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6話 犬猿

 ラッキースケベイベントを超えて、私たちは改めて八重さんとアカリと向き合い、机を囲んでいる。



「うぅ……学生相手とはいえ、裸を見られてしまうなんて……」


「先輩、そう落ち込まんといて〜な。ウチもしっかり見られてしもうたんやからさ……」


 

 頬を赤らめる八重さんとアカリ。

 八重さんに至っては可哀想だとは思うけど、アカリ……。あんた、あんなにお兄ちゃんを誘惑してたくせに、何照れてんのよ。



「す、すまない二人とも!」


 

 お兄ちゃんが頭を下げる。

 それも机に額をぶつけるほど深く。

 私に突き刺された目からは涙が溢れ、赤く充血していた。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。


 

『わざとじゃないしね』


 

 うっさい。

 大樹に言われるまでもないわ。

 でも、わざとじゃなくてもお兄ちゃんはガッツリ見てたんだもん。

 八重さんとアカリの裸を! 胸を! お尻を!

 これは仕方ないこと。

 アカリはともかく、八重さんの貞操を守るために仕方のない怪我なの!

 


 そう自分に言い聞かせて、お兄ちゃんへの攻撃を正当化しようとした。

 これはつまり正当防衛! 私、悪くないもん!

 


「ま、まあ雪也くんの言い分も理解できるわね。外に“着替え中”って知らせも出してなかった私たちが悪いんだから」


「ほんとうに面目ないです」

 


 八重さんが、未だ恥ずかしげに口を尖らせながら言い、お兄ちゃんが再び頭を下げた。

 この場ではどうしたってお兄ちゃんが悪だ。

 


「で? 二人はなんで裸だったのよ?」

 


 アリスが頬杖をつきながら目を細めた。

 このままじゃ話が一向に進まなそうだったし、お兄ちゃんのメンタルが擦り切れそうだったから助かる。

 聞かれた二人は互いに顔を見合わせ、どっちが答える? といったようにアイコンタクトを取り合い、アカリが頷いて口を開いた。



「あ〜。実はな? 来栖さんから“この場所を合宿場所で使うから掃除しておいて”って命令を受けたはええんやけどな?」



 言って、後ろに転がる埃と変な液体で汚れた資料、よくわからない機材に顔を向けた。

 あれがどうかしたんだろうか。

 八重さんも忌々しげにその残骸を睨み、ため息をついている。

 


「そこの機材が思った以上に汚れてて、しかも変な液体が中に残ってたのよ……。それを棚の上から下ろすときに――」

 


 盛大にぶちまけたと……。

 なるほど、それは確かに気持ち悪くて着替えようと思うわ。

 それに突然の汚れなら、仕方ない。

 突然の汚れと突然の帰投。

 運悪く重なって、ラッキースケベイベントが発生してしまったわけだ。

 


『さすが主人公補正。驚異的なイベントの引き具合だね』

 


 ドン引きである。

 そんな補正、誰が喜ぶのやら。

 もとにお兄ちゃんは目を痛めてずっと擦ってるんだし。

 


「話は分かったわ。じゃあ話を戻して……。挨拶させてもらうわね?

 私、アリステラ・バーンズウッド。今日から三日間お世話になるわ」


「お、俺は九条雪也です……。こっちにいる九条鈴芽の実の兄です」


「二人のことは知ってはいるけど、こうしてちゃんと話をするのは初めてね。改めまして私、タスクフォース0所属、八重ヒガミよ。階級は二尉。よろしくね、二人とも」

 


 言って八重さんは二人と手を交わす。



「ウチのことは……別にええか。学校で挨拶もしたしな」



 そうだ。それにあんたの紹介なんか聞きたくもない。

 そう私は思う。

 二人もうなずき、アカリの挨拶は必要ではなくなった。

 まあ忘れてないしね。そこまで鳥頭じゃない。

 


「って、八重さんもアカリも、二人がここに来るって知ってたの?」


「アカリって……呼び捨てかいな」

 


 十分よ。

 どうせ今は同学年なんだし、なんて呼ぼうが私の勝手でしょ?

