27話 合宿の終わりと脅威へと向かう日
「そんなに落ち込まないで? 結果は十分、合格ライン突破してたから〜」
模擬戦後、肩で息をする私たちに来栖さんが励ますようにそう言った。
「だけど、悔しいものは悔しいです。あの時、柳先生だけじゃなく来栖さんにも一撃与えて離脱できていれば、結果は変わったかもしれないですし……」
そんな悔しさをにじませていたのは、他のみんなも同じだった。
「俺がもっと鍛えていれば……ごめん! 俺が至らないばかりに、みんなに迷惑をかけてしまって……」
お兄ちゃんがギュッと目を閉じてそう言うと、アカリがお兄ちゃんの背中をバシッと叩いた。
「ゆっきーのせいやあらへんよ。それを言い出したらウチ、めっちゃあっけなくぶっ飛ばされてもたしな。まぁ次や! 次があるか知らんけど、生きてたらまだ挑むチャンスはあるやろ!」
「そうね。アカリの言う通りだわ。私もドラゴンブレスに回す魔力をもっと上手く操作できていれば決まってたんだもの。雪也一人で抱え込まないの」
アリスも自分の課題を痛感しながらも、お兄ちゃんを励ましている。
『アリステラはだいぶ悔しいだろうね……』
大樹が私の中から憐れむように言った。
『そうね。来栖さんだけじゃなく、あんたにもドラゴンブレスを二回も弾かれたわけだしね』
『まあ。そのうちの一回はバレてないと思うけどね』
そんな反省会をしている私たちに、パンパンと手を叩きながら茜さんが来栖さんの前に出る。
「いやいや、お見事やで? そんな辛気臭いことばっか言わんとさ。自分らの成長を少しは実感しぃや」
「と言われても……」
気分が晴れないお兄ちゃんの肩に手を回し、茜さんが頭をグリグリと拳を押し付ける。
「なんや? 勝ちたかったんか? まぁ、そこまで本気で挑んだこともええこっちゃ! やけどな? 来栖ちゃん達は何回も修羅場を潜り抜けた精鋭中の精鋭部隊や。学生の自分らに負けるわけないやろ?」
「確かにそうですが……」
「それでも最後は流石に来栖ちゃんも度肝抜かれたんとちゃうか?」
茜さんがニヤニヤと後ろの来栖さんを見やる。
来栖さんは、あはは……と恥ずかしげに笑っていた。
「そうですね〜。先生の言う通り、最後のアリスさんの攻撃は見事だったわよ〜? 少しでも反応が遅れてたら、負けてたのは私たちの方かもしれないわね〜」
「ま、年季の差っちゅうわけやな! 本気出させただけでも儲けもんや! ちょっとは喜べや! この坊主〜!」
うりゃうりゃ〜とグリグリ拳を押し当てる茜さんに、お兄ちゃんは「やめてくださいよ〜」と照れて、機嫌は回復したようだった。
そんな私たちは身支度を終え、来栖さん達に見送られながら駐屯地を後にして学校へ。
その道中、私たちは今日の講義での行動について軽く復習する。
今回の作戦はこうだ。
ファンタジアの党員による講義には教師は参加せず、生徒のみで受ける。講義中はさも興味ありげに私たちで質問を行い、党員へのアピールをする。
そうすると恐らく個人的な話に持ち込まれる可能性が高いだろうから、そこで真の狙いを探るという算段だ。
果たして上手くいくのかな?
