32話 イヴリース二人
生徒達が意識を取り戻しこの場から逃げ出そうと教室の扉に向かって一斉に駆け出した。
「逃しませんよ」
ケリーが手を入り口に伸ばすと、生徒達が扉を開けようとしたがまるで壁になったように扉が固定されて開かなくなった。
そんな様子に動揺し、そして絶望に染まっていく彼女達が次々と気を失って倒れる。
「お前! 何をした!」
お兄ちゃんがケリーに肉薄し刀を打ち付けるが、するりと躱したケリー。
「それはこの場から誰一人として逃さない為じゃないですか! この場に 救援 を呼び寄せられては困るんでね」
ケリーが腕を振るうと何かしらの波動が放たれ、お兄ちゃんを教室の奥へ吹き飛ばした。
「お兄ちゃん!?」
「よそ見してる暇なんてあるのですか?」
お兄ちゃんを心配した俺にイズナが大鎌を振って迫る。
咄嗟にレイピアで防御したが、イズナは力一杯に押し付けてくる。
力比べでは圧倒的に不利なようで俺は膝をついてしまう。
「桜場アビス解放者。九条鈴芽。あなたの事は知っていますよ」
イズナが鎌を押し付けながら狂気的な笑みを浮かべる。
その情報は自衛隊内部で伏せられているはず。
なぜこいつが知ってる!?
動揺する俺の顔を見てイズナはさらに力を押し付けてくる。
「どうしてあなたのことを知っているか気になるようですね?」
「うっさい!」
気にはなるけど今はそれどころじゃない。
俺はイズナに足払いを放つが、彼女はそれを読んでいたのか飛んで後退した。
『あの大鎌の能力を知らなきゃ、勝つのは厳しいわよ!』
鈴芽ちゃんの言う通り、イズナの戦機の能力を知らないといけない。
単純な身体能力強化ならまだ勝ち目はある。
だけど、そうと思い込んで重傷を負う可能性だって大いにある。
だから攻めようにも迂闊に接近するのは得策ではないだろう。
イズナは優雅に鎌を振り回し構えて不敵に笑う。
悔しいが様になってるだけに見惚れてしまう。
味方だったら頼もしいタイプだろうが、あいにくあいつは敵だ。
『ふざけてないで真面目に戦いなさいよ!』
『ごもっとも!』
イズナとこのまま真面目に戦うのは危険と見て、俺は彼女に接近すると見せかけて眼前で方向転換し教室の扉へ突撃する。
「ふっ。私に敵わないと見て逃亡ですか? ですが……」
イズナが扉に向かう俺を見るが、追ってくる気配がない。
扉をこじ開けることができない絶対の自信があるようだ。
だけど俺の――鈴芽ちゃんの能力なら核爆発レベルの威力を簡単に出せるんだよっ!
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
最後の一歩に全力を出して扉にレイピアを穿つ!
これなら確実に破壊できるはず!
そう思ったが――
「お転婆な娘です。ですが――」
パチンとケリーが指を鳴らした。
すると扉の下から黒い植物がビッシリと覆い尽くし、レイピアの先端がぶつかると同時に弾かれてしまう。
「なんだこれ!!」
思わず素の声が漏れる。
それほどの強度だった。まるでこの世の存在とは思えないほどのレベル。
それだけじゃない。ぶつけた力をそのまま後ろの方へ向けられたような……。
『まさかこれ! 反射!?』
「そういうことか!」
鈴芽ちゃんの考えを聞いて今の感触に納得する。
となると、ケリーのやつはやっぱり魔法を使ってるってことだ!
男なのに魔力がある……。まるでお兄ちゃんと同じ――
「ケリー、あんたまさかウィザードなの!?」
「はっはっは。まさか。私はそこの兄と同じだと? いやいや私はそんな不完全体とは違う……。私はより完全な個体――イヴリースですよ!」
「なっ!?」
驚いた束の間、奥からイズナが机の上を駆けて鎌で俺の横腹を斬り裂いた!
「ぐっ……」
咄嗟に反応できた甲斐あって薄皮一枚といったレベルの負傷。
俺は負けじと彼女に剣術を見舞うが、全て鎌の回転で弾かれ攻撃が届かない。
ライトニングスパローの能力をフルに使った光速の剣技であるはずなのに、こうも容易く防がれると言うことはイズナも……。
「気付いたようですね!」
鎌を横に薙いできた。
俺は咄嗟に伏せて躱すが、遅れて飛んできたイズナの回し蹴りに頬をぶつけられ体勢を崩した。
その後にトドメとばかりに鎌の刃が俺の体に迫る!
「大事な妹に何すんだよっ!!」
駆け抜けたお兄ちゃんが俺とイズナの間に割って入り、刀で鎌の攻撃を相殺した。
互いに戦機を打ち上げ、お兄ちゃんは俺の体を抱えてケリーとイズナから距離を取る。
「鈴! 怪我は!」
「大丈夫! 問題なく動けるわ!」
脇腹から流れる血を手で押さえてそう言った。
そんな事よりもあの二人だ。
「お兄ちゃん気をつけて。あいつら二人、どうやらあの九条家の実験施設にあった実験と同じ能力を得てるみたい」
「っていうと、イヴリースか……」
流石にお兄ちゃんもすぐに気付いたか。
そりゃそうだよね。あの事件はつい最近あったんだし、忘れられるはずもない。
「おいお前ら! その力どうやって手に入れた! その力は――」
「九条桜の実験でしか得られないはず――ですよね?」
お兄ちゃんが言い切るよりも前にイズナが答えた。
俺はその言葉に一つの答えが浮かんだ。
「なるほどね。なんであんた達がその力を得てるか、私の存在を知ってるのか疑問だったけど、ババアの名前を出したおかげでようやく分かったわ」
「へぇ」とケリーが微笑み、イズナが見下すように微笑む。
どうやらあの力の出所がバレてもさほど問題ではないらしい。
「なんで九条家が今までアビス内であんな施設を作って自衛隊の目を欺けてたのか。資金はどこから来てどうしてあの実験が出来たのか。それはあんた達、ファンタジアが裏で協力してたからでしょ?」
「はっはっは! その通り正解です!」
俺の予想は当たっていた。
こうも堂々と認められるとは思わなかったが……。
「そういうことか。どうりで九条家があそこまで大きくなれたのか分かったぜ。なら後はとっととお前らを倒して先生達に突き出すだけだ!」
お兄ちゃんが刀を鞘に納め居合の構えを取る。
どうやら一気に決めるつもりなようだ。
だが、イズナはそんなお兄ちゃんの言葉を小馬鹿にするように笑った。
「ふっ。バレたからと言って私達があなた達程度に負ける通りがありません。先ほども言った通りここで始末するだけです。ケリー。あなたも本気を出しなさい」
ケリーはやれやれと首を振る。
「イズナっちは真面目ですね。ですが良いでしょう。私もこの力がどこまでのものか試したくなってきました。本当は結由織沙織に備えて温存する予定でしたが、まあいいでしょう!」
ケリーがコキコキと首の骨を鳴らして手のひらを広げた。
するとその手から黒いモヤが溢れ出す。
それが魔力の塊だと言うことがわかるが、あのドス黒い魔力は見たことがなく、恐ろしく感じてしまうのだった。
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