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30話 洗脳

「よって私たちファンタジアは未来ある若者を戦地へ送るしか考えない現政権に異議を唱えるべく同志を募ると共に――」



 講義が始まって一時間。

 初めの方はファンタジアの設立についてだとか、主な業務内容の話をしてそれはそれは真っ当そうな慈善団体的な話が多かったのだが……。

 後半に差し掛かると、ケリーの話し方にどんどん熱がこもり始めて、今では怪しい宗教加入みたいになったものばかりだ。



 やれ現政権はアビスという謎のエリア侵食現象をでっち上げて市民をゲートという名の檻に閉じ込めているだの。

 ウィザードと戦闘学生を囲い込んで他国への戦争準備をしているのではないか。

 上げ始めるとキリがないが、主だった発言はこの二つが多い。



 バカバカしい。と呆れながらも俺はケリーの話に耳を傾ける。一応任務だからね、最低限の仕事はしないと。

 こんな話じゃ打絵も加入できるはずがないだろ。

 そう思い隣の生徒を見るが、目がトロンとしていてケリーの話にうんうんと首を振って頷き続けている。



 この話に興味を持ってんの!?

 慌てて反対側に座る生徒に顔を向けると同じようにケリーに身惚れては「はぁ……」と恍惚な顔を浮かべてるではないか。



 一体全体どうなってんだ!?

 首を伸ばして教室中の生徒の顔を見るがどいつもこいつもみんなケリーのイケメンフェイスとボイスにあてられているのか、それともこのあからさまに怪しい勧誘話に興味を持っているのか、一様に同じ顔でしっかりと聞いていた。



 中にはアリスとアカリも頬を赤らめている。

 お兄ちゃんはどうかと思い、探して見つけると、どうやらお兄ちゃんは呆れた顔でケリーの話を聞いてはあくびをしていてなんだか安心した。



 『なるほどねぇ。確かにウィザードになる以外にも役に立つことはあるわよね……』



 俺の中の鈴芽ちゃんがなんか訳のわからないことを言い出した。



『ちょっとちょっと! 鈴芽ちゃん? 何言っちゃってんの?』


 『何よ大樹。今のケリー様の話を聞いたでしょ? 今の政府はアビスっていう捏造された情報を国民に流して私たちを武装する口実を与えて、他国に攻め入ろうとしてるって。だったら私たちは議員に……いやファンタジアの新たなメンバーとなってお国のために力を尽くすべきじゃない?』


 『待って待って! どうしてそうなるの? アビスが現実にあるのはこの目ではっきり見たでしょ? それに次元の裂け目で俺たち命懸けで戦ったじゃないか! 丹色さんも犠牲になったほどの!』


 『丹色さん……? 誰それ?』


 『は……?』



 何言ってるんだ? 丹色さんだよ? 俺たちが作戦行動中にクソババアに操られたお兄ちゃんに殺されてしまった仲間のことだよ?

 鈴芽ちゃんのあっけらかんとした返事に俺は苛立ってしまう。



 『冗談がきついよ。流石に言っていいことと悪いことがあるんじゃ――』


 『誰か知らないけど、それも政府の捏造された情報じゃないの? 大樹あんたどうしたのよ。 まさかあんた……すでにマインドコントロールされてるんじゃないの!?』



 どうやら真面目に言ってるらしく俺はこの鈴芽ちゃんがまともじゃないと思った。

 過去のことを忘れるどころか、記憶が塗り替えられているような……。

 そう考えると、周りの生徒達の様子もやっぱり変だ。

 だれもがケリーの話に頷き肯定している光景に不安が募る。



 そんな中、ケリーの話がひと段落し、ビシッと小さな手が教室の中で一つ上がる。



「品川……さんですね? どうぞ?」


「はい!」



 アカリが席から立ち質問に入るようだ。

 さっきは目がトロンとしていたけどどうやら任務自体は忘れていないようで安心だ。

 そうだ……きっと俺の勘違いだ。みんなケリーの話し方に惑わされて正しい考えを見失ってるだけなんだ。



「ファンタジアに加入したいんやけど。どうやったら出来るんですか?」


「なっ!?」



 流石の俺も今のアカリの発言に度肝を抜かれて声が漏れ出た。そんな俺を両隣の生徒が疑いの目を向けてくる。

 咄嗟に口を塞ぎ、俺はなにも驚いていませんよーっといった風に誤魔化す。



「いい質問ですね。どうやら品川さんは私たちの活動に興味を持っていただけたようでうれしいですよ」


「いやー。それほどでも〜」



 照れるな!

 アカリが嬉しそうに頭を掻いている姿を見て心の中でツッコミを入れる。

 そんなアカリに笑顔を向けながらケリーは答える。



「加入方法は簡単ですよ。この後私たちの元まで来ていただければすぐにでも本部の方へ案内いたします」


「ホンマか!?」



 アカリが嬉しげに反応すると、周りの生徒達も一斉に立ち上がり――


「ずるいです! 私も加入したいです」


「私も!」


「私もよ!」



 おいおいおい。どういうことだ!?

 俺とお兄ちゃん以外の生徒達が立ち上がって加入の意思を示し始めたぞ。

 これには流石のお兄ちゃんもあくびをしてる余裕すらないようで、この混沌とした状況に戸惑っている姿が見える。



 『ちょっと大樹変わりなさいよ! 私も立候補するから!』



 なんてこったい。俺の中の鈴芽ちゃんまでそんな事を言い出した。これは流石に異常だろ!

 そう思い俺は雀ちゃんに若干申し訳なく思いつつもシャーペンの芯を伸ばして手の甲に思い切り突き刺した!



「いッ!!」



 芯が突き刺さり肉がプツリと貫通し血が滲み出る。



 『いったいわね!! 何すんのよ!』


 『何って鈴芽ちゃんがあいつらの仲間になるって言い出したから――』


『はぁ!? 私が? あんなな胡散臭い連中の仲間に? 何言ってんのよこのバカ!』



 どうやら意識が戻ったみたいだ。

 これで疑問から確信に変わった。

 どうやらケリーとイズナのやつ、どうやったかは分からないけど、催眠術か洗脳の類を生徒達にやってのけたみたいだね。



 効果は恐らく女性限定。

 俺の魂と、お兄ちゃんがケリーの話を聞いてもまったく動じていないところからそうだろう。

 鈴芽ちゃんにも聞こえるように思考していると、彼女は意味がわからないと動揺していた。



 『私が、洗脳? なに……言ってんの?』


 『信じられないかもだけど、鈴芽ちゃん。さっきケリーにメンバー加入を伝えようとしてたよ? だからペンで思いっきり手を突き刺したけど、ごめんね?』


 『え……あ、うん』



 どうやら自分の身に起こった以上に理解が追いついていないらしく。返事がフワついていた。

 衝撃を与えると意識を取り戻すみたいだね。

 となるとこの場でどうやってみんなを洗脳から解くかだけど……。



 このままでは生徒達全員がファンタジアのメンバーになってしまう。残された講義の時間は一時間。この加入ラッシュフィーバーをどうにかするべく俺は必死に頭を回転させた。

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