10話 訓練
矢が落ちた瞬間、動いたのは誰でもなく、私だった。
正しく言い換えれば、この場の誰よりも速く地を蹴り駆け出したと言っていい。
光速移動。
私の一番の武器であり、攻略困難の速度だ。
これが一番有用なのは開戦直後だと考えた。
戦闘中に速度を上げたとしても、きっと来栖さん達は対応してくる。
前に来栖さんと模擬戦した時がそうだったように簡単に、捉えられてしまうはず。
だけど今回はチーム戦だ。
なら私の速度に対応される前に走り、みんなが攻撃して私への注意を逸らしてもらえば通用する可能性はある。
ただ、問題があるとすれば、この作戦をみんなに伝える暇がなかったということだろうね。
演習場の地面を蹴って相手部隊の後方に回り込む。
来栖さん達は未だ正面を捉えたままだ。
反応できず姿を見失ったのか、はたまた見るまでもないと考えているのか。
後ろ姿からでは分からないが、ここで止まるわけにもいかなかった。
「シッ!」
レイピア型戦機――ライトニングスパローを、最後尾にいた八重さんの背中に向かって振り抜く。
とった!
そう思った次の瞬間、腕が細い糸に絡め取られ、動きを封じられた。
「なっ!?」
「鈴芽さん。あなたが最初に飛び出してくることは想定していましたよ」
「せ、先生!?」
背を向けたままの柳先生。
その両手の指から光る糸が見える。
そんな……! 最初から対策されてた! 先生は私が一番に動くことを見越して罠を張っていたってこと!?
腕を動かそうとすると、糸が肉に食い込む。
無理に動かせば糸が肉を断ち切るかもしれない。
だけど、ここで止まってたら――
「攻撃を受けた瞬間に次の行動を考えなければ、待つのは死ですよ」
「あぁっ!」
体が持ち上がる。
柳先生が腕を動かして、私を糸で持ち上げているんだ。
そのまま体が宙を舞い、私の“速度”という武器が殺されてしまった。
柳先生は体を私に向けて振り返り、左手の糸を操作して私の左足に絡めた。
そして両腕を引くと、私の右手と左足が前に引っ張られ、上手く体を動かせない私はそのまま地面を引き寄せられ――腹に先生の蹴りを受ける。
「かはっ!」
「まずは一人です」
演習場の端まで蹴り飛ばされフェンスに体を打ちつけた。
腕と足の拘束が解けたが、腹にもらった一撃が痛む。
腕と足に絡め取られた糸の余韻も痛み、ジンジンと血流が巡り、すぐに動けば肉が破裂しそうだ。
顔を上げると、遠くでお兄ちゃん達が肉薄していた。
相手側、先頭に立つ来栖さんと最初にぶつかったのはアリステラだ。
彼女の振り下ろした大剣を来栖さんは棒で受け、傾けていなした。
振り下ろした剣がそのまま地に切り伏せられるような、無駄のない防御。
あまりにも自然な動きだった。
アリステラはここまで軽く対応されるとは思っていなかったらしく、顔が引き攣り、そのまま来栖さんの棒を軸にした回転蹴りを腕に受けて後退した。
そんなアリステラに来栖さんが追撃を仕掛ける。
棒が薙ぎ払われようとしたアリステラの前に、お兄ちゃんが庇うように立った。
構える刀の戦機――氷鬼から白い冷気が立ち込める。
来栖さんの攻撃に対して、お兄ちゃんが逆袈裟に斬り掛かる。
上手い!
これなら流石に一撃与えられるんじゃない!?
そう思ったが、柳先生が手を大きく振るう。
すると、お兄ちゃんの刀が糸に絡まり剣先を鈍らせた。
惜しい! あと少しで届きそうだったのに!
