないのではと思ったが、月影は言葉を飲み込んだ。

 

 やってきたのは、数人の女官を従えた少女だった。


「だれ?」


 月影は緑青の耳元に口を寄せて尋ねた。


深紫しんしだ。お前の、義姉」


 緑青はやってくる少女一行を睨みながらつぶやく。


「義姉? じゃあ別に隠れなくてもいいじゃない。声をかけてお風呂に案内してもらおう」

「だめだ! ここの人間は誰一人信用するな。ただでさえ体が弱ってる今、余計な負担は掛けたくない」


 緑青が声を荒らげる。

 だが、月影だってこの不快感は耐えられないのだ。


「いい? 今の私にとっては、今すぐお風呂に入れないことが一番の負担なの。それに、これ以上彷徨ったら確実に行き倒れる自信がある。ということで、邪魔はしないで。これは命令よ」

「月影!」


 緑青の制止も聞かず、月影は木陰から抜け出した。

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