17話 沙織と茜
結由織先生の口から出る茜がなんて言ったと思う?
まず初めに切り出したのは、俺が前世の世界で死んだ後のことだった。
あの日、どうやら日本中で大地震があったらしく、茜も父さんも義母さんも家の1階でタンスの下敷きになりかけたらしい。
らしいっていうのも、父さんと義母さんを庇って茜が下敷きになったからだと。
つまり、あの日茜は俺と同じ時間に死んだってわけだ。
そして気づけば、結由織先生の魂の中で転生したみたいだ。
ただ、そこで一番驚いたのは――
「ウチがこの世で意識目覚めたんは、かれこれ十年ぐらい前か?」
これだ。茜のこの発言に俺は心底度肝を抜かれた。
十年。俺と同じ日に死んで、茜のやつは十年も早くこの世界に生まれたらしい。
どうやら死後の世界で知り合いと再会するときは、時系列も違うらしいよ? これは必見だね。
そうして意識を取り戻した茜は、まだ学生だった結由織先生のあまりにも悲惨な運動神経のなさと人見知りに嫌気がさして協力するうちに、あれよあれよと日本最強になってしまったとさ。
めでたしめでたし……。って、これ。めでたいのかな?
「はぁぁぁ。お前の話はよく分かったよ」
「さっすがオタク知識豊富な大樹や! この状況がテンセイ? っちゅうことは、あんたが見てたエロアニメで知ってたからの〜。おかげで助かったで?」
「エロアニメじゃないッ! 魔装戦記イヴリース! 深夜アニメだって何度言わせるんだ!」
こいつは昔っから深夜アニメのことをエロアニメってほざきやがる!
世の中の全オタクを敵に回したぞ? 殺されるぞ? ……って、もう死んだ後だったか。
そんな茜の話を聞いた上で、今度は自分と鈴芽ちゃんのことを話してやった。
思い返すと随分と波瀾万丈だった気がするけど、話を聞いている茜はずいぶんと楽しそうにしていた。
まるで興味ある漫画の設定を聞くように……。
「ほかほか。あんたもえらい苦労してきたんやな〜」
なんて軽い感想なのだろうか。
あれほど命を賭けて戦ったってのに、出てくる言葉はそれだけか?
小学生でも、もう少しマシな感想を言えるぞ。
まあ、ここで責めても腹が立つだけだし、突っ込まないことにする。
にしても、さっきこいつが話した中で俺は一つどうしても気になる点があった。
人見知りで運動神経のない結由織先生を日本一にしたってところだ。
こいつの性格上、どう考えても無理やり成り上がったに決まってる。
じゃないと、この世界のネームドキャラじゃない結由織沙織という人物が、ネームドキャラ並みに有名になるはずがないんだからな。
「おい、茜」
「なんや?」
缶コーヒーをグビッと飲む茜がこちらを睨んできた。
今から俺が言うことに大体想像がついているらしい反応だ。妙に察しのいい奴め。
「一度、お前の宿主、結由織沙織さんを出してくれないか?」
「なんでや。沙織を出してどないするつもりや? あっ! まさかあんた……。沙織の体が目当てなんちゃうやろうな〜」
「ば、ばっか! 違うに決まってんだろ! 何失礼なこと言ってんだよ! 兄として妹の迷惑に付き合わされたことを謝ろうと思ってだな〜」
何を突然馬鹿なことを言い出すんだろうか。
いや、馬鹿だ。紛れもなく、寸分も違わぬ馬鹿だ!
俺の成すこと全部が性欲に支配された猿だと思うなよ!?
そう思いながら茜を睨み返していると、呆れたように鼻で笑われてしまった。
「はいはい。それぐらい分かっとうわ。ええで? 沙織と変わったるけど、その代わり大樹もその子と後で変わってや? 同じ魂二人分同士なかようしたいしな」
ムカつく奴だ。
そう言ってるけど、どうしようか。
鈴芽ちゃんに聞こうと思った矢先――
『話したい! 後で絶対変わりなさい! 命令よ!』
うん。聞くまでもなかったみたいだね。
今の会話のやり取りで茜の性格の破綻さ加減は承知してるってのに、それでも話したいほど興味があるみたいだ。
我が妹ながら、どこにそんな魅力があるのかさっぱり分からん。
そういえばこいつ、昔女子校に通ってた時も同性からラブレターとか大量に貰ってたっけ。
となると鈴芽ちゃんもこいつに少なからず憧れが?
嫌だ嫌だ。俺の推しキャラの憧れがこんな山賊だなんて……。求めたくない!
「何アホみたいな顔してんねん。その子が可哀想やからシャキッとせんかい」
おっと、それは失礼。
推しキャラの顔を歪ませる行為は俺としても望むものではないからね。
表情筋を意識してできる限り可愛い笑顔を維持してみると、茜は「うわぁ」と引いた。
悪かったな、男の俺が可愛い顔を作って!
「ほ、ほな沙織と変わるからな? ええか? くれぐれもキッツイ言葉言うなや? この子繊細なんやから」
「任せとけって!」
俺を誰だと思ってんだ。お前と違って、ジェントルメン大樹だぞ?
鈴芽ちゃんをエスコートする紳士の中の紳士。それが俺!
『ただの下僕でしょ』
酷い!? まさかの鈴芽ちゃんからの攻撃に俺のガラスの心は砕ける寸前だよ。
そんな砕けかけの心を必死に励ましていると、茜の様子が、さっきまでのガサツで堂々とした態度から急変し、オドオドと目があちこちを彷徨う様子になってしまった。
これが……結由織沙織なのか?
声を掛けていいんだよな?
そう思ってしまうほど挙動不審な彼女。
茜の許可も下りているってことは、向こうの魂の中でも了承は取れているはずだ。
なに、兄として妹の無礼を謝って、これまで一緒に過ごしてくれたことを感謝するだけ。
うん。なにもおかしいことはない。だから大丈夫なはず!
「あ〜。結由織……沙織さんですか?」
「は! はははははは、はひぃ!」
ビクリ! と小動物のように跳ねては肩を震わせ、自分の腕で顔を隠そうとし始めた。
なんて臆病なんだ……。人見知りってレベルじゃないだろこれ。
ってかこれでよく教師に引っ張り出したな、茜のやつも。
そんな彼女に兄として俺は頭を下げる。
「急に変わってもらってごめんなさい。俺は日向大樹。今は九条鈴芽って子の見た目だけど、あんたの中にいる茜の兄です。これまで茜が随分とお世話になったみたいでありがとうございます」
「あ、い、いえ。わ、私の方が、あ、茜さんのお世話になっているというか、やらされてしまってるというか、任せっきりっていうか……。と、とりあえず! よくして頂いてます!」
なんだかはっきりしない人だな〜。
にしても、この様子からして茜のやつ、なんだかんだ沙織さんと上手くやってるみたいで良かった。
「そ、そうか。それは良かった……」
次は何を聞こう?
俺にとっても歳の近い女性と面と向かって話すのは初めてのことだ。
胸の心拍が高鳴るのを感じる。
今の俺は鈴芽ちゃんの身だから、万が一にも恋愛に発展しないことは分かっているのだが、どうしても期待してしまっている自分がいる。
『これだからモテない男は……』
だまらっしゃい!
俺は鈴芽ちゃんに聞こえない程度にそうツッコむのだった。
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