そんな一抹の不安を抱えつつ、あっという間に学校へ到着した。
校舎に入る前にアカリが足を止めてしまう。
どうしたのかと私たちは振り返り――
「アカリ?」
私がそう声を掛けた。
アカリはしばらく考えてから顔を上げる。
「質問のことなんやけどな? ウチが全部請け負ってもええか?」
「なんで? 質問は私たちで順番にする手筈だったじゃない」
突然の作戦変更に理解ができなかった。
何かファンタジアに思うところがあるのか、興味があるのか……。興味は微塵もなさそうだけど、その顔はふざけてなんかいない。えらく真剣な様子だった。
「ウチ、合宿中全然役に立たんかったやろ? それにお鈴ちゃんにもえらい迷惑かけてもたし……」
申し訳なさそうなアカリ。
そんなこと今さら気にしてもいないと言うのに……。
「だからここで名誉挽回したいって? アカリ、それは考えすぎじゃ――」
「考えすぎやあらへんよ。ウチ、みんなと少しだけ一緒に過ごして、自分のやってたことが子供っぽ過ぎたことに申し訳なく思っとる」
「そんな今さらな……もう慣れたから気にしてないって」
「いや! ここは今まで迷惑かけたお詫びに、ウチが質問役をやらせてや!」
何を言っても引き下がるつもりはないようで、アリスが私の体を引いてアカリの前に出た。
「本当にいいの?」
「ええって言うとるやん!」
「結由織先生と来栖さん達が言ってたでしょ? 質問役は興味を持たれる可能性が高いって。そうなると、あなただけがファンタジアに勧誘される可能性が高いってことなのよ? 分かってるの?」
アリスの言っていることは、昨日の夜に作戦会議をした茜さんと来栖さんが言っていたもの。
ファンタジアは怪しい政党であると同時に、オカルトチックなことにも手を染めているって噂もあるらしい。
そうなると人心掌握術にも長けている可能性が高い。
だから一人で質問をせず、私たちで分散させる予定だった。
それなのにアカリはアリスを真っ直ぐ見つめて「分かっててもやらせてほしい」とお願いしていた。
「何を言っても聞く気はないのね?」
「女に二言はない! やるからには完璧にこなしたる! 少しぐらいみんなの役に立たせてくれや!」
「分かった」
アリスはふう、と息を吐いて校舎へ歩み出した。
「そこまで言うならもう止めないわ。その代わり、絶対惑わされないでよね」
「分かっとるって!! ありがとな!」
アリスが認めたのなら、私からも言うことはないのだけど、それでも心配は心配ね。
『大樹、あんたちょっと講義で私と変わって受けてくれない?』
『良いけど。あれかな? アカリが惑わされないように面倒を見ろってことかな?』
『まあ、そういうことね』
『それなら了解。任せといて』
あとはもう一人、話をしておいた方がいいだろう。
そう思い、私はこの場で心配そうにアカリを見つめるお兄ちゃんに近づいて背中を突いた。
「す、鈴? どうした?」
「どうしたもこうしたもないでしょ! 今の聞いてお兄ちゃんは何も思うところはないの?」
惚けたお兄ちゃんに私は喝を入れてやる。
そう言われるまでもなく、お兄ちゃんは「鈴に言われなくても」と話し始める。
「俺だって心配だぞ? だけどアカリがやるって決めたんだし、それを否定するのもどうかと思って……」
かー! お兄ちゃんのお人好し!!
そう私は頭に手を当てた。
お兄ちゃんは「悪いかよ……」と拗ねたが、そういう人の決めたことを尊重するところが、私は好きなのよね。
まぁ、未来のウィザードとしてはダメな考え方なんだろうけど……。
まだ私たち学生だし、自分で考えて行動する自由くらいあってもいいわよね。
「お兄ちゃんの意見には私も賛成よ。でも、やっぱり一人だけってのは危険だと思う。それにこれは個人だけの問題じゃなくて、全国の戦闘学生の問題なんだから、ことは慎重に当たる方がいいと思うわ」
「確かにな……ならどうしろと?」
「まあ、お兄ちゃんはアカリの側に居てやってよ。相手が怪しい素振りを見せたら守ってあげて? 男のウィザードであるお兄ちゃんが側に居れば、きっとファンタジアの興味はアカリに向き切らないと思うから」
これはあくまで私の考えなんだけどね。
お兄ちゃんは「分かった」と頷いてくれた。
これで打てる手はすべて打っただろう。
あとはその時が来るまで待つだけ。
そう、この場のみんなが決心し、校舎へ歩み出すのだった。
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