ニヤリと笑う来栖さんが、棒で連続突きをお兄ちゃんに放ち、最後に振り払い、ボールを撃ち飛ばすようにお兄ちゃんの体を薙ぎ払った。
「まだまだぁ!」
アカリが来栖さんに距離を詰める。
グローブを填めた拳を振るった。
その攻撃を来栖さんは冷静に見極め、トンっと一歩後ろに飛び下がって回避する。
目標を失ったアカリの攻撃はそのまま地面へ激突し、大きく砕いた。
とんでもないパワーだ。
これには隊長の来栖さんも苦笑いを浮かべていた。
そして私は見た。
離れていたからこそ分かった、来栖さん達の陣形を。
戦闘を来栖さん、その後ろに柳先生、最後尾に八重さん。
一列に並んだ陣形だが、来栖さんが進めば皆が一歩進み、交代すれば皆も合わせて交代している。
そう。常に来栖さんが先頭を維持し、柳先生が相手の動きを妨害して、八重さんが後続に対して矢を向けることで牽制。
来栖さんを軸にした陣形だということが分かる。
それに対して私たちはどうよ。
全員がバラバラで、一人ずつ戦いに向かってる……。
これじゃ、相手の土俵にわざわざ上がっていくようなものじゃない……。
これがチーム戦……。このままじゃ何もできずに負けちゃう。
『だけどそれを分かった俺たちなら隙をつける!』
大樹のいう通り。
一見あの陣形には無駄がないように見え、無敵に感じる。
だけど、その陣形を支えているのは紛れもない柳先生だ。
私たちのどんな動きに対しても、彼女が最善の一手を打ち、来栖さんを最大限活用できるように立ち回っている。
距離感にしてもそうだ。
常に後方、八重さんへの奇襲を警戒し、怠る様子がない。
離れすぎず、近すぎず。
すごいわ……。戦機はそこまで強いものじゃないのに、発想と技術だけでここまで戦えるなんて。
『あれが俺たちの目指すべき戦い方だね』
『そうね。速く動ける私は、柳先生みたいに味方が動きやすいように立ち回らないといけないってのは、前にあんたが言ってた通りね』
なら今の私がどう動くべきか。
最善の答えはまだ見つからない。
これは経験不足からくるものだろう。
だけどこのままじっとしている訳にもいかない!
今の私にできる最善を尽くす!
そう思いレイピアを握り、駆け出した。
「!?」
やっぱ最初に気づくのは先生よね!?
柳先生が顔を私に向けた。
一体どうやって反応しているのか、戦機にタネがあるのか?
だとしても今はどうだっていい。
彼女の注意を逸らした今がチャンス!
「今よ! 攻めて!」
私の掛け声でみんなが立ち上がり、戦機を構えて来栖さんに向かう。
柳先生が一番近いアカリに向かって手を向けた。
糸での拘束か、攻撃だ。
目で見えない分、確実な判断はできない。
だけど私がやることに変わりはない!
足に魔力を注ぎ、一瞬で柳先生との距離を詰める。
柳先生はまだアカリに視線を向けている!
そんな彼女の腕に刃を穿つ!
その切先が先生の肉に当たろうかと思ったが――
「残念。私への対策が不十分よ」
「え……」
頭上から矢の雨が降り注いだ!
その雨を見上げ、必死に回避する。
いつ放ったのか、八重さんの攻撃だ!
それになんてコントロール!? 先生の周りだけに降り注ぐように射ったっていうの!?
ステップを踏んで回避していると、柳先生の糸が体に巻き付く。
「しまった!?」
身動きが取れない私を、先生は両手で振り回し、私の体をお兄ちゃん達――味方に投げ飛ばした。
そのままみんなに私の体がぶつかり、倒れ込む。
「鈴、大丈夫か!」
「だ、だいじょうぶ……」
「雪也! 鈴! 上!?」
上を見ると、空中で大きく棒を振りかぶった来栖さん。
このまとまった私たちを一気に叩くつもりだ!
「ぬおおおおおおお!!!」
アカリが背後から飛び出す!
彼女の拳が振り下ろされる棒に向かう。
そんな彼女の必死の抵抗は、ただの一つの矢によって砕かれる。
「残念。それも読んでたわよ」
八重さんが矢をアカリのグローブ目掛けて穿った。
その矢の反動で拳が打ち上げられ、無防備な状態になる。
「ちぃ!」
「これでおしまい! 金剛撃!」
瞬間。来栖さんの戦機が、私たちの頭上から振り下ろされ轟音が鳴り響く。
その後のことは記憶にない。
なぜって?
それは、来栖さんの攻撃の威力が高すぎて、私たち全員の意識が闇に落ちたからよ。
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