 


『横暴な気がするけどね』


『黙りなさい、馬鹿大樹』


『はい……』



 言って口を噤ませる。

 歳は確かに違うけど、同学年なんだから呼び捨てにしても問題はないでしょ?

 


「まあええわ」

 


 本人からも許可が下りた。

 なら、後腐れなく呼び捨てできるわね。

 


「来栖さんからさっき聞いたんや。やからここの準備をしとったっちゅう訳やな」


「ふうん、そういうこと……。あ、ありがとうね」



 私たちの急なお願いを受けて準備をさせてしまったのなら、嫌いではあるけどお礼をしなくちゃね。

 汚れて着替えなきゃいけないほど苦労をかけたんだもん。

 これでお礼を言わない非常識な私じゃないわ。

 そんな私を意外そうに見るアカリが、怪訝な顔を浮かべていた。

 


「な、なによ」


「いや……まさかそんなに素直にお礼言われるなんて思わんかったから……」

 


 どうやら、お礼も言わないほど非常識な奴だと思われていたらしい。心外だ。

 


「そこまで性根は腐っちゃいないわよ! 失礼ね!」


「あはは、すまんすまん。お鈴はほんま、揶揄い甲斐があってええわ〜」


「どこがよ! すっごく迷惑だわ!」

 


 揶揄われて喜ぶ間抜けなんて、この世にいるわけないじゃない。

 こういう奴が知らない間に他人を傷つけて、トラウマを植え付けるんだわ!

 


「鈴、鈴」

 


 横に座るアリステラが困った顔でちょんちょんと指を突いてきた。

 


「なにッ?」


「ちょ、そんな怒んないで……。可愛い顔が台無しよ」

 


 そんなにキレてた?

 自分でも分からないほど鬼の形相を浮かべていたらしく、アリステラはドン引きといったように顔を引き攣らせた。

 そんな彼女の顔を見て深呼吸し、イライラする気持ちを落ち着かせる。

 


『そうそう、その調子だよ鈴芽ちゃん。アンガーマネジメント、アンガーマネジメント。6秒間目を瞑ればイライラが収まるよ』

 


 おっさんの大樹からのアドバイスを受け、実践してみた。

 本当にこれで怒りが収まるのか?

 そう考え、深く息を吐いては吸ってを繰り返していると――

 


「なんや? しんどいんか? お鈴って思ってたよりひ弱な体しとるんやなぁ〜」


「誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」

 


 バンと机を叩いて立ち上がり、ヘラヘラ笑うアカリを睨みつけた。

 強く、強く。無意識に眉間の血管がピクピクするほどに。



『こりゃだめだ……』

 


 大樹が目も当てられないと言ったように呆れていた。

 だいたいアンガーマネジメントってなによ!

 そんなので怒りが収まるなら、世の中で争いなんて起こらないわよ!

 大体、怒りの対象が目の前にいて声をかけ続けてくるのよ?

 収まるわけないじゃない! 馬鹿なの?

 これ考えた奴は絶対、頭の回路が他とは違うんだわ!

 


 呆れたのは大樹だけじゃなかった。

 周りのお兄ちゃん、アリステラ、八重さんも深く息を吐いて首を横に振っていた。

 そんな八重さんにお兄ちゃんが小声で話しかける。

 


「これ、俺たちが来なかったらどうするつもりだったんですか?」


「言わないで。ここまで仲が悪いなんて私も思ってなかったんだから……。でも、貴方たちが来てくれたから助かるわ。あの二人の仲が犬猿からマシになるように、サポートよろしくね……」


「俺たちが……ですか?」

 


 お兄ちゃんは睨む鈴芽と笑うアカリを見る。

 こんな相いれなさそうな二人の中を取り持てと?

 途方に暮れた。

 


「がんばりましょう、雪也」

 


 アリステラがお兄ちゃんの肩に手を置き、静かに言った。

 三人は三日間という短い合宿の、この先がとても長い戦いになる予感を、ヒシヒシと感じ始めていた。

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