8話 品川アカリ
「ってな感じよ。以上、私の話はおしまい」
二十分ほどかけて、私は幼い頃から最近の出来事までをアカリに話してやった。
すると彼女は、えらく真剣な顔で話を聞いてくれていたかと思うと、俯いている。
「えらい辛い思いしたんやなぁ……。でも、そんな人生でもよう頑張ったんやな」
「ほんま偉いで」とアカリが初めて優しげに笑ってくれた。不思議と、その様子に不快感はなかった。
こいつのことだからまた茶化されると思ったけど、そこまで酷い性格じゃないみたい。
「あ、ありがと。でも褒めたって何もないわよ?」
「そんなん求めてへん。頑張った人には、頑張ったことを褒めてあげんとあかんやろ?
ウチはそう思ったから、お鈴ちゃんのことを褒めてるんや」
良い考えだと思った。
確かに、苦労したこと、頑張ったことを乗り越えて褒められて、嬉しくないわけがない。
むしろありがたい。
こいつの……いや、アカリのことを私は少し誤解してたかも。
本当は真っ直ぐで優しい人なのかもしれない。
「わ、私のことはもういいわ? 次! 次はあんたの番でしょ? 早く聞かせなさいよね」
そう言って来栖さんの顔をチラリと見る。
そこには「その通り」と笑顔で頷く姿があった。
どうやら私の話は、彼女の合格基準を満たしたらしい。
なら、今度は聞き手に徹しよう。
「せやな。お鈴ちゃんが腹割って話してくれたんやさかい、ウチもちゃんと話さんとな」
アカリは俯き、暗い顔になった。
あまり話したくない過去なのか?
そう思わせるほど、ずっと笑顔だった彼女から暗い空気が漏れた。
そんな彼女は語り出す。
品川アカリ、彼女の身に起こった出来事を――。
――――――――――――――――――――――
品川アカリは、そこまで優秀なウィザードじゃない。
これは脳内で大樹が教えてくれた。
戦機はグローブ。
これが彼女を「優秀じゃない」と言わしめる存在だった。
グローブ――それはただ手を保護するためだけの戦機。
多少の身体機能の向上はある。
だけど本当に“多少”レベル。
忌み子と呼ばれて迫害された私と比べれば、誤差みたいな向上にすぎない。
ただ、唯一の特徴があるとすれば、何があっても壊れることがない頑丈さだ。
関西の戦闘学校――ブレイドに在学する彼女は、落ちこぼれとして皆から馬鹿にされ、いじめに遭っていたらしい。
それどころか、同じ【エリミネーター】の討伐チームに配属されれば、文句を浴びせかけられ、心がすり減ったと彼女は言った。
その話を聞いて、私は共感してしまった。
だけど私には大樹がいた。お兄ちゃんがいた。
それに対して、アカリには誰もいなかった。
そんな孤独との戦いの中、彼女はある人と出会ったという。それが――
結由織 沙織。
最近アルケミーに赴任した、私たちの担任の先生。
彼女がブレイドでアカリを鍛え上げたという。
「先生はほんま凄いねん。ウチみたいな落ちこぼれでも、見捨ててくれんかったもん」
そう言ったアカリの顔は嬉しそうだった。
きっと結由織先生の存在は、私にとっての大樹みたいなものね。
こいつも、私のどうしようもない力のことを“強い力”だって教えてくれたし。
口にこそ恥ずかしくて出さないが、感謝はしているつもりだ。
だからこうして魂を共有することに、不快は感じない。
だからこそ、アカリのその笑顔の理由が自分のことのように分かる。
「そんな先生がな、言うたねん。『一番落ちこぼれなんやろ? ならこれ以上下はない。上に上がるだけやん!』って。どんな小さいことでも成功していけば、確実に上に登れる。強うなれるって」
「良い先生ね」
「せや? めっちゃええ先生やねん!」
驚くほど眩しい笑顔を見せてくれた。
その無邪気な顔に、思わず私の顔も緩んでしまう。
「まあ、滅茶苦茶なところもあるけどな? おっちょこちょいなとこもあるし、
いきなり性格が変わったようにガサツになるしで、最初はビビったわ」
クラスに赴任した時に見せた、あの感じか。
確かに、あれは驚いたわ。
そういえば、あの先生の様子を見てから大樹が何か様子が変だったけど……。
そう疑問を頭の中で思い浮かべたが、大樹は何も言わず頷くだけだった。
話す気がないのか、話す時じゃないのか。
はたまた、その時言ってたように確信がないのか。
分からないけど、今は話す気がないのは確かだ。
「そんな先生に鍛えられる途中、特訓で二人だけでアビスの次元の裂け目に行ってな?」
……ん? さらっととんでもないこと言わなかった?
二人だけで……次元の裂け目に?
「いや〜、あれはマジで死ぬかと思ったわ。鳥型の【エリミネーター】相手にグローブでどう戦えっちゅうねんって先生にツッコんでもたぐらいやで?
やけど『気合いでぶち抜け!』っちゅうから、死に物狂いで戦ったら、まさか主まで倒せてまうなんて思わんやん」
「た、倒せたの!?」
驚きだ。
私たちだって、かなりの犠牲を払って四人でようやく倒せたっていうのに……。
アカリといい、結由織先生といい、一体何者なの?
『少なくとも、俺が知ってる品川アカリじゃないのは確かみたい』
大樹の知っている“落ちこぼれのアカリ”とは違う、成り上がったアカリ。
もはや別人と見ていいだろうと大樹は言う。
そんなアカリは「ははは」と笑いながら話す。
「そんなこんなで、自衛隊にスカウトされてな?
入隊したばっかの私は、同い年くらいの女の子がおる桜場まで来たっちゅうわけや」
その女の子というのは、間違いなく私のことね。
どおりで、学校で私のことを知ってたわけだ。
「以上、ウチの話も終わり。あんま面白なかったやろ?」
「ううん」
そんなことない、と私は首を振る。
「あんたも頑張ったのね。……そんなあんたを、私、勘違いしちゃってたみたい」
この無神経な性格は、きっと人との距離感が分からないからなんだと思う。
不器用ながらも真っ直ぐに、私と仲良くなろうと距離を縮めようとしてくれてたんだ。
それを私は、何も知らなかったとはいえ突き放してばっかで――
「ごめん」
頭を下げた。アカリは「え?」と首を傾け、不思議そうに私を見る。
「ど、どないしたんや? いきなり謝って」
「あんたが私と仲良くしようって頑張ってくれてたのに、私が突き放すようなことばっか言ったことを謝ってるの」
「なんや、そないなことか……。いや、あれはウチも悪かったと思う。ごめんな、ウチ、人付き合い慣れてなくて……」
「ぷっ」
「あはは!」
私とアカリは面白くなって笑い出した。
さっきまで嫌いだったはずなのに、話を聞いてからというもの考えが変わった。
それは向こうも同じだったようで、これなら仲良くやれそうな気がする。
「改めて、よろしくね、アカリ」
「こちらこそや、お鈴ちゃん……って、この呼び方ええんかな?」
「良いの良いの! 好きに呼んで?」
そんな二人を、来栖さんは微笑んで見ていた。
離れた場所では、ホッと息を吐いて安心するお兄ちゃん達の姿も見える。
これなら後の合宿もうまくいきそうだと私は思った。
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