4話 アリステラの寂しさと雪也の生活力の無さ
「あ! 鈴〜おかえりなさ〜い」
家に帰って居間に入ると、私服に着替えたアリステラが寛いでいるじゃないか。
九条家が彼女を人質に取るかもしれないと警戒してここに泊まってもらっていたけど、もうその心配もないんだから帰っていいのに……。
「ねえ。アリスはいつになったら家に帰るの?」
そう言った瞬間、アリステラは目を見開き、バッとこっちを見て、とんでもない速さで私の肩を掴みにきた。
「な、ななな何言ってるの鈴……。私、何かここで迷惑をかけちゃったかしら……」
肩を掴む力が異様に強い……ってか痛いんだけど!
ミシミシ音立ててるんだけど!?
「なにすんのよ!」
なんとか彼女の握力から逃れ後退した。
肩を撫でながらアリステラに苛立ちを向けていると、しゅんと落ち込んだ様子になった。
「だって鈴が私を追い出そうとするから……」
何言ってんのこの人。
追い出すも何も、事件は解決したんだから“帰ったら?”って言っただけなのに。
「そんなに帰ってほしいの? 私がここにいちゃ邪魔ってこと?」
涙目で訴えてくるアリステラ。
なぜそこまでこの家にこだわるのか、全く意味わかんないんですけど……。
「いやいや。アリス? もうあんたが誘拐されることも、人質に取られることもないから、ここにいる必要ないでしょ?」
「そ、それは、そうだけど……。でも……」
もじもじと目を泳がせている。
なんかシャキッとしないわね……。
『鈴芽ちゃん、察してあげなよ』
『なによ? それってどういうこと?』
メインヒロインであるアリスをここに置いとけって意味?
いやいや、あり得ないでしょ!
お兄ちゃんがいるのよ? 興味ないって言ってるとはいえ、初日みたいに何か間違いがあって二人の距離が進展する可能性だってあるわけよ?
そんなリスク負えるわけないでしょ?
『あー。アリスって原作の設定だと友達が少ない人生を歩んできたから、こういう友達の家でお泊まりって生まれて初めてのことなんだよ……。多分今が楽しいから離れたくないんじゃないかな?』
『うっ……。そういうの私弱いんだけど……』
私だって友達は少ない。ってかアリスしか今のところいないし……。
そんなアリスも、ここでお泊まりしたいって思ってくれるのは嬉しいわよ?
でも……でもぉ……。
「むむむ〜」
「はぁ……。分かったわ。私、家に帰る……」
アリステラがグスンと涙を一粒流し、荷物が置かれている客間に向かって歩き出した。
その背中は悲しさを纏って、なんとも儚げだ。
そんなアリステラとお兄ちゃんが廊下ですれ違った。
お兄ちゃんは怪訝な顔を浮かべて首を傾げ、私に声を掛ける。
「アリスの奴、どうしたんだ? あんな落ち込んで」
「いや。もう事件は解決したから“帰ったら?”って言っただけよ?」
あー……とお兄ちゃんは頷く。
「なるほどな〜。でもアリスの奴、ここに来てからすっごく楽しそうだったし、なんか今の見てるともうちょっと泊まっていいと思うんだけど……」
「なに? お兄ちゃんはアリスとのエッチな展開に期待でもしちゃってるわけ?」
じっとお兄ちゃんを睨むと、肩がビクリと跳ねた。
「そ、そんなことないって! す、鈴も良いのかよ? せっかくできた初めての友達だろ? もうちょっと一緒に過ごしても良いんじゃないか?」
まあ。本気で追い出したいわけじゃないから良いんだけどね……。
って、そうだ。
「一緒も何も私、来栖さんの命令で三日間家を空けることになったの」
「それまたどうして?」
アカリと仲を深めるため〜……って、これってあまり話さない方がいいよね?
『だね〜。彼女の秘匿性がどこまでかは分からないけど、ここで迂闊に話すのも良くないかも』
大樹の意見に一理ある。
私が特殊部隊に所属していることはこの二人には周知されてるけど、アカリのことは知らないんだよね。
「まあ部隊で秘密の特訓があるってことよ」
誤魔化すことにした。
あまり危ない橋は渡りたくないし、アカリが自分から正体を明かすその時まで黙ってた方がいいよね。
って、なんで私があいつのためにここまで考えてるんだか……。
「でもそうなると困ったな……。俺、料理あんま得意じゃないから出前を取るしか……」
「ちょっとふざけないでよお兄ちゃん! 出前ですって? そんなのずる――許さないわよ!」
出前は一ヶ月に一回って決めてたのに!
この家はもう九条家の支援を当てにできない分、私の給料で支えてるのよ?
そんなバンバンお金を使っちゃったら、一瞬で家計が火の車になるわよ!
「でもな〜」
「でもじゃない!」
お兄ちゃんは完全に料理ができないわけじゃない。
ただめんどくさいだけだ。
そうなると見てないところで出前を取るに決まってる。それだけは嫌だぁ……。
『鈴芽ちゃん、鈴芽ちゃん』
『なによ? 今後の生活費について頭をフル回転させてるとこなんだから話しかけないでよね?』
『俺に良い考えがあるんだ。体を貸して?』
『良い考えって……。信用していいの?』
『あたぼうよ! この場にいる鈴芽ちゃんに、お兄ちゃん、アリスにとっても良い考えだと俺は思うよ?』
そこまで言うなら任せてみよう。
そう思い、私は大樹に体の主導権を渡した。
『くれぐれも言動と行動には気をつけなさいよ? 昼間みたいなことしたら、脳みその中で延々と奇声を上げ続けてやるんだから』
『はいはい。まかせなって』
俺はポケットから部隊用のスマホを取り出し、来栖さんの番号にコールを入れた。
耳に当てると、三回コールしたのち繋がった。
『はいは〜い。荷物の準備はできた〜? ちなみにバナナはおやつにカウントしませんよ〜』
んな遠足みたいなこと言わんでくれ。
合宿じゃないか。
「そんなことより聞きたいことがあるんです」
『ん〜? なにかしら?』
俺は口角を上げて、一つ来栖さんにお願いを申し入れる。
「合宿の件なんですけど、お兄ちゃんとアリスを参加させてもらっても良いですか?」
『は、はぁぁ!? あんた何を――』
『いいわよ〜』
『って良いんかい!』
鈴芽ちゃんの見事な脳内ツッコミ。
やっぱ分かんないことは直接聞くに限るね。
『ありがとうございます! じゃあ今から二人に声をかけて、そっちに向かいますので』
『は〜い。うふふ、これは今晩も楽しくなりそうね♩』
彼女の意味深な言葉を最後に通話が切れた。
何はともあれ万事解決だ!
生活費の問題、アリスの寂しさ問題、アカリと鈴芽ちゃんの不仲問題。
三人が同じ場所にいればどれも解決じゃないか!
ふっ……。我ながら頭の冴えが怖いぜ……。
『あんた……。アカリがお兄ちゃんを狙ってるの忘れてないでしょうね〜』
『あ゙――』
『あ゙って何よ! 忘れてたの!?』
『ち、ちが――忘れてなんかないよ? うん。神に誓って言える! 忘れてなんかないとも!』
嘘です。ほんとは忘れてました。
といっても忘れるほど、俺はアカリを警戒してないんだけどね。
『どーしてくれんのよ! これでお兄ちゃんが――で――に――……――!!』
鈴芽ちゃんの癇癪をBGMに俺は考える。
アカリの本来の性格を鈴芽ちゃんには自分で知ってもらいたいしな。
最初の出会いが最悪だっただけで、きっと仲良くなれるはずなんだ。
まあ、お兄ちゃんを狙う問題については今から考えなきゃならんけど……。
「ってことでお兄ちゃん、荷物をまとめて? 私と一緒に基地に行って合宿よ?」
「まじで!? よっしゃ! これで飯の問題は解決だ!」
ガッツポーズするほど喜んでいた。
そこまで喜ぶほどのことじゃないと思うんだけど……。
まあこれで家計の問題からして、鈴芽ちゃんも万々歳でしょ。
荷物を背負って玄関に向かおうとするアリステラにも同じように話すと、彼女は荷物をすべて落として晴れ渡った笑顔になった。
「私も行っていいの?」
「うん! アリスも一緒でいいわよ! ほら、早く行く準備して!」
「うん! ありがとう鈴!」
飛び込むように私に抱きついてきたアリス。
「ちょっと! アリス、息苦しいわよ〜」
「ふふ、ふふふ♩」
何も言わず顔を擦りつけるアリス。
彼女の笑顔を見て、俺と鈴芽ちゃんはほんの少しだけこの合宿が楽しみになってきた。
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