25話 茜か柳か
お兄ちゃん達を呼んで、明日の講義についてどう動くべきか茜さんはこう言った。
「向こうの事業内容に興味を持った生徒に扮して話を聞きに行け」だ。
話を聞いて、なぜ学生を加入させようとしているのか、狙いは何なのかを直接聞き出そうというもの。
本来なら茜さん達教師がその勧誘を防ぐ役割を担うはずだったのだが、ここで阻止したとしても別の学校で同じようなことをするのは目に見えている。だからこそ、ここでなんとしても尻尾を掴みたいとのことらしい。
それに茜さんの姿。結由織先生はこの世界で知らぬ人はいない有名人だ。
講義の場に姿を現すと、警戒して尻尾を現さない可能性もある。
そう考えた茜さんは、後からやってきた柳先生に明日の講義は教師抜きで行うように提案したのだが、これには流石の柳先生も簡単に首を縦に振らなかった。
「そんな危険なこと、生徒達に任せるわけにはいきません。当初の予定通り、教師陣が生徒を守るべきです」
「あったま硬いなぁ! そうやってちんたらやっとる間にも、子どもがあの意味不明な奴らに手籠めにされとるんやで? 危険は承知でも攻めに転ずるほうが得策やろ!」
とまあ、こんな感じで茜さんと柳先生の言い合いに発展してしまったのだが……。
大樹はどう思っているんだろう。
当初の予定通り先生達に任せるか、茜さんの意見に賛成か、どっち?
『そうだね〜。元々のファンタジアの目的は政権交代することだからな。俺の読んだ内容だと、アビス解放が上手く進まない現政府に嫌気が差して内輪のウィザードを消しかけ、クーデターを起こしてたなぁ』
とんでもない集団であることは間違いなさそうだった。
現状アビス解放は、茜さんとアカリによる関西方面のアビス解放、私たちによる桜場アビスの解放と、日本国内で見ると順調と言える。
だからこの世界線のファンタジアは現政府に対して反乱を起こしづらくなっているのだろう。
『もしかしたら、政治に疎い学生に都合のいい知識を刷り込ませて、現政府に対しての不信感を増長させようとしてるのかもしれないね』
そうなると、もはやマインドコントロール――洗脳じゃない。
となるとここは危険を承知でも、茜さんの作戦に乗っかる方が良いかもしれない。
そう思ったが、他のみんなはどう思っているか気になって、隣で眉をひそめるお兄ちゃんに聞いてみた。
「お兄ちゃんはどっちの意見がいいと思う?」
「……」
聞いてみたが、聞こえていないのか、ずっと前を見つめたまま瞬き一つすらしない。
「お、お兄ちゃん?」
目の前で手を振ってみると、「あ、ああどうした?」とようやく反応してくれた。
仕方ないわよね。アビス解放を目指してる私たちが、今度は政治に首を突っ込もうとしてるんだもん。
あまりにも現実味のない話すぎてボーッとするわよね。
「さっきの話聞いてた?」
「え? あ、あぁごめん、なんだっけ?」
申し訳なさそうに笑いながら、頭を掻くお兄ちゃん。
ボーッとするのは分かるけど、もうちょっとしっかりしてほしいものだと思う。
「ちょっとしっかりしてよね? これは日本の未来がかかった大事な話なんだから!」
「ご、ごめん」
仕方ないと諦めて、もう一度お兄ちゃんに茜さんの意見と柳先生の意見どっちがいいと思うか尋ねてみる。
すると驚いたことに、今までの話が全て頭に入ってなかったらしい。
これには流石のお兄ちゃん大好きっ子の私でも呆れる始末。
茜さんと柳先生が言い争っているうちに小声で話をすると、少し考えてお兄ちゃんは茜さんの意見に賛成だと言った。
これには魂の中にいる大樹も「さすが主人公だね。決断が早い」とベタ褒めだ。
ふふん、だって自慢のお兄ちゃんだもん!
鼻高々な気分でもう二人に同じように話を聞いてみる。
「ウチは結由織先生の意見に賛成や。単純に手っ取り早いしな」
アカリはまあ予想通り茜さんの意見に賛成派だ。
師匠的立場の茜さんなんだから当たり前だろう。
だが、予想に反した答えを返したのは――
「私は柳先生の意見に賛成だわ」
アリステラだった。
彼女の性格なら茜さんの作戦を賛成と即答しそうだと思ったが、どうやら違ったらしい。
なぜと聞くと、彼女は真剣な顔で言った。
「まず、相手の話に丸め込まれる可能性があることね」
「なんでや? ウチらがそんな奴らの話を鵜呑みにするわけないやん。心配しすぎやって、アリス」
アカリの言う通りだと思う。
私たち自身がしっかりしていれば、話なんか面白半分に聞いてられそうだと思うが……。
「甘いわね。相手はそんな学生達を何人か勧誘してるんでしょ? なら話が上手いか、信じ込ませるほどに卓越した話力があるってことよ。この手の話は痛いほど痛感してきたから、甘くみちゃだめよ」
そう言ったアリステラの顔はどこか忌々しげだった。
彼女の過去に何かあったのだろうか。大樹に聞いてみたが、どうやら原作ではそこのところを明かされていないらしく不明だという。
でもこの様子から、間違いなく何かあったに違いない。
「でも、現状このまま先生達が俺達を守っても、別の学校に勧誘しに行くだけだろ? それどころか、より警戒して別の手段に出るかもしれない。だとしたらここで決着をつけるべきじゃないか?」
お兄ちゃんがアリステラにそう言った。
さっきまで話が頭に入ってなかったというのに、こうも堂々と自分の意見が言えるのかと感心してしまう。
お兄ちゃんの話を受けてアリステラも唸るように悩んでいる。
悩むってことは、あながち茜さんの意見も間違っていないと彼女自身考えているのだろう。
そんな膠着状態の部屋で、来栖さんが手を叩いて皆を鎮めた。
「はいは〜い。一旦落ち着きましょうか〜」
「来栖ちゃん? これが落ち着いてられるかいな。これからの未来に関わることやで?」
「そうです。流石に隊長といえど、今回ばかりは――」
「一旦落ち着きましょうと言ったのよ? それにここにはあなた達だけじゃなく、私に八重さん、鈴芽ちゃん達がいる。ちゃんと話し合って決めた方が建設的じゃないかしら〜」
引きつった顔を浮かべた茜さんと柳先生だが、「確かに……」と頷く。
一人で考えるより二人。二人より皆で。
メリットとデメリットを話し合って、より良い作戦を立てれば、きっと良い意見が浮かび上がるはずよね。
そうして私たちはこの場の全員で、明日どう動くか時間いっぱい話し合うことにした。
そんな中、お兄ちゃんだけがどこか心ここにあらずといった様子で、それが私には気になった。
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