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18話 結由織沙織

 結由織沙織。

 彼女自身の口から語られた内容は、茜とそう変わらなかった。だが茜が転生するよりも前の話は違う。

 彼女は学生の頃、教師になるのが夢だったという。

 だけど極度の人見知りのせいで、人前に立つことはおろか、目を見て話すこともできないほどだったと言った。



 それは俺と話をしている姿からも変わっていないようで、納得できた。

 そんな彼女がなぜ普通の学校の教師を選ばず、戦闘学校の教師――それ以前にウィザードになったのか。

 それは今から十一年前に彼女の故郷に起こった事件が原因らしい。



「私の昔住んでたところはですね……。アビスに飲まれてしまって、攻略も難しく、壁を建築する前に【エリミネーター】の襲撃で滅んでしまいました……」


「十一年前……。西部戦線崩壊だね?」


「はい……」



 そう頷く結由織沙織の顔は悲しげだった。

 西部戦線崩壊――原作で読んだ設定の一つだ。

 たしか、まだゲートを建築する技術がなかった時代。

 アビスの領域に抗うため、当時の人々が二十四時間体制で防衛ラインを構築し、【エリミネーター】と交戦していた時代だったはず。

 今この世界に転生して思う。あまりにも無謀だと。

 


 絶え間なく押し寄せる【エリミネーター】の脅威に対して人類が交代しながら徹底抗戦するが、疲れ知らずの奴ら相手にこちらは疲弊し防衛ラインを突破されたと原作には書かれていた。



 そんな時代に滅んだ街や国は数知れないだろう。

 結由織沙織の故郷も、そんな戦火の中で滅んだ一つに過ぎない。



 そんな彼女は言う。

 自分の目の前で友人や家族が【エリミネーター】の爪や牙に貫かれ、裂かれ、バラバラになる様を見たと。

 あの絶望的な状況で、自分はただ必死に逃げることしかできなかったと。



 彼女は嘆いた。

 平和だった。まだ教師の夢を志していた無垢な自分は、あの化け物相手にあまりに無力で、助けられたはずの命も見過ごしてしまったことを。



「だ、だから。私はウィザードになる道を選んだ……んです。もう誰も、私の前から奪わせないために」


「強いんだね」


「い、いいえ!? 私なんて全然!? はは……。思い出せば失敗の連続でしたし……」



 その後、彼女の口から語られたのは戦闘学生になってからの毎日だった。

 絶望を知った日から関西のブレイドに入学し、戦闘技術を学び、戦機を目覚めさせた。

 だけど出てきたのが、自分の体で持ち上げるのも難しいほどの重量を備えたあのパイルバンカー。



 彼女はうまく扱えない戦機を必死に振るい、授業に食らいついた。

 必死に努力し、勉強し、みんながまた平和に過ごし、好きに夢を見てもいい世界を取り戻すことを願って。

 だけど現実は、結由織沙織に対してあまりにも非常だった。



 教師たちや同級生たちから「お前は向いていない」「早くこの場から去った方がいい」と言われる毎日だったという。

 そんな言葉を連日受け、言葉通りうまく戦えない自分に諦めかけていた時……。

 四十度を超える高熱が彼女を襲った。



 そして、自身の内側に――別の人格だと思われていた魂、茜が宿ったのだ。

 茜の存在に最初は戸惑ったようだが、一緒に過ごすうちに茜の言葉に何度も励まされ、体の動かし方、物の考え方を教わり、今まで自分に嫌悪感を抱いていた結由織沙織は少し自信がついた。



 そして茜と共に肉体を切り替えながら授業や任務をこなしていると、ある任務が下された。

 それは、結由織沙織の故郷に発生したアビス解放作戦。



 当時、その場所に発生したアビスを放置していると日本が分断されてしまうと見た政府は、自衛隊と戦闘学生を動員した決戦を立案した。

 彼女もその作戦に参加したという。



 そこで何があったかは、今の時代なら誰でも知っている内容だ。

 彼女――結由織沙織が戦機を振るい、アビス内の【エリミネーター】を駆逐し、そして主を討伐してみせた。

 どうやらその時に戦っていたのは茜らしいけど。



 そこから彼女たちの戦い方が定まり、主に体を動かすのは茜で、状況判断と分析は結由織沙織が担当することになった。 



 そしてゲート建築技術が構築され、今の仮初の平和を謳歌できる時代になって、彼女は当時夢だった教師になった。

 最強として未来のウィザードを育てる者として。

 


「夢が叶ってよかったね」


「は、はい……。それもこれも茜さんのおかげ……です」



 そう言った彼女の顔は柔らかだった。

 兄としてこれ以上なく嬉しく感じた。

 あの山賊が人のためにこんなに役に立てていたことに。

 ってかあいつ、現実世界よりこっちの世界の方がイキイキしてない?



 当時からまるでギャグ漫画の世界から飛び出した奴だとは思ってたけど、ここまで順応するなんて。

 俺の見る目は間違ってなかったみたいだ。



「じゃああのアカリと知り合ったのも?」


「は、はい。アカリさんはブレイド校に通ってた生徒だったので、それに……彼女の姿は昔の自分を見ているようで放っておけなかったんです」



 落ちこぼれのアカリに自分の姿を重ねたってわけか。

 アカリが結由織先生を慕う理由がわかった気がするよ。



「ま、まあ。教えてるのはほとんど茜さんなんですけど……。わ、私、まだうまく人と……話せないですし」



 それはどうなんだ。せっかく教師になったんだから、そこは早く治してほしいものなんだが……。

 ってかアビス攻略よりも人見知りを治すほうが難しいって……。

 この人もこの人でなかなかぶっ飛んでんなぁ、さすがラノベ世界の元モブキャラ。逞しいったらありゃしないよ。



「わ、私の話はおしまい……です。じゃ、じゃあまた茜さんに変わりますね? 早く鈴芽さんと話をさせろって、その……煩くて……」


「あぁ……。いつも茜がごめんね? あんな妹だけど仲良くしてくれたら俺は嬉しいから」


「は、はい! 大丈夫ですよ? 茜さんのことは大好きですので! では――」



 慈母のような笑顔を見せたかと思えば、ギロリと睨みを効かせる結由織沙織の目。

 あぁ……また妹の魂が表に出てきたんだな。

 そう思えるほどに分かりやすい。

 よくそんなのでこれまでやってこれたな。

 少しは俺と鈴芽ちゃんの入れ替わりを見習うべきじゃない?

 あとで教えてあげよう。

 そう思う大樹なのだった